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ミューちゃんとシグマの、武器を打ち合わせる音が鳴り響く。
ぴこぴこぴこっ!
すぱーーーーん!
……ピコピコハンマーとハリセンだから、なんだか緊迫感のない戦いになっているけど。
ミューちゃんを応援するぼくたちも、ついついイロモノ系の番組を見るようなほのぼのとした気分に包まれてしまう。
でも、ミューちゃんもシグマも、本気だ。
おもちゃのような微妙な武器を振り回しながらも、ふたりの頬や首筋からは、はっきりと汗の雫がしたたり落ちていた。
ふたりとも、相手の攻撃を牽制する。
自分から攻撃を繰り出しつつも、攻撃こそ最大の防御なりとはいかないようで、相手の攻撃動作に怯え、大きく飛び退く。
そんな一進一退の攻防が、もう長い時間続いていた。
どちらも息が荒くなり、汗が滝のように流れている。
持っている武器のせいで、ぼくたちの目にはそんなふうに映らないけど、どうやら緊迫した戦いが続いているようだった。
ふたりの武器は、勝手な想像でしかないものの、おそらくエネルギーを凝縮して具現化させたようなものだろう。
さっきからの大げさなまでの警戒心と合わせて考えれば、その直撃を受けたら大変なことになるというのは、まず間違いない。
だからこそ、ふたりとも本気なのだ。
姉と弟の戦い……。
いわば、ぼくと羽浮姉ちゃんの姉弟ゲンカみたいなものだとすると、大したことではないようにも思える。
とはいえ、ミューちゃんとシグマでは、立場が違う。
魔界のプリンセスとプリンス。
王位継承権を賭けた、魔界全体の運命をも左右する戦いということになる。
もっとも、戦う前に言い争っていたふたりの態度だけ見れば、やっぱり単なる姉弟ゲンカに毛が生えた程度でしかなさそうではあったけど。
姉であるミューちゃんは、弟なんかに負ける気はない。
どちらが上でどちらが下か、それをわかりやすい形で思い知らせる、ひとつのパフォーマンスのようなもの。
ぼくと姉ちゃんの場合のケンカだったら、そういう感じになるだろう。
実際ぼくは、姉ちゃんには敵わない。
もちろん姉ちゃんが女性だから遠慮している、というわけではなく、本気でやり合った挙句、徹底的に叩きのめされる。
将来、大人になったら変わってくるかもしれないけど、ぼくたちくらいの年代だと、兄弟姉妹というのは基本的に上下関係だ。
ミューちゃんたちが人間年齢に換算してどれくらいなのかはわからないけど、ぼくたちとそう大差ないくらいだと思う。
とくにあのシグマというミューちゃんの弟を見ている限り、そうとしか考えられない。
それなのに――。
ふたりの目は、真剣だ。
ついつい危険はないと錯角してしまうけど、これは本気の戦いなのだ。
ぴこぴこぴこっ!
すぱーーーーん!
う~ん……。やっぱり、イロモノ的なお遊びの戦いにしか見えないけど……。
ぼくがそんなふうに心の中で葛藤しているあいだも、ふたりの戦いは続いていた。
と――、
「きゃっ!?」
シグマの攻撃を避けて着地したミューちゃんの足もとに、細い木の枝が転がっていた。
パキッ。
乾いた音を立てて、木の枝が折れる。
ただ、着地点に地面以外のなにかがあると予想していなかったミューちゃんは、突然襲いかかった足もとの異変に、思わずバランスを崩してしまう。
「チャンス!」
その隙を見逃すシグマではなかった。
ザッ!
体勢を低くして、シグマはミューちゃんの目の前に飛び出す。
そして、素早く足払い。
バランスを崩していたところへ、さらなる攻撃を受けたミューちゃんのひざが、ガクッと抜ける。
どうにか手をついて倒れることだけは免れたものの、片ひざをつく格好になったミューちゃん。
その目の前には、ハリセンを高々と掲げたシグマが立ちはだかっていた。
「ミューちゃん、危ない!」
「ミュー姉、これで、終わりだ!」
ぼくの声と、シグマの声と、振り下ろされるハリセンが空気を切り裂く音。
それらが同時に鳴り響いた。
☆☆☆☆☆
バシンッ!
