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一時間目の授業の準備をして教室に戻ってきた雪菜先生の目の前に、将流がクラスを代表して立つ。
ん? どうしたの? といった表情で首をかしげる先生の瞳をじっと見据えた将流は、力強い声でみんなの思いを伝えた。
そして返ってきた答えは……。
「ダメです!」
あっさりとクラスの結束は打ち砕かれた。
反対されるかもしれない、という考えは確かにあった。
だけど、ここまでキッパリと否定されるなんて。
「え~~~~っ? どうして~~~~!?」
当然ながら、クラスメイトからの大ブーイングが巻き起こる。
そんな生徒たちの様子を見て、雪菜先生は困ったような表情を浮かべていた。
「こんなに可愛いのに~~~~!」
「先生だって、可愛いって思うでしょ~?」
「首輪をしてないから、きっとノラ猫か捨て猫なんだよ~! もし捨て猫だったら、かわいそうだよね~?」
「猫ちゃんひとりじゃ、生きていけないかも~!」
「ちゃんとお世話するから、雪菜先生、お願い~~~~!」
飛びかかってきそうなほどの勢いで必死にお願いするみんなを、雪菜先生はおろおろとしながら見つめ返している。
いつもの先生の様子から考えると、面倒だからとか、そんな理由で拒否したりしそうではあるけど。
でも、今の雪菜先生の様子を見る限り、どうやらそういったつもりでダメと言ったわけではなさそうだ。
懇願する生徒たちの声が少し静まるまで待ったあと、先生は遠慮がちに口を開いた。
「みんなの気持ちはわかったし、動物を可愛がる心っていうのも大切だと思うわ。教育上の観点から見ても、本来なら許可してあげるべきだとは思うの。……でもね、本当にごめんなさい」
頭を下げる雪菜先生の瞳には、うっすらと涙まで浮かんでいた。
「わたし、猫とか犬とか、動物の毛ってダメなの。アレルギーでくしゃみとかがひどく……、はっ……、くしゅん! くしゅん! あう、意識したら、もう出てきちゃった……。くしゅん! くしゅん!」
そう言った雪菜先生は、口もとに手を当て、くしゃみを連発し始めた。
当然ながらそれは演技なんかではなく、くしゃみは次から次へと湧き上がるように繰り返され、本当に止められないようだった。
さっきの白い猫ちゃんは今、教室の後ろにあるロッカーの上にお行儀よく座っている状態。
先生は教室の前にある教壇に立っているわけだから、丸々教室ひとつ分離れているにもかかわらず、こんなにひどいなんて。
あまりのひどさに、見ていて痛々しいほどだった。
化粧も鼻水なんかでぐしゃぐしゃになっちゃってるみたいだし……。
「だから、くしゅん! ほんと、ごめんなさいね、くしゅん! わたしだって、くしゅん! 猫とか、可愛いとは、くしゅん! 思うんだけど、くしゅん! でも……、くしゅん!」
「も……もういいですよ、雪菜先生! わかりました! とりあえず、廊下に出て待っててください。理科の授業、河原に行くんですよね?」
さすがに見かねたぼくは、こう言って先生の背中を押す。
クラスのみんなも同じ思いだったのだろう、誰も異論を挟んできたりはしなかった。
「あうう、くしゅん! ごめんね~……」
完全な涙目になりながら、雪菜先生は廊下へと出ていく。
「ごめんね、ちょっと職員室に戻ってお化粧を直してから行くことにするわ……。みんなは準備が出来たら、靴を履いて昇降口の前で待っててね」
そう言い残すと、雪菜先生は教室のドアを閉め、廊下を歩いていった。
残されたぼくたちは、さっきまで猫を飼わせてと騒いでいたのが嘘のように静まり返っていた。
「……ま、仕方がないね~。とりあえず授業だし今はこのままにしておいて、戻ってきてもまだ教室にいるようだったら、この猫は学校の外に逃がしてあげよう~」
学級委員としての責任感からか、沈黙に耐えられなかったのか、将流が場をまとめるように提案した。
「……そうだね。飼えないのは残念だけど、それしかなさそう」
「うん、先生ほんとに、つらそうだったもんねっ」
みんな、黙って頷く。
「よし、それじゃあ、おれたちも準備して外に出るか!」
「うん! もっとも河原に行ったら、雪菜先生は寝っ転がって、だらだらするんだろうけど」
「にゃはははっ! でも、外で授業するのは、楽しくていいよっ!」
「天気もいいし、清々しい気分になれそうだよねぇ~」(ふぁさっ)
「猫ちゃん~、それじゃあ、行ってくるねぇ~!」
そんなわけでぼくたちは、白い猫ちゃんをその場に残し、後ろ髪を引かれながらも、慌ただしく教室から出ていった。