衝撃の新事実ですね。
睦月さんは学校内を丁寧に案内してくれた。天然だからちょっと不安だと思っていたのが失礼に感じるほど。
とにかくこの学園は広い。食堂もレストラン並だし、自習室や図書館などもそれにふさわしくないほど広かった。
「ここが理事長室です」
睦月さんは割とシンプルな扉をさした。ここに伯父さんがいるらしく、学校案内もここで最後だ。
私は睦月さんに深くお辞儀した。
「貴重なお時間を取ってまで案内してくれてアリガトウございました。」
「…仕事ですから。」
「あ、そうだったんですか。」
何だ、じゃあお礼を言う方が迷惑かな?
でも、睦月さんは満更でもない顔をしているのでいいか。
私は理事長室の扉に手をかけて、止まった。睦月さんの方にちらりと目でだけで顔をみる。
平然とした顔で、「何か」と言われてしまった。
仕方なく、もう一度身体を向ける。
「…睦月さん、あの、アリガトウございました。」
「聞こえてましたけど」
「え、あ、はい。」
睦月さんは無表情のまま動かない。
どうやらちらちらいぶかしげに見るのが不快だったようで、睦月さんは顔をしかめた。
「何ですか?言いたいことがあるのなら、はっきり言いなさい」
いや、帰らないんですか?とはさすがに言えない。帰ってもらいたい訳ではないんだし、そもそも失礼である。
ちょっと躊躇ってから、言い方を変えて言ってみた。
「いつまで一緒にいてくれるんですか?」
「………はい?」
まただ。また片眉を上げられた。さっきも思ったが、きょとんとした顔は綺麗というか可愛い。
「えっと、俺といつまで一緒にいてくれるんですか?」
「…寮まで案内します」
「え、寮までいてくれるんですか。本当アリガトウございます。」
仕事ってようは生徒会の仕事で、今回のは理事長から頼まれたんだろう。私のために、もうしわけない。
あの人の過保護っぷりは母や父を簡単に上回る。いとこもそうだ。あの親子は一体私をなんだと思っているんだろうか。幼女だったときはまだともかく、もう16だし、今なんて男子高校生になったのだ。
今日はちょうど良い。過保護は止めろ、せめて周りを巻き込むなと言おう。
謝罪と感謝を込めてもう一度礼をしてから、理事長室の扉をノックした。
「どうぞ」
「失礼します」
「あっ!ひーちゃん!久しぶりだねー!」
「久しぶりですね、離してください」
入った瞬間飛びつかれた。まだ理事長室の中に入っていない。痛い。睦月さんの視線が痛い。かなり痛い。ていうか冷たい?
「離してください」
「いやー、ほんと久しぶり!最後は正月だったっけ?」
「そうですね。離してください」
「涼も会いたがってたよー、後で顔見せてやって」
「分かりました。荷物置いたら会いに行ってきます。離してください」
「ひーちゃんは相変わらず可愛いなー、むっつんに変なことされなかった?」
「変なことなら今貴方にされてます」
「むっつんはむっつりだからなあ。名前のとーり!」
「離せっつってんだろコラ」
「いっ…!」
言語の通じない人には肉体言語だ。
すねを押さえてしゃがみ込んだ伯父さんを見下ろして深く思った。
「睦月さん、伯父がすみません。あとでしっかり誤解を解いておきますから」
あいたままの扉から見える睦月さんはひどく憤慨しているようだ。眉がかなり寄っている。しわが固定されるのでよしたほうがいい。
「お願いします。僕はむっつりではありません。オープンです。」
「…そうですか」
いや、オープンだとオープンにされても困るんだけど。ていうか、この場合オープンに変態という意味でいいんだろうか。
別に変態っていうわけでもない睦月さんに首をかしげたが、短い付き合いなので恐らくまだ目にしていないだけなのだろう。
「じゃあ、後で」
睦月さんが頷いたのを確認してから、私は扉を閉めた。
