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ガサゴソ。
ぼくは今、自分の家の冷蔵庫をあさっていた。
あっ、お刺身が買ってある。……よし、赤味をひと切れ、持っていこう。
あのあと、ぼくたちは話し合った。
みんなで給食を少しずつ残して食べさせるだけじゃ、ミューちゃんのエサとしては足りないだろう。
それじゃあ、どうしようか?
いろいろと考えた末、放課後と朝にも、家からなにか持ってくることになったのだ。
食べ物類を家から毎日持ってくると、親に見つかって問題になるかもしれない。
だから、順番を決めて交代で持ってくることに決めていた。
提案したぼくから順に、という話になったため、放課後になって一旦家に帰ったぼくは、こうして冷蔵庫を物色しているのだった。
と突然、その背後に人影が忍び寄る。
「降人、なにやってるのさ?」
「うわあっ!?」
あまりに大げさな声を上げて振り返ったものだから、声をかけた本人のほうも目を丸くして驚いていた。
「ね……姉ちゃんか、びっくりした……」
そう、それはぼくの姉ちゃん、猫宮羽浮だった。
羽浮姉ちゃんは、ふたつ年上の中学二年生。
いつも明るく元気なところは、なんとなく夢ちゃんと似ていなくもない。
ただ、これも夢ちゃんみたいと言えなくもないけど、微妙にずれている感じだから、姉としての威厳はないと言っていいだろう。
さらにはなんというか、色気もまったくないというか、胸なんてペッタンコで……。
お父さんに似たのか、ぼくよりも背は高いのだけど、女性らしさは皆無なのだ。
もっとも、お母さんに似てしまって背の低いぼくも、あまり男らしい感じとは言えないわけだけど。
ともあれ、姉ちゃんがモデルさんみたいに女性らしい雰囲気だったとしても、弟から見たらべつになんとも思わないのが普通かもしれない。
とすると、ぼくは色気のない姉ちゃんだと思っているけど、他の男性から見たら、すごく魅力的ってこともあるのかも……。
……う~ん……。いや、それは絶対にありえないな……。
ぼくはそう結論づける。
「びっくりしたのはこっちのほうだってのさ! まったくもう~! ……ていうか、あんた今、失礼なことを考えてなかった?」
「え? べ……べつになにも考えてないってば!」
姉ちゃん、あなたはエスパーですか?
「ま、それはいいわ。それで? いったい、なにしてんのさ?」
「いや、その、べ、べつに、なんでもないよ!」
思いっきり焦りまくりながらも、ぼくはどうにかごまかそうと必死になる。
いくら姉としての威厳はないと言いきっていても、二歳年上の姉ちゃんには敵わないことも多い。もしバレてしまったら、やっぱり問題になるだろう。
「ふ~ん……?」
姉ちゃんは、あからさまに怪しいものを見るような視線を向けてきた。
冷や汗がたらりと背中を伝って流れ落ちる。
見つめ合ったまま、時計の音だけが響いていた。
沈黙に耐えきれなくなったぼくは、
「あっ、それじゃぼく、急いでるから!」
と言い残し、逃げるように姉ちゃんの前から走り去っていた。
☆☆☆☆☆
急いで羽浮姉ちゃんの前から走り去ったけど、ぼくはしっかり、赤味ひと切れをゲットしていた。
手でつかんでいたから、ちょっと生温かくなっちゃってるかもしれないけど……。
とにかく、それを持ってみんなが待つ学校へと向かう。
「遅いぞ、降人!」
「ごめんごめん! 姉ちゃんに見つかりそうになって……。結局これしか、持ってこれなかったよ」
「わっ、お刺身だよっ! 豪華だねっ!」
「いやいや、たくさん入っていくら、とかで売ってるやつだから、豪華ってわけじゃ……」
