表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
始まり編:不死炎の魔法少女
10/204

第四章 1

 パウラからの話によるとマリーは自らの力で作り出した空間に居るらしい。そこに行くにはマリーの許可が必要なそうだが、すでにのかなとことか、そして狂志郎の分の許可は得られているようだった。

 向こうにしてみればわざわざ来てくれるなら願ってもないということだろう。のかな達も敵の本拠地で戦う事にはいささかの不安を感じる。しかし、マリーを救うにしても倒すにしてもそうそう逃げられないような場所で戦わなければ容易に撤退できる彼女を追い詰めることは難しいだろう。

 のかな達は不利を理解しつつもマリーの世界へと向かうことに決めた。いざ出発という時に当然のように付いてこようとするめろんにのかなは困惑する。

 もし、めろんがマリーに支配され、裏切ったとしたらこっちがその圧倒的な力で壊滅することになるだろう。暴走の危険性を考慮すればできれば付いてきて欲しくはなかったが何かに勘付いたらしいことかに説得され、のかなは渋々ながら同行を納得する。

 ふと、めろんの分の許可は無いのではと思ったのかなだが、不思議な事にめろんもすんなりと入ることができた。もしかしたら魔法少女ならば誰でも入れるんじゃないだろうかと疑問が浮かび「あれ? おかしいな…………」と首を傾げるパウラをのかなはジト目で睨んだ。

 パウラの導きによりマリーの世界へと降り立ったのかな達はそこに花が咲き乱れる理想郷を見る。全てはマリーによる魔法により作られた物だという事は分かったが、それでもこの虚構はあまりにも美しかった。

 遠くに見える城がマリーの居る所らしい。飛んでいけばすぐにつくだろうが、その場合飛行高度の低いのかなは付いていけないし、なによりここに入った時点でマリーには気づかれているはずだ、無理に急いでいたずらに消耗することもないだろう。のかな達はゆっくりと歩いてマリーの元へ向かう事にする。

 その途中、のかな達はあらゆる時代の建物がごちゃ混ぜになった街並みが広がっている事に気づく。空には魔法少女が飛び交い、道を歩く動物達は時に二足歩行で立ちあがったり人語を喋ったりもした。

 これは記憶だ。旧き時代から延々と紡がれてきた魔法少女の歴史なのだ。ここにはマリーが作りだした最後の理想郷なのだ。この場に存在する物全てが作られた偽物なのだとしても、彼女達は本物のように輝きを放っていた。

「あっ…………」

 どこか遠くにかつての友を見つけたことかは呼びかけて止める。すでに彼らには新しい友人が居たからだ。伸ばしかけた手を引っ込めたことかはどこか寂しげであった。

「こんな物を見せつけて…………。私の心が揺らぐとでも思ったんか、マリー=マール!」

「『ことかちゃん…………』」

 うつむいて背中を震わせていることかにかける言葉をのかなは持たなかった。その傷は自分にとってもつらいものであるから。

 しばらくしてことかが復帰し、一行は先に進む。その途中でのかなは思わず目を丸くした。見間違いや勘違いでなければアニメの中の魔法少女がごく当たり前のように歩いていたからだ。

 それに何とも言えない高揚感を覚え、ふとサインの一つでも貰いに行こうかと考えるが、所詮はマリーの作りだした偽物に過ぎないと自身に言い聞かせなんとかこらえた。それでものかなはその姿が見えなくなるまで物欲しそうにじっと眺めてはいたが。

「『あ、あれはクリーミーアミさん!? それにあれはウィンキーモモさん!? ど、どうしよう。う、うーん、やっぱりサインを…………いや、せめて握手だけでも…………!』」

 そんなのかなの様子を見て、ことかはやれやれとため息をついた。

「あのな、のかな。憧れるのは構わないんじゃけど、そんな調子じゃ困るんじゃよ。マリーと戦うって事はあいつらも敵になるってことじゃ。もし戦いの時に呼び出されたらお前はあいつらをやれるんか? 魔法少女オタクなのもほどほどにな」

 その発言にむっとしたのかなは言い返す。

「『そういうことかちゃんは昔の友達を倒せるの? それと私はオタクじゃないもん! ただの魔法少女アニメが好きな女の子だもん!』」

「そういうのをオタクって言うんじゃ!」

「『なにおー!?』」

 激しく言い合う二人は周りの静止の声も聞かずに白熱する。売り言葉に買い言葉で段々と空気が険悪になっていく。ついには喧嘩が始まりそうな状態になった所で、ふぅとため息をついためろんが両手を伸ばし二人の顔を自らの元へ引き寄せた。

 急な事に何が起こったのか分かっていない二人の耳元でめろんはそっと囁いた。

「ねぇ………ちょっと頭冷やそうか?」

 真顔のめろんに潜むマグマのような怒りを感じ取った二人は背筋が寒くなるような気がして慌てて取り繕った。

「い、いや、喧嘩してるとかそういうわけじゃないんじゃよ。私達、仲良しじゃもん。な、なぁ、のかな?」

「『そそそ、そうだよ。私達、仲間だもんね! 喧嘩なんてするはずないよ!』」

 じっとめろんは疑いのまなざしを向ける。

「本当かなぁ…………?」

 強烈な威圧感に二人はだらだらと冷や汗を流していたが、やがて疑いを持たれながらも解放され、ほっと胸をなでおろした。

 そんな安心した二人にめろんはにこりとして言い放つ。

「迷った時は私に言ってね、プラズマ打ちこんであげるから」

 おそらく倒すのを躊躇ってしまう敵を代わりに倒すという意味なのだろうが、先ほどまで言い争っていた二人はそうとは思えず、めろんの無邪気な笑みに戦々恐々とした。

 その後も周囲に目移りしがちな二人ではあったが、強力な監視役のおかげでなんとか平静を保ち、比較的スムーズにマリーの城まで到達した。

「よ、ようやくか。いつ後ろから撃たれるかとひやひやしんたんじゃよ…………」

「『同じく…………』」

 すでに疲弊気味の二人は気合いを入れ直すように大きく深呼吸をして、仕切り直した。

「…………よし、落ち着いた」

「『みんな、行こう』」

 のかなの言葉に皆はこくりと頷き、不意打ちに慣れている狂志郎が扉を開けた。明かりの無い暗いエントランスに全員が踏み込むと自動的に扉が閉じた。それと同時に端から明かりが灯り城の中を照らす。

