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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第六幕 獣人
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「飢えておるのか、もしや」


 獣人の爪がすぐ傍をかすめる。仕方なしに葛葉が捕縛の術を編み始めると、清白が背にかばうように進み出た。刀の柄を握り直して獣人と対峙する。

 そこへ雲取が疑問の声を上げた。

「とっ捕まえてどーすんだよ。痛めつけて追い払ったほうがいいんじゃねぇの?」

 構成を組み上げる作業が一瞬とまる。確かに、意思の疎通ができそうもない以上、捕らえても解決にはつながらないだろう。返り討ちにすべきか。いやしかし。どうする。

「せめて襲ってくる理由が分かればな」

 獣人と睨み合ったまま清白が呟く。威嚇の唸り声はいよいよ切羽詰まり、地を這うように低い。

「そうだっ、普通の獣に置き換えて考えりゃあいい! 獣が人間を襲うってーのはどんな時だ?」

 鴉天狗の問いかけに、葛葉の脳裏に閃くものがあった。獣が人を襲う理由。子を守ろうとするとき、縄張りを侵されたとき、そして、

「飢えておるのか、もしや」

 試してみる価値はありそうだ。

 余計な刺激を与えないよう気をつけながら背嚢を探り、葛葉が干し肉の包みを取り出すと、清白の構えた切っ先の向こうで明らかに獣人の様子が変化した。唸り声が弱まり、呼吸に合わせて身体が大きく揺れる。動揺しているのだ。だらりと伸びた舌と、みるみるうちに涎で濡れた顎を見て確信した。

 思い切って干し肉を放り投げてみる。一掴みもある包みは、獣人を通り越してその背後に音を立てて落ちた。

 束の間のためらい。

 三人が固唾を飲んで見守る中、獣人はじりじりと後ずさりし、そしてついに身を翻した。素早く包みを口にくわえて四肢で走り去る姿は大猿そのもので、もはや人間とは思われなかった。

 頭上の梢がさざめく。

 薪を追加し、燃えカスが広がらないよう隅にまとめる。三人がようやく警戒を解いて息をついたのは、焚き火を囲んで腰を下ろしてからのことだった。

「さて雲取。おぬし先程言うておったな。獣人、というのか。妾はああいう輩を目にしたのは初めてじゃが」

「ワシだって実物を見たのは初めてだっての。でもアタリだろ多分。モノノケじゃない、人間にも人妖にも見えねえ。穢れた力を取り込んだ人間の、なれの果て、ってやつだろ」

「人間だったものが、なんらかの力を得て人外の存在へと転化した……。となるとやっぱり例の怨霊の影響か?」

「かもしれぬ。可能性はあろうな」

「ワシが昔聞いた話じゃ、恨みを抱いて死んだ人間は怨霊となり、生きたまま穢れし力を得れば獣人と化す、ってことらしいけどな。まあ真相なんてもんは誰にも分からねえよ」

 怨霊にしろ獣人にしろ、まともに会話ができる相手ではないからだろう。

 人間と大差ないくらい知性の高い人妖とモノノケは別として、それ以外の怪異な存在のおおもとが人間だと言われているのは少々興味深い気がした。もしかしたら人間は、『他の何か』に転化しやすいのかもしれない。

「野放しにして大丈夫だったかのう」

「飢えた猿や猪が里を襲うってんならともかく、あんなのが集落に紛れ込んだりしたら大混乱だろーな」

「この近くに里はなさそうだし、まあ、たぶん大丈夫だろ。……きっと」

「ならば良いが」

「…………」

「…………」

 これであの獣人が旅人から食糧を奪うのに味をしめたらどうしよう。

 清白も一抹の不安を拭えないらしい。微妙な表情をしている。

「ともかく、火明の里に着いたら相談してみれば良かろ」

「ああ、そうだな」




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