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「は~い、みんな~、席に着いて~!」
パンパンと手を叩きながら、担任の先生が教室に入ってきた。
それに合わせて、仲のいい友達と固まってお喋りしていた生徒たちが、慌てて自分の席へと戻っていく。
朝の会のスタートだ。
「今日はとっても、いい天気ね~! こんな日は河原でお昼寝でもしたいわよね~!」
ぼくたちの担任である、狐石雪菜先生は、いつも本音で生徒に向き合ってくれる先生だった。
「う~ん、ちょうど一時間目が理科だし、河原で草花の観察とかにしようかな! そうすれば、わたしは寝てられるし!」
……隠したほうがいいような本音まで、だだ漏れにしてしまう、なにかと問題のある先生なのかもしれない。
こんな感じだけど、雪菜先生はクラスのみんなから慕われている、とってもいい先生だ。
ほとんど友達感覚でつき合える、という印象が強いからなのだろう。
まだ二十代前半くらいのはずだから、若いといえば若いと思うけど。
それでも小学生であるぼくたちとなんの違和感もなく友達のように接していることからも、雪菜先生の精神年齢の低さがうかがえる。
「雪菜先生、そんなんでいいんですか? というか、校長先生に告げ口されたりとか……」
「ふっふっふ、校長先生が怖くて教師をやってられるかっての! わたしはわたしの信ずる道をゆくのよ!」
真面目な女子生徒からツッコミを入れられてもなんのその。
笑いながらそう言い放つ雪菜先生だった。
ところで、クラスのみんなは先生のことを名字ではなく、名前で「雪菜先生」と呼ぶ。
これには理由があった。
このクラス、六年二組での一年間が始まった初日、先生自らお願いしてきた、というか命令が下されたのだ。
「わたしのことは、雪菜先生と呼んでくださいね! もし名字で呼ぶ人がいたら、容赦なく成績を落とします!」
満面の笑顔を浮かべながらそんなことを言ってのける先生に、初日から驚いたものだった。
どうやら、雪菜先生はちょっとつり目気味だから、「狐」って字の入った名字が好きじゃない、というのが理由だったようだ。
普通なら「冗談だよね」と笑って済ませるところだろうけど、雪菜先生の場合、冗談であるはずもなく……。
そんなわけで、クラスには先生のことを名字で呼ぶ人はいない。
誰だって、こんな不条理な理由で成績を下げられたくはないからね。
「ま、今日も元気に頑張っていこ~! ってことで、べつに連絡事項とかもないから、朝の会はこれで終わり! 一時間目は河原で決定ね!」
雪菜先生はそう言い残し、さっさと教室を出ていってしまった。
う~ん、相変わらず適当な先生だな~。
でも、そんな先生だからこそ、このクラスが楽しい雰囲気になっているのだと、ぼくは考えている。
きっと雪菜先生は、生徒の自主性の尊重するために、そういうふうに振舞っているのだ。
……いや、それはありえないか……。
☆☆☆☆☆
ともかく、朝の会を終え、一時間目が始まるまでの時間。
理科の授業で河原に行くと言ってたけど、外に出ておくように言われてはいないから、とりあえず教室で待っていればいいはずだ。
クラスメイトはみんな早々に席を立ち、それぞれ友達のもとへと集まって騒ぎ始めていた。
「はっはっは、えいっ、ヘッドロック!」
「ぐえっ!」
もちろん、ぼくのもとにも、拳志郎がいつものように寄ってくる。
ヘッドロックで挨拶するのは、そろそろやめてほしいところではあるけど。
「げほげほっ! こら拳志郎! ぼくはお前と違って筋肉バカじゃないんだから、手加減しろってば!」