 上の階から何者かの声が響いた。

「ようこそ勇者諸君」

「お前はジャネット…………だったか」

 相変わらずの感情の無い目でのかな達を一瞥したジャネットはくるりと踵を返した。

「付いてくるといい、マリーが待ってる」

 すたすたと歩いていくジャネット。もしかしたら罠なのではないかとのかなは疑うが他の者は迷う事なく歩き出す。ここまで来て罠を張るというほど無粋な人間ではないという考えなのだろう。警戒しながらものかなも後に続いた。

 最後まで残っていたパウラはジャネットの反応が無い事に悔しげに拳を震わせた。

(あたしが裏切ろうとどうでもいいって事なのかよ…………!)

 はっきりと裏切り者と呼ばれた方が楽だった。そのための言いわけも何通りも考えた。なのに現実は無言で突き放された。その事が何よりもパウラの心に突き刺さる。

 自分は正しい道を進んでいるはずなのにそれを間違いのように感じてしまう。まるで向こうの方が正しいような錯覚を抱いてしまう。

(それでもあたしは…………!)

 間違いだと言われても構わない。ただ盲目的に同調する事がその人のためになるわけではないから、時には嫌われてもやらなければばならい事がある。

(あいつが教えてくれたんだ、間違ってたら正さなくちゃいけないって。あんな貧弱なヤツでもできたんだ…………。あいつにできてあたしにできないはずがない!)

 ぎゅっと拳を握りしめたパウラは迷いを振り払うように一歩を踏み出した。

 のかな達はロウソクの明かりに照らされたほの暗い城内を歩いていく。外の光は十分入っているはずなのに城の中はマリーの暗闇を暗示するように明るさを感じさせない。しばらく歩いたジャネットは閉ざされている巨大な門の前でくるりと振り返った。

「この先にマリーが居る。だけど、正直ボクは君達をマリーに会わせたくはないんだ。マリーはあまりにも強大すぎる。君達が敗れればそれがオリジナルでもマリーが作りだしたコピーでも永遠に縛られ続けるだろう。君達を殺そうとしたボクが言うのもなんだけど、ボクはそれを望んでいない。もし君達の気が変わってここで引き返すというのならば、今度一切関わらない事を条件にマリーを説得してみせる。悪い事は言わない、覚悟が無いなら帰るんだ」

 この時のジャネットは普段の無感動的な態度とは違い、強い意志を露わにしていた。それにパウラは驚きを覚える。ジャネットは魔法制御回路の呪いにより感情を失っているはずだからだ。そのジャネットがここまで感情を出すのを見たのは初めてだった。

 パウラは気付く、ジャネットも自分と同じようにマリーの間違いを肯定し続けた事を後悔していたのだと。パウラの行動によりジャネットは自分の意志を取り戻すことができたのだ。

「帰れ、帰るんだ。ボクはこれ以上、誰かが苦しむ所を見たくない」

 ジャネットは必死に訴えた。だが、立ち去る者は誰も居なかった。この瞬間、皆の心は一つだった。マリーやジャネットのようにずっと苦しんできた者を救いたいという思いが形は様々でありながらも誰の胸にもあった。

「引き返せだと? 俺に膝をつかせた程度で大口を叩くな。俺には上級執行官としてマリー=マールを裁くという義務がある」

「にっくき仇がすぐ近くにいるんじゃ、ここまで来て帰れるか!」

「悪いがジャネット、あたしは洗脳されてて自由が利かないんだ。行くしかないのさ」

「マリーちゃんと戦うの、結構楽しみだったんだ」

 恐れる者など一人も居なかった。その瞳には強い意志と湧きあがる勇気があった。

「『私はマリー=マールを救いたい。それがどんなに困難かってことは嫌と言うほど分かってる。でも、どんな困難な事だって一歩踏み出さなきゃ何も始まらないんだ。ここで逃げたら私は命と引き換えに大切な何かを失ってしまう気がする。それだけは絶対したくないんだ!』」

 もう何を言ってもこの決意を変えることはできないだろう。そう思ったジャネットはすっと横に退いて道を開けた。

「ここは地獄の門だ。この先に希望は持っていけない。君達は希望無しに絶望と戦わなければならない。けど、それでも君達なら絶望に打ち勝てるような気がするんだ。遠くから見させてもらうことにするよ、強大なる魔王に立ち向かう勇者の挑戦を」

 門を開き、のかな達は中に入っていく。広い部屋の奥の巨大な玉座にはマリー=マールが圧倒的な威圧感を放ち君臨していた。

「待ちわびたぞ、勇者諸君。我が名は魔王マリー=マール。全てを破壊し、そして全てを創造する者。どうだった我が世界は。魔法少女の理想郷となるよう私なりに苦心したつもりだ。お前達もすぐに気にいるだろう。どうだ、ここで一緒に暮らさないか?」

 敵意をむき出しにしたことかが杖を構える。

「誰がお前なんかと! 殺す! いますぐ殺してやる!」

 ことかは素早く呪文を詠唱し、マリーにいつかの黒い衝撃波を放つ。概念に直接ダメージを与えるとされる魔法だ。チャージが短いせいか、いつかのようなパワーは感じられない。マリーに当たりはするもののバリアに容易く弾かれてしまう。

