第五章2 同じチカラ
のかなが懐から取り出した透明な石のようなデバイスを天高く掲げるとそれはプリズムのように光を放ち、偽りの世界を破壊する。
闇が破裂し、現実へと帰ってきた事を知ってマリーは驚きの声をあげる。
「なにっ!?」
「げほっごほっ!」
予想外の事にマリーは焦ったように語る。
「マリーはこれでも『全知』なのだがな、『知らない事』されたからちょっとびっくりしたぞ。……ああそうか、貴様は錬金術師……その『賢者の石』を使い『先の地平』で未来を書き換えたな? 私が変化した未来に対応できない可能性に賭けて」
「はぁはぁ………………」
「まあ、確かに完全なるゼロ速度同士の戦いでは分かっていても対応できん。実際、凄く有効な行動だ。しかし、その血が染み出したように赤黒く濁った石で再び真理に辿り着く事ができるのかな? 魔法少女の力も奪われてはデバイスとしての使用もできまい、さて次はどうやって私に抗ってくれるのかな?」
のかなは息を整えるとまっすぐにマリーを見つめて言った。
「一つ分かった事がある。それはお前が『全知』であっても『全能』ではないという事だ」
「『全能』は矛盾した概念だ。しかし、私が万能である事はお前の知っての通りだ」
「……これから起こる事は『知って』いるだろう。何かしてきたりはしないんだな」
マリーは馬鹿にしたように笑った。
「お前は相手によって正義を出したり引っ込めたりするのか? それと同じようにマリーが相手によって“悪”を変える事もない。見よ、この邪悪な瞳を。貴様はやがて知るだろう。そこに光など無く闇が広がるだけだと」
事前に『知って』いた通り、空間にヒビが入り、そこから白と黒の二人の少女が落ちてくる。白の少女の背中で黒の少女が翼をはためかせゆっくりと着地する。それを見たのかなは『知って』いた通りに声をかけた。
「めろんちゃん」
「のかなちゃん、ここは?」
きょろきょろと周囲を見渡したことかは納得したように呟く。
「鬼ヶ島からあの女を追いかけて来たんじゃけど、やっぱり黒幕じゃったんじゃね。今日という今日は絶対に許さないんじゃよ!」
マリーは楽し気に語る。
「先ほどのエネルギー反応を感知してきたか。まるで光に群がる虫のようだな、ハハハ」
「くぅ! 口を開けば人を苛立たせる奴じゃ! 黒幕である事は分かったんじゃぶっ飛ばすよ、のかな、望夜!」
「私をぶっ飛ばすだと? そんな未来は知らんな!」
マリーは指を鳴らすと二体の魔王を召喚する。それらはかつて戦った時よりも威圧感を増している。
それぞれ紅と蒼の球体を作り出すと共に発射し、不規則に軌道を変化させながらことかとめろんに直撃させる。
「ことかちゃん! めろんちゃん!」
「おっと、よそ見をしている暇はないんじゃないか?」
心配している余裕も無く、次弾がのかなへと襲い掛かる。とっさに体を竜へと変えて防御するが浅くはないダメージに膝を着く。
「ぐはっ…………!」
「魔法少女でない貴様など、ただのつまらん奴だ。私を退屈させるくらいなら今すぐに退場願おうか」
続く攻撃が放たれ、のかなは避けられずにそれを受ける。
「のかなぁぁぁぁぁ!」
あがる黒煙をことかは叫びと共に絶望した表情で見つめていたが煙幕が晴れてくるとそれは驚いたものに変わった。
のかなの前で攻撃を防いだ赤と青の少女の存在はマリーにとっても信じがたい物であった。
「パウラ……ジャネット……マリーを裏切るか?」
本来マリーの配下であるはずの二人は屹然とした態度で返す。
「裏切る? あたしはいつだってマリーの味方だぜ」
「その通り、ボク達はどのマリーの味方でもあるんだ」
マリーは苛立ったように口にする。
「RE:Dの欠片を揃えたのはこのためか、のかな……いや『緋帝の空』。貴様には無限世界の全てを記録した『空の記憶』があったな。まるで私の『全知』のようだが、そこから何かを取り出せるのなら『創造』のようでもある。魔法少女の歴史は長い、神の如き力を持ったりあるいは神そのものになったりする者も居たが、私と同じタイプの魔法少女に出会ったのは初めてだ。いや、正確にはここに辿り着く事が出来た魔法少女では、と言い直そうか。どうにも万能の力という物は人を容易く腐らせてしまうらしい。お前という唯一の例外を除いて全てが悲惨な末路を送ったよ。他にやりようなどいくらでもあったはずなのにな」
のかなは傷を再生しながら語る。
「それが分かっていてなぜこんな事を続ける? 破滅を防ぐわけでもなければ破滅を促すわけでもない」
「お前と同じだよ。お前は正義を為すのに一々理由が必要なのか? 勝つことが気持ちいいからとか悪いヤツをぶん殴ってスッキリするからとでもいうのか? 理由など必要ない、それが正義! そして、これが悪だ! 貴様のかわいい脳味噌でも理解できるだろう?」
