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われら肉球防衛隊!  作者: 沙φ亜竜
第4章 肉球バトルロワイヤル! レディ、ファイト!
21/30

-3-

 昼休みには結局、なにもおかしなことは起こらなかった。

 つまりシグマがリベンジに来ることはなかったのだ。


 でもその放課後、やっぱりヤツは現れた。

 昨日とはまた別の、一匹の猫を伴って。


「ワタシは猫ではないですにゃん。愚民ども、間違えるではないですにゃん!」


 ガンマとは違って、ひょろ長いという印象の猫。

 いや、本人いわく、猫ではないらしいけど。

 こうして言葉を喋っているわけだし、ガンマと同様、魔界の住人なのだろう。


 だけどどうしても、笑ってしまう。

 だって、語尾が「にゃん」だし……。


「な……なにがおかしいのですかにゃん!? もう頭に来ましたにゃん! ワタシの力を、とくと味わうがいいでございますにゃん!」


 ピューーーーーーーッ!

 器用に肉球ぷにぷにの右手を口に当て、指笛を鳴らすひょろ長い猫……いや、猫もどき。


「……それはもっと、失礼な呼び方じゃないか? ま、いいがな。こいつはデルタ。魔界催眠術トーナメント、通称MST(マスト)のチャンピオンだ! ガンマのような筋肉バカとは、ひと味違うぜ?」


 ぼくが思わず「猫もどき」などとつぶやいたのを聞かれてしまったようで、シグマは余裕の言葉をぶつけてくる。

 それだけデルタの力を信頼しているということだろう。


 というか、結局今日もシグマ自身は戦わないのか。

 そんなツッコミを入れる時間は、あいにくぼくたちには用意されていなかった。


 トタトタトタトタトタトタトタ…………!