「ふむ、魔法にキレがないな、焦っているのが手に取るように分かるぞ、道下ことか。お前は恐れているのだろう? この者と再会してしまう事を」

 ぱちんとマリーが指を鳴らすと共に玉座の後ろから犬のように従順そうな中性的な存在が姿を現す。それを見たことかは視線を逸らし、難しい表情で呟くように漏らした。

「アリスタ…………!」

「ことか様…………」

 二人はしばらくの間気まずそうな雰囲気の中で何も言いだせないでいた。先に言葉を発したのは意外にも気弱そうなアリスタの方であった。

「お逃げくださいことか様! ここは僕が何としても食い止めます! だから…………!」

「語るな! 偽物が!」

 ことかは背を向けて否定した。前を向いてはいられなかった。これ以上その顔を見ていたら自分の決意が折れてしまいそうだったから。

「何も言わんでくれ…………! じゃないと、私はお前を偽物だとは思えなくなってしまう…………! 今からでもお前を抱きしめて再会を喜びたくなってしまう…………!」

「ことか様…………」

 戸惑うことかにマリーは言い放つ。

「偽物だと? 元と寸分たがわぬこれを偽物とお前は言うのか? 死ねない体だと分かる前はお前のために自害までもしたこいつをお前は偽物だと言うのか? 誰が偽物と本物を定義する? 誰が正しさを定義する? 誰がその正しさを証明してくれる? 答えなどどこにも無いのだ。ことかよ、どう生まれたかは関係ない、大切なのはそれが持つ精神だ。高潔なる精神があればいかなる状況にあっても真実を目指せる。そうは思わないか?」

「…………っ!」

 何も言えなくなったことかの代わりに狂志郎が言い返す。

「貴様がそれを言うか。怪物を生み出し、世の中を乱すお前のどこに高潔な精神があるというんだ。貴様は所詮、途方もない理想を掲げただけの哀れなテロリストに過ぎん」

「私がテロリスト? 違うな、テロリストはお前の方なのだ、狂志郎。お前もこの世界を見ただろう。魔法で作り出されたとはいえ彼らは皆生きている。その平穏を乱そうとするお前をテロリストと呼ばずに何と呼ぶ。外の世界でも同じだ、私は組織を通じて全てを支配している。怪物を生み出す私が最善などとうぬぼれるつもりはないが、少なくとも私が倒れれば世界はこれ以上ない程に混乱するだろう。この世に混乱をもたらすことがお前の望みなのか、狂志郎」

「チィ…………!」

 分が悪いと判断した狂志郎は口を紡ぐ。その静けさを埋めるようにパウラが言う。

「マリー、悪いがやらせてもらうぜ」

 悲しげな顔のマリーは見た目相応の少女のように言う。

「パウラはマリーの事…………嫌いになっちゃったのか?」

「ち、違う! あたしはお前のためを思って!」

 駄々をこねるようにマリーは訴える。

「そんなのどうだっていい! マリーはパウラに隣に居て欲しいんだ! そうじゃないとマリーは悲しくてさびしくて泣いちゃいそうになるんだ。傍に居てくれるだけでいいのに、どうしてパウラはこんな意地悪するの? ねぇ、どうして!?」

「マリー…………」

 己の武器である鈍器にもできそうな大仰な拳銃を構えていたパウラは心の葛藤の末に力無くそれを落とし、膝をついてうなだれた。

「で、できねぇ、私には! いかなる理由があってもマリーを傷つけることなんて!」

 戦意を失ったパウラの横を通り、めろんが前に出る。

「やろうよ、マリーちゃん」

 マリーは首をふるふると横に振った。

「今日はそんな気になれない。お前と戦った(シン)の魔法少女のやられぐあいを見せられてはな…………。お前は強い、もしかしたら私より強いかもしれない。今回は不死身だったから良かったものの、お前が魔法少女である限りこれから人を殺す事があるだろう。故意にしろ間違いにしろ、戦っていればそれは避けられない。そうなれば戦いを止めてもそれは呪いのように心を苦しめるだろう。戦いはむなしい、もう止めてくれめろん…………」

「…………詰まんない」

 めろんは戦いについて特に思う事は無かった。しかし、せっかくの相手がこんな調子ではと失望し目を伏せた。

 マリーの視線がのかなに向けられる。

「のかな、お前は良く戦った。その程度の能力で今まで生き残って来たのは奇跡だ。しかし、これからも奇跡は起きてくれるだろうか。これ以上魔法少女にこだわる事もない。お前には能力など気にしない良き友人が居るではないか、それを大事にするんだ。このまま魔法少女を続けていればその友人達も失ってしまうかもしれない。お前はもう戦わなくていいんだ、のかな」

「うう…………!」

 不意にかつてのパートナーの事がフラッシュバックし、のかなはうなだれる。マリーは圧倒的だ。勝てる可能性など万に一つもありえない。幸いにもマリーに敵意はないようだ。今の内に帰るのが得策だろう。

 不意に誰かが後ろに歩き出したような気がした。それが誰なのかは分からない。しかし皆はそれにつられるようにふらふらと扉に向かって歩き出した。

(帰ろう…………。もう戦いたくない)

 のかなも同じように踵を返して歩き出そうとした時、そこに居るはずの無い存在を見て驚き、目を丸くした。

「『ら、ラー!?』」

 そこに居たのは紛れもない小熊だ。しかし、他の面々にはその姿は見えていないようで、特に反応を示すことなく通り過ぎていく。

 小熊は今まで見せた事のない険しい表情で語りだす。

「それでいいのか、君は」

 のかなは躊躇いがちに訴える。

「『しょうがないじゃない! 私の才能じゃマリーの足元にも及ばないんだもん。どうすればいいのか分からないよ…………』」

 たしなめるように小熊は言う。

「じゃあ、君は今までどうすればいいのか分かることばかりだったのか? 違うだろう? 君はいつもどうすればいいのか分かっていなかった。右も左も分からない中で厳しい現実にずっと抗ってきたはずなんだ。周りが奇跡だなんだと言おうとも、僕はそれを君の力だと知っている。今までのは奇跡なんかじゃない、仮に奇跡があるとすればこれからなんだ」