「マリー=マール!」
「そうだ、私こそが魔王マリー=マール! 初めから伝説の魔法少女の貴様に死という眠りを与える最後の魔法少女だ!」
その体から発せられるエネルギーに呼応するのように世界は変化を始める。王室が連続写真のように別の風景へと切り替わり、石畳の街へと転移したかのように空間は変化する。
《未来は変わる事を拒んだ》
『憎しみ』と『怒り』が姿を変える。一体は騎士のような姿に一体は姫のような姿に、だが人間とは程遠くあくまでその意匠を持つ化け物に過ぎない。マリーは白い翼を広げて変身した状態でその背後に構えている。
あまりにも強大な悪にのかなが無意識に震えていると復帰しためろん達がその肩に手を置いた。
「ごめんね、心配させちゃった?」
「あの取り巻き共、予想以上のパワーじゃね。こりゃデバイスが無いのが響きそうじゃよ」
のかなはふと震えが止まった事に気づくと安堵したように息を吐いて二人に懐から取り出したデバイスを渡した。
「はい、これ」
「ん? 私達のデバイスか? 持ってきてくれとったの?」
「……まあ、そんな所かな」
「ありがとう、のかなちゃん。これならもうやられたりしないよ」
早速二人は魔法少女へと変身する。久しぶりの姿に浮かれているとのかなが変身していない事に気づく。
「お前も早く変身せんか。丸腰で戦うつもりか?」
「……ごめん、デバイスが故障中なんだ」
魔法少女の力が無い事を知らないことかは苦々しく言う。
「そういやそうじゃったな。私らの物と違って一点物だと代わりが利かん時があるか。じゃけぇ、性能じゃなくて利便性を重視しとけとあれほど…………」
「ことかちゃん、こんな時に言っても仕方ないよ」
「じゃけど、望夜。こういう時でもなければこいつは聞かんよ。それに……どうせ私らはこれが最後じゃろうしな」
「…………ことかちゃん?」
はっ、としたことかは苦笑した。
「い、いや、なんでもないんじゃよ。それより呑気に話しとる場合じゃないんじゃよ。アイツらがいつ襲い掛かってくるか分からんけぇね」
「のかな」
ジャネットは言う。
「分かっているだろうけどボク達は君の記憶から創られた幻影だ。少しでも傷つけばすぐさま消え去るだろう。けど、その事に心を痛める必要は無いよ。割り切れずに辛いと思うくらいなら、代わりにもっと強くイメージしてほしい。彼らに勝てるようなより強い存在を」
「そうだぜ。お前が今まで集めてきた勇気とパワー、全部マリーにぶつけてやろうぜ」
「うん」
のかなは記憶を呼び戻すかのように目を閉じて空を見上げた。様々な情景が一瞬で頭の中を駆け巡り、強い気持ちを与えてくれた。
そして目を開くと決意を秘めた澄んだ瞳で告げた。
「行くぞ!」
戦いが始まると共に魔法少女の力を失っているのかなを守るようにしてことかとめろんは陣形を組む。のかなもこの場においてどれほど役に立つのかは分からないがいつでもブレスを吐ける状態で構える。
パウラは銃型のマテリアルドライブを展開し、ばらまくかのように射撃する。姫のような形状をした『怒り』の一部がスライドし、出て来た発射口からのビームがそれを薙ぎ払い、ついでとばかりにパウラの足を打ち抜く。その隙に懐に潜り込んだジャネットは手に淡い光を纏い、波紋を叩き込もうとするが間に割り込んだ騎士の剣の一撃の前に容易く切り裂かれる。ダメージを受けた二人の幻影は形を保つ事ができずに消え去る。
「ちぃ……! なんという奴らじゃ。幻影とはいえ、あの二人が手も足も出んとは!」
「それもそうだけど、あの二人に対して何の躊躇いも持たないマリーちゃんもいつにも増して恐ろしいよ」
「のかな、もっと強いヤツを呼ぶんじゃよ! お前を守ってる私達は攻勢には出られん。取り巻きの二体が倒れるか疲弊するまで続けるしかないんよ」
「………………」
のかなは苦し気な表情で虚空からスケッチブックを取り出すとそこから紙を選び出して投げ放った。記憶から仲間を呼び出す度に己の中から大切な何かが抜けていき、仲間が消え去ると共に花が萎れるようにそれは色褪せていった。
だが幻影たちの活躍によって『憎しみ』と『怒り』にダメージが蓄積し、ついにその動きが止まる。
「よし、これでようやくアイツを叩けるんじゃよ!」
「のかなちゃん、大丈夫?」
「はぁはぁ…………」
記憶を現実へ取り出す行為は本来想定された動作ではないせいか、かなり消耗してしまうようだ。視線の向けた先のマリーからはかつて戦った時のような圧倒的なパワーは感じられない。無限世界とは違い、現実ではアーティファクトの為に本人は自衛程度の戦闘能力しか持っていないのだろう。変身していないのかなならともかく、二人の魔法少女ならば簡単に打ち倒せるはずだ。