いつのまにか伯父さんは復活していた。
「ひーちゃん、むっつんと仲良くなったの?」
「……いえ、特に?」
復活したと思ったら、一体なんなんだ。
訝しげな顔になったのに気づいているのかいないのか、伯父さんはさらりと爆弾を落とした。
「むっつんは止めときなね。食べられちゃうから。ぱくっとね」
「…………はい?」
「女の子だったときならともかく、男の子同士だと遠慮とか無いからねぇ。痛いらしいよ。男の子同士だと」
「……色々ツッコみたいですけど」
「えっ!?ひーちゃん大胆!僕のなら大歓ゲフッ!」
「セクハラです。さっきから」
しっかり入れたみぞおちを抑える理事長を再度見下ろすことになった。
楽しいからといとこの涼兄に勧められた空手だけど、使う相手は主にこの人な気がする。たまに涼兄にもこの意図で使う。ホント何なんだろうこの親子。
「で、睦月さん同性愛者なんですか?」
「あ、そっか。ひーちゃんには言ってなかったっけ。」
「何を?」
「うちの学校って、同性愛はびこってるんだよ。気をつけてねー」
「……え?」
衝撃の新事実。
私が入った学校には、同性愛者がたくさんいるらしい。
「まあ、詳しいことはむっつんに聞けばいいよ」
「え、そういうのって本人に聞いて良い物なんですか?」
「むっつんなら平気でしょう。」
「はぁ…」
曖昧に頷いてしまったけど、聞けないよなあ。
小さくため息をついた。それを聞き逃さなかったのか、伯父さんは苦笑して言った。
「急に呼び出してごめんね。顔が見たかったんだ。今日は涼のとこにも寄らないで、まっすぐ帰って休みなさい」
優しい声だったので、素直に頷けた。
こういうところがあるから、普段セクハラまがいなことをされても憎めないのだ。
「あ、」
「ん?」
私はきびすを返す前に、大事なことを言ってないことを思い出した。
いや、結構忘れてたんだけど。睦月さんむっつりじゃないとか、過保護止めろとか。まあそれはいい。そこまで大事でもないだろう。睦月さんには撤回すると言った手前ちょっと申し訳ないけど、オープンでもむっつりでも変態なのは変わらないのだから許されるはずだ。
私は振り返って、伯父さんに向かって深く一礼した。
「いきなりだったのに、入学させてくれてアリガトウございました」
そもそも、伯父さんがいなかったら中卒になるところだった。しかも、高校を退学されてそのまま、という最悪な経歴で。
けれでも、伯父さんがここの理事長だったため、私はここに急に入学できたのだ。
顔をあげると、伯父さんはいつもより嬉しそうに笑っていた。
「いいよいいよ。あー、ホント可愛いなあ。涼と結婚して早くうちの子になってよー」
「いつも言ってるけど、それは無いです」
涼兄にはもっと素敵な人がいるだろう。
「しょうがない。涼にはもっと男を磨いてもらうか」
「いや、だから……いや、もういいや。じゃあ、理事長。さようなら」
「うん、さようなら。……って理事長!?そんな他人行儀な!」
「さようならー」
また飛びつきそうな理事長を無視して、さっさと出て行った。
「睦月さん、お待たせしました」
「待ってました。じゃあ、行きましょうか」
あれ、それだけか。さっさと廊下を歩き出した睦月さんの後をおいかけながら、首をかしげる。
もう少し何か言われるかと思ったけれど。少しは気に入られたのだろうか。
睦月さんの背を見て、思い出してしまった。同性愛者か…。
私は精神的にはしっかり女である。もしかしたら、ここで人を好きになることだってあるかもしれない。
けれど、伯父の言葉を思い出す。
この身体で喰われたくなんてない。しかも遠慮してくれないらしいし。
できれば関わり合いたくない。普通に友情をはぐくみたい。
睦月さんの背中を見ながら、心底そう思った。