「『ラー………じゃない?』」

 いつもと違うラーの調子にのかなは違和感を覚える。しかし、この感覚にはどこかで会ったような気がしていた。

(私は知っている………この感覚を、この人の事を)

 憎らしくも懐かしく、悲しくも嬉しい。ありとあらゆる気持ちが一瞬の内に駆け巡り、のかなはその言葉を口にしていた。

「『スキャットマン………なの?』」

「………正確にはその思考パターンを模した存在に過ぎない」

 目の前に居る小熊は姿形こそ違えど確かにスキャットマンの面影があった。

「『ねぇ、どうして? 何がどうなってるの?』」

 困惑するのかなにスキャットマンは言う。

「かつての話をしよう。かつての君はマリーの支配に侵されていた、それをどうにかしたかった僕は一度君の魔力を限界まで削り取り、なんとか魔法制御回路を取り除いた。理論的にはそれでどうにかなるはずだった。しかし、一度侵された君の精神はそれだけでは元には戻らなかったんだ。記憶の操作や消去だけではなく、君に根付いた闇に対抗するシステムが必要だった」

「『それがラー=ミラ=サン…………?』」

「サニティシステムと呼ばれるそれは君の精神を安定させ、あらゆる精神干渉から君を守る。しかし、それはあくまでシステム的なものだ。ラーのように意志を持ち実体化するなど想像もできなかった。まして、今のように君の記憶から僕の思考パターンを作りだすなど理解の範疇を越えている。どうしてこうなったのかは僕にも説明することができない」

「『これはラーがやっているの? それに私の制御回路が無いって………。ちょっと使いづらいけど今でも魔法は使えるし、吃音もそのままだけど……………』」

「回路痕に魔力を通せば精度はともかく使うことはできる。吃音は回路というよりは君の精神の問題だ。君の心は幻覚を見せるほどの深い闇に包まれている。その負荷が君に吃音を引き起こさせているんだ。闇は深く、システムの力を持ってしてもいつ治るか、そもそも治るかどうかも分からない。これは僕の責任だ。すまない…………」

 素直に頭を下げたスキャットマンにのかなは驚く。

「『あなたが謝るなんて………。再現率はあんまり高くないのかな?』」

 スキャットマンは自虐的な笑みを浮かべる。

「ふっ、僕だって謝る時ぐらいあるさ。僕の不用意な発言が君を苦しめていたとなってはね」

「『君はもう戦わなくていい…………だね』」

 失望されたと思っていた。それでも見返してやりたくて抗っていた。本当は間違いだって思いたかった。ずっと知りたかった事の答えがまがいなりにもここにある。自分は知るべきなのだろうかとのかなは悩む。真実を知る事が怖い、もし本当に拒絶されていたらと思うと怖くてここから逃げ出したくなる。

「大丈夫だよ、のかな」

 目の前では小熊がほほ笑んでいた。

「僕は君を信じ、君は僕を信じた。僕達は最高のチームだ。どんな事だって二人で乗り越えていける。そんな簡単な事も君は知らなかったのかな?」

 相変わらずの皮肉にのかなは苦笑した。

「『そんなの…………初めて会った瞬間から知ってたよ』」

 スキャットマンは語りだす、あの時の真実を。

「僕は確かに君に戦わなくていいと言った。だけど、その言葉には続きがあるんだ。『君はもう戦わなくていい。魔法制御回路はすでに無く、魔力量は雀の涙。もし回復してある程度力が戻ったとしても到底戦える状態ではないだろう。戦わないのが一番だ。でも、もしかしたらどうしても戦わなくちゃいけない時が来るかもしれない、何か大切な物を守らなくちゃいけない事があるかもしれない。もし、そんな時が来て足が震えるような事があったら思い出すといい。君がどれほど無力な存在だという事を。そして振り返るといい、君が為してきた事の大きさを。その時君は気付くだろう、君もまた伝説の魔法少女であったという事を』。君が立派な魔法少女になるために必要だった事はそれを思い出す事だった…………」

「…………!」

 ”ぱりき”とのかなの中で何か鎖のような物が砕けたような気がした。その瞬間、闇により隠されていた記憶の一部が蘇り全てが真実だと理解できた。全ては闇により歪められていた、その誤解が今やっと解けた。

『「長かった…………本当に…………本当に長い旅だった…………ここまで来るのにこんなにもかかってしまった…………。でも、真実は決して私を裏切りはしなかった…………』」

