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次の日の昼休み。
ぼくたちはチャイムが鳴ると同時に、ミューちゃんのもとに集まっていた。
昨日の一件があったあと、ぼくたちは職員室に残っていた雪菜先生と話をした。
心配だからなるべくミューちゃんのそばにいてあげたい。そのために、昼休みは給食を食べず、すぐにウサギ小屋の横に向かうことを許可してもらいたかったからだ。
雪菜先生はぼくたちの話を真剣に聞いてくれた。
ぼくたちの熱い気持ちが伝わったのだろう、結果として、快く申し出を許可してもらえた。
というわけで、昼休みになったばかりのこの時間に、ぼくたちはミューちゃんの目の前にいる。
給食を食べずに来たぼくたち。昼食は抜きなのか、というと、実はそうではない。
「ふっふっふっ、任せといてっ! わたしがみんなの分のお弁当を作って持ってくるよっ!」
昨日の帰り際、こぶしを振り上げ、夢ちゃんがそう叫んだ。なんだかちょっと、鼻息を荒くしながら。
「……夢お姉ちゃんは、料理が大好き……」
いつもながらの控えめな声で、希望くんが解説を加えてくれた。
「はっはっは! それはありがたいな!」
「それに、女の子の手料理が食べられるなんて、嬉しいよねぇ~」(ふぁさっ)
拳志郎と将流が喜びの声を上げる。
将流のほうは、ちらちらとみるくちゃんに視線を送りながら。
きっと、みるくちゃんの手料理も食べたい、とか思っているのだろう。
もっとも、みるくちゃんのほうは、将流の視線にまったく気づく様子もないのだけど。
「でも、夢、ほんとに大丈夫? ……ごめん、失礼だけど、変な味つけとかにしない?」
「むっ、いちごはひどいなっ! わたしはこれでも、調理レベル98だよっ!?」
いちごからのツッコミに、なにやらおかしな受け答えをする夢ちゃん。
「……某ゲーム内の料理スキルのこと……」
再びの希望くんの解説に、ぼくは一抹の不安を覚える。
「……でも、腕は確か。安心していいよ……」
小さい声ながらも心強い希望くんの言葉によって、それなら大丈夫だろうと、みんな、夢ちゃんにお弁当を任せることにしたのだ。
☆☆☆☆☆
「じゃ~~~~~んっ! 見て見てっ! この豪華絢爛さをっ!」
『うおおおおお~~~~~~!』
自信満々の夢ちゃんが取り出したお弁当を見て、ぼくたちは歓喜の声を響かせる。
何重にも重ねられた重箱の中には、本当に綺麗で、お店で売ったとしても即完売しそうなほどの料理の数々が並べられていた。
唐揚げ、ハンバーグ、スパゲッティー、厚焼き玉子、ほうれん草のおひたし、煮物、おにぎり、サンドイッチ、果ては桜も散り終えた春だというのになぜか、おせち料理まで。
ありとあらゆる料理が、重箱を彩っていた。
様々な料理をごちゃまぜにしすぎではあるけど、それにしたってこれはすごい。
夢ちゃんが自信満々になるのも頷ける。
「うわ~、これ全部夢ちゃんが? 時間かかったでしょ?」
「うんっ! ちょっと早起きしたから、実は今結構眠いんだけどねっ!」
ぼくの問いかけに、夢ちゃんは軽く目をこすりながら答える。
いつも元気いっぱいな夢ちゃんだけど、確かにちょっと眠そうだった。
ともあれ、頑張ってくれたんだもんね。感謝しなきゃ。
「そっか~、ありがとね。夢ちゃんって、意外に料理上手なんだね~」
「えへへ~~っ。……って、意外にっ!? ちょっとショックだわっ!」
よかれと思って続けた褒め言葉のつもりだったけど、どうやら逆効果だったようだ。
う~ん、ぼくってダメだなぁ。
とはいえ、ショックと言いつつも、夢ちゃんは笑顔だった。
「ただ、取り合わせが異常だわ、こりゃ」
「がぁ~~~~~んっ! ショックパート2っ!」
さらに続けられたいちごのツッコミに、二度目のショックを受ける夢ちゃん。
もちろんそれでも、笑顔は絶えなかった。
和気あいあいとした、お弁当風景。
ぼくは割り箸を受け取って、みんなと一緒に、夢ちゃんの作ってくれたお弁当に手を伸ばす。
昨日ガンマに投げ飛ばされたとき、ぼくは右ひじを打ちつけられた。
骨折まではしてないと思うけどまだ痛みが残っていて、授業中もシャープペンを上手く持てず、ノートを書くのにも四苦八苦していた。
だから当然ながら、箸だって上手く操れる状態ではない。
厚焼き玉子をつかもうとして重箱の中に落とし、というのを何度か繰り返しながらも、ぼくはどうにか持ち上げてそれを口に運ぶ。
うん、美味しい!
