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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第十二幕 錬金術
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「青スジ立ててないで集中しなさい」


 術の構成が、鋭く音を立てて打ち破られた。

 普段より時間をかけて編み上げた直後。妖力を注いで発動させようという、まさにその瞬間に。

 核を砕かれた構成はひとたまりもなく、崩れて風に溶ける。

 葛葉は唇を引き結んだ。驚きに一瞬見開いた目が徐々につり上がっていくのが自分でも分かる。

 三回連続だ。もうこれで三度続けてリッカに妖術を無効化された。悔しさがこみ上げてくるのも当然だろう。対峙する(ぬえ)が美しい貌にさも呆れたような表情を浮かべているからなおさらである。


「まだまだ粗いわねぇ。あり余る妖力頼みのゴリ押しじゃお話にならないわよ。怨霊どころかこのリッカ様の足元にも及ばないって分かってる?」


「ええい、もう一度じゃ!」


 再び術の下地を組み立てる。意識して編み目をなるべく細かく、丁寧に余白を削ぎ落としながら。

 少しでも甘い部分が生じればリッカは容赦なく突いてくる。これ以上呆れた顔を拝まされるのは癪だ。


 物部の里から旅の道連れに加わったリッカは、宣言どおり葛葉に妖術の稽古をつけ始めた。

 術の練度を上げる──つまりは隙を減らし、最小限の力で最大限の効果を得るための訓練である。

 なにしろ天狐族の妖力量ときたら飛び抜けて膨大で、術の構成がかなり大雑把でもそれを補って余りあるほど桁違いなものだから、今まで葛葉はこの類の修練を重要視していなかった。リッカに言わせれば「力押し一辺倒で野蛮」。まったくもって仰るとおり、お説ごもっとも、である。

 人妖の術が猛毒の怨霊にどの程度通用するか皆目分からないが、構成力を磨いておいて損はないだろうというわけで、移動の合間にこうしてリッカと立ち合うのが早くも習慣になりつつあった。


 手を広げた指先にまで力が満ちるように、構成の隅々まで意識を向ける。ゆっくりと己の意志を注ぎ込む。


「おお、まーだやってんのか。まったくご苦労なこって」


 羽ばたいて地に降りた雲取が能天気な声を上げた。野宿に備えて集めてきた枯れ枝を放り出したかと思うと、大喜びではやし立てる。系列が歪んでやしないかだの、重ねた層が無駄に厚いだのと、実にやかましい。

 いつものことなので葛葉は野次り声を聞き流し、目の前の術の組み立てに集中する。


「時間かけすぎー。ハエがとまるどころか日が暮れちまうぞっ」


「こら葛葉、妖力が乱れたわよ。青スジ立ててないで集中しなさい」


「わ、分かっておるわ!」


 なおもからかい声を上げ続ける雲取に背を向けると、少し離れた場所で夕餉の準備をしている清白の姿が目に入った。

 妖力を持たない人間には術の構成を見ることができない。勘がよければ気配のようなものを察知する場合もあるけれど、人妖ほど詳しく視ることは不可能だ。

 だから葛葉たちが稽古をしている間、清白はこうして食事や野営の段取りを調えていることが多かった。携行食の残数を確認したり、愛刀の手入れをしたりと、清白は必要な手順を淡々とこなしていく。人妖三人よりもずっと年若いというのに最も実務的で頼りになる。

 心の中で清白へ礼を呟いてから、気を取り直して集中する。


 構成を組み上げ、妖力を注がないまま一時固定して、核から外側に向かって撫でるように確認していく。より少ない力でより大きな効果を得るために、余剰や歪みを取り除くのだ。

 構成力──妖術の見取り図を描く技術は、この修練を繰り返すことによって磨かれていく。

 同じ術を使うにしても、構成の組み方次第で費やす妖力が違ってくるのである。これまで軽視してきたことが悔やまれるほどの、歴然たる差が。

 工夫すれば妖力は節約できるし、鍛錬すれば構成を練る速度も短縮できる。目の前のリッカがそれを実証していた。

 二日前、腕試しと称して戦いを仕掛けられた葛葉は身に沁みて知っている。リッカの術はおそろしく洗練されていて、そのくせ組み立てるのが速い。つまり発動準備にかかる時間が短いのだ。

 目標とする姿が目の前にあるのはありがたかった。

 無駄なく、速く、果敢に。

 勇猛なハヤブサのように。


「おうおう、焦ってるなァ。肩に力が入りすぎー」


「こら雲取、ホコリを立てるな。煮汁にゴミが入っちまうだろ」


「清白も見てみろよ、ほらアレ。リッカの構成と比べたら月とスッポン、鯨とイワシ、雪と墨っ」


「いや俺にはほとんど見えないって。それよりお前、あんまり構うとまた後で吊るされるぞ。たぶん全部聞こえてるからな」


 清白が雲取を促して粥鍋の火を調整し始めたところで陽が落ちて、稽古はお開きとなった。



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