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ありあけ幻奇譚  作者: 浜月まお
第一幕 最初の冒険
1/51

「父上は……城へ?」

 遠くから夕風に乗って運ばれてくる喚声に、葛葉(くずは)はじっと耳を澄ませていた。

 不穏な気配は刻一刻と濃くなりつつある。欄干を越えて吹き込んでくるのは、わずかばかりの異臭。火薬の臭いだ。半ばまで垂らされた御簾が揺れ、乱れた音を立てた。

 合戦の怒号がこの奥城まで届くようになったということは、味方の軍勢が次第に押されてきている何よりの証し。残された唯一の拠点を背に庇っての出陣だったのだが、人妖(にんよう)の戦闘能力をもってしても劣勢は覆せないらしい。敵兵が隊列を組んで使う火縄銃とかいう激烈な飛び道具、あれに手こずっているに違いない。

 きっと――と彼女は同胞たちの顔を一人ひとり思い出して表情を曇らせた。なまじ生命力が強いぶん、膠着の挙げ句に疲弊しきって取り返しがつかないのだろう。

 もはや後は、ない。

 彼女は静かに覚悟を決めた。人妖一門を束ねる白蔵大主(はくぞうだいしゅ)の娘として今するべきことがなんなのか、教えられねば分からぬほど愚昧ではいられなかった。



 *



 幾つもの怒声が砂煙の中で錯綜する。


「妖し共め、往ね!」


「そう何度も同じ攻撃は食わぬわ! みな伏して隠行せよ!」


「五隊二組、前へ!」


 敵味方が入り混じり、大地は穿たれ血に染まる。つい数刻前まで柔らかに萌えていた草緑は見る影もなく踏み荒らされた。

 おびただしい足跡と物言わぬ骸だけを残し、戦場は確かに移動していた。すでに原野から続く山岳地帯へと入っている。このままでは霊山の中腹にある城砦に打ち寄せるのは時間の問題だろう。

 味方陣営の本丸に父の健在を認めてから、彼女は一息で隠伏を解いて最前線へと躍り出る。


「葛葉御前――!?」


 薙刀を振り上げた手すらとめて、一様に同胞らが目を見張った。敵である人間たちも思わず我を忘れ、ほんの一時、戦場に絶えることのなかった戟を繰り出す音がやむ。

 人間には虚空から突如として新手が現れたように見えたことだろうが、連中が驚倒したのはそのせいではない。

 白銀に輝く天狐。鉄扇を携えた、戦装束の女妖。人ならざるその姿は圧倒的に異彩を放ち、不吉なまでの美しさで対峙する者をことごとく惑わしてやまない。白蔵大主の一粒種・葛葉御前は、無数の伝承に残る旧世界の大妖・蘇妲己(そ だっき)を想起させるに足る容貌を備えていたのである。


「妾は人妖を統べし白蔵大主が娘、葛葉! 人ならざる者たる力の所以、身をもって知りたくば前へ出や!」


 目に見えて怯んだ敵兵めがけ、妖力を宿した扇の薙ぎが襲いかかる。

 連鎖して立ちこめる苦鳴と罵声。それが乱戦開始の合図となった。



 味方を鼓舞し、敵の戦意を削ぐ。一体どれほどの間そうしていたのだろうか。

 ふと気がついて、瞬きを二度三度と繰り返す。やがてようやく彼女は自分がいつのまにか意識を失っていたのだと悟った。

 やけに目線が低い。視界は霞む。手傷を負って大地に倒れ伏していたらしいのだが、脳裏を探ってみても攻撃を食らったという記憶は見出だせなかった。頭でも打ったのやも、と彼女は漠然と考えた。

 起き上がろうと四肢に力を込めてみれば、意外にすんなり身体は動いた。痛みもさしてひどくない。


 ――合戦の場は静まり返っていた。


 沈み込むような薄闇に覆い尽くされて、彼女の他には動く者もない。敵も味方も、目に入ってくるのは微動だにせず横たわる遺骸のみ。虫の鳴き声すらない。底冷えするような静寂。

 累々たる屍の中に取り残され、彼女は真実独りきりだった。


「父上は……城へ?」


 この近くには同胞だけでなく人間の気配さえ感じられない。とすれば考えられるのはただひとつ。

 空を見上げ、周囲を見渡し、置き去りにされた事実をも振り切るように、彼女はひた走り始めた。




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