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「あっ、いらっしゃ~~いっ!」
夢ちゃんの元気な声が響く。
「……いらっしゃい、お兄ちゃん……」
希望くんも、いつもながらの控えめな声ではあるものの、精いっぱいの笑顔でぼくを迎えてくれた。
……最近、なぜか希望くんは、ぼくのことを「お兄ちゃん」って呼ぶようになったんだよね……。
以前は、降人さんって呼んでいたはずなのに。どうしてだろう……?
あのあと、夢ちゃんはトラ縞の猫を家に連れて帰った。
夢ちゃんの住むアパートはペット不可だったのだけど、もともと家族四人で住むには狭いと考えていたため、別の物件をずっと探していたようで、ご両親はすぐに行動を開始した。
そして、晴れてペット可のアパートに引っ越した。
夢ちゃんの家は四人と一匹という構成に変わり、頻繁にお客さんが訪ねてくるようになった。
そのお客さんというのは、ぼくなのだけど。
無類の猫好きなのに、お母さんが動物嫌いだから猫を飼えないぼくの家。
それを不憫に思ったのか、夢ちゃんはいつでも遊びに来ていいと言ってくれた。
そんなわけで、夢ちゃんの厚意に甘え、こうして「トラちゃん」と遊ぶために、ぼくはかなりの頻度でお邪魔している。
そう、トラちゃん……。
夢ちゃんはトラ縞の猫に、そんな名前をつけていた。
いや、その、なんというか、そのまんますぎて、逆にツッコミようがないくらいだ。
「トラちゃ~~んっ! 降人くんが、遊びに来てくれたわよ~っ!」
「にゃ~~ん!」
ともあれ、呼ばれたトラちゃんのほうも、喜んでいるみたいだから、まぁ、いいよね……。
それにしても……。
やっぱり室内で猫ちゃんと遊べるのって、すっごくいい! 癒される! もう最高っ!
ぼくはトラちゃんの頭を優しく撫でながら、にへら~っと、妙な笑顔を浮かべていた。
ただ、いくらクラスメイトで友達だとはいえ、こんなに頻繁にお邪魔して、夢ちゃんには悪いかな、と思わなくもないのだけど。
「にゃははっ! そんなこと、気にしなくていいよっ! というか、どんどん来てくれたほうが、嬉しいというか、なんというか……、って、なに言わせるのよもう、恥ずかしいわねっ!」
などと言いながら、夢ちゃんは顔を真っ赤に染めながら、壁やら床やら、希望くんやらトラちゃんやらぼくやらを、パシパシと叩く。
「痛たたたた、ちょっと、夢ちゃんってば!」
「あ、あう~っ! ごごごごごごごめんなさいっ!」
「……お姉ちゃん、はしゃぎすぎ……」
希望くんから控えめなツッコミを受ける夢ちゃん。
だけど、どうしてこんなに、はしゃいでるのだろう?
……やっぱり、猫が家にいるからだよね。
夢ちゃんって、ほんとに猫が大好きなんだなぁ~。
ぼくも夢ちゃんみたいに、猫と一緒に暮らせる生活になりたいよ!
そんなことを考えていると、希望くんがじーっとぼくの顔をのぞき込んでいた。
「ん? 希望くん、どうしたの?」
「……お兄ちゃん、猫と一緒に暮らしたいって、考えてる……」
「うっ!」
バレバレだった。
でも希望くんは、続けてこんなことを言う。
「……いい方法があるよ。……お姉ちゃんと、一緒に暮らせばいい……」
「な……っ!? の……希望っ! こら、なに言ってるのよ、あんたはっ!」
夢ちゃんがさらに顔を赤くしながら、慌てた声を上げる。
「え? ぼくがこの家の子になるってこと?」
養子縁組とかっていうんだっけ?
まぁ、確かにそうすれば、トラちゃんと毎日遊べることにはなるけど……。
さすがに、いろいろと問題があるんじゃないのかなぁ?
「……そうじゃなくて……。今は無理だけど、将来的には、籍を……もごご!」
「こ……こら、希望~っ!」
夢ちゃんは眉をつり上げて、希望くんの口を思いっきり手で塞ぐ。
「え……? セキ? 教室の席? それとも、風邪でもひいた?」
「……やっぱりお姉ちゃん、前途多難……」
「????」
ぼくには、なにがなんだかわからなかったけど、夢ちゃんと希望くんの姉弟は、揃ってため息を漏らしていた。
☆☆☆☆☆
「にゃ~ん!」
そんなぼくたちの様子を、なんとなく楽しそうに見ているトラちゃん。
「そういえばさ、トラちゃんって、あのニャンコ神社にいたでしょ?」
ぼくはちょっとだけ気になっていた件について、話してみることにした。
「うん、そうねっ」
「あのとき、オメガがたくさんの猫を操って、ぼくたちはあの神社に連れていかれたけど、もしかしたらトラちゃんって、オメガに操られてきたわけじゃなくて、もともとあの神社にいたんじゃないかな」
「え? どうしてそう思うの?」
夢ちゃんの当然のごとき疑問に、ぼくは言葉を続ける。
「あの神社、猫宮神社っていう名前でしょ? あそこって、ぼくの親戚が宮司をやってるんだよね。だから何度か、遊びに行ったこともあるんだけど……」
「あ、そうだったんだっ。そうだよね、降人くんの名字と同じ名前の神社だもんねっ。結構珍しい名字だと思うし、考えてみたら当たり前かもっ!」
「うん。それでね、神社に遊びに行ったとき、こんなトラ縞の猫がいるのを見たような気がするんだ。まぁ、珍しい猫じゃないだろうし、別の猫かもしれないけどね」
軽く笑いながら、ぼくは自嘲気味に言う。
「猫好きの降人くんが、見間違うってこともないと思うなっ! ……あの神社ってさ、猫の神様を祀ってるんだよねっ? ってことはもしかして、トラちゃんがその猫の神様だったりしてっ! にゃはははっ!」
ぼくの意見を聞いた夢ちゃんは、名前どおりの夢見がちな言葉を響かせると、いつもの元気な笑い声を振りまいていた。
とはいえ、夢見がちなお話、とは言いきれないのかもしれない。
現についこのあいだまで、ぼくたちの目の前には、人間の言葉を喋って二足歩行までする猫がいたのだから。
「にゃ~ん!」
夢ちゃんの笑顔に合わせて、トラちゃんが鳴く。
ぼくがふと目を向けると――。
ニヤリ。
ほんの一瞬ではあったけど、普通の猫とは思えないような、そんな意味深な笑みをこぼしたように、ぼくには見えた。
……ぼくはそれを、見なかったことにした。
以上で終了です。お疲れ様でした。
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