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ミューちゃんのエサを買い終え、帰ろうとしていたぼくたちに、
「あっ、お客様。もしよろしければ、猫ちゃんのおもちゃなんかもあるんですが、見ていかれませんか~?」
さっきの店員さんが、やっぱり元気いっぱいな声でそう話しかけてきた。
「あ……え~っと……」
「おもちゃ、ですか? でも、ミューちゃんは子猫じゃないですし」
ぼくが生返事をするだけだったのに対し、南ちゃんは的確な受け答えをする。
ううう、ぼくじゃ南ちゃんには、絶対に敵わない気がしてきた……。
そう考えて落ち込んでいるぼくに構うことなく、店員さんはさらに声のトーンを上げてまくし立てる。
「いえいえ、子猫じゃなくても、猫ちゃんは遊んだりするものですよ! どうぞ、こちらへ。ほら、このネズミのおもちゃなんかは、野性の本能ともいうべき狩りの欲求を満たしてくれますし、肉球に優しいボールなんかもございます。それから、猫ちゃんには爪とぎも必要ですから、おもちゃではありませんが、こちらの爪とぎマットなんかもよろしいですよ。あっ、立てて置いておく爪とぎ用のポールなんかもありまして、ポールの上におもちゃがついているタイプなんかも取り揃えてありますし、それから……」
いつの間にやらぼくたちを猫のおもちゃコーナーまで導き、嬉々とした表情で次から次へと商品の説明をしていく店員さん。
仕事だからというのは、確かにあるだろう。
だけどそれだけじゃなくて、この人が本当に猫好きだというのもひしひしと伝わってきた。
「あ……あの、でも、すみません。こんなにいろいろと教えていただきましたけど、お金がもう残ってなくて……」
南ちゃんは、今にも泣き出しそうにうるうると瞳を潤ませながら、微かに震える声でそう弁解していた。
しっかり者の南ちゃんは、余分なお金なんて持ってきていなかったのだ。
とはいえ、ぼくの気持ちはすでに決まっていた。
「店員さん。いくつか買いたいので、詳しく教えてください」
ぼくの言葉に、南ちゃんは目を丸くする。
「降人さん、ダメですよ! みなみ、もうお金ないですし。それに、今日はみなみが当番なんですから、降人さんにお金を出してもらうわけにはきません!」
南ちゃんは予想どおり、ぼくの行動を止めに入る。
でも、
「これは当番の仕事としてじゃなくて、ぼくの判断で買うってことだから。ミューちゃんに喜んでほしいからね。それなら、いいでしょ?」
じっと南ちゃんの瞳を見据えて、優しく諭すようにぼくの考えを伝える。
そんなぼくを見つめ返して、南ちゃんはなぜかほのかに頬を赤く染めながら、黙ってひとつ頷くのだった。
☆☆☆☆☆
ニャーン!
学校へと戻る道すがら、不意に猫の鳴き声が聞こえた。
「あっ、猫ちゃんです!」
南ちゃんが明るい声を上げる。
ぼくと拳志郎も猫ちゃんの声がしたほうに目を向けると、そこには階段があった。
この階段を上った先には神社がある。
実はぼくの親戚が宮司をしている神社だったりするのだけど。
通称ニャンコ神社とも呼ばれるそこには、猫の神様が祀られている。
だからなのか、いつでもたくさんの猫ちゃんが集まっているのだ。
さっきの鳴き声は、そんな猫ちゃんの声だったのだろう。
「はっはっは、やっぱここには、いつもたくさん猫がいるみたいだな!」
「そうだね。……と、そんなことを悠長に語ってないで、早く戻らないと。ミューちゃんがおなかをすかせてるよ!」
「そうですね! おもちゃも買ってありますし、ミューちゃんの喜ぶ顔、みなみも早く見たいです!」
ぼくたちは意気揚々と、神社へと続く階段の前から駆け出していった。
☆☆☆☆☆
「ただいま~!」
「おかえり、降人くんっ! あまりにも遅いから、心配しちゃったよっ!」
ぼくたちが学校に戻ると、みんなが出迎えてくれた。
「ミュー!」
もちろん、ミューちゃんも。
「降人! あんた隊長代理なのに、なんで出かけちゃってたのさ! って、買い出しだったのね」
今日は珍しく、羽浮姉ちゃんも来ていたのか。
姉ちゃんは自分から肉球防衛隊の隊長になると言い出したわりに、あんまりミューちゃんのもとへ来ていない気がする。
中学生ともなると、いろいろと用事があるものなのかもしれないけど。
というか、どこかの部活に入らなくちゃいけない、とかって言ってたっけ。
部活に参加してから小学校に来ても、ぼくたちはすでに帰っていることのほうが多そうだし、仕方がないのだろう。
「お疲れ様! うわっ、結構買ったわね~。重そうだわ」
いちごがぼくたちの持つ荷物を見て、驚きの声を上げる。
エサの袋はふたつほどあったのだけど、大きいのを拳志郎が、小さめのほうを南ちゃんが持っていた。