「はっはっは、筋肉バカとはなんだ、こいつぅ!」
「ぐえっ! ギブギブ! ぼくが悪かった!」
ヘッドロックをかける太い腕によりいっそうの力が込められると、ぼくはたまらず白旗を上げる。
ぼくと拳志郎が、いつもどおりのバカげたじゃれ合いを続けていた、そんな中。
「きゃ~~~~~~っ!」
突然、女子の声が教室に響き渡る。
だけどそれは、悲鳴という感じではなく、好奇心に満ちた喜びの雄叫びといった様子の、黄色い歓声だった。
声を上げている女子たちのほうに目を向けてみると、そこには普段の教室には存在しないものが存在していた。
そこに見えたのは――。
「うわぁ~、可愛いニャンコだよ~っ! 真っ白で綺麗~っ!」
夢ちゃんが歓喜の声を上げているとおり、どこか上品さすらも漂わせる、綺麗な真っ白い毛並みの猫ちゃんだった。
というか、その猫は――。
「あ……、あれ、さっき見た猫だ」
ぼくは思わず席から立ち上がり、その猫ちゃんに駆け寄っていた。
……ヘッドロックをかけていた拳志郎の太い腕を、軽々と振り払いながら。
「はっはっは、猫が絡むと降人は無敵だな!」
なんて拳志郎の声が聞こえてはきたけど。
そんなことより、今は猫ちゃんだ。
この世界は猫のためにある、とすら思っているくらいの、無類の猫好きであるぼく。
うちの家族は、お母さん以外みんな猫好きなのだ。
ただ、お母さんが猫嫌い、というか動物嫌いのため、絶対に飼うことは許されない。
そんな不幸な星のもとに生まれたぼくは、猫を見ると条件反射的に抱きしめたい衝動に駆られるのだった。
というわけで、数人の女子に囲まれていた白い猫ちゃんを、ぼくは素早く抱き上げる。
「う~ん、可愛い! 毛並みもサラサラだ~!」
「ミュ~~~~!」
ぼくが抱きしめ首筋の毛を撫でると、猫ちゃんは嫌がることもなく甘い鳴き声を返してくれた。
「あ~、降人くん、自分ばっかりずるい~~~っ! わたしも抱きたいよ~~~っ!」
「あはは、うんうん、すぐに交代するよ! ……でも、もうちょっとだけ……」
「ダメ~っ! 今すぐ、抱きしめたいの~! わたしにニャンコぷりぃず~~~っ!」
猫好きなぼくと夢ちゃんを中心に、クラスのみんなが集まってきて、白い猫ちゃんを可愛がる。
一方猫ちゃんのほうも、登校時はいつの間にかいなくなっていたけど、今は逃げる素振りも見せない。
「うにゃ~っ! 可愛いよ~っ!」
「あれ~? この猫、首輪をしてないよね。こんなに綺麗だけど、飼い猫じゃないのかなぁ~?」
「あっ、飼い猫じゃないなら、このクラスで飼っちゃえばいいんじゃない!?」
「おお~、それがいい!」
「うん~、教室に猫ちゃん~、思わずはにゃ~んってなっちゃいそうで、いいよねぇ~!」
クラスメイトも徐々に盛り上がり、教室で飼ってみんなで可愛がろう、という方向で話が進んでいった。
「ふっ、そうだねぇ~。動物を可愛がる精神は大切だと、ボクも思うよ~。学級委員であるこのボクが、雪菜先生に話してみるよ~!」
「おお~、将流くん、カッコいいぞっ! じゃ、任せたっ!」
「ふっ、ボクに、任せてくれれば、どんなことも万事オッケーだよ~!」(ふぁさっ)
将流も夢ちゃんにおだてられ、すっかりその気になっているようだ。
大げさな身振り手振りをまじえた言葉を放ちながらも、ちらちらとみるくちゃんに視線を向けている。
あんなにノリ気なのも、カッコよさをアピールするためとかなのかな?
もっともみるくちゃんの瞳は白猫のほうに釘づけで、将流のことなんてまったく視界に入ってはいなさそうだけど。
とにもかくにも、「みんなでこの猫を飼いたい」という思いによって、僕たちのクラスは完全にひとつになっていた。