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ある日の放課後、ぼくは拳志郎と南ちゃんと一緒に、商店街を歩いていた。
買い置きしてあった猫缶やキャットフードが残り少なくなっていたから、それを補充するための買い出しに来たのだ。
南ちゃんが可愛らしいピンク色の財布を紐で首から下げ、それを両手でしっかりと握りながら、笑顔でスキップしている。
今日は南ちゃんが、ミューちゃんのエサ代を出してくれるのだという。
拳志郎の妹だというのにしっかり者の南ちゃん、普段はお小遣いをもらっても、ほとんど使わずに貯金していたらしい。
財布を嬉しそうに振って、じゃらじゃらと音を鳴らしながら、
「今日はみなみが全部出しますね!」
と、南ちゃんは満面の笑みを浮かべる。
もちろん、四年生の南ちゃんにお金を出してもらうなんて悪いと思い、ぼくと拳志郎で支払うから南ちゃんはエサを選んでくれるだけでいいよ、と断ったのだけど。
「いざというときに使わなきゃ、貯めた意味がないじゃないですか!」
南ちゃんはそう言って、一歩も退こうとしない。
「お金は使うためにあるんです! それに、エサ係は当番制。ミューちゃんのお世話は全員で協力してやることになってます。だったら、わたしだけ甘えるなんてこと、絶対にできません!」
ビシッと鋭い視線を向けながら主張する南ちゃんの勢いに負け、ぼくはただ黙って頷き返すことしかできなかった。
「はっはっは! 我が妹ながらしっかりしてるなぁ、南は!」
「お兄ちゃんはいつもながら、適当すぎる感じだよね~。おれがつき添ってやる、とか言ってたわりに、お店の場所もわからなかったし……」
得意顔で笑っている拳志郎をも、鋭い言葉で一蹴。
一瞬にして、しゅんと沈んだ表情に様変わりしてしまう拳志郎だった。
でも、ほんとにしっかりしてるなぁ、南ちゃん。ぼくも、しっかりしなきゃダメだよね……。
「というか、ごめんね。ぼくもつき添いで来たのに、場所を知らなくて……」
「あっ、いえ、その、みなみのほうこそごめんなさい。そういうつもりで言ったんじゃないです。それに降人さんは、当番でもないのに善意で来てくださったんですから、感謝の気持ちでいっぱいですよ!」
ついポロッと口をついた言葉で、南ちゃんに気を遣わせてしまったぼく。
うう、しっかりしないと、なんて考えれば考えるほど、余計に墓穴を掘ってしまう。
やっぱりぼくはダメダメだ。
「おいおい、それならおれだって、善意でつき添ってやってる、ということになると思うんだが」
「お兄ちゃんは別よ。だいたい普段から頼りないんだし、たまには役に立ってくれなきゃ困るわ!」
「はっはっは、我が妹ながら、手厳しいな!」
「笑ってないで反省しなさい!」
沈みがちになっていたぼくだったけど、南ちゃんと拳志郎の兄妹が織り成すテンポのよいかけ合いに、思わず笑みがこぼれる。
なんだかんだと文句を言いつつも、ふたりが仲のいい兄妹だというのは、とてもよくわかった。
「あっ、あれじゃない? ペットショップ・わんにゃんキャッスル」
ぼくが指差したそこには、西洋風のお城をかたどった可愛らしい建物があった。
「はい、そうですね! お友達から聞いてたけど、なんかすごいですね~!」
可愛らしいお城をイメージしているとはいえ、そのペットショップはかなりの広さがあるようで、駐車場には数多くの車が停まっていた。
お客さんもたくさん来ているのがうかがえる。
「うん、確かにすごいね……。でも、どうしてお城なんだろう……」
そのあまりの広さに呆然としていたせいか、ぼくの口からはどうでもいい疑問が飛び出していた。
☆☆☆☆☆
「いらっしゃいませ~~! 初めてのお客様ですね~?」
