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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第十幕 星の乙女
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「ただの力押しとは、野蛮ねえ」


「何のためにこのような真似を。試すとはどういう意味じゃ」


「そのままの意味よ。瑞宝を託すに足る人物か否か──物部には見極める権利があるはず。そうは思わない?」


 風が凝り、刃となって襲い来る。

 とりあえず単純ながらも厚い防御陣を張って防いでから、葛葉は火の玉を無数に生んだ。いかに助力を請う相手方とはいえ、黙って攻撃を受けてやる義理はない。一斉に仕掛けた。


「ただの力押しとは、野蛮ねえ」


 呆れ声と共に火炎の奔流が巧みにいなされ、かき消えた。音もなく、まるで大きな布に包み込まれたかのように。


「……なかなかやりおるの。自ら戦いを吹っかけるだけのことはありそうじゃ」


「お褒めの言葉ありがとう。あなたは意外とそうでもないようね? 気配を察知するのも遅いし、有り余る妖力頼みで構成は大雑把だし」


 驚異的な速さで術構成を練りながら鵺は嗤う。


「英邁と名高き刑部老が後押ししたそうだけど、まあ同族だからねえ。それは仕方ないとして、穂積の連中はどうしてこの程度の相手に大切な瑞宝を預けたのかしら。まったく木霊ってバカ正直というか素直というか、他人を疑うってことを知らないのよね。阿古耶殿を筆頭として、みんな揃いも揃って単純実直」


 歌うような嘲笑は止まらない。

 鵺の意に従い、今度は氷刃が雨あられとなって降り注ぐ。葛葉が跳んで避けた先、着地点にまで追ってきた。

 軌道修正が効くのは精度が高い証しである。とても数秒で仕立て上げた術とは思えない。


「黙りゃ。穂積の衆を侮辱するな」


「あら気に障った? ごめんなさいねえ。でも本当のことでしょう」


 地に突き刺さった氷刃が瞬く間に溶け、今度は水のつぶてと化した。水の弾丸。当たればただでは済むまい。

 解き放たれたつぶては複雑な軌跡を描いて葛葉を翻弄する。


「聞き捨てならぬのう。阿古耶殿をはじめ、穂積の衆は妾たちを信用して蜂ノ羽衣(すがるのはごろも)を貸してくださったのじゃ。その想いを侮辱するのは、いかに物部の者といえども許せぬ」


 神々の遺産とも言われる火明の瑞宝。代わりのない貴重な品を、阿古耶は無条件で渡してくれた。

 すべては怨霊の脅威ゆえ。

 そう、あの大いなる災厄は命を喰らうほどに力を増すという。野放しにしておけば世の秩序を根こそぎ荒らし、やがて全てを滅ぼすだろう。


「あれは大地に生きる命を片端から喰ろうて強大になるぞえ。時が経てば経つほどにな。ここでこんなことをしておる暇はないのじゃ」


 愛用の鉄扇に力を込めて薙ぎ払う。一瞬で押し負けた水つぶては飛沫となり、幻のように散った。

 鵺は動じない。ますます笑みを深めて新たな術を編み始めた。


「いい加減にしや!」


「言ったでしょ、あなたを試すって。火明の瑞宝を託すに足りる人物かどうか。祟る怨霊を降し得るかどうか」


「物部の一族であっても容赦せぬぞ」


「望むところよ。さあ天狐の姫君、力試しといきましょうか」


 宣旨のように告げる鵺の声が、不気味なまでに美しく響く。

 炯々と輝く切れ長の瞳。

 その眼差しを、葛葉は真っ向から受けとめた。



 ──… * * * …──



 水で洗って、干して、また着られる。その特長から名がついたと言われる水干だが、葛葉の水干袴は今や絞れそうなほどに濡れそぼって身体に纏わりついていた。

 鵺の派手な術が温泉を直撃し、水飛沫を盛大に浴びる羽目になったのだ。

 まったく不快だった。動きにくい上に髪も乱れて頬に張りつく。


 しかも元凶たる鵺は手を休めることなく立て続けに攻撃してくる。その術ときたら緻密で手強く、葛葉は内心舌を巻いた。

 忌々しい。手合わせなどで時を費やす猶予はないというのに。


「これが物部の流儀かえ」


 苛立ちに任せて鉄扇をひと薙ぎする。

 打ち出された力が鵺の護りにぶつかり、弾け、飛び散った余波で周囲の木々が揺れた。木の葉が舞う。


「それはこちらの台詞ね。この程度の実力で瑞宝を貸りたいだなんて、図々しいとは思わないの? 先ほどから力押しばかり。白蔵大主の娘御ともあろう者が」


「……っ!」


「天狐といえば妖力甚大、とりわけ白碇城の一族は結束固く徳も高く、だからこそ封じられた怨霊の鎮護を自ら任じていたと伝え聞くのに。情けないこと」


「だっ、黙りゃ!」


「もちろん黙りますとも。あなたが相応の力を示してくれたならね」




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