 のかなの体が緑色の光を纏う。今まで闇を押さえていた分の光が漏れ出しているのだ。それほどまでに取り払われた闇は巨大なものであった。

「のかな、君は不死炎の魔法少女だ。どんな困難があっても不死鳥のように何度でも蘇り、その炎は暗闇に惑う人間を救いだす。サニティシステムを使え、皆を正気に戻すんだ」

「『うん!』」

 目を閉じて己の中にある正気の光に意識を集中する。それを波動のように放出するイメージで辺りへと展開していく。緑色の光に包まれた皆は正気に戻り、首を傾げた。

「一体何が起こったんじゃ?」

「…………っ!」

「あれ? あたしは何を…………?」

「…………どうやらやられちゃったみたいだね」

 皆の視線がマリーに集中する。高みの見物を決め込んでいたマリーはのかなの力に驚きを隠せない。

「ほぅ…………まさか私の支配を越えてくるものが居るとは! 驚愕怒涛! これほどの魔法少女に出会ったのは初めてだ。私も少し力を見せようではないか!」

 マリーが立ち上がり手を広げる。虚空より呼び出された古の魔王達がのかな達の前に立ちはだかる。

「ま、マジかよ。みんな歴史の教科書に載ってるようなヤツじゃねーか。それもとびっきり強いヤツばっかりだ」

「慌てるな。所詮は遺留品などからデータを取った模造品のはずだ。お前達のような完全な複製ではない」

 一瞬で看破されたマリーはにやりと笑う。

「確かに。だが腐っても魔王、劣化しているとはいえその力は本物だ。時代に名を刻んだ魔法少女たちの力をその身に受けるがいい!」

「…………くるよ師匠! …………なんて洒落を言ってる場合じゃなさそうじゃ!」

 魔王達が襲いかかってくる。皆が身構えた瞬間、のかな達の前に何かが飛び出した。めろんだ、杖を大砲のように体の横に構え、すでにチャージは終了している。

「ハイパープラズマ…………シュート!」

 圧倒的な光の奔流が部屋を包み込む。魔王達を薙ぎ払い、マリーの後ろの壁を破壊して全てを雪崩のように押し流していく。あまりにも長く感じられる砲撃が終了した時、そこにはマリーと二人の魔王が残っていた。

「ちぃ…………再現率の高いやつも居たようじゃね。一掃とはいかんかったか」

「もう一発撃ってどうにかなるという相手ではないだろうな。個別に対処するぞ」

「あたしはマリーとは戦えない。この体だからな。支配されるのがオチだ」

「ってことは相性から考えて支配されないのかなちゃんと私とことかちゃんがマリーちゃんと戦うってことになるのかな?」

 のかな達はマリーを担当し、他の二人が魔王を引き受ける。おそらくそれがもっとも良い配置となるだろう。一番強いマリーに一番弱いのかなを含むチームを当てるという事に心配はあるが、どの道戦闘面ではのかなは足手まといだ。誰が相手だろうとそう違いはない。

 問題はのかなの敗北がそのまま皆の敗北となる点だ。のかなが居なくなればマリーの支配を妨げる者はいなくなる。本来ならば全員でのかなを守りつつ戦うべきなのだろう。

 だが、のかなとことか、めろんの三人はともかく他の二人は連携が取れていない。ならば、コンビネーションのいい三人と他の二人にチームを分けた方が効率は良くなるはずだ。

 この配分は魔王を実質一人で押さえる二人に大きな負担がかかる。狂志郎らの実力は相当なものだが、それでも苦戦は免れないだろう。もし倒れれば一気に戦線が瓦解する。この戦いの勝敗を分けると言ってもいい、重要な戦略の(かなめ)だ。

「『二人とも大丈夫?』」

「お前に心配されるほど落ちぶれてはいない」

「そういうこった。あたし達の心配なんかしてないでマリーとの戦いに集中しな!」

 つかつかと歩き出した二人は魔王達と対峙する。のかな達は二人が魔王達を押さえている内にマリーに戦いを挑む。

 戦いへと向かおうとするのかなにスキャットマンは言う。

「のかな、魔法の力は魔力量や適性にあるんじゃない、磨き抜かれた技術と心にあるんだ。力で敵を倒す事ができても力で敵を救う事はできない。君はもう分かっているはずだ。君は勝利に必要な物を全て持っている、後はそれを間違わないように組み立てていくだけさ。それだけでいい…………君ならできる…………君ならきっと…………」

「『スキャットマン…………』」

 段々とその姿が薄くなっていき、スキャットマンは消えた。もっと話していたくもあったが、自分にはやらなければならない事がある。こんな貧弱な魔法少女である自分が必要とされているのだ、こんな所で悲しんでいる暇はなかった。

 ふと、のかなが傍らを見るとことかがアリスタと会話をしていた。二人に先ほどまでの距離を測りかねている様子は無く、まるでつきものが落ちたように自然体であった。

「私は恐れていたんじゃ、記憶の中のアリスタがお前に塗りつぶされる事を。お前もまたアリスタであるというのに。過去に囚われて大切な事を見失っとった。私は後少しで永遠に大切な物を失くしてしまう所じゃった。アリスタの死は消えない。アイツを殺したマリーを許す気は毛頭ない。じゃけど、お前には何の罪も無いんじゃ。私に冷たくされるいわれは一つもない。今まですまんかった、アリスタ」

「はい…………ことか様」

 アリスタの頬に溢れた感情の透明な滴が伝い、ことかは優しいほほ笑みでそれを抱きしめると優しくその頭をなでた。しばらくしてアリスタが落ち着きを取り戻す。ことかはゆっくりとアリスタの体を離し、振り返らずに仲間達の元へ戻っていった。

「『もういいの?』」

「ああ。まがいなりにも私のパートナーじゃ覚悟はできてるはず、マリーが死んで消えようがお互いに後悔は無い。言っとくがのかな、私はマリーを救うなんて甘っちょろい事はこれっぽっちも考えとらん。ヤツはアリスタを殺した、だから私はヤツを殺す。その決意に揺らぎはない。もしお前がこの決意を聞いてなおマリーを救いたいと思うのならば私を利用するんじゃ。力を越える何かを持て、そうでなければマリーも救うなんて夢のまた夢じゃよ」

 ことかはのかなに助言をした。しかし、本当にマリーを殺したいと思うのならば何も言わずに戦えば良かった。マリーを助けて安心したその隙に殺せばすんなりと事が済んだはずだ。それをしなかったのはその方法がとても後味の良くないものだとことか自身も気づいているからだろう。

