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「へ~、きちんと座ってるじゃないの」
「うん~。逃げたりもしないのぉ~。おりこうさんだよねぇ~」
裏庭の奥にある一角で、いちごとみるくちゃんの双子姉妹がほのぼのとした会話を響かせる。
ふたりの目の前には、あの白い猫ちゃんが、たたんで置かれたタオルの上にちょこんと座っていた。
ぼくたちは、猫ちゃんを自分たちで飼おうと決めた。
だけど、ゆっくりしてもいられなかった。休み時間はすぐに終わってしまうからだ。
裏庭にあるウサギ小屋の横に植え込みがあって、小屋と植え込みの隙間になっている部分なら、ちょうど周囲から隠れて見えなくなる。
そう気づいたぼくたちは、とりあえず猫ちゃんをその隙間に残して教室へと駆け戻った。
あの場所だと、逃げられちゃうかもしれないな。
と思っていたのだけど、次の休み時間に戻ってきたぼくたちはまたしても、猫ちゃんの澄んだ青い瞳によって出迎えられた。
夢ちゃんが持っていたタオルを提供してくれて、それを地面に敷き、その上に猫ちゃんを座らせたところで、クラスの違ういちごも駆けつけてきた。
そして今、ぼくたちはこうして、猫ちゃんを温かな目で見つめている。
この場所で飼うことに決めたのには、みんなで世話をしたいから、という理由もあった。
無類の猫好きであるぼくと夢ちゃんは、できることなら自分の家で飼いたいと思っていたのだけど。
ぼくの家はお母さんが動物嫌いだし、夢ちゃんの家はペット不可のアパートだから、願いが叶うことはなかったのだ。
「ほんと、綺麗な白い毛だよね~っ! う~、わたしだけのものにしたいよっ!」
夢ちゃんがぎゅっと白猫を抱きしめる。
ちょっと強く抱きしめすぎたのか、微妙に猫ちゃんはジタバタともがいているように見えた。
「でもさ、ノラ猫にしては綺麗すぎると思うし、もしかしたらやっぱり飼い猫だったりするんじゃない?」
「えぇ~? そうなのかなぁ~?」
いちごの冷静な声に、みるくちゃんは明らかに不満そうな顔をする。
せっかくみんなで飼おうと決めた矢先に、その気持ちを冷ましてしまうようないちごの発言は、少々空気が読めていなかったと言わざるを得ないだろう。
KY王子の異名を持つぼくがそう思うくらいだから、それは相当なものだ。
……言っててちょっと悲しくなってくるのは、どうしてだろうか……。
「はっはっは、でもま、もし飼い猫だったら、これだけ綺麗だし、きっと金持ちの家で飼われてたはずだよな。そんな金持ちの飼い猫がいなくなったら、写真つきのビラとかを大量に貼って探したりするだろ。そういうのもなさそうだし、大丈夫じゃないか?」
「ふっ、そうだねぇ~。それに必死に探しているようなら、学校にだって連絡が入るはずだよ~。もしそうなったら、ちゃんと返してあげればいいのさ~」(ふぁさっ)
拳志郎と将流が続けてそう意見を述べる。
随分と自分勝手な解釈かもしれないけど、ぼくとしても同じように思っていた。
「うん、そうだね。そうなってもいいように、ぼくたちはしっかりとお世話してあげればいいんだよ」
「そうだよねっ! よぉ~っし! 全身全霊を込めて、わたしはニャンコをお世話しちゃうよ~っ!」
ぼくの言葉に、夢ちゃんも肯定の意思を重ねてくれた。
☆☆☆☆☆
昼休みになり、ぼくたちは給食の残りを持ち寄って、また猫ちゃんのもとへと集まっていた。
「きゃ~、食べてる食べてる~っ! 超ラブリ~っ! わたしがニャンコを食べちゃいたいくらいだよ~っ!」
小さい子猫ってわけではないからか、結構なんでも食べるようで、猫ちゃんは僕たちが持ってきた給食の残りを好き嫌いなくたいらげていった。
そんな様子を見ている夢ちゃんは、さっきから鼻息を荒くして興奮気味の言葉を並べ続けている。
う~ん……。確かに電波とか言われるのもわかるほど、夢ちゃんは周囲の目を気にしなさすぎかもしれない。
ってゆーか、食べちゃいたいとか言いながら鼻息を荒くしヨダレを垂らして猫ちゃんを見ているなんて、それは女の子としてどうなのだろう?
