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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第八幕 廃坑の秘密
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「採掘していたのはたぶん金銀の類だろうな」


「奇瑞なる神器をお貸しいただけるならば、それはもう穂積の衆から全幅の力添えを賜ったも同然じゃ。ありがたくお借りしとう存じます」

「珍しいお宝かっ!? ワシにも見せ──」

 再び鈍い音が鳴り響く。

 清白がそっと目をそらした。眉間にシワがよっている。

 この絡み気質で軽薄な鴉天狗を、結局ここまで連れてきてしまったのだ。まったくもって頭が痛い。

「大人しうしておれ!」

 声をひそめてはみたものの、周囲を取り巻く穂積衆の面前である。取り繕うすべはない。

 貴重な品を貸してくれるという阿古耶の気が変わらないよう、内心で祈る葛葉だった。



──… * * * …──



 神器、神宝、神璽。神々の遺した瑞宝。

 呼び方は様々だが、要するにそれらは一言で表すと『強力な力を秘めたもの』だ。

 いにしえの時代、八百万の神々が地上に在った頃の名残であり、去りゆく神々に授けられた貴き形見である──という説が有力とされている。

 たしかに瑞宝の由来には謎が多く、形や効力も様々で、火明が所有していた十種の他にいくつもの瑞宝が現存しているらしい。

 思い起こせば、その類の噂話を葛葉も故郷で耳にしたことがあった。いわく、西の岩屋には光放つ勾玉が眠っている。鯛の群れが海神の宝珠を守っている。険しい崖上に突き立った剣は数百年も主を待っている……。

 ほとんど御伽噺のように思えたものだったが、穂積の衆が現物を保管している以上、この世には他にも瑞宝が存在しているのだろう。



 火明の瑞宝は、思いもよらぬ場所に隠されていた。

 穂積の里を抱え込むようにしてそびえたつ鉱山のふもとには、大昔に人間たちに棄てられた坑道があり、その奥深くにひっそりと隠されているというのだ。

「足元にお気をつけて。坑道はアリの巣状になっていますから、くれぐれもはぐれないように。わたしもすべての路を覚えているわけではありませんし」

「分かった。あ、葛葉、その狐火……大丈夫か? こういう場所じゃ火は危なくないか」

「これはただの明かりじゃ。燃えてはおらぬよしに、問題あるまいて」

「おっ、見ろよ、キノコが生えてるぜっ! 食えるかな。意外と美味そうだなァ」

「栽培しているのです。ここの気候はキノコ類に適しているのですよ」

「阿古耶殿、こやつの発言には取り合わずとも良いのです。相手をすれば尚一層つけ上がりますゆえに」

 歩幅の小さな阿古耶を清白が背負い、葛葉の生み出した狐火で足元を照らしながら、一行は廃坑の奥へと進む。

 延々と敷かれた貨車用の通路。凹凸のある岩壁を、鳥居のように組まれた木柱が、同じく延々と支えている。かなり古そうだが造りはしっかりしているようだ。

「鉱山か。採掘していたのはたぶん金銀の類だろうな。一体なんで放棄したんだ?」

「さあ、それは分かりませんが……。伝え聞いた話によると、火明がここ一帯に住みついた頃からすでに廃坑だったようですよ。人間たちが一度棄てたものに再び目をつけることはないだろうと踏んで、安心して本拠地にしたのかもしれませんね。あ、次の分かれ道を左に」

 はるか昔に閉鎖された坑道は、暗く静まり返っていて不気味だった。空気が常温のまま澱んでいるように感じられる。分岐もひどく複雑で、もはや阿古耶の案内なしでは外に戻れる気がしない。

 歩みを進めるにつれて、閉塞感がじわじわと胸を圧してくる。

 風の通わぬ暗闇。落盤や酸欠、水没などの恐れがある古い坑道。揺れる狐火が岩肌に奇妙な影を生む。

 なるほど、貴重な財宝を秘しておくには打ってつけの場所だろう。ここに長居したいとは到底思えなかった。

 右に左にと分岐を繰り返してようやく瑞宝の前に立ったとき、葛葉は思わずため息をもらした。

「着きました。あの台座の上です」

 ぽっかりと開けた空間だった。もとは詰め所だったのか、古びた机や棚らしきものが見える。

 清白の背から降りた阿古耶が示したのは、その中央に据えられた石造りの台座。

 葛葉が手をさしのべて明かりを増やすと、台座に鎮座する一抱えほどの桐箱が白々と照らし出された。房のついた立派な藍色の紐で結わえられている。

「あれが火明の瑞宝……。開けて、よろしいかえ?」

「どうぞ。封じの妖術などはかかっておりません。手にとってください」

 阿古耶に促され、葛葉は背筋を伸ばして前へと踏み出す。

 高鳴る鼓動。期待と緊張が内から溢れてくる。そして、ほんのわずかな畏れも。

 常日頃から無駄口を叩かずにはいられない雲取でさえ、黙ってこちらを見守っている気配が背中に感じられた。

 意を決して飾り紐を解き、桐箱の蓋に手をかける。瑞宝はあっさりとその姿を現した。



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