 だが、理屈で分かっていても感情を抑えることはできない。ことかは自分を止めてほしい、そして解き放ってほしいのだ。永遠に続く憎しみの連鎖から。

 のかなにマリーと自分の事を背負わせるのは酷な事だとことかも知っている。それでものかなならなんとかしてくれる、そんな希望をことかは抱いていた。

「いけるか、のかな」

「『私は大丈夫、めろんちゃんは?』」

「杖の放熱が終わってないけど平気だよ。ただ、今の状態じゃ一発しか撃てないから初撃でバリアをこじ開けて次弾で決める事はできないよ」

 一番の戦力であるめろんは完全ではない。しかし、狂志郎達の事を考えれば休んでいる暇もない。のかな達は気を引き締めると空から降り注ぐ太陽を背にして凛然と立つマリーの前に躍り出た。

「待ちわびたぞ。辞世の句は十分か? 神様へのお祈りは? ひざまずいて靴を舐める準備はできているか?」

「『マリー=マール! 私達はあなたに屈しない。あなたを暗闇から解き放ってみせる!』」

「面白い、やってみろ。我が名は魔王マリー=マール! 当為の存在なり!」

 虚空より召喚された杖を握ると共にマリーの背中から手のような翼が展開される。傷つき黒く汚れたそれはかつて純白であったという事を示すように所々に白い名残が見受けられる。

 のかなをかばうようにして前に出ためろんは手から高出力のレーザーを放つ。しかしそれは空中にまき散らされた羽が鏡のように反らしてしまう。

「フラッシャーが弾かれた!?」

「確かにそのパワーは私を越えるやもしれん。だが、力だけでは私には届かん」

「なら、これならどうじゃ!」

 長い詠唱を完了したことかから黒い衝撃が放たれる。先ほどの物とは違い、今度のは勢いがある。防御に関しては特に優れているとされる狂志郎のバリアを砕いた一撃だ。いくらマリー=マールといえどもそう簡単に受けきれるものではない。

「ふむ」

 だが、マリーはつまらなそうな目でそれを一瞥すると蝿でも払うかのように黒い翼で衝撃を薙ぎ払った。弾かれた衝撃は上へ吹き飛ぶと天井の概念を破壊し、そこに大穴を開ける。

「なっ、なんじゃと!?」

「この世界の支配者が誰だか忘れたか? お前の支配力などここでは私には遠く及ばぬ。そんな技だけでは私の足元にすら辿りつかんぞ」

 最後は、とマリーの鋭い視線がのかなを射る。

「さて、お前はどんな攻撃を見せてくれる? 己が存在の全てを懸けて挑め。その時、お前は自分が無力な存在である事を悟り、我が前に屈するであろう」

「…………!」

 のかなは取り出しかけていた火の鳥の札をしまう。マリー=マールに対して牽制は無意味だ。全力で立ち向かわなければこの瞬間を生きる事すら難しい。のかなは切り札を出す事に決めた。スキャットマンより受け継がれたスキャットによる詠唱を。

(あの時から練習も何もしていない。できるだろうか…………ブランクのある今の私に)

「『大丈夫…………君ならきっと』」

 誰かの声に背中を押されながらすぅ、とのかなは息を吸い込んだ。その瞳に迷いは無い。いつかテレビで見た魔法少女のように気高い戦士がそこには居た。

「スキャット、ラバルビルビルバルビルバルニムラムラマルリ!」

 詠唱が始まる。普通の人間では到底追いつく事の出来ない速度で人間には理解できない世界に直接語りかける音を紡いでいく。それはのかなに立ちはだかっていた不可能を吹き飛ばし、無限の力をその身に宿らせる。

「この力は…………あの時の!?」

 マリーは思い出す、自分を苦戦させたその詠唱の事を。音を重ね合わせる事で魔法の威力を段々と上昇させながら、同じ音であらゆる魔法になる言語特性を利用して異なる魔法を状況によって発動する詠唱法。千を超える顔を持つとされるそれは『無貌の方程式』とも呼ばれ、詠唱者を殺す以外に後からできる対策は無いとされる。

 極めて強力な詠唱法ではあるが、人間では不可能な速度と音程変化を必要とするためスキャットによる詠唱が提唱されるまでは机上の空論とされてきた。

 伝説とも例えられるそれを見せられたマリーは自らの絶対的な優位が揺らぐのを感じるが、それはそれで面白いと不敵な笑みを浮かべた。

「ふふっ………これは僥倖(ぎょうこう)! 我が短き生の内に二度も伝説を垣間見るとは! 鼓動の高鳴りを感じるぞ。この戦い、どうやら至極単純な物になったようだ。お前のボルテージが上がるのが早いか、それとも私が殺すのが早いか。勝負といこうではないか!」

 今まで受け身だったマリーが動く。狂気に触れた笑みを浮かべ、まっすぐにのかなに向かって走り出す。それを防ぐようにことかとめろんが立ちふさがるが、マリーはそのまま突撃し、放たれた魔法を弾きながら二人を黒き翼による圧倒的な暴力で薙ぎ払った。

「邪魔だ!」

「うぐぅ!」「きゃあ!」

 バリアごと吹き飛ばされた二人は壁に叩きつけられる。ダメージこそ軽微だが、攻撃による衝撃で少し間動きを封じられる。

 その隙にのかなへと到達したマリーはそれの回避運動の先へと回り込み、にやりと笑った。

「どこへ行く? この先は行き止まりだぞ」

「『…………っ!』」

 魔法を放とうとするのかなをマリーは翼の手で押さえこみ、そのまま握りつぶす。

「終わりか…………あっけない。いや、これは…………!」

 妙な感覚に翼の手を開いて確かめるとそこにはくしゃくしゃになった紙があった。ダミーだった事をマリーが悟ると同時に辺り一面にのかなの分身が展開される。

 それを見た瞬間、マリーの顔が切り替わりマグマのような怒りを露わにした。

「小細工を…………。そんな技が私に通用すると思ったのか? それとも私を愚弄しているのか? このマリー=マールも舐められたものだ。…………いいだろう、私を侮るとどうなるか思い知らせてやる」