そしてそれ以外に、ぼくも袋を持っていたのだ。いちごが驚くのも無理はない。
「えっとね、エサだけじゃなくて、こんなのも買ってきたから……」
そう言ってぼくは、自分で持っていたほうの袋の中身、おもちゃの数々を取り出す。
ゼンマイで動くネズミのおもちゃに猫じゃらしっぽいおもちゃ、カラフルなボールに爪とぎ用の小型マット、などなど。
ぼくは、得意満面の顔になっていたかもしれない。
それどころか、楽しく遊んでくれるミューちゃんの姿を思い描き、気色悪い笑顔にすらなっていたかもしれない。
「うわぁ~、おもちゃがいっぱいだぁ~。ミューちゃん、見て見てぇ~!」
袋から出てくるおもちゃの数々を見て、みるくちゃんが予想以上の反応で歓喜の声を響かせながらミューちゃんに話しかけていた。
ここまでいい反応をしてくれると、こっちまで嬉しくなってくる。
ただ……。
他のメンバーの反応はいまいちだった。
「う~ん、ボクはあまり詳しくはないけど~、これは対象年齢が低すぎるものが多いんじゃないかなぁ~?」
「そうね。この爪とぎマットなんかは結構よさそうだけど、他のはちょっとねぇ……」
「ミュー……」
将流といちごが、文句まじりの言葉をつぶやく。
それに合わせるかのように、ミューちゃん自身も、あまり嬉しくなさそうな弱々しい鳴き声を漏らす。
「み……みなさん、そんなふうに言わないでください! 降人さんはミューちゃんに喜んでもらいたくて、こんなにたくさん買ってきてくれたんですから!」
「はっはっは、そうだな! ミューちゃん、ほら、遊んでみたら結構、楽しいかもしれないぞ!」
見るに見かねたのだろう、南ちゃんがぼくをフォローしてくれた。
拳志郎も猫じゃらしっぽいおもちゃを手に取ると、ミューちゃんの目の前で激しく振り始めた。
「ミュー」
そうね。せっかくだし。
なんとなくミューちゃんは、そんなふうに言っているように思えた。
ミューちゃんは遠慮がちに、ちょいちょいと、目の前の猫じゃらしにパンチをお見舞いする。
やがて両手を使いパンチを連続で繰り出すと、ミューミューと鳴き声を上げ始めた。
「はっはっは! やっぱり楽しんでるようだな!」
拳志郎はそう言いながら笑っていたけど。
ぼくにはどうしても、ミューちゃんが気を遣って遊んでくれているようにしか思えなかった。
と、そのとき。
ふと視線の端を、影が通り過ぎたような気がした。
…………?
ぼくは思わず、きょろきょろと辺りを見回す。
「ん? 降人くん、どうしたの?」
いちごが怪訝な表情で話しかけてくるけど、ぼくは答えなかった。
ミューちゃんを隠しているこの場所は、ウサギ小屋とその横にある植え込みのあいだということになる。
周囲には中庭と校庭、裏門に続く道以外には、木々が立ち並ぶ一帯が広がっているだけだった。
木々を越えた先にはプールがある。
もちろんプールは校舎の別な場所から行けるようになっていて、体育で使う場合とかに、わざわざこんな木々のあいだを抜けていく必要はない。
その辺りの木々はうっそうと茂っているため、薄暗くてなんだか涼しく感じられる。
そんな木々の中に、なにやら微かに人影のようなものが見えた気がした。
ぼくはじっと目を凝らす。
――あっ、今ちょっと動いた! 明らかに、誰かいる……。
そこで、ぼくは思い出した。
希望くんが以前に話していた、怪しい人影の噂を。
帽子をかぶりサングラスとマスクで顔を隠した、春なのにジャンパーを着ている、怪しい人影が目撃されているらしい。
そんな噂話を聞いた、ということだったはずだ。
「みんな……、ちょっと……」
「え? 真面目な顔しちゃって、どうしたのよ? そんな顔、あんたには似合わないわよ?」
いちごが茶化してきたけど、ぼくは真面目な顔を崩さず、声を落として木々のあいだにいる人影のことを話した。
「ふえぇ~、怖いよぉ~、もごごっ!」
みるくちゃんが思わず半べそで声を上げていたけど、いちごがすぐに手を伸ばしてその口を塞ぐ。
気づかれたらマズい。そう考えたのだろう。
でも、結局気づかれてしまっていたようだ。いつの間にか、人影は見えなくなっていた。
ぼくたちに見つかったことがわかって、逃げたに違いない。
「あちゃ~、逃げられちゃったみたいね」
「はうぅ~、ごめんなさい~……」
いちごの言葉に、みるくちゃんが半べそを通り越して、目に涙をいっぱいに溜めていた。
「……でも、また来るかもしれないよ……?」
と、希望くんが控えめに意見を添える。
「……周りに誰も人がいないときにしか来ないって話だから……。友達が通りかかったら、急いで逃げていったみたいだし……」
小さな声ながらも、一生懸命に語ってくれる希望くん。
うん、キミの頑張りは、無駄にはしないよ。
「よし。それじゃあ、こうしよう」
ぼくはみんなを近くに集め、ひそひそと小声で作戦を伝え始めた。