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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第二幕 堕ちた聖域
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「火明の一族」


「ええ。封を解かれた怨霊が、こちらに進んでくるのが見えましたのでね。急いで宮の者たちを西の里へ避難させて、被害を最小限に抑えるためのまじないを施したのです。一気に力を使ったおかげで、このように小さな姿を取らざるを得なくなってしまいましたが」

「なるほど、だからこの殿舎だけ毒気が薄かったのか」

 清白は思わず呟いた。

 つまり、この殿舎に死体がまったく見当たらなかったのは事前に全員を退避させたからで、刑部姫が一人残っていたのは怨霊の毒気を抑える術を起動させるためであり、彼女が童女の姿をしているのはその術に大きな力を割いたせいである、と。

「では、刑部様。かつて封呪の石碑を作り出されたというあなた様に、どうかご助言を賜りたく──。あれを捕らえて再び眠りにつかしめるためには、どのような方策が有効でしょうか」

 じかに接すればたちまち命を吸い取られ、近づいただけでも濃厚な毒気に当てられる。荒ぶる祟り神に等しい存在である。捕縛といっても生半可な手段では太刀打ちできない。

 例えば、どこかの平原に巨大な罠を仕込んでおき、そこへ怨霊をおびき寄せて、鎮め、上から何重にも封印する。そうした大掛かりな手立てを用意しなければならないことは承知しているのだが、いかんせん情報と知識が乏しくて具体策を練りようがないのである。

 つと、刑部姫が立ち上がった。

 涼やかな音を立てる櫛の珠飾り。金襴の腰帯から流れた白緑色の裳裾(もすそ)が、彼女の足元に波紋のように広がる。姫が歩を進めるたびに繊細なひだがさらさらと揺れ、心地よい衣擦れの音が清白たちの耳をくすぐった。

「確かに、殺生塚と呼ばれたあの封印石を作ったのはわたくしです。そして、穢れにさらされたこの殿舎を清めたのち、新たに同じ石碑を作って第二の殺生塚に据えることも、可否を問われるならば『可能』とお答えいたしましょう」

 ぱっと表情を輝かせた葛葉を制するように、刑部姫は「けれど」と続けた。

「けれど、わたくしの作り出す封印石は、あくまでも封じの術式を完成させるための、総仕上げの一手。最後のひと押しなのです。それさえあれば怨霊を抑えて封じ込めることができる、というものにはなり得ません」

「つまり、弱らせるなり酔わせるなり、あれの動きを抑えるための手が別に必要ってわけだな?」

 清白のくだけた物言いにも、刑部姫が気を悪くする様子は見られない。品よくうなずいて、憂いを帯びた緑柱石の瞳をそっと伏せた。

「いかに妖力甚大の天狐族とはいえ、生まれ持った力だけであの怨霊を絡めとることはまず不可能でしょう。素手で雪崩を受け止めようとするようなものです」

「……では、その昔に父や刑部様があれを封じた折には、どういった方策を用いられたので? 我々はこれから一体どのようにしたら」

 つかの間考え込んでいた葛葉が、胸中の切実さを隠しきれない様子で訊ねた。

 『封印石を作ることができる刑部姫』と面会して教示を得られれば、封印の具体策を立てられる。やみくもに怨霊を追うだけの現状を打開できる。そう踏んでここまで駆けつけて来ただけに、姫の語った事実は、少なからぬ衝撃を葛葉と清白に与えたのである。

火明(ほあかり)の一族」

 刑部姫の口調は明朗だった。

 胸元から取り出した小ぶりの扇──葛葉が戦場で使うような鉄扇ではなく、身分ある女性の普遍的な日用品──で口元を覆い、幼き姿をとった人妖の古老は粛々と語り始める。


 死の化身に清浄さを乱された宮居にて。

 葛葉と清白は、その手に一縷の希望を掴もうと懸命だった。

 滅びの怨霊の解放より八度目となる黄昏が、音もなくそっと殿舎を包み込んでゆく。





続く


第2幕。

とりあえず記憶を振り絞って、良い知恵を授けてくれそうな老賢者を訪ねた二人。王道ですな。

ちなみに刑部姫と葛葉の父親(白蔵大主)は同じ天狐種族の旧友です。


立ち止まって殿舎を眺める→殿舎へ入る→刑部姫と対談

これだけの内容なのに文章が少々長くなりすぎたかな。

『唐絹裳』は十二単のような衣装を想像してくださってOKです。典雅なお姫様なイメージで。


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