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「ふぉっふぉっふぉ、よぉく来たのぉ~。おっと、無理矢理連れてきたのは、わらわじゃったの。ふぉーっふぉっふぉ!」
気づくとぼくたちの目の前には、なにやら頭に来る笑い声を響かせるデブった灰色の猫が、春だというのに分厚い毛皮のコートに身を包みながらたたずんでいた。
猫の顔なんて、ぼくたちにはあまり見分けがつかないけど、それでも明らかに、かなりのおばちゃんだと思える雰囲気。
もし人間だったら、絶対にケバケバな厚化粧で、見るからに不気味さをかもし出しているような、そんな印象だった。
……実際には魔界の住人だろうし、こっちの世界に来ると猫の姿になってしまうだけだというのなら、魔界にいるときには完璧にケバいおばちゃんなのかもしれない。
それはともかく、さっきの言葉を考えると、たくさんの猫たちを操ってぼくたちをここまで連れてきたのは、このおばちゃん猫だということになる。
そうすると、相当な力の持ち主。
すなわち、このおばちゃん猫こそが――。
「ふぉっふぉっふぉ! そう、わらわがオメガじゃ!」
ぼくの思考を読んだのか、おばちゃん猫が名乗りを上げる。
身構えるぼくたち。
これだけの人数を前にしても、まったく怯む様子のないオメガ。
もっとも、無数の猫たちをオメガが操っていると考えれば、人数的に劣っているのはむしろ、こちらのほうということになるわけだけど。
ただ、人数の問題だけではなく、あのオメガの力は、明らかに強い。
普通の小学生でしかないぼくでさえも、それは肌で感じられた。
「あ……あなたが、各地の猫を操っているんですか!?」
雪菜先生が、若干震え気味ではあったものの、どうにか声をしぼり出す。
今この場にいる中で一番の年長者であり、教育者でもある雪菜先生。
適当な感じが多々あるとはいえ、教師の端くれ。
教え子たちを守るために、自分のほうに注意を向ける、という意味合いもあったのだろう。
「ふぉっふぉっふぉ、そうじゃ。こちらの世界に来て、力の加減がわからなかったのでな。軽いデモンストレーションというやつじゃの」
デモンストレーションで、日本各地、もしかしたら世界各地の猫を操っていた!?
いったい、どれだけ強大な力を秘めているというのだ、このオメガという不細工な顔のケバいおばちゃん猫は。
「ふぉっふぉっふぉ、そちらのガキんちょから、とっても失礼な思考を感じ取ったのじゃが、さて、どうしてくれようかのぉ?」
あっ、しまった!
さっきもぼくの思考を読んだみたいだったのだから、下手なことは考えられないと、心に留めておくべきだった。
もちろん、オメガの言うガキんちょというのは、ぼくのことだ。
じわり。
一歩、オメガがぼくに近づく。
「待ちなさい! 用があるのは、わたくしでしょう? 降人くんたちは関係ないわ! 手を出さないで!」
ミューちゃんが叫ぶ。
おそらくそれを、予測していたのだろう。
満足そうな笑みを浮かべながら、オメガはミューちゃんのほうに向き直る。
「ふぉっふぉっふぉ。よう言うた。やはり、そうでなくてはの。ならば、邪魔の入らないように、力を解放させてもらうぞよ! ふぉあったぁ~!」
ブワッ!
オメガが奇妙な雄叫びを響かせると同時に、辺りの空気が熱を帯び、一斉に上空へと舞い上がるように感じた。
いや、温度が上がったことにより、上昇気流が発生したのだ。
でもそれは、単なる力の余波でしかなかった。
「うわっ!?」
「な……なによ、これ!?」
「わわわ、動けないよっ!?」
必死に体を動かそうとするものの、指一本動きはしない。
そう、ぼくたち肉球防衛隊のメンバーと雪菜先生の人間部隊は全員、オメガの力によって動きを封じられてしまったのだ!
ただ口だけは動くようで、声を出すことはできた。
「ふぉっふぉっふぉ、あえて言葉だけは封じないでおいてやったのじゃ」
再びぼくの思考を読んだのか、オメガはそう言い放つ。
「シグマから報告は受けておったからの。……仲間はそこにいてくれるだけで心強い? 仲間からの声援は、勇気とパワーを与えてくれる? ふぉっふぉっふぉ、笑わせてくれるではないか!」
オメガはゆっくりと、ミューちゃんに歩み寄る。
その威圧感は、想像を絶する凄まじさだった。
さっきは意を決してオメガに言葉を向けたであろうミューちゃんでさえも、近寄ってくるどす黒い力の奔流に呑まれ、ヘビに睨まれたカエルのように身動きが取れない。
オメガは高圧的な態度を崩さないまま、ミューちゃんに向かってこう言い放った。
「絶対的な力の前では、仲間からの声援なんぞ無意味だということを、このわらわが思い知らせてくれるわ!」