ま、猫好きのぼくとしては、その気持ちもわからなくはない。というより、似たような気持ちではあるのだけど。
ぼくが自分の気持ちをどうにか抑えることができているのは、こうして夢ちゃんのちょっとアレな状態を見ているからなのかもしれないな。
と、それはともかく。
「ねぇ、猫ちゃんって呼ぶのは、そろそろやめない? あたしたちで、名前つけてあげようよ!」
「おっ、そうだな! それがいい! おれたちで、いい名前を考えよう!」
いちごからの提案を聞いて、拳志郎を筆頭に、みんなが一斉に沸き立つ。
「うん、そうだねっ! ニャンコも、決めてほしいよねっ!?」
夢ちゃんもはしゃいだ声を上げ、猫ちゃんに向けてそう問いかけていた。
「ミュー!」
問いかけられた猫ちゃんのほうも、もちろん、と言っているかのように、明るい鳴き声を返す。
「あっ! ビビッときたっ! この子はミューちゃんだよっ!」
「あははは! 安直ね~! でも、可愛いし、いいんじゃない?」
「うん~、あたちもいいと思うよぉ~」
「ミュー、ミュー!」
「はっはっは、本人も嬉しそうに鳴いてるぞ! こりゃ、決まりだな!」
「本人っていうか、本猫?」
「細かいことは気にしちゃいけないよ~。だけど、この子の名前はミューちゃんで決まりだねぇ~!」(ふぁさっ)
猫ちゃんはこうして「ミュー」と名づけられ、ぼくたち六人の心もひとつになっていた。
ミューちゃんの存在は、雪菜先生には秘密だ。
それだけじゃなく、他のクラスメイトにも秘密にしておくことにした。
つまり、ぼくたち六人だけの秘密。
こういうのって、なんとなく楽しいよね。
「ふふっ」
ぼくは思わず、笑みをこぼしていた。
「うおっ! 降人、お前、いきなり笑うなよ! 気持ち悪りぃな!」
「むっ、ひどいなぁ! でも、そういう拳志郎だって、それにみんなだって、笑顔になってるじゃんか!」
「あははは、そうね!」
ぼくが拳志郎に反論すると、いちごがミューちゃんの肉球をぷにぷにともてあそびながら肯定してくれた。
「でもぉ~、ミューちゃん、ほんとに大丈夫かなぁ~? ここで寒くないかなぁ~? あたちたちだけでお世話して、病気になったりしないかなぁ~? 誰かに見つかって、いじめられたりしないかなぁ~? それから、それからぁ~……」
みるくちゃんは心配性らしく、笑顔を引っ込めて弱々しい言葉を連ね始めた。
「大丈夫よ。あたしたちで、しっかり守ってあげればいいんだから!」
そんな双子の妹を慰めるように、いちごは明るい声を返す。
「うん、そうだね! 肉球の平和は、ぼくたちが守る!」
今度はぼくが、肯定の言葉を添える。ぎゅっと、こぶしを握りしめながら。
「あははは! なによ、それ~!」
「にゃはははっ! でも、いいっ! いいよそれっ!」
「はっはっは! 肉球防衛隊って感じだな!」
「あっ、なんかカッコいいかも!」
『あははははははは!』
裏庭の奥にあるちょっと静かな片隅に、ぼくたちの笑い声がこだまする。
今ここに、ミューちゃんを守るための秘密組織、『肉球防衛隊』が結成されたのだった。