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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第十三幕 古の巫女
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「えげつないことするわねぇ」


「えげつないことするわねぇ」


 呆れたようなリッカの声に、固唾を飲んで話に聞き入っていた葛葉は我に返った。

 形の良い眉をひそめたリッカが「ほんっと、えげつないわ」と繰り返し、串団子を一口かじる。目を細めた表情から察するに、どうやら団子がお気に召したらしい。

 うららかな春らしい気候の中、茶屋の縁台で花見団子。このあたりはやや冷涼な気候のおかげか、桜はどれもまだまだ花盛りだ。実に風流である。怨霊封じの旅の最中でなければ、の話だが。


 ──葛葉の暮らしていた白碇城を発端に、刑部姫の殿舎へ。土蜘蛛に守られた森を通って木霊たちの里に入り、そこから鵺の里を訪れた。行程を俯瞰すると、おおむね北東へ向かって進んできたことになる。

 まるで桜の開花前線を追いかけるように行く先々で花霞を目にしているが、あの猛毒の怨霊が近くを通ったと思しき一帯もあった。生命を根こそぎ吸い尽くされて枯死した土地には季節感などあるはずがなく、気脈すら深く傷つけられて息絶えていた。

 絶望的なあの光景を、思い返すたびに胸が疼く。脳裏に焼きついて離れない。


 穂積、物部に次ぐ火明の氏族のもとへ急ぐ道すがら、一行は食料などの補給のために人里へと立ち寄ることにした。

 主要な街道から離れた小さな里だが、葛葉たちが人間の領域に立ち寄るのはこれが初めてである。術をかけて人妖の外見特徴をごまかし、やや緊張しつつ行ってみれば、何も怪しまれることなく普通に携行食を買い求めることができた。おそらく内心最も安堵したのは清白だろう。

 何をしでかすか分からない雲取が一緒であれば容易には済まなかったに違いないが、「ヒトに化けるの面倒くせえ」と別行動を取っていた。ありがたい限りである。


「うちの団子は美味いだろう? せっかくのお天気だ、ゆっくりお茶もお飲みよ」


 茶屋の老婆は愛想良く茶を注ぎ足してくれた。よほど暇を持て余していたのか、旅人が珍しいのか。

 人々の様子を見るに、怨霊が解き放たれて被害が出ていることなど知らないようだった。

 葛葉たちが団子を注文するついでに、里のあちこちに飾ってある風変わりな人形について老婆に訊ねてみたところ、思いがけず堂に入った昔語りが始まったのである。

 見れば、隣に腰掛けた清白も小さく息を吐いている。やはり話に集中していたようだ。


 男女一対の人形。この茶屋にも飾られているそれは、何よりも人目を惹くのが人形たちの纏う着物の柄だった。

 男が黒地に桜、女のほうは白地に曼珠沙華。人形本体は大きさも顔の作りもまちまちなのに、着物の柄だけは村中どの人形を見ても同じ装いに整えられているのである。


「桜と曼珠沙華とは変わった取り合わせだな」


 人形を見つめたまま清白が呟く。


「ああ、この言い伝えには続きがあるのさ。まあお聞きよ」


 老婆は自分の湯呑にも茶を注ぎ、ゆっくりと昔語りを再開した。




 人形師の末期は、幾人かの村人を介して鎮守の森へともたらされた。

 ──さらなる悪夢の幕開けである。


 巫女は嘆き、怒り狂い、穢れを加速させて病の床についた。穢れと怨念に浸かった巫女は元の清雅さなど見る影もなく、誰にも手の施しようがなかったという。

 現世の全てを呪いながら、彼女は半年の後に息絶えた。桜の季節だった。

 そして異変はすぐに始まった。

 怨霊が現れたのである。美しかった以前の顔で、巫女装束すらそのままで。

 生まれながらに霊妙なる力を持っていた巫女は、怨嗟を抱いたまま肉体の枷を解かれ、人外の存在へと転化したのだった。


 言葉は一切通じず、無慈悲に、無差別に村人の命を奪っていく怪異。

 集団暴動を起こした者たちは、その行いが故郷に自ら火を放つに等しかったことをようやく理解したものの、時すでに遅し。巫女の怨霊は祟り神となって猛威を振るった。

 もはや村中が死に絶えるまで彼女は鎮まらない──

 恐怖のあまり故郷を捨てようとする村人もいたが、街道へ逃れる前に必ず亡骸を晒す結果となったという。


 そうした中、巫女の荒ぶる魂を慰めたのは、たった一人の幼子だった。

 なんの力もない、言葉すらまだ覚束ないような、ただの村人の子である。貧窮と怨霊騒ぎの最中、親が目を離した隙に起きた出来事だった。


 辺りに漂う毒気に気づかずよちよちと踏み入り、幼子は巫女に人形を差し出したのだ。単なる玩具ではない。それは件の人形師が作ったものだった。

 人形師が殺された後、家財道具は売り払われ家屋も取り壊されたが、子ども時代の習作のような作品まではさすがに値がつかず、村の童子たちに無造作に与えられたのだ。

 幼子から受け取った人形を胸に抱き、怨霊はひときわ高く咽び泣いた。

 泡を食って我が子を抱き取った母親の目の前で、やがて巫女の姿は舞い散る桜の間に溶けて消えていったという。



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