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ニャンコ神社の境内にて。
ミューちゃんの前にオメガとシグマのふたり(見た目としては二匹だけど)が座り、ぼくたちもそれを取り囲んでいた。
とはいえ、すでにオメガもシグマも、神妙にしている。
負けは認めているのだ。
魔界のプリンセスであるミューちゃんを追って、この世界までやってきたオメガとシグマ。
以前ミューちゃんは、シグマが自分を亡き者にして王位継承権を得ようとしていると語ったことがある。
ただ、それにしてはシグマの行動もおかしいような気がした。
ミューちゃんを殺すことが目的で、手段や巻き添えなんかも気にしないなら、いくらでも別のやり方があったと思う。
王家の血筋にあるという力がどの程度のものなのかはわからない。
でも、あれだけたくさんの猫を操る手下を連れてきたり、エネルギーを凝縮させて武器を具現化させたりできるのなら、もっと簡単に、例えば広範囲を一瞬で爆発させたりすることなんかもできたのではないだろうか?
そこまでできなくても、ミューちゃんを隠していた場所の横に建てられたウサギ小屋の壁を崩して倒すとかでも、ミューちゃんの小さな体では致命傷になるだろう。
単にそこまで頭が回らなかっただけ、というわけでもないはずだ。
だからぼくたちは、詳しく話を聞こうと思った。
ミューちゃんが勝者で、オメガたちは敗者ではある。
問答無用で魔界に返してしまえば、それで終わりだ。
ともあれ、納得して帰ってもらえたほうが、こちらとしてもあと味が悪くなくて済む。
魔界のプリンセスという立場にあるというミューちゃんが、今後どうするつもりなのか。
それにもよるとは思うけど、おそらく魔界には戻らないのではないか。
ぼくはそう考えていた。
いや、そうであってほしいと、願っていたのかもしれない。
肉球防衛隊としては、守るべきミューちゃんがいなくなると、存在意義がなくなってしまう。
……というよりも、素直に寂しい。
ともかく徹底的に話し合おう。
ぼくたちみんなの意見は、そう一致していた。
だけど――。
「オメガは、わたくしのママです。つまり、魔界の女王、ということになるわね」
いきなり放たれたミューちゃんの言葉に、ぼくたちは唖然とする。
え~っと、なに? シグマはミューちゃんの弟ってことだし、その上、オメガはお母さん?
そうするとつまり、単なる姉弟ゲンカと親子ゲンカだった、ってこと?
「う~んと、まぁ、そうなるのかな……?」
ポリポリと頬の辺りをかきながら、ミューちゃんがつぶやく。
「じゃ……じゃあ、ミューちゃんが最初にオメガの名前を聞いて、怯えて声も出せなかったのは、すごい力がある相手だからってわけじゃなくて……」
「ええ。母親だからよ。だってほら、ママって怖いものじゃない? そりゃあさ、もう子供じゃないから、しつけなんだってのはわかってるけど、それでも小さい頃から叱られたりして、怖いイメージが脳裏に焼きついてるものでしょう?」
ぼくの問いに、さも当然のようにそう答えるミューちゃん。
いや、それは各家庭によるのでは……。
もっとも、魔界の家庭、しかも王家の家庭環境なんて、ぼくには想像できるものではないけど……。
「でも!」
疑問符が浮かんでいるぼくには構わず、ミューちゃんは突然大声を上げる。
「わたくしが勝ったのは事実。だから、生まれて初めてのわがままを言わせてもらうわ!」
「……いや、ミュー姉はいつも基本的にわがままだと思うんだが……」
ゲシッ!
シグマのツッコミは、なかったことにされた。猫キックという強制力を行使して。
「わたくしはママの跡を継ぐ気はないわ!」
ミューちゃんは一点の迷いもなく、力強い声で言いきった。
その瞳には、確固たる決意が見て取れる。
見た目は猫のままではあるけど、素直にカッコいい場面だと思えた。
……ミューちゃんの足もとで痛々しく転がっているシグマの残骸を除けば。
「ミューよ……。そなたの意思は、よくわかったのじゃ」
オメガは静かに、しかしはっきりと、そう言った。
そして、地べたに転がるシグマを足先でちょんちょんと軽く蹴りながら、
「著しく不安ではあるが、このシグマをわらわの正式な跡取りとしよう」
と宣言した。
「うん、それがいいわ」
オメガの言葉に、ミューちゃんは素直に頷く。
足もとのシグマには、口を挟むことすら許されない雰囲気だった。
どうやら魔界は紛れもなく、女性優位社会のようだ。
☆☆☆☆☆
ミューちゃんは初めから、弟であるシグマに王位継承権を譲るつもりだったらしい。
最初からずっと、そのために行動していた。
もともとは魔界から出て逃げ続けていれば、自然と王位継承権はシグマに移るはず、と考えていたのだという。
その途中で、ぼくたちのクラスに迷い込んできた。
幸いにも隠れるのに悪くない場所を提供してもらえたため、少し疲れもあったミューちゃんは、ある程度休んでいこうと決めた。
食べ物なんかも用意してもらえて、とても居心地がよかったと、ミューちゃんは語る。
そんな折、シグマ本人に見つかってしまった。
そこで素直に、王位を譲る意思を伝えることができれば、なにも問題はなかっただろう。
ただ、姉としての尊厳が、それを妨害した。
「だって、弟がやんちゃしてたら、姉としては徹底的にこらしめて上下関係をみっちりわからせるのが、世の常ってものでしょう?」
ミューちゃんはしれっと、そんなことを言ってのける。
まぁ……、今さらその辺りにツッコミを入れる必要もないか……。
「ともかく、今回のことで、シグマにも王家の血筋の強い力があるってわかったでしょう? わたくしの支配した猫たちを、さらに上書き支配するなんて荒技をやってのけたんだから」
「……そうじゃの。もっとも、力を使い果たして倒れておったがな、こやつは」
ゲシゲシ。
「ま、ちょっと詰めが甘いところはあるわね、シグマは」
ゲシゲシ。
ふたりとも、足もとのシグマをつま先で蹴りつつ、会話を続けていた。
うわぁ、なんかシグマって、とっても不憫な身の上なのかも……。
「それにわたくしはずっと思っていたの。女性優位な社会ってのは、ちょっとおかしいって。もちろん逆に男性が優位なのもね。性別を問わず、平等であるべきなのよ。今までの古い習慣なんかにとらわれず、臨機応変にいかないと」
「……そうじゃな。魔界は変わるべき転機を向かえておるということじゃの」
「ええ、そうよ。よりよい未来へ向かって歩き出す、絶好の機会だわ」
爽やかな笑顔を浮かべながら、ふたりはがっしりと握手をする。
その足もとでは、爽やかさのカケラもないほどボロボロになった、平等というのがどう考えても疑問な魔界のプリンス、シグマが、様々な意味合いを含んだ大きなため息をひとつ、吐き出していた。