ペットショップに入ると、大きな猫の絵が全面に描かれたエプロンがいやが上にも目を引く店員のお姉さんが、元気いっぱいに声をかけてきた。
広い店内のそこかしこで、同じように店員さんの元気な声が響き渡っている。
「ペットをお探しですか? 当店では、犬や猫から、フェレット、ハムスター、インコにオウム、果てはイノシシやらトカゲやら大蛇まで、ありとあらゆるペットを取り揃えてありますよ!」
「いえ、あの、えっと、ですね。猫ちゃんのエサを、探してるんですけど」
言葉を挟む隙もないほどにまくし立てられ、ちょっと面食らっている様子の南ちゃんだったけど、どうにか店員さんにそう答える。
ぼくや拳志郎は、言葉を発することさえできずにいたわけだから、やっぱり南ちゃんはしっかりしていると言えるだろう。
というか、ぼくと拳志郎が情けなさすぎなのかも……。
「あっ、は~い。猫ちゃんですね。子猫ちゃんですか?」
「え~っと、違う、かな?」
「それでしたら、こちらへどうぞ~!」
迅速に目的のものを聞き出し、素早くぼくたちを案内する店員さん。
なんというか、さすが、という感じだ。
「この辺にあるのが、猫ちゃん用のエサとなっております!」
そう言って店員さんから示された「この辺」というのが、これまたすごい広さがあったりしたのだけど。
「猫ちゃんの好みもありますし、同じエサばかりでは飽きてしまいますし、といったわけで、多種多様なエサをご用意してあるんです!」
「はっはっは、これだけたくさんあると、迷っちまうな!」
「そうだね~」
あまりの種類の多さに、商品棚を眺めていた拳志郎とぼくは、思わずため息まじりの言葉を吐き出していた。
「はい、迷ってしまわれるお客様も、大変多くなっております。でも、ご安心を! 売れ筋商品のみを集めたコーナーがございます。ランキング上位のエサを何種類か買って帰れば、きっと間違いはないはずです!」
店員さんも慣れたもの。そう言いながら商品棚の裏手に回って、売れ筋商品コーナーへとぼくたちを導く。
そんな場所があるのなら、最初からそっちに行けばいいのに、と思わなくもなかったけど。
でもそれが、上手いやり方ってやつなのだろう。
たくさんの種類を見せてどれを買えばいいか迷わせておいて、売れ筋商品を「何種類か」買えばOKと言って売れ筋商品を見せる。
それを見た客は、売れているものならそれでいいかと考え、売れ筋商品のコーナーにあるエサを買っていく、という寸法だ。
店員さんはおそらく最初から、ぼくたちがあまり猫のエサに詳しくないことも見抜いていたのだと考えられる。
とはいえ、ぼくたちが小学生だというのもわかっていると思うのだけど、それでも抜かりなく接客するあたり、この店員さん、プロだなぁ……。
南ちゃんは店員のお姉さんと笑顔で会話しながら、売れ筋商品の中からよさそうなものを選び、次々とカゴに入れていく。
あんなに買って、お小遣いは大丈夫なのかな、と心配になってしまうくらいに。
支払いは南ちゃんに任せるとは言ってあったけど、ぼくも拳志郎も、財布を持ってきている。
もし足りないようなら、次のぼくの当番の先払いってことにして、足りない分のお金を出せばいいと考えていた。
もっとも、その心配は杞憂に終わる。
しっかり者の南ちゃんが、用意してあるお金で買えないほどの商品をカゴに突っ込むはずはなかったのだ。
それどころか、「今日は三千円分買います」と言っていたのだけど、きっちり計算していたのか、エサ代は二千九百八十円。もちろん消費税込み。
残りの二十円で、税込み十円のガムをふたつ購入すると、
「はい、つき添ってくれたお駄賃です!」
と言って、ぼくと拳志郎にそれを手渡す。
なんだかとっても、自分が情けなくなってくる今日この頃、なのであった。