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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第十二幕 錬金術
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「千里の道も一歩より、じゃな」


「あんたの場合、なまじ妖力があり余ってるから構成が雑なのよね」

「雑と言うな」


「事実でしょ。美しくないったらありゃしない」


 湯で柔らかくほぐした乾飯を口に運びながら、リッカがため息まじりに蒸し返す。

 何気ない所作にもどこか品が漂うその姿は、動きやすい旅装であってもしなやかさを感じさせる。舞扇を持って構えればそれだけで華やかな絵になりそうだ。


 物部の里を出発してほどなく、リッカの性別は清白と雲取にも知られることとなったのだが、当初の二人はなかなか信じられない様子だった。リッカの美貌と細身の肢体、言葉遣いや仕草。違和感などどこを探しても見当たらないのだから無理もない。『似合うから女装しているだけ』という本人の弁も、分かるようで分からないのだろう。


 確かにややこしい輩ではある。

 女性の着物を纏って紅を引き、それでいて特段女性として扱ってほしいわけではないと笑って主張するのだ。入浴すら男性組と一緒でかまわないと言い(かといって葛葉と一緒を希望されても困るのだが)、ごく無造作に着替える。むしろ清白たちが若干うろたえていた。


 葛葉の見たところ、要するに、リッカは生まれ持った性別が男性であることにさして抵抗感など持っていなそうだった。ただ自分の美貌がより映える衣装を纏い、それに応じた立ち居振る舞いを演じている。

 物部の民、鵺のリッカはそういう人物なのだと、数日かけて清白たちもそう単純に受け入れたようだった。


「妖力の総量はどう修行したって増やせないけど、構成を組む技術なんてものは誰でもある程度の水準までいくものなのよ。努力次第でね。なのにまったくあんたときたら。怠慢よ、怠慢」


「承知しておるわ。だからほれ、こうして今も実地鍛錬に励んでおるのじゃ」


「……なあ、葛葉」


 しれっと言ってやると、煎り豆をかじっていた清白がつと視線を上げた。


「鍛錬はまことに結構だと思うんだがな。もうそろそろ降ろしてやったらどうだ」


 清白が指さす先には、木の枝からぶら下げられて揺れる雲取の姿。巨大な蓑虫そっくりだ。葛葉の術によって封じられた口で、何やらむうむう唸っている。

 身体全体でしきりともがくせいで枝が不穏な音を立て始めているのだが、むろん葛葉としては知ったことではない。

 まったくもって頭の痛いことに、ここのところ雲取を吊るすのが日課と化していた。口の減らない鴉天狗は強烈な仕置きを据えてやってもちっとも懲りやしない。図太さだけは国一番か。


「そうは言ってものう。あと小半刻も続ければきっと捕縛の術に磨きがかかるぞえ」


「むうう! んうーっ!」


「うめき声がやかましいだろう。せっかく用意した飯も冷めちまうし」


「では食後に改めて吊るすか」


「妖力の無駄遣いはよしなさいって」


「んむうぅぅっ!」


「無駄かのう」


「無駄でしょ。無益だもの。垂れ流しにしてるようなもんよ。そりゃああんたにとっちゃその程度の浪費はどうってことないんでしょうけど。というか、いっそのこと妖力を強制的に抑えるような封じ具でもあればいいのにねぇ」


 使える妖力が減れば自然と術の構成を工夫する癖がつくでしょうに、と話を戻したリッカはまたしても嘆息する。

 葛葉とてここまで言われるとさすがに心許なくなってくるというものだ。平時ならまだしも、荒ぶる怨霊を追う旅の最中なだけになおさら堪える。


 ──少ない力で最大限の効果を。構成技術の未熟は研鑽不足と心得よ。


「大事なのは構想よ。羽虫で鯛を釣るとか、小石で熊を倒すとかを思い描くといいかも」


 そんな無茶な。葛葉はおののいたが、実際に習得しているリッカを前にすると反論もできない。そして何より、少しばかり挑戦しただけで早々と泣き言を口にするのはいかにも癪だった。


「うむ。やはり日々鍛錬じゃな」


「あ、コラ締め上げるなって、やめ、うげええ……ぐへっ」


「術の重ねがけはそこそこ上手いじゃない」


「雲取が白目むいてるぞ」


「根性の足らん奴よのう。しっかりせい、ほれ」


 空中に湧き出た水が鴉天狗の頬を叩く。

 木にぶら下げられた雲取が責め苦から解放されるまで、もうしばし時間を要するのであった。



 *



「ったくとんでもねえ暴力娘だな!」


「だから言っただろう、聞こえてるぞって」


 盛大に文句を垂れる雲取を清白が半分突き放しつつ一応諭すのだが、相変わらずこの鴉天狗は聞く耳を持たない。


「羽虫で鯛を釣る……? 普通そこは海老ではないのか」


「海老どころかもっと小さな羽虫で大物を釣り上げるってわけよ。一矢で二兎、三兎をも射るだとかね」


 一方、雲取を締め上げるのに飽きた葛葉はといえば、食事もそこそこにリッカと妖術談義を再開していた。


「一朝一夕に身につくものじゃないけど、そうやって意識してれば自ずと違ってくるでしょ」


「そうかのう」


「そりゃそうよ。あんた今まで効率化なんて全っ然考えちゃいなかったでしょ。一昨日だって条件反射みたいにぱっと構成組んでジャージャー妖力注いでたじゃない。それに比べれば今のほうが数段マシだもの」


「ジャージャー……」


「ま、同じ吊るし上げるにしても、より少ない妖力で済むように日頃から構成を研究することね」


 葛葉は神妙に頷いた。


「千里の道も一歩より、じゃな」


 旅程をこなす合間に術の検分を重ねた結果、葛葉は当初の半分以下の消費で雲取を吊るせるようになった。




続く

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