「マリー=マール! とうとう年貢の納め時じゃね! 観念するんじゃよ!」
「ククク…………」
マリーは自らを守る者など居ない追い詰められた状況だというのに余裕の笑みを浮かべている。
「それは間違いだぞ、ベルテルス。王というモノは徴収する側だ。貴様らは搾取される家畜にすぎん。それと何やら私を追い詰めたと勘違いしているようだが、まだまだ戦いは始まったばかりだ。何せ、貴様らの瞳にまだこんなにも光が残っているではないか。それらがペンキをぶちまけられたかのように輝きを無くし、現実に耐えきれなくなって自ら抉り出すまでこの悪夢は続く」
スッ、と手を前にかざすと魔法少女達の像から力を吸い上げ、それをそのまま『憎しみ』と『怒り』に叩きつけた。
《未来は破滅しかない》
『憎しみ』と『怒り』が姿を変える。一体は獣や鳥が入り混じった化け物へと変化し、一体は逆に女性をモチーフとした無機質なフォルムの機械へと姿を変える。そしてどちらからも先ほどまでのダメージは見られない。
「さ、再生したじゃと?」
「おや、青ざめているな。どうした? 気分でも悪いのか? 先ほどまでの威勢はどうした?」
「くっ…………! 平気な顔しとるけど、そう何回も再生させられるものじゃないはずじゃ! アイツ本人にいつもの力が無い以上、取り巻きさえ片づければなんとかなる。のかな! もう一度じゃ!」
「はぁはぁ…………っ!」
のかなはスケッチブックから紙を破いて仲間を召喚しようとするが耐えがたい痛みが脳裏に走り、頭を抱えて蹲ってしまう。
「うううっ…………」
「のかなちゃん!?」
「矛盾に耐えきれず自滅したか。そうやって記憶を引き出し、失っていく度に『立派な魔法少女』からは遠ざかっていく。お前が愛とか正義とかの利己的じゃない理由で戦っていればこんな事も無かったのになぁ。もっともそんな抽象的な信念を掲げているヤツならこの場に立ってはいないがな」
ことかは苦々しくのかなを見つめると躊躇いながらも口を開く。
「頼みの綱がこんな有様じゃしかたない。望夜、合体するよ」
「合体? なにを言ってるの?」
その疑問にことかは淡々と答える。
「長い時の中でお前は忘れてしまったようじゃけど、私達は元々一個の存在じゃった。コンスの妨害が無くなった今なら、元に戻る事ができるじゃろう」
「元に戻るとどうなるの?」
「合体時のパワーロスを考慮しても、上手くすればアイツを倒せる可能性が出てくる。ただ、言わずもがな一度合体すれば二度と元には戻れん。攻撃を分散させるメリットを考えればまだ合体はしたくなかったけど、のかながこの様子じゃ出し惜しみはしてられんじゃろうね」
少し考えてめろんは口を開く。
「……私達だけであの二体を倒す事はできるかな?」
「相打ち覚悟ならいけるじゃろう。……望夜、何を考えとる?」
めろんは語る。
「のかなちゃんだけだよ、マリーちゃんに勝てるのは。『私達』じゃ駄目なんだ。どんなに強くなれたとしても、きっと最後の最後で負けちゃう。勝つために必要な“何か”を私達は見つけられてないから、見つける可能性を持つのはのかなちゃんだけだから」
「どうしてそんな事が分かる?」
「確証は無いけどなんとなくそう思うの」
「…………『RE:D』の予知能力か。今思えばお前は妙に勘の鋭いヤツじゃったな…………」
ことかはため息をついて言った。
「いいじゃろう。お前がそう言うのなら異論はない。ただ、一つ心残りなのは死ぬまで本当の自分に戻れなかった事じゃよ。あまりにかけ離れた存在になってしまったけど、私は私として死にたかったなぁ…………」
「ことかちゃん」
フッ、とことかは苦笑した。
「お前はそのまま何も思い出さずにいればええよ。私達はあまり良い人生を送ってきたわけじゃないけぇね。それよりコイツが復帰するまでになんとか取り巻き共を撃破しなくちゃね。死ぬ覚悟はできとるか? 望夜」
「覚悟なんて無くても死ぬのは怖くないよ。怖いのは私が死んだ後にみんなを苦しめるヤツが残っている事だけだよ」
ことかは杖を構えて言う。
「正直に言うと私はお前のそういう超然とした所が嫌いじゃった。しかし、今はそれがとても頼もしく思うよ」
「ことかちゃん、私達が同一人物だって言うならその台詞は変だよ」
「ああ、そうじゃな。でもおかしくはない。人間ってヤツは元々変なんじゃよ。自分同士で葛藤したり、喧嘩したり、嫌いになったり、好きになったり。馬鹿げている。そうやって何かを学んでいって、いつか本当の価値を持てる日が来るかもしれない。私が許せんのは人のサガを決めつけ、悪意を持った目で蔑む、お前じゃマリー=マール! 私の全生命を懸けて必ずお前を倒す!」
「ほう? ならば来い、悲しみの海と死の山を越えてまだ原型を保っていられるのならばな!」




