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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第七幕 迷いの森の守護者
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「全力を尽くす」

 霧を纏った法師は決然とした声で告げる。

「もとをただせば、此度の惨事は愚かな人間どもが引き起こしたこと。そなたが責を負う必要もなかろう」

 揶揄めいた調子ではない。至って恬淡としたものではあったが、怨霊を封じようと手探りで懸命に進む葛葉の気勢に水をさす言葉には違いなかった。

 そう、確かに一理あるのだろう。

 ひっそりと暮らしていた白蔵大主の縄張りへ踏み込み、白碇城の奥深くで守られていた封印石を壊したのは人間たちの所業なのだ。天狐族は被害者と言ってもいい。

 いくら生き残りとはいえ、災禍を招き寄せた人間たちの後始末を葛葉が買って出る謂れは、ない。

 少なくとも、中にはそう考える者がいるかもしれない、とは葛葉も思う。

 だから得体の知れない法師に指摘されても、さほど驚くことはなかった。

「そうさのう……。道理だの責任だのと言うておる場合ではない、ただそれだけのことじゃ。あの怨霊を野放しにしておくわけにはゆくまいて」

 生あるものに仇なす猛毒の怨霊を鎮め、再び封じることは絶対要件だ。さもなくばこの地は喰い散らされて荒野と化すだろう。

 世間知らずの姫の暗中模索ではあっても、最も詳しく経緯を把握していて動ける者が己である以上、手をこまねいていられるわけがなかった。猶予はない。とにかくできることを為すのみ。

「それに妾は一人きりではないぞえ。協力してくれる者がおるゆえに、な」

 時を惜しんで新たな封呪の石碑を作っているはずの老賢者や、少々口は悪いが底抜けに人の良い青年の顔が脳裏に浮かぶ。ついでに、追い払っても小突いてもけろりとしている、全くやかましい鴉天狗の顔も。

「むろん火明の衆にはでき得る限りの助力を請うつもりじゃ。それも含めて妾は──全力を尽くす」

 言霊を乗せるような宣言だった。

 次の瞬間、風が奔った。

 音を立てて押し流される霧。視界が一気に開ける。朝の光。漂白されていた周囲に色彩が戻る。


〈天狐の姫よ。決意あらば進むが良い〉


 葛葉は呆然とその言葉を聞いた。

 霧が晴れた途端、法師はかき消されたようにいなくなってしまった。現れたときと同様だ。振り返っても見上げても、黒衣姿を見いだすことは、もはやなかった。

 ひょっとして白昼夢でも見たのだろうか。そんな思いが胸をかすめる。

 森の奥、どこか遠くで、かすかに錫杖の澄んだ音が響いた──気が、した。



──… * * * …──



 ほどなく葛葉は清白や雲取と合流できた。

 すぐ近くにいたらしい。浄天眼を使ってさえ気配も捉えられなかったというのに、面妖なことだ。

 しかも、二人とも霧の只中で似通った体験をしたらしかった。ますます怪しい。

「法師の装束をつけておったが、あれはヒトではあるまいな」

「だよな! いやー、ワシも正直たまげたね。肩のあたりで切り揃えた髪の、えらく小柄な童女(わらわめ)がいきなり出たんだよ。こいつがまた薄気味悪くてなァ。こっちの事情から何から全部お見通しってな口ぶりで、あれやこれやと問いただしてきたんだぜっ。ありゃ一体なんだったんだろうなァ」

 興奮した雲取がまくしたて、宙でくるりと一回転してみせる。器用なものだ。背中の翼を使ってというよりは妖術で浮いているらしい。

 見下ろしてくる雲取を閉じたままの鉄扇で小突きながら、葛葉は清白の様子がどことなくおかしいことに気づいた。いつもより少しばかり上の空で、口数が少ないのだ。顔色も優れない。


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