 大きく息を吸いこんだマリーは魔力を集中していく。大地が揺れるほどの魔力の高まりが全てを破壊する力の前兆なのだとその場に居る全員が理解した。とてつもない攻撃が来ると理解したことかはとっさに叫んだ。

「みんな逃げるんじゃ! こんなもんまともに食らったら骨も残らんよ!」

 言われなくても誰もが分かっていた。しかし、逃げようとした所を魔王達により阻まれ、否応なしに足止めされる。

「くっ! 時間が無いっていうのに!」

 焦りが動きを鈍らせる。そうしている間にもマリーの力は高まり続ける。やがてそう遠くにも行けない内にそれは爆発した。

「あっ」

 誰かから声とも音ともつかない何かが漏れ、世界が白に塗りつぶされる。光の次に通り過ぎたのは風であった。激流のような激しい風が肉を切り刻み、後からやってきた衝撃が骨を砕き、最後にやってきた熱が全てを焼き尽くした。爆発は雲を作り、巻き上げられた土砂が銃弾のようにありとあらゆるものを撃ち抜いた。

 この世の終わりが来たのかとも思える爆発が鎮まった時、そこには何も残っていなかった。巨大なスコップでめちゃくちゃに地面を掘り返したかのように地面が抉られ、草の一本も生えてはいない。遥か遠くの木々さえも幹をへし折られ、もう元に戻る事は無い。

 宙に浮かぶマリー=マールは辺りに倒れていることか達を見て、ふぅと息を吐いた。

「やりすぎてしまったか…………。いかんな、せっかくの相手だったのに。少し力を出すといつもこうだ。私が悪いわけじゃないんだぞ、お前達がすぐに壊れてしまうから悪いんだ。せめてパウラ達のように不死身だったら良かったのに…………」

 再生した魔王達を傍らに、マリーは冷たく眼下のパウラを見つめる。蘇ったパウラはしばらく茫然としていたが、倒れている皆を見ると震えながら叫んだ。

「お、おい…………嘘だろ…………。外道女! 大砲娘! スマシ野郎! のかな! みんな逝っちまったっていうのか…………? 嘘だって言ってくれよ、なあ! 返事してくれよ! どうして誰も答えてくれないんだよ!」

 パウラの悲痛な叫びは死の大地にむなしく響いた。マリーに歯向かえばこうなる事は分かっていたのに、ほんのわずかでも希望を持ってしまった自分が憎くてしょうがなかった。

「チクショウ…………。結局あたしは何も変えられないのかよ、いつまで経っても無力な自分のままなのかよ…………。こんな思いをするなら何も考えない方が良かった、人形は人形のままで良かったんだ。それなのにあたしは…………あたしは…………! うああああああ!」

 絶望に打ちひしがれたパウラは膝をついてうなだれた。その頬を静かに伝う滴は地面に吸い込まれて消えていった。

「今は悲しむがいい。この経験がお前を変えてくれるだろう」

 しばらくしたらなぐさめてやるか、と考えていたマリーはふと倒れている者の中にのかなの姿が無い事に気づく。魔力の少ないのかなの事だ、大方跡形も無く吹き飛んでしまったのだろうがマリーは嫌な予感が拭えない。

(もし、あれを食らって生きているとしたらまずい事になる。詠唱開始からどれほどの時間が経った? 貧弱な雛が成体へと変化するには十分すぎる時間だ。あの爆発の最中に詠唱を続けられたとは到底思えないが、もし途絶える事無くその炎を灯し続けたとしたら…………)

 緊張のあまり、マリーはごくりと唾を飲み込んだ。

(私の首に刃が届く…………!)

 数日前、ジャネットがのかなに倒されたのを知った時、マリーはどうしてそうなったのか理解できなかった。ステータス的に考えればどうあがいたとしても勝てる相手ではないのだ。油断や偶然では片づけられない不思議な出来事であった。

 だが対峙して分かった。のかなは勝利に必要な何かを持っている。それが幸運の女神のような超然的な物なのか、それとも戦闘経験による白刃の見切りなのかは分からないが、ただ一つ確実な事がある。それはのかなが今間違いなく生きていて、途切れる事なく詠唱を続けているという事だ。

 強者としての感性が告げている。仄暗い地の底で育った化け物が光の大地に姿を露わそうとしている事を。

「――――――♪」

 静寂の世界にどこからか歌が響く。いくつも重ねられた音は最早人間の声とは思えず、一言で世界を意のままに操る旋律はどこか神々しさすら感じられる。

「…………! まさか!」

 ザッザッ、という足音にパウラは涙に濡れた顔を上げる。その瞬間、驚きが顔一面に広がり今度は悲しみではなく喜びの涙を流した。

「『まだだよ…………まだ終わってない! 私はまだ何も為しちゃいないんだ…………。ここで終わるなんて絶対に嫌だ!』」

 そこに立つのかなは満身創痍でどうにか立っているという(てい)であった。今にも倒れてしまいそうだったが瞳の光は強く、体から溢れだした力が周りに渦巻いていた。

 自分に匹敵する力の奔流を感じたマリーは今までに感じた事の無い恐れという感情と共に冷や汗を流した。

(手が震えている…………? このマリー=マールが恐れているというのか? こんな魔力の欠片も無い貧弱な存在をこのマリー=マールが恐れているというのか!? 認めん、認めてたまるものか! 私の価値は魔法少女としての価値。魔法少女としての価値は勝ち続ける事。負ければ私はもう私自身ですらない。負けてたまるものか、私もまだ何も為してはいないのだ!)

