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「う~ん、春だってのに、今日はやけに寒いわよね」
いちごが両腕をさすりながら、そうつぶやいた。
その横では、みるくちゃんがそれに同意するかのように、小さく可愛らしいクシャミをしている。
ぼくたちは最近の日課のようになっている、ミューちゃんの様子見に来ていた。
授業の合間の短い休み時間にも、ぼくたちはなるべく集まって、ミューちゃんの様子を見たり、エサをあげたり、撫でたり抱き上げたりして可愛がったり。
そうやって日々を過ごしていた。
「確かにちょっと、寒いよね」
「風が吹くと、とくにそうだねぇ~。ウサギ小屋の壁があっても、反対側からの風は防げないわけだし」(ふぁさっ)
ぼくがいちごの言葉に同意すると、将流も髪をかき上げながらそう言った。
「子供は風の子だよっ! わたしは今日も元気いっぱいっ! パワー充填百二十パーセントだよっ!」
「……お姉ちゃんは元気すぎる……」
元気に大声を張り上げる夢ちゃんに続いて、おとなしそうな男の子が控えめな声を添える。
夢ちゃんの弟、豹堂希望くんだ。
羽浮姉ちゃんが勝手に隊長になって、入隊を許可したメンバーのひとり、ということになる。
もうひとりの新入隊員、拳志郎の妹の虎間南ちゃんも、同じようにこの場所に来るようになっていた。
ちなみに羽浮姉ちゃんは中学生だから、今はこの場にいない。
「夢さんは本当に元気ですね。うちのお兄ちゃんも元気ですけど、その分、おバカですから……」
学年が上のぼくたちに囲まれて、さすがにちょっと遠慮気味な声ではあったものの、南ちゃんはそんなことを言っていた。
拳志郎の妹なのにとってもしっかり者で、まだ四年生ながらも、セミロングでストレートの黒髪が綺麗な、可愛い感じの南ちゃん。
将流がいつも、数年後にはかなりの美人になるに違いないねぇ~、と言っている。
確かに大柄な拳志郎と似ているのは背の高さくらいだから、将流がそう予想するのもよくわかるというものだ。
それにしても、南ちゃんの背は、平均身長よりも結構高そうだ。
というか、チビなぼくの背の高さなんて、あっさりと抜かれている。
将来モデルとかになっていたとしても、全然不思議ではないのかもしれない。
本当に拳志郎の妹なのだろうか。もしかしたら、複雑な家庭の事情とかがあったりするのだろうか。
なんて疑ったこともあったけど。
実際には紛れもなく血のつながった兄妹に間違いないらしい。
「はっはっは、南、なんだよそれは! ま、確かに元気ではあるから、寒さのほうは大丈夫だけどな! みんなも寒いなら上着を羽織ればいいだけだろ!」
その兄である拳志郎が、いつもどおりの笑い声を上げる。
確かに南ちゃんの言うとおり、こいつはいつも元気で、そしておバカだ。
「あんたは非常識なまでに丈夫な体してるから、そりゃ平気でしょうよ」
そんな拳志郎に素早くツッコミを入れるのは、いちごの役割だった。
いちごもいちごで、元気だよなぁ。
「はっはっは、お前だって、そうじゃないのか?」
「あ~、ま~、風邪はひかないわね~」
「バカは風邪をひかない……(ぼそっ)」
ふたりのおバカなかけ合いに、ぼくは思わずつぶやいていた。
「ん? なんか言った?」
「い……いや、なにも」
もちろん、いちごに睨まれたぼくは、慌てて言葉を濁す。
実際のところ、いちごは成績優秀な上にスポーツも万能という、神様は不公平だと言わざるを得ないようなやつなのだけど。
こうして拳志郎と口論というか、言い争う姿を見ていると、どう考えても同類のおバカっぽく思えてしまう。
「でもぉ~、ミューちゃん寒くないかなぁ~?」
そんなバカげた周りの雰囲気に流されたりせず、みるくちゃんが心配そうな声をこぼす。
「ふむっ、そうかもだねっ! 子供は風の子だけど、子猫は風の子とは言わないしっ!」
それに合わせて、微妙にずれた発言をする夢ちゃん。
「ミューちゃん~、寒くな~い~?」
「ミュー……」
首をかしげて語りかけるみるくちゃんに、ミューちゃんはまるで返事をするかのように弱々しい鳴き声を上げた。
「やっぱり~、寒いんだよぉ~」
「う~ん、そうみたいだねぇ~。いくら体中に毛が生えているとはいっても、寒さを感じないわけじゃないだろうしねぇ~」(ふぁさっ)
「でも、隠れて飼ってるんだから、小屋とかを作るってわけにもいかないだろうし……」
頭を悩ませ始めるぼくたち。
と、みるくちゃんが唐突に立ち上がって、こう言った。
「あたちが、ミューちゃんのお洋服を作るよぉ~!」
☆☆☆☆☆
放課後。
みるくちゃんは意気揚々と、服作りに必要な布地を買うために帰っていった。
双子の姉であるいちごも、それについていった。きっと、みるくちゃんだけじゃ心配なのだろう。
というわけで、ぼくを含めた残されたメンバーが、ミューちゃんの前に集まっていた。
「へ~、ミューちゃんの洋服か~。楽しみだね~!」
羽浮姉ちゃんも合流して、ぼくたちはさっきの件について話し合っている。
みるくちゃんが服を作ると言ったとき、ミューちゃんは明らかに不安そうな顔をしていたように見えた。
いやまぁ、さすがに人間の言葉を猫のミューちゃんが理解しているとは思えないけど、それでもなんとなく、状況は察知しているように思えたのだ。
普段のみるくちゃんの様子――失礼だけど、とってもトロい様子を見ていると、本当に大丈夫なのか、ぼくも心配だった。
さすがに本人に対して直接言うのも悪いから、小声でいちごに尋ねてみたところ、
「ん、あの子、お裁縫は得意だから、ミューちゃんの服を作ってあげて寒さをしのぐ、ってことに問題はないと思うわ」
という答えが返ってきた。
ぼくはそれを聞いて、ホッと胸を撫で下ろしていたのだけど。
「ただ、ちょっと……、ん~……。ん、なんでもない」
と続けられた言葉に、一抹の不安を感じざるを得なかった。
案の定、その不安は現実のものとなる。
☆☆☆☆☆
「さ~、ミューちゃん~! あたち、徹夜して頑張って、お洋服を作ってきたよぉ~! 着てちょうだいねぇ~!」
次の日、みるくちゃんが作ってきた洋服は、鮮やかなピンク色を基調とした、ひらひらのフリルやらリボンやらの飾りがこれでもかというほどついた、可愛らしいを通り越して、ちょっと痛い感じの衣装だった。
満面の笑みでその服を着せようとするみるくちゃんに、明らかに嫌そうな顔を向け、逃げ出そうとしている様子のミューちゃんだったけど。
異常なほど気合いの入ったみるくちゃんの魔の手から逃れるすべなんて、ミューちゃんにはなかった。
「うっわぁ~、可愛いよぉ~! ミューちゃん、これでもう、寒くないねぇ~!」
「ミュ……ミュー……」
数分後、リボンやフリルで覆われた衣装に身を包むミューちゃんは、ぐったりと項垂れているように思えた。
きっと、ミューちゃんは思っているのだろう。
確かに体は寒くなくなったけど、こんな衣装、べつの意味で寒いよ、と。