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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第三幕 不浄なる痕
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「清白は強いのう」


 そもそも人妖は通貨を用いることなどほとんどない生活をしているものだし、おまけに葛葉は城育ちだ。相場だの値切り方だのはもちろんのこと、金銭感覚というもの自体が人間の庶民とは大きく隔たっている。その事実が発覚して以降、路銀の管理は暗黙の了解で清白の領分となったのだった。

 だから、もしここに清白が居合わせていたら、葛葉の次の一言に目を剥いたに違いない。

「銅一枚で足りるかえ?」

 彼女ののんきな問いかけに、男たちはどよめいた。銅一枚といえば、大人四人が高級料理を腹いっぱい飲み食いできる額である。それを『通行料』として惜しげもなく出すなんて、よほどの世間知らずか金持ちか、あるいは後ろ暗い事情を抱えているか。いずれにせよ格好の標的に他ならない。

 男たちは一瞬互いに顔を見合わせて、にやりと笑った。獲物を罠にはめようとする狡猾な表情だ。しかし葛葉にその意図を読み取ることなど、できるはずもなかった。

「ああ、もちろん充分さ。釣り銭が必要なくらいだぜ。けど、さあて弱ったな。あいにく今は小銭を切らしちまってるんだよ」

 さて困った、という仕草を見せてから、やおら男の一人が声を張り上げた。

「じゃあ、やっぱりあんたをふもとの里まで送っていこう」

「それがいいな。オレたちは近道を知ってるぜ。釣り銭代わりに教えてやるよ」

「いやいやいや、遠慮はいらねえ。そうと決まったらさっそく出発だ。じゃねえと日が暮れちまうぞ」

「おっと、その背嚢をよこしな。あんたみたいな細腕の別嬪さんにゃ重いだろう。俺たちが持っててやるからよ」

 人里離れた山中で、粗野な風体の男衆にこうして口々にたたみかけられたのでは、もはや脅迫や恫喝に近いものがある。彼らがいかに笑顔を浮かべていようとも、腰に佩いた刀の柄に手を触れているのだから尚更だ。

「いや、この荷は肩代わりしてもらわずともよい。手を離しやれ」

 背嚢を取り上げられそうになった葛葉が少しばかり慌てた、そのとき。

「葛葉? どうし……」

 茂みをかき分け、薪を抱えた清白が姿を現した。男連中に囲まれている葛葉を見て、一瞬絶句する。男たちのほうでも、まさか連れがいるとは露知らず、唖然として全員その場に凍りついた。

 次に言葉を発したのは葛葉だった。

「なんじゃ清白、そうやたらに抜刀するでない。物騒じゃぞ」

「阿呆、こいつらどう見ても山賊だろうが! 早くこっちに!」

 呆れ半分、緊張半分といった風情の清白に促されて、葛葉は青年のほうへと駆け寄った。いまいち状況を呑み込みきれないままであっても、人妖の脚力はさすがに並外れている。呆気に取られた男たちの囲いを容易くすり抜けた。

「チッ! おとなしく有り金出しときゃ無事に済んだものを。こうなったら二人まとめて身ぐるみ剥いでやらァ!」

 我に返った一人がしゃがれ声を張り上げる。聞き取りにくい号令だったが、仲間たちには充分伝わったようだ。刃物を手に手に、一斉に襲いかかってくる。

「なんじゃ、こやつら。ならず者かえ? 通行料を払えと言うておったが」

「それが手口なんだろうよ。普通の商い業者はまず滅多に山越え道なんか通らないからな。訳ありの旅人を狙って金目のものを巻き上げる、ってとこか」

「いつ来るとも知れぬ旅人を待ち構えておるのか。なんとまあ、大儀なことじゃのう」

 皮肉ではなく、むしろ感心したような口調である。

「馬鹿にしてんのか!? たった二人だってのに余裕かましやがって!」

「おや、怒らせてしもうたか。人間というのはほんに不思議じゃわ」

「……俺にはあんたのほうがよっぽど不思議だよ」

 清白は嘆いた。

 そこへ振り下ろされる白刃。切っ先は勢い任せに空を斬った。二人が同時に左右へ散って避けたのである。

「血の気の多い奴らじゃ」

 夕陽に照らされた刀身は、ところどころ汚れている上に刃こぼれしていた。手入れが悪い。清白が顔をしかめるのが見えた。愛刀の点検と整備を欠かさない彼からしたら、刀が粗雑に扱われているのは目に余るのだろう。

 清白が身構える。逆刃。一番に斬りかかってきた男の太刀を弾き飛ばす。峰打ちをしたたか食らわせたあとは、あっという間に乱闘となった。

 二人対八人である。山賊たちは頭数を(たの)んで囲もうとしてくる。その動きにためらいはない。何度も追い剥ぎを繰り返しているのだろう。

 しかしすぐに焦りの表情を浮かべたのは山賊のほうだった。清白の振るう剣に、まるで歯が立たないのである。

 旅装束の青年は猛進するでもなく、かといって防戦一方でもない。相手の突きを刃先で巻き取り、いなす。静かな気迫。狙い澄まされた剣筋。斬撃を受け止めるのではなく、しゃらりと受け流して、さらにその流れを利用し反撃する。山賊はみるみるうちに打ち倒されていった。

「清白は強いのう」

 無邪気に声を上げる葛葉とて、のんびり観戦しているわけではない。薙ぐ。跳ぶ。軽やかな身体さばきで敵を翻弄し、鉄扇を閃かせて確実に人数を減らしている。




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