と、それをじっと見ている視線に、ぼくは気づいた。
「……降人さん、腕を痛めてるから、お箸を持つのも大変そう……」
不意に、希望くんがそうつぶやいた。
それを聞いた南ちゃんは、パチンと両手を合わせながら、嬉しそうにこう言った。
「そうですねぇ……。あっ! それなら、夢さんが食べさせてあげたら、いいんじゃないでしょうか?」
「えっ? えっ? で……でもっ、それはちょっと、恥ずかしいよっ……!」
「そうだよ、それに、そこまでしてもらうなんて、さすがに悪いし……」
真っ赤になって恥ずかしがっている夢ちゃんと、同じく微かに赤くなりながら遠慮の声を漏らすぼく。
「でもさぁ、降人くん。キミは箸もまともに使えていないだろう~? どうするんだい~? そのまま昼休みが終わるまで頑張っても、玉子焼きを数切れ食べるのがやっとじゃないのかい~? べつにボクとしては、それでも一向に構わないけどさ~」(ふぁさっ)
「ちょっと、ダメよそんなの! 今日だって昨日みたいにシグマたちが襲いかかってくるかもしれないんだから! みんなちゃんと食べて力を蓄えておいてもらわないと!」
「はっはっは! だったらおれが、食べさせてやろうか~?」
「い……いや、それはちょっと……」
「わたしはぁ~、それもちょっと、見てみたいかもぉ~?」
「こらみるく、あんたは黙ってなさい!」
勝手なことを口走り始めるみんなではあったけど、ちゃんと食べて力を蓄えておかないといけないのは確かだろう。
ちらり。
夢ちゃんと微かに視線を合わせる。
「わ……わかったわっ! 死ぬ気で頑張るっ!」
夢ちゃんはこぶしを握りしめて、そう気合いの声を上げた。
「そ……そこまで嫌なの……?」
「いや、あの、そうじゃ、なくてっ! その、あの、だって、ほらっ! えっと……」
ちょっと悲しくなって放ったぼくの弱々しいボヤキ声に、夢ちゃんは真っ赤になりながら、なにやらわけのわからない言葉を連発するのだった。
☆☆☆☆☆
「はい、あ~んっ!」
「あ~ん」
ぱくっ。もぐもぐもぐ。
「どうっ? 降人くん、美味しいっ?」
「うん、美味しいよ!」
「よかったぁ~っ!」
夢ちゃんが、ぱーっと明るい笑顔を咲かせる。
と同時に、周りからはなんだか生温かい視線を感じる……。
夢ちゃんもさっきから、ずっと顔を真っ赤にしているし。
お弁当を美味しいって言ってもらえたのが、そんなに嬉しいのかな?
そう考えているぼくを、希望くんがじっと見つめていることに気づいた。
「……お姉ちゃん、前途多難……」
そのつぶやきの意味は、ぼくにはよくわからなかった。