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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第三幕 不浄なる痕
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「送り賃はまけとくからよ。特別にな」


(……否。これでよかったのじゃ。怨霊を放っておくわけにはゆかぬ。断じて、ゆかぬ)

 ぱちんと音を立てて扇を閉じ、葛葉は思考を断ち切る。慕情に心乱されていたのはわずかな間だった。

 放置してきた城のことについて、思いわずらう必要は何もなかった。亡き父と旧交のあった刑部姫が采配を申し出てくれたのである。万事、必ずや良いように取り計らってくれるだろう。

 一族の菩提(ぼだい)を弔うのは、すべてが済んだあと。痛みも悲しみも心の奥深くに押し込めて、その代わり四肢に、瞳に、ありったけの力をみなぎらせるのだ。

「怨霊を封じる。今はただ、それだけを考えようぞ」

 ささやいた声は、蒼い炎と共に空へ昇っていったあの娘にも、届いただろうか。



 *



 怨霊封じに有効な方策は、火明(ほあかり)の一族が握っている。

 手がかりを教えられて当面の目的地を定めた葛葉と清白は、さっそく東の方角へと針路を変えた。刑部姫の殿舎(やしろ)があった丘陵地帯を抜けて、桜の神木が祀られた山裾の広場を通り過ぎ、そして今は山越えの険しい道へと踏み込んでいる。

 ふもとには山岳を大きく迂回する安全な街道が敷かれているのだが、そちらを行くと二日半も費やしてしまう計算になるため、時を惜しんだ二人は迷わず峻険な山道を選んだのである。

 獣道と大差ないような悪路ではあるものの、とりあえず歩くことができる。人間よりも身体そのものが頑丈にできている人妖の葛葉と、鍛えられた健脚の持ち主である清白には、一昼夜で難所の山を踏破できる利点のほうが大きかった。凍死の心配をしなければならない季節でもないし、山中に棲む大型獣などに気をつければ問題はないだろう。そう判断したのだった。

 ところが。

「ここを通りてえんだったらよう、へへ、出すもん出してもらわねえとな?」

「綺麗な銀色の御髪(おぐし)のおネエさん、わざわざこんな山道を通るってェことは、よっぽど急いでるんだろう? なぁ?」

「それとも何だい、人目を避けなきゃなんねえ理由でも……おおっと、いや、別にいいんだぜ。あんたの事情を詮索する気はねえんだよ。ただな、ここは素直に財布を開くのがお互いのためってもんだ。分かるだろ?」

 ざんばらに伸びた野草の起伏の陰から、薄汚れた風体の男が数人、うっそりと姿を現したのである。

「若い女が一人で山越えなんざ、危なくてしょうがねえだろ。なんならオレたちがふもとまで送ってやろうか。なァに心配すんな、送り賃はまけとくからよ。特別にな」

 いかめしく徒党を組んだ男たちは、葛葉をぐるりと取り囲んで口々に猫なで声をかける。返事をしない葛葉を追い詰めるかのように、少しずつ確実に輪を狭めながら。

 葛葉は目の前の男たちを眺めた。全部で八人。ろくに手を入れられていない蓬髪とあごひげ、質素さよりも不潔さが目立つ衣服。顔にはわざとらしい笑みが、そして腰にはめいめいの刃物がくくりつけられている。

(生きて、しゃべって……こうして健康な人間がおるだけで、何やらほっと一息ついたような心地がするものじゃな)

 神木の傍で息絶えていた娘を葬ってから、清白以外の人間と接触したのはこれが初めてだった。

 しかも、彼らはどうやらこの山の地理に詳しいらしい。地元の者か。獣しか棲んでいないと思っていたが、もしや山中に小さな里でもあるのだろうか。

 『ここは素直に財布を開くのがお互いのため』と言っていた。土地の者が通り賃を要求しているのだ。支払わねば面倒事になるだろう。しかし、整備されていない山道を通るのに金銭を支払う必要があるとは、やはり人間たちの決まりごとはいまいちよく分からない。

 この場に清白が一緒にいてくれれば多分うまく対処してくれたのだろうが、あいにくと(たきぎ)を集めに行ってしまっていた。もうしばらくの間は戻らない。

「よう、聞いてんのか?」

「相わかった。ここを通るには、その『通行料』とやらを、そなたらに渡せばよいのじゃな」

 目深にかぶった編み笠で顔を隠したまま、葛葉は背嚢(はいのう)を探った。出立のときは無一文だったが、「人間の集落に立ち寄れば、色々と金品が要り用になるでしょう」と刑部姫が気遣って、殿舎の宝物類を持たせてくれたのだ。

 とはいえ、現金の持ち合わせはさして多くない。葛葉の懐に今あるのは、せいぜいが一晩の宿代程度だった。路銀の大部分を握っているのは清白だし、刑部姫のくれた財宝は持ち運びしやすい珠玉や細工物ばかりで、みちみちの町で少しずつ換金していくつもりだったからである。旅人の身でまとまった大金を持ち歩くのは危険だ、というのが清白の言。



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