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宅配人は混乱を招く





宅配人は混乱を招く









「ご馳走さまでした!」


自分で思っていたよりも明るい声が出てしまった。

食事を始める前の苛立ちは何処へやら、だ。


ヘレナはそんな俺の様子にクスクスと笑いながら食器を下げる。


「本当に美味しかった、即興で作ったとは思えないくらい」


「えっと…これだけは、誰にも負けない自信があるから」


「…へぇ」



毎回歯切れの悪い返答をしてくるヘレナがそんな強気な発言をしたことに純粋に驚いた。


「他の事は…あんまり得意じゃないし……」


後に続いた言葉に納得して大きく頷くと涙目になって抗議してきた。


「そ、そんなに大きく頷かなく…ても………」


「もっとシャキッとしなよ、語尾弱くなってきてるし」


「うっ………ごめんなさい」


「いや、謝って欲しい訳じゃないから」


それより、と話題を変える。


「泉とやらに連れていってくれるんでしょ」


その言葉にパッと顔をあげ、そうだった…などと呟いている姿に、何だか落ち着かない気分になる。


―――まさかね………。


まだその正体すら掴めないまま、自分の中の不思議な感情を噛み殺した。


「あっ泉ですね、では…行きましょう」


ヘレナは慣れた手付きで焚き火を消すと、イギルを誘導するように歩き始めた。テントが密集している地帯を抜け、獣道を進む。

ここまで歩いてきて思ったことがある。


ヘレナは恐らく千里眼の持ち主だ。


だって視力が人よりもあり、更に山育ちであるイギルですら危うく躓きそうになるのにも拘らず、彼女の足取りは驚くほどに軽かったのだから。


「泉へは何度も行ってるの?」


そう聞いてしまったのは必然的だと思う。


「え?いえ、私達は、色んな所を転々としてるから…」


後悔は後でするものだとは知らずに。


「それにしては随分と上手く歩くよね」


「あ、あの…空気のですね、音を聞くんですよ」


「空気の?またテレパシー関連?」


テレパシーに関しては先程ご飯を食べている時に説明をしてもらっていた。



謂わば声を使わずに思念だけで意思の疎通を謀るのだという。




それにしても先程から言っている事が可笑しすぎる。自分でも眉間に皺がよったのが分かった。


「いえ。

……あの、あなたもリーダーに教えられるなら…出来るようにならないと……かも…」


かなり言い難そうに言う彼女に目をこれでもかと開いて見せる。


そんな荒業、出来る出来ない以前にどういう原理でやっているのかが分からない。

更に深く聞き出そうとするとヘレナは何かを見付けたように表情を緩めた。


「つきました」


彼女の呟きに促されて視線をやる。

そこには森が拓けた土地に水の張られた巨大な窪みがあった。

窪みの淵には3人の人影、その内の1つにアイルの面影を見付けて声をかける。

「アイル!」


自分の声に反応した人影を確認して、不思議と安心している自分がいた。


しかし振り返る彼女を見た瞬間、イギルの中で時が止まったのが分かった。

首を回した時に靡いた短い金髪が陽光に照らされて一層輝きを増す。

ぱっちりと見開かれた青い目は、イギルの姿を映すと柔らかく形を変えた。


「イギル」


何だか胸騒ぎがした。

原因は分からない。

自分が何を望んでいるのかも分からない。


ただ言い知れない恐怖がイギルの胸を占めていた。


嗚呼、この人は…


どんどんと自分とは全く違う、他人になって行くのだ…。


心臓が一つ大きな音をたてて鼓動した。


「イギル…?」


ヘレナが服の裾を掴んで心配そうな表情を見せている。

そんな様子の彼女を見てやっと我にかえった。


見れば少し離れた所にいる3人も不思議そうな顔でこちらを見ている。


「…ごめん」


重ねて言う。


「アイルにこれを届けに来たんだ」


軽く掲げて見せたのはメリウスに持たされた黒剣。

アイルはそれを見て些か複雑そうな表情を見せた。


「アイル?」


「なんで?」


「え?」


呟きの意味合いを上手く読み取る事ができなくて質問を重ねた。

するとアイルはいつもの笑顔に戻って


「何でもない、ありがとう。そう言えば肌身離さず持っておけって言われてたんだった」



とだけ言って、剣を受け取った。

ずっと持っていた重みから解放されて腕が楽になる。しかしそれと同時に剣が淡い光を持ち始めた。


「!!?」


光が段々と強くなってゆく。

やがてその光は、剣の中に吸い込まれるようにして収まった。


「そう、あなた魔法使いね?」


その場の誰もが騒然とするなか、口を開いたのは半身を水に浸した見知らぬ女性だった。


「………」


魔法使いという単語に些かの違和感を覚えてしまう。自分は魔法なんてものを使った事はない。

普通の子供なのだ、と。


しかし現実はそんなことを言ったくらいで納得してくれる程甘くは無いようで、次の瞬間には目の前に迫って来た水の塊が俺をのみ込んだ。


「そういうことなら、悪いけど試させて貰うわね」


水の中でそう聞いた気がした。

しかし空気の無い状況に耐えきれず、俺の意識はそこで途絶えた。




ほしがよぞらをつれてやってくる


だからぼうや

ぼうやよいこね



ゆりかごにはいっておねむりなさい




ふかいふかい


うみのそこへ




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