 無数の足音が、辺りに響き渡る。

 トタトタ、というよりは、ペタペタに近いような足音。


「うわわわっ!」


 夢ちゃんが、驚きとも歓喜ともつかないような声を上げる。


 そう、それらは無数の猫だった。

 おそらくは、デルタの指笛に応えて集まってきたのだろう。

 すなわち、ぼくたちにとっては言うまでもなく、敵ということになる。


 鋭い視線をぼくたちとミューちゃんに向けながら、「キシャー!」と威嚇の声を上げて飛びかかってくる猫たち。

 総勢、数十匹はいるだろうか。


 一匹一匹は、所詮、猫だ。体格的にも、さほど大きくはない。

 体当たりを食らったとしても、仮に噛みつかれたとしても、大打撃を受けるほどではないはずだ。

 とはいっても、こんなにもたくさんの猫がいっぺんに襲いかかってくると、さすがに脅威となる。


「きゃっ! 引っかかれた!」

「大丈夫か? 血が出てるじゃないか! ……うおっ!?」

「バカね! 人の心配してないで、自分のことを考えなさい!」


 いちごと拳志郎が交わす言葉が聞こえてきた。

 ともあれ、視線を向けているような余裕もない。ぼくだって、猫たちの攻撃を避けるので精いっぱいなのだ。


 と、そんな猫たちのうちの一匹が、夢ちゃんのほうへと向きを変えて飛びかかる。

 無類の猫好きの夢ちゃんは、こんな状態だというのに、


「ニャンコがぷにぷに肉球パンチで戦ってる~っ! か……可愛いわ~っ!」


 と言いながら無防備に立ち、ケータイのカメラで猫たちの勇姿を写真に収めていた。

 そんな夢ちゃんに向かって、恰好の標的を見つけた! とでも言わんばかりの勢いで、鋭い爪を立てて襲いかかる猫の姿が目に映る。


「夢ちゃん、危ない!」


 ぼくは思わず叫んでいた。

 ただ、叫ぶことはできても、夢ちゃんを助けることまではできない。距離が、遠すぎたのだ。


 そんな夢ちゃんと飛びかかってくる猫のあいだに、さらに別の影が割り込む。


「にゃぁ~!」


 それは、トラ縞の猫だった。

 いきなり仲間である猫が割り込んできたからか、飛びかかっていたほうの猫もびっくりして飛び退く。


「にゃ~、にゃ~!」


 チリンチリン。

 トラ縞の猫のほうは、しきりに夢ちゃんの足にすり寄って、甘えた鳴き声を上げながら頬をこすりつけていた。

 頬をこすりつけるたびに、尻尾にリボンで巻きつけてある鈴が、チリンチリンと音を鳴らす。


 飛びかかっていたほうの猫は、どうしようか迷ってはいたものの、すぐに標的を変えることにしたようだ。

 今度は拳志郎のほうへと襲いかかっていった。

 ……まぁ、拳志郎なら大丈夫だろう。たとえ瀕死の重傷を負っても、誰も悲しんだりしないし。


「こ……こら、降人! なんか失礼なこと考えてないか~? って、うわっ、やめろ、この猫! あっち行け! しっ、しっ!」


 拳志郎から文句が飛んできたけど、すぐにそれどころではなくなっていた。

 それはともかく、今は夢ちゃんだ。


「夢ちゃん! 写真は諦めて、今は身を守ることを優先してよ!」


 ぼくの叫びにも、夢ちゃんは気づいてすらくれない。

 足もとにすり寄っているトラ縞の猫を、いとおしそうな視線で見つめるのみ。


「おっと、そうかっ! キミはこれが欲しいんだねっ!」


 夢ちゃんがポケットからなにかを取り出す。それは、ニボシだった。


「にゃ~~~~っ!」


 チリリン。

 トラ縞の猫は、すぐさまそのニボシに飛びつき、鈴を鳴らしながら美味しそうにかじり始めた。

 ……夢ちゃんって、いつもニボシを持ち歩いているのだろうか……。


「えっ? 当たり前だよっ! いつでもどこでも、ニャンコと仲よくっ! それが猫好きとしての使命なのよっ!」

「お~、そう言われればそうだね! ぼくも今度から、持ち歩くようにするよ!」


 なぜか妙に納得する、同じく猫が大好きなぼくだった。



 ☆☆☆☆☆



「おやおや、一匹ほど、催眠のかかり方が弱かった猫がいるみたいですにゃ。ま、それくらい、構わないですにゃ」


 デルタが一瞬だけ目を見開いていたけど、すぐに余裕の口ぶりで吐き捨てる。

 確かに、数十匹のうちの一匹が支配下から抜け出したとしても、デルタにとってはとくに痛手ではないだろう。


 でも、その余裕が命取りだった。

 夢ちゃんの猫好き度を、甘く見てはいけない、ということだ。

 ニボシをもらったトラ縞の猫は、にゃ~にゃ~と、さらなるエサを要求するように、夢ちゃんにすがりつく。


「にゃははっ! さすがに、鼻がいいねっ! よし、全部持ってけ~っ!」


 夢ちゃんは制服のおなかの中から、ニボシがたくさん入った袋を取り出すと、それをトラ縞の猫に投げ渡す。

 トラ縞の猫は、その袋を口で見事にキャッチ。

 袋の上側は、すでに封が開いていた。最初にあげたニボシも、そこから取り出してポケットに入れておいたのだろう。


「というか夢ちゃん! キミはいつも、制服の下にそんなのを隠してるの!?」

「えっ? これも、当たり前のことだよっ! それが猫好きとしての使命なのよっ!」

「おおう! 夢ちゃん、ぼくはキミを尊敬するよ! いや~、勉強になるなぁ!」


 ぼくと夢ちゃんの会話に、なんだか他のみんなが、微妙に冷ややかな視線を向けているような気がしたけど。


 今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 夢ちゃんからニボシを袋ごと受け取ったトラ縞の猫は、口を上手く使ってそれを上下反転させる。

 もちろん袋の中のニボシは、地面の上に盛大にまき散らされた。


「にゃにゃにゃ~~~~~~~!」


 そして、ひときわ大きな鳴き声上げると、周囲にいた数十匹の猫たちが一斉に動きを止める。

 一瞬の静寂を経て、


『にゃ~~~~~~~~~~っ!』


 猫たちは我先にと、ニボシに群がっていった。


「なっ!? ワタシの催眠術が破られてしまうにゃんて! これはいったいどうしたことですかにゃん!? 信じられないでございますにゃん!」

「うっとうしいわ、ボケッ!」


 ドゲシッ!

 自分の力が破られ、慌てふためいていたデルタを、夢ちゃんの容赦ない蹴りが襲う。


「あ~~~~れ~~~~~~! このワタシが蹴り飛ばされるなんて、これはいったい、どうしたことですかにゃん~~!?」


 吹っ飛びながらもそんな声を残し、デルタは遠く空の彼方へと消えていった。


「くっ……!」


 それを見たシグマも、悔しげなうめき声を上げて素早くきびすを返すと、そのまま裏門のほうへと逃げ去っていった。


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