ハリセンは、容赦なく打ちつけられた。
……ただし、むき出しの地面に。
「くっ、外したか!」
「……ふふっ。バカね。あなたが今のわたくしに敵うはずはないのよ」
焦りの声を漏らすシグマに、ミューちゃんは余裕の表情でそう言い放つ。
片ひざをつきながらも、反対側の足でどうにか飛び退いたようだ。
ともあれ、危険な状態にあることは変わりない。
それなのに、ミューちゃんの顔には笑みすら浮かんでいた。
「どういうことだ!?」
「ふふっ。ひとりで乗り込んできた今のあなたに、仲間はいないわ。でも、わたくしにはみんながいる」
「……だからどうした? 手出しは無用だと言ったはずだぜ? もし手出ししたなら、タイマン勝負においては無効試合となる。それは今さら、言うまでもないだろう?」
肩で息をしながらも、少しは落ち着いてきたらしく、シグマは冷静な声に戻ってミューちゃんに反論する。
それでも、ミューちゃんが怯むことはなかった。
「バカね……。仲間っていうのは、そこにいてくれるだけで心強いものなのよ!」
叫びながら、ミューちゃんは飛ぶ。
「頑張れ~~~~~っ!」
ぼくたち、肉球防衛隊の仲間たちからの声援を、追い風のごとくその背中に受けながら。
その勢いは、シグマの表情を歪ませるのに充分なほどだった。
「チェックメイト!」
ミューちゃんのピコピコハンマーが、シグマの頭へと振り下ろされる。
「くっ……!」
反射的に目をつぶってしまうシグマ。
衝撃は――なかった。
「こんなふうに、仲間からの声援は勇気とパワーを与えてくれる。……ふふっ、わたくしの勝ちね」
ピコピコハンマーは、シグマの頭にぶつかる直前で、寸止めされていた。
☆☆☆☆☆
へなへなへな……。
全身からすべての力が抜けたのか、シグマはその場にへたり込む。
「へっ……。相変わらずミュー姉は甘いな」
「ふふっ。いくらわたくしだって、相手を殺してまで勝とうなんて思わないわ」
勝ち誇ったミューちゃんの言葉にも、反論するつもりは、もうなくなっていたようだ。
「だが、オレ様の負けはくつがえしようがねぇ。素直に負けは認めるさ」
シグマは苦い顔でそう吐き捨てた。
「所詮あなたは、わたくしの弟なのよ。いつまでも、ね」
完全に上下関係は成立しているということだろう。なおも上から目線の言葉を放つミューちゃんだったのだけど。
「ああ、そうだな……。でもな、ミュー姉。安心してもいられないぜ? なんたって、オレ様が敗れても、オメガが控えてるんだからな」
「な……なんですって……!?」
シグマが放った言葉に、みるみると顔が青ざめていく。
「じゃあな。ま、せいぜい頑張ることだ」
ボロボロになった体を引きずりながらトボトボと去っていくシグマを、ミューちゃんはただ黙って見送るだけだった。
「……なによ、まだ親玉がいるっていうの!?」
「そうみたいだねぇ~。もっとも、あのシグマってやつじゃ、ラスボスの器じゃないとは思っていたけどさ~」(ふぁさっ)
「それじゃあ、わたしたちはまだ、ミューちゃんを守るために頑張らないといけないのねっ! うふふふふ、燃えてきたわっ!」
「はっはっは! ま、それがおれたちの務めだ! ミューちゃんも、ドーンと任せてくれよな!」
肉球防衛隊の面々は、わざとらしいほど明るく決意の声を叫ぶ。
そんな中、ミューちゃんは黙ったままだった。
「……ねぇ、ミューちゃん。オメガってのはいったい、どんなやつなの?」
ぼくの問いかけにも、青ざめて微かに震えたミューちゃんは、なにも答えてくれなかった。