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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第七幕 迷いの森の守護者
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「なんでもない。大丈夫だ」

「清白、どうかしたのかえ?」

「あ、いや……」

 葛葉に声をかけられて面食らったらしかったが、清白は気を取り直したように軽く頭を振って頷いた。

「なんでもない。大丈夫だ」

 普段どおりに戻った青年に、重ねて言葉をかけたい気持ちを葛葉は自制しなければならなかった。

 清白は気のいい奴だが案外冷静なたちだ。たとえ自分自身のことでも、大丈夫でないものを大丈夫と言ったりはしないだろう。

「って、あああ! 見ろよアレ! ほらっ!」

「なんじゃ、騒々しいのう」

 思考は雲取の大声によって遮られた。頭上に浮かぶ鴉天狗の指し示すほうへ目を向け、

 息を呑んだ。

 乱立する木々の合間から、巨大な蜘蛛がのっそりと姿を現したのである。

 圧倒的な存在感を放つモノノケだった。牛ほどもあろうかという巨大な身体、縞模様の膨らんだ腹、びっしりと細かな毛に覆われた八本の足は葛葉の胴回りよりもなお太い。頭部は猿に似ていた。

「土蜘蛛か! って、待てよ。つーことはさっきの童女もアイツの仕業だな!?」

〈そうだ。あれらは我の化身。おぬしらの本心を問わせてもらった〉

 思いのほか明晰な口調で土蜘蛛は喋る。真円の瞳は黒々と濡れたような光を宿して三人を見据えていた。

〈ここは迷いの森。我は番人。おぬしらはすでに彼の末裔の領域に踏み入っているのだ〉

 近づく者の心を読み、惑わせるモノノケ。

 森のヌシという表現が最も的確かもしれない。外見こそ人の形をしていないが、夜半に襲ってきた獣人などとは比較にならない知性の高さを感じさせる物腰だった。

〈迷うならば退け。信念あらば進め。求めるものは鉱山のふもとにある〉

「そうか。通してくれるのじゃな」

〈天狐、鴉天狗、そして人間。あくまでも災厄を追うならば時を惜しめ。知謀を尽くし、助勢を募れ。我はここを離れるわけにはいかないが、せめて森を抜けるまで道案内をしよう〉

 願ってもない申し出に、思わず三人は喜色に輝く顔を見合わせた。

「心より感謝申し上げる。是非とも頼みたい」

〈天狐の古老──刑部姫といったか、その者の使いはとうに里へ辿り着いている。事情を説明する必要はないだろう。全幅の支援を求めろ。おぬしらにはその権利がある〉

「刑部姫の使い?」

 不思議そうな顔をした清白に、葛葉が補足説明する。

「連絡用の術があるのじゃ。以前に妾が一度使うてみせたじゃろ、旅立ってすぐの頃に。刑部姫のところへ使いを出しても応答がなかったゆえ、たいそう気を揉んだではないか」

「あー、そういえば」

〈行くぞ。近道はこちらだ──といっても道なき道だがな。起伏に気をつけろ、二本足〉

 逸る心を諌めながら、土蜘蛛の先導で一行は歩き出す。

 森を抜ければ鉱山はすぐ目の前だという。いよいよ火明の里だ。


 怨霊を封じる。

 何度も胸中で繰り返してきた言葉を、葛葉は唇だけでそっと呟いた。




 続く


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