「でも、ひと切れだけ? さすがに足りなくない?」
「う……、そう言われると、返す言葉がないけど……」
「いいから~。早くミューちゃんにあげようよぉ~」
「ふっ、そうだねぇ~。ミューちゃんの可愛い食事姿を拝見したいよねぇ~」(ふぁさっ)
「文句言って悪かったわ。ともかく降人くん、早くそれ、ミューちゃんにあげちゃって」
「うん。ほらミューちゃん、お食べ!」
「ミュー!」(がじがじがじ)
「うわぁ~、かっわい~! はにゃ~んってなっちゃう~!」
「食べてる食べてるっ! ああ~、ヨダレが出ちゃうわっ!」
「夢、あんたってどうしてそう……。ほら、ハンカチ」
「うにゅっ。いちご、ありがとうっ! ぱくっ!」
「うわっ! ハンカチを食べるんじゃない! 口の周りを拭けってことよ! ああ、もう、べちゃべちゃ!」
「へ~、猫じゃん! やっぱりね。あんた、隠れてこんなことしてたんだ」
「うん、そう、猫……って、え!?」
突然加わったひとりの声に、ぼくは驚いて振り返った。
「やほ~、久しぶり~! みんな今日も仲よく集まってるのね~!」
「あ~、降人くんのお姉さんだぁ~!」
みるくちゃんが、いつもどおりの間延びした声を上げる。
そう、ぼくたち六人の背後で前屈みになってのぞき込んでいたのは、楽しそうに笑顔を浮かべた羽浮姉ちゃんだった。
「わわっ! わたしたちの秘密基地に侵入者だよっ! これは由々しき事態だよっ!」
「むっ、夢ちゃん、侵入者呼ばわりはひどいな~! なにを隠そう、わたしはあなたたちの味方なのさ。ほら!」
夢ちゃんの言葉に、姉ちゃんは右手に持ったビニール袋を掲げる。
そこには、何切れかのお刺身が入っていた。
☆☆☆☆☆
「降人が赤味をひと切れ持って、慌てて学校に向かったみたいだったからね。ま、だいたい予想はついたから、お刺身をもう少し持って、追いかけてきたってわけさ」
「羽浮さん、わざわざすみません」
「いえいえ、いいのよ~。相変わらずいちごちゃんは、礼儀正しいわね~」
「猫かぶってるだけだろ」
「なんですってぇ~!?」
「相変わらずみんな、仲よしみたいね~! 安心したわ!」
姉ちゃんにバレてしまったぼくたちは、観念して今までのいきさつを全部話した。
「なるほどね。わかったわ、わたしも協力する! 協力者は多いほうがいいでしょ?」
なんだか姉ちゃんはノリ気だった。
「あっ、それならおれも、南にミューちゃんを見せてやりたいな」
「おおっ、だったらわたしも、希望に見せたいよっ!」
「いいじゃんいいじゃん、みんなで協力しちゃおう~!」
どういうわけだか、いつの間にか姉ちゃんが場を仕切って、拳志郎と夢ちゃんの言葉を受け入れていた。
ちなみに南ちゃんっていうのは拳志郎の妹で、希望くんというのは夢ちゃんの弟だ。
確か南ちゃんは四年生で、希望くんは三年生だったかな。
「ふっ、肉球防衛隊も、徐々に規模が大きくなっていくねぇ~!」(ふぁさっ)
前髪をかき上げながらそう言う将流の言葉に、姉ちゃんは驚くほどに食いついた。
「きゃはははは! なにそれ~、バカっぽい名前~! もう、最高~~~!」
おなかを抱えて大声で笑い始める姉ちゃん。
そんなふうに言われると、命名したぼくとしては恥ずかしくなってしまう。
でもすぐに姉ちゃんは、
「いいわ、年長者としてわたしが隊長になったげる!」
と言い放った。
……言い放った途端、
「きゃはははは! 隊長だって! ヤバ、すごいバカっぽい! ウケる~!」
涙まで流しながら、思いっきり笑い転げ始めてしまったのだけど。
そんな様子を見てぼくは思う。
羽浮姉ちゃん、あんたが一番バカっぽいよ、と。
だけどそんなこと、口が裂けても言えはしないのだった。