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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第十三幕 古の巫女
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「……という話だったんだ」


 荒れ果てた村の人々がなんとか生きながらえることができたのは、その後まもなく、遠く中央から救いの手がさし伸べられたおかげだった。支援物資と共に役人たちがやって来て、村を立て直す手助けをしてくれたのだ。

 巫女が病床から書き送った嘆願が、御上に聞き届けられたのである。


「それ以来、この村ではつがいの人形を祀るようになったのさ。二人の魂を慰めるためにね」


 と老婆は話を締めくくった。

 彼らが命を落とした時節にちなみ、女の着物には曼珠沙華が、男の着物には桜が描かれるのだという。

 一同の視線が二体の人形に吸い寄せられる。

 現世では結ばれなかった男女の形代は、手と手がぴったりと縫い合わされて、まるでひとつの生き物のようにも見えた。



   *



「……という話だったんだ。これを聞いて雲取、あんたはどう思う?」


「ふむ。つまりお前さん方は、ワシのいない間にみんなして団子を買い食いしたってことだな! けしからんぞっ」


 しばしの沈黙ののち、葛葉がこれみよがしに深いため息をついた。


「だから言うたであろ。こやつに意見など求めても無駄じゃと」


 村の言い伝えの中に、気になる点があったのだ。

 『巫女が怨霊と化した』。

 『幼子が毒気の中へ踏み入っても命を吸われなかった』。

 もちろん昔の出来事ゆえに誇張や曲解もあるだろうが、その二点は看過できない要素に思われた。

 そして辺りを気ままに飛び回って羽を伸ばしてきた雲取と合流し、茶屋の媼の話を伝えて最年長者に見解を請うたところ、返ってきたのがこの歯切れの良い返答である。


 怨霊は、最初から怨霊として生じたものではないのか。

 怨霊の間近に居合わせても毒気の影響を免れる場合があるのか。

 それを再び封じるために旅に出たというのに、考えてみれば肝心なことを何も知らない一行であった。


 葛葉の脳裏に浮かんだのは、木霊たちの穂積の里へと向かう途中で出くわした『獣人』の姿。ヒトが大きな力を宿せば人外と化すことがあると、あのとき雲取は言っていた。

 だとすると、この村の言い伝えの信憑性は高いのかもしれない。


「個人差はあるけれど、人妖よりも人間のほうが穢れに強いものね。妖力がないぶん自然界の気脈の影響を受けにくいから。毒気の中でも無事だったっていうのは、そうおかしなことでもないと思う」


 リッカの発言に清白が頷いた。彼は怨霊解放の現場となった白碇城に踏み込み、衰弱しきった葛葉を濃密な毒気の中から救い出したのだ。いわば実証者である。

 人間は、怨霊に接近しても、必ずしも命を吸い取られるとは限らない。どうやらそう考えてよさそうだった。


 それにしても、とリッカが嘆息した。「情念によって怨霊に成るなんて度し難いわね。人間ってのは寿命は短いし身体も脆弱なのに、まったくこれだから油断ならないわ」

 葛葉は唇を引き結んだ。

 古の怨霊は、力ある巫女がその前身だったというのならば。


(白碇城に封じられていたあの怨霊にも、なんらかの前身が……?)


 怨霊に、成る。脳裏に思い浮かべただけでもおぞましい響きの言葉だ。

 今なお命を食い荒らし続ける怨霊の正体を知る者が現世にあるとすれば、刑部姫に他ならない。かつて葛葉の父・白蔵大主と共にそれを封印した賢者。すぐにでも直接会って訊ねたいが、彼女は新たな封呪の碑を作っている最中だ。作業場である殿舎まで引き返すわけにもいくまい。


(次に連絡を送る際に訊くかの)


 不意に鳥肌の立った腕を押さえながら、葛葉は村の方角を振り返った。

 かつて怨霊によって滅ぼされかけたという小さな村は、今では平穏そのものに桜の季節を愛でている。

 縁台に置かれた一対の素朴な人形だけが、もの言いたげに見送っているような気がした。



続く


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