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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第十幕 星の乙女
36/51

「趣味嗜好よ。似合うでしょう?」


(妾が一対一で後れを取るとはな)


 初めての経験だった。昔から立ち回りや妖術が得意で、戦いに熟練した同胞が相手でも負けたことなど一度もなかった。実戦経験こそあの怨霊解放の戦だけだけれど、人妖ひとりに苦戦する事態などあまり考えたことがなかったのである。


 いかに瑞宝の神威に打たれても、このまま大人しくなぶられるわけにはいかない。

 動かない身体、竦む心を奮い立たせて術の構成を編み始める。が、すぐに困惑することになる。

 いつもなら呼吸をするように自在に妖力を扱えるのだが、意思に反して微動だにしない四肢同様、己の中を巡る力はちらとも応えてくれなかった。練り上げようとする端から構成が崩れていく。


 どうやら妖術もまた封じられてしまったのだと、認めざるを得なかった。

 生まれてこのかた初めて体験する異常事態である。自由になるのは口だけで……、つまり山菜採りに行った清白たちが戻るまでの時間を稼ぐことしかできそうにないのだった。


「さすが世に二つとない至宝じゃの」


 唇や舌も思うようにならず、もつれたような喋り方になってしまう。悔しい。


「見事なまでに身体は動かぬし、どうやら術も使えぬわ」


「さすがの天狐もこの縛からは逃れられないようね」


 嗤いの薄れた声でそう言った鵺は、葛葉を見てはいなかった。胸の前で両手に捧げ持った瑞宝に目を落とす姿には、どこか畏れるような気配がにじみ出ていた。

 敵の動きを封じることができるのならば、戦いにおいてこれ以上の有利はないだろう。それを可能に成さしめる瑞宝の稀有さは計り知れない。葛葉でさえ空恐ろしくなった。


「ちょっと半信半疑だったんだけれど、本当によく効くのね。いいざまよ、白碇のお姫様。まさに蛇に睨まれた(かわず)じゃない」


「誰が蛙じゃ。失敬じゃの」


「あら、そっちこそ何度も暴言吐いてくれたでしょうが。アッタマ弱いんじゃないの? あたしのどこをどう見たら女郎蜘蛛なんて雑言が出てくるのよ」


「……然り。男に対して言う言葉ではなかったのう」


 鵺はぎょっとして動きをとめた。

 動けぬ葛葉と硬直した鵺、両者の間を戦闘の余波で散った木の葉が舞い過ぎていく。


 目を見開く鵺の顔かたちは、何度見てもやはり美しい。やや低めの甘い声を聞いてもなお女性としか思えなかった。

 しかし先ほど垣間見えた喉の突起、あれは女性の身体にはあり得ないものだ。


 やがて鵺は短く嘆息し、蛇ノ紗布を振った。葛葉の拘束がふわりと消え失せる。


「初対面で見破られたのは久しぶりだわ。どうして分かったの?」


 鵺の口調に不自然なところはどこにもない。よほどの演技派か、さもなくば普段からこういう言葉遣いをしているのだろう。


「喉首が見えたのでな。おぬし、なぜ女性を装っておるのじゃ」


 葛葉とて旅に出てからは男装しているが、それは女であることを隠して安全を図るためというよりも単に動きやすいからで、そもそも男に間違われるとは思っていない。他人の目を欺いたほうが良い場面では妖術で確実に見た目をごまかすことにしていた。

 疑問に対する鵺の答えは明快だった。


「趣味嗜好よ。似合うでしょう?」


 満面の笑みを浮かべた表情はひどく蠱惑的で、確かに一抹の迷いもない。


「はあ、まあ、そうじゃのう……」


「別に女装にこだわりがあるわけじゃないんだけど。でも女の姿のほうが綺麗でしょ。あたしの美貌に相応しいわ」


 鵺の弁によると、女の姿のほうが似合って美しいからと女装し、その姿に相応しい口調と振る舞いを続けるうちに、今ではもうこの有様が自他共に定着しているのだという。

 脱力感を覚えて肩を落とした葛葉をよそに、鵺は高らかに言い放つ。


「みな強く美しいあたしを讃えてこう言うわ。【星の乙女】と」


 唖然としてしまったのは数秒ほどだった。葛葉はとりあえず鉄扇を閉じて鵺を見つめる。賞賛に値する妖術構成力の持ち主だというのに、なんだか色々と台無しな気がするのはなぜだろう。


「……星は星でも凶星じゃろ。しかも乙女でもなかろうに」


「ふふん、なんとでも言うがいいわ。一番星は凡人の声など届かないところで美しく輝くもの」


「どう見ても人を惑わす禍つ星ぞえ」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


 それから鵺はリッカと名乗り、打って変わって友好的にあれこれと話しかけてきた。

 妖術に長けた、変わり者の鵺。やはりどうも掴みどころがない。


(つまり、妾は男に素肌を見られたのかえ)


 葛葉は額を押さえて嘆息した。あまり深く考えないほうがよさそうだ。




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