 杖を握る手に力が入る。のかなのボルテージは十二分に高まっている。もはや一刻の猶予もない。二体の魔王に攻撃させ、その隙にマリーは詠唱を開始する。

(お前ほどの詠唱速度はないが、私には才がある。いかにお前が強力な魔法を放てようともせいぜい四、五発がいい所。先ほどの私の攻撃を防ぐために一回分は潰れたはず。さらに魔王共は不死身だ。概念ごと破壊しようとも、私が居る限り何度でも再生できる。仮に何らかの方法で突破できたとしても私は別の魔王を呼べばいいだけだ。魔力量の違いが勝負を分ける。それは(いにしえ)より受け継がれてきた魔法少女のカーストだ。お前ごときでは私には到達できんのだ!)

 焦りを覚えながらも勝ち誇った笑みでマリーはのかなを見る。だが、その瞳に宿る地獄の業火のような光を見た瞬間、笑みは凍りついた。

 すっ、とのかなの両手が魔王達に向けられる。その手の中にこぶし大の光り輝く炎の玉が形成される。勢いよく投げ付けられたそれは魔王達のバリアに当たると砕け、凄まじい炎で二体を包み込んだ。

「『不死炎』」

 あまりに強力な炎は容易くバリアを破り、魔王達を焼き尽くす。だが、その程度では通じないとばかりに魔王達は再生してしまう。

「血迷ったようだな。いくら強力な攻撃であろうとも死は等しく一度しか与えられん。これでお前の魔法は残り一発だ!」

「『…………』」

 のかなは慌てることもなく、マリーを見つめている。その目には絶望も希望も映っていない。ただありのままの真実を受け入れる覚悟だけがある。

 その冷静さが余計にマリーを焦らせる。

(な、なんだこいつは、どうしてこんなに冷静でいられるんだ? 恐れていないのか? この私を。魔力も残りわずかで味方は誰も居ないというのにどうしてここまで普通でいられるんだ? もしかして、この後に及んでまだ私を救うとか思っているのか? だとしたら狂っているとしかいいようがない。お前の目には一体何が映っているんだ、桑納のかな!)

 不安を取り去らなければ、そう思ったマリーは魔王達に命令を出す。しかし、魔王達は何故かその場から動こうとしない。

「何故動かない? …………まさか!」

 何かされた事をマリーが悟った瞬間、一度消えたはずの炎が再び燃え上がり魔王達はその身を焼かれる。そして再生しても再び炎は蘇り魔王達は焼きつくされる。魔王達が蘇る度に炎は何度でも蘇り、繰り返す再生によりマリーの魔力は削られていく。

(これは…………呪いか。確かにこれなら不死身相手でも効果的だ。まさか魔王の耐性を打ち破ってくるとは油断していた。早く方程式を書き変えなければ…………いくら私といえども魔王を何度も蘇らせていたらあっという間に干上がってしまう)

 魔王達を引き下がらせたマリーは召喚や再生を制限されるほどに大きく消耗したものの、まだ普通に戦うには十分過ぎるほどの力は持っている。

 詠唱しながらマリーはテレパシーをのかなに送った。

「『やるな。だが、その呪いの炎は私を殺せるとしても救えはしないぞ。お前の放てる魔法は後一発、ここまで私を追い詰めた事に敬意を表し先に撃たせてやる。私を救うとかいうその驕りを破壊することにより我が勝利を完全なる物としよう。…………こい、のかな。決着の時だ』」

「『…………』」

 のかなは反応も無く詠唱を続けていた。それは風を待つ鳥の様に何かを待っているようでもあった。のかなの魔力は残りわずか、マリーのバリアを打ち破り効果的な一撃を与えるにはあまりにも力が足りない。マリーの言う通り破壊に特化すれば殺すことはできるだろう。しかし、それは過去と同じ悲しみを繰り返す事だ。絶対に避けなければならない。だが今ののかなに打つ手は何も無く、ただ時間が過ぎ去るのを待っているしかなかった。

「『…………こないのか。それもまた良し。我が一撃を受けて灰塵に帰するがいい!』」

 マリーの目の前に展開された無数の魔法陣が回転を始め、そこから放出された様々な色の光線が混ざり合いながらのかなへと襲い掛かる。光線は途中で異形の怪物へと姿を変え、さらに勢いを増して突撃する。

 のかなはそれを見ると静かにまぶたを閉じた。

「『…………色々な事があった』」

 走馬灯というのだろか、のかなの脳裏に過去の映像がさっと流れていった。

「『悲しい事も苦しい事もたくさんあった』」

 記憶の中の自分はいつも何かに抗ってばかりであった。まるで戦えない誰かの代わりに抗うかのように。

「『でも、きっとそれは無駄な事なんかじゃない。迷ってばかりでちゃんと進めているのかも心配だったけど、私は間違いなく前に進めていたんだ』」

 己の中の光が形になる。それが記憶の中の闇を消していく。

「『私はずっと何かを探し続けていた。今やっとその何かを手に入れられたんだ』」

 防御姿勢を取らないのかなに直撃したマリーの魔法が激しい爆発を起こす。延々とあがり続ける煙は戦いの終わりを告げる狼煙のようにいつまでも消える事はなかった。

 マリーは肩の力を抜き、大きく息を吐く。

「強敵だった…………。やはり試練は過去からやってくるものだ。因果はそうそう断ち切れるものではない。このマリー=マールですらそう思うのだ、多くの者は運命の奴隷に過ぎないのだろう。だが、私は試練を乗り越えた。この先の未来は輝かしいものになるだろう…………」

 声を上げてマリーは笑いだす。それは永遠に続く闘争と魔法少女の繁栄を意味していた。魔法を実質的に支配しているマリーはやがて世界すら完全に己の物とするだろう。彼女に逆らう者はもう誰も居ない。ここから新しい時代が始まっていくのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