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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第四幕 勝つために手段は選ばない
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「捕縛は負けのうちに入らぬのか?」


「もう夜が明ける。ちと早い刻限じゃが、山を降りて先を急ごう」

 清白と頷きあって、葛葉は踵を返した。ざっと土をかけて焚き火の始末をし、背嚢(はいのう)を拾い上げて汚れを払う。

 朝靄けぶる山道は、緩い傾斜で下りにさしかかっている。少し空気がひんやりとして肌寒い。

 二人が手早く身支度を整える間も天狗は騒いでいたのだが、まさしく立て板に水だったその声が、不意に途切れた。周囲に押し寄せた静寂が唐突すぎて、葛葉は思わず振り返ってしまう。

 にい、と笑っていた。妖術に括られたままの天狗が、さも愉快そうに。

「さてはお前さん……ワシと力比べするのが怖いんだな? んー、そうかそうか。天狐ってのは妖力甚大だって評判だから、いっぺん勝負してみたかったのになー。怖気づいたとは、いや残念残念!」

 葛葉だけでなく清白も一瞬言葉を失って、やがて大きな嘆息をもらした。一体どういう思考回路をしているのやら。まともに取り合っていると頭が痛くなりそうだ。

「しっかり縛られておるくせに、よくもまあそんな口が叩けるものじゃ」

「よきかな、よきかな。こう見えてもワシはここ百年ほど負けた例しがないからなっ。うん、無理もねえや」

「捕縛は負けのうちに入らぬのか?」

「なあ葛葉、こういう手合いは相手にしたら負けだと思うぞ」

「承知しておるわ。しかし、どうも聞き捨てならぬではないか」

「無視だ、無視」

「一人が怖けりゃ、そこの若造と二人一緒にかかってきてもよかったんだけどなー?」

「ええい鬱陶しい。話の分からぬ奴め!」

 短気を起こした葛葉によって、即座に戒めの術が取り払われた。清白が止めに入る間もない。鴉天狗は宙返りを打ち、興がった大きな動作で身構える。

「勝負だっ!」



 *



 凪いだ湖面のように静かな瞳で、清白は誰にともなく呟いた。

「火明の里、か。方向は合ってるはずなんだけどな」

「この近くにはなんの気配もないのう。まだ遠いのかもしれぬ」

 日が昇り切った頃に山道を抜けた葛葉と清白は、ふもとの旅籠(はたご)で湯浴みと食事を済ませ、足休めもそこそこに再び歩き始めた。

 行商人が行き交う街道を外れ、東の方角へ。おそらく宿場もないであろう小さな集落と、手入れの行き届いた慎ましやかな田畑。のどかな風景を横目に、着々と進み続ける。

「なあ、いいだろー? 今度は飲み比べで勝負しようぜ!」

 その二人の傍ら。性懲りもなく延々と話しかけてくる人影があった。

「美味い酒だぞ。ワシの秘蔵のやつだからなっ」

 何がそんなに面白いのか、上機嫌で二人の前後を飛びまわっては言葉をかけ続ける人妖。

 山中で改めて葛葉に一蹴されたというのに、無視されようが小突かれようが、全くもって意に介した様子がない。訊かれてもいないのに雲取(くもとり)と名乗った鴉天狗は、葛葉だけでなく清白にも興味を示し、しつこく何やかやと勝負を持ちかけるのだった。

 よほど勝負事が好きなのか、あるいは退屈していたのか。どちらにせよ限りなく鬱陶しい。奇妙な人物につきまとわれて、二人は内心途方にくれていた。




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