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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第四幕 勝つために手段は選ばない
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「面白そうだと思ったから」


 ぴくり、と反応したのは清白が先だった。

 仮眠をとる間も手放さなかった刀の鞘に、さりげなく利き手が添えられる。野宿の疲れを感じさせない鋭敏さだ。

 蠢く気配。やはり気のせいではない。『何か』がこちらをじっと窺っている。

 大樹の根もとで浅い眠りから覚めた葛葉は、再び目を閉じて周囲の様子を探ってみた。闇の中で手探りをするように、慎重に、意識を外側へと向けて広げていく。

 燻った焚き火。そ知らぬふりで火加減を見る清白。湿り風に揺れる桜の花枝と、雑多に生い茂った草蔓。 夜明けが近い。すでに闇は薄らぎ、空の端から刻々と明るさが増してくる。

 ──背後。軽くもたれかかっている桜の大木の、向こう側の窪地。何かが居る。生き物だ。少しずつ距離を詰めてきている。

 かすかに漂うのは妖しの匂い。人妖か、モノノケか。

 あえて鉄扇に触れない代わりに、葛葉はいつでも迎撃できるよう気息を整えた。静寂の一時。

 焦れはしなかった。意外にも、相手はさほど間を置かずに飛びかかってきたのである。

 瞬時に術の構成を組み上げ、力を注ぐ。震える空気。甲高い音が早朝の山に響き渡った。



「はーなーせぇぇ! いきなり術で縛るとは何事だっ、せめて一合くらい打ち合うのが礼儀ってもんだろーが!?」

「いきなり襲いかかってきよったくせに、何を言うておるのじゃ」

 葛葉の放った術に括られたのは、山伏のような装束を纏った男だった。

 金糸の縫い取りが施された法衣と高下駄。朽葉色の髪が躍る背には一対の翼がある。鴉天狗(からすてんぐ)と呼ばれる人妖と見て間違いないだろう。

 外見的には清白と同年代。とはいえ、葛葉自身がそうであるように、人妖であるからには外見と年齢が合致するとは限らない。

(ひょっとしたら歳月を経た大妖……いや、それにしては仕掛け方がお粗末じゃのう)

 値踏みするような二対の眼差しに晒されて、天狗の双眸が悔しげに光る。やや目尻の下がった愛嬌のある顔立ちだ。瞳の彩りは、大樹に寄り添う苔と同じ色。

「……天狗ってのは、鼻が長くて赤ら顔をしてるもんだと思ってた」

 その姿をまじまじと見つめて清白が呟くと、口汚く文句を言い募っていた鴉天狗がさらに大声を張り上げた。

「そりゃ人間どもの勝手な思い込みだっての! 驕った修験者が魔道に堕ちて天狗に成るだの、葉団扇で災いの種を飛ばすだの、まったくもって話にならねーなっ!」

 あっさりと捕縛術に捕らえられて全く身動きできないくせに、やたらと威勢がいいのは精一杯の虚勢だろうか。葛葉と清白を交互に睨んで罵ってくるものの、声質が若いせいもあっていまいち迫力に欠ける。

「おぬし、この山に棲んでおるのかえ」

「いかにも、ここはワシの庭場みたいなもんだからな! 人間どもの年号で言えば延暦の昔からここに居るぞ!」

 なぜか胸を張るようにして即答してきた。

 延暦の頃というと、葛葉の生まれる前、少なくとも百数十年は前になる。

「そのわりには、昨日の連中……」

 夕暮れ時に絡んできた山賊たちは、明らかに人妖に不慣れだった。清白が首を傾げ、その隣で葛葉がため息をつく。

「ならば天狗殿よ、妾たちのような旅人にわざわざちょっかいを出すこともなかろうに。この山には人間のならず者がおるではないか。遊んでやればよかろう」

「あーんな連中、相手にするだけ時間の無駄だって。弱っちいくせに全然懲りねえんだもん。ワシの庭で追いはぎを働きやがるのは忌々しいけど、もう面倒臭いからここ何十年も放っぽってあるんだ」

「昨日妾が少々懲らしめてやったよしに、当分はおとなしゅうしよるじゃろうて」

 清白と目線が合うと、葛葉は音を立てて鉄扇を開いた。黎明の空を共有する太陽と月、そして桜吹雪。扇に描かれた見事な意匠があらわになる。

「それで、なにゆえ妾たちを襲おうとしたのじゃ。この山がおぬしの棲み家にせよ、まさか旅人を片っ端から攻撃しておるわけではあるまい?」

 返答によってはただでは済ませられない。だが天狗はけろりとして言い放った。

「面白そうだと思ったから。天狐の娘御と人間の若造の二人連れなんて、今までいっぺんも見たことなかったしな!」

 ちっとも悪びれない天狗を半眼で見やり、葛葉の唇から再び嘆息が漏れる。興味本位で襲撃しておいて、あっさり返り討ちでは目も当てられないではないか。

「というわけで、仕切り直そうぜ! この術を解いてくれよ。いざ尋常に勝負っ!」

「何が『というわけで』だ。まったく、しょうもない輩だな」

「ほんにのう。実にしょうもない輩じゃのう」

 腹立たしいほど活力あふれる天狗とは対照的に、どっと疲れたような声が重なる。

 自分たちには成すべきことがあるのだ。解き放たれた怪異、猛毒の怨霊を封じるために、秘策を握るという火明(ほあかり)の一族を訪ねる。遊びに付き合っている暇はない。


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