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次の日。
朝のエサ係の順番となったぼくは、珍しく余裕のある時間に登校していた。
最初にぼくが家からエサを持ってきたときはお刺身を食べさせたけど、どうやら生のものを食べさせるのは、おなかを壊す可能性があるからあまりよくないらしい。
というわけで、基本的にはみんなでお金を出し合って、キャットフードとか猫缶とかを買おう、という話になった。
そうやって買ってきたエサは、ミューちゃんを隠しているすぐ横の植え込みに、ビニール袋に入れて隠してある。
それにしても、今日は暖かいな。
四月も半ばを越え、桜の花びらもほとんどが散り終わっている。
そんな舞い散った花びらを踏みしめながら、ぼくは学校の正門から中庭を通り越して、ミューちゃんのもとへと急いだ。
ぼくたちが放課後にエサをあげたあと、次にミューちゃんが食事にありつけるのは、こうやって次の日に登校してきたときということになる。
だからミューちゃんは、おなかをグーグーと鳴らしながら待っているに違いない。
すぐ横の植え込みにエサの入った袋があるわけだけど、猫であるミューちゃんには、勝手に袋を開けて中からキャットフードとか缶詰を取り出して自分で食べる、なんてことができるわけもないし。
「ミューちゃん、お待たせ~!」
「ミュー!」
ぼくがウサギ小屋の横をのぞき込むと、ミューちゃんの青い瞳が見つめ返してくれた。
「さあ、お食べ」
カリカリのドライフードを、夢ちゃんが用意してくれていたエサ入れのお皿に乗せて差し出すと、ミューちゃんはそれをガジガジと美味しそうに食べ始める。
う~ん……。やっぱり、猫って可愛くて癒されるなぁ~。
別のお皿に水を注ぎながら、ぼくはぼんやりとミューちゃんを眺めていたのだけど。
「あれ?」
ミューちゃんが今食べてるのは、ぼくがさっき袋の中から取り出したドライフードだ。
それなのに、ふと見るとミューちゃんの周囲には、ミンチ肉といった感じの物体、つまり、よく猫缶とかに入っているようなものの残骸が、ポロポロとこぼれ落ちているように見えた。
昨日の放課後は、大型犬とペンキ事件なんかがあったわけだけど、そのあとにエサ当番だった夢ちゃんがミューちゃんに与えたのも、確かドライフードだったはず……。
ぼくはビニール袋の中を急いで確かめてみる。
ミューちゃんのエサとして、ドライフードだけではなく猫缶も買ってはあった。
でも、どうやらその猫缶の数は減っていないようだ。
缶切りも袋の中に一緒に入れてあるけど、ミューちゃんが自分で缶を切るなんてありえない。
これは……いったい、どういうことだろう?
じっとミューちゃんを見据えながら考える。
「ミュー!」
そんなぼくの様子なんて気にすることもなく、ミューちゃんは満足そうな鳴き声を響かせていた。
と、不意に予鈴の音が聞こえてくる。
急いで教室に行かないと、遅刻になってしまうだろう。
ぼくは疑問を胸に抱えながらも、素早くビニール袋を植え込みの中にしまって教室へと向かうしかなかった。
☆☆☆☆☆
休み時間、移動教室の授業があるいちごと中学生である羽浮姉ちゃんを除いた肉球防衛隊のメンバーが、ミューちゃんの前に集まっていた。
最近は、黒猫と威嚇し合っていたり、ウサギに取り囲まれていたり、大型犬に襲いかかられたりと、なにやら慌ただしいことが多かったけど。
今日は今のところ、平和そうだった。
そこでぼくは、今朝の疑問を口にしてみることにした。
みんなの意見も、聞いてみたかったのだ。
「きっと善意の理解者が、わたしたちの活動を隠れて手助けしてくれてるんだよっ!」
とは、夢ちゃんの意見。
確かにそうやって、ミューちゃんにエサをあげてくれてる人がいる、というのなら、べつに問題はないとは思うのだけど。
「……あの、ぼく……、変な噂を、聞いたよ……?」
そこで希望くんが、お姉さんである夢ちゃんとは対照的に控えめな声を上げた。
「え? どんな噂なのかな?」
ぼくの声に、希望くんはいつもどおりの小さな声ながらも、しっかりと答えを返してくれた。
希望くんが言うには、どうやら裏庭の奥辺り、すなわちミューちゃんを隠しているこの付近で、なにやら怪しい人影の目撃情報が相次いでいるらしい。
見るからに怪しいのはその風貌で、帽子を深々とかぶり、サングラスとマスクで顔を覆っていたのだという。
まだたまに涼しい日もあるとはいえ、そろそろ暖かい日が多くなってきているというのに、目撃されたときは必ずジャンパーを身にまとっていたみたいだから、その怪しさは相当なものだろう。
しかもその人は、きょろきょろと辺りをうかがい、ウサギ小屋の陰に隠れるようにして忍び足で歩いていたという話まであるようだ。
「はっはっは、なんというか、自分は不審者です、と言ってるような格好だなぁ!」
「その人ってぇ~、ミューちゃんを狙ってたりするのかなぁ~? いじめたりとかも、するのかなぁ~?」
拳志郎がいつもの笑い声を伴って無責任な発言をすると、みるくちゃんがそれに反応して涙目になってしまう。
「どうだろうねぇ。聞いてる限りだとあまりにもあからさますぎるから、逆にその人が、さっき夢ちゃんが言ったように善意の理解者、って可能性もあるけど……。でもまぁ、どう考えても怪しいからねぇ~……」
将流は意外と冷静に考えているようだった。
「そうだね。その人がミューちゃんに善意でエサをあげてくれた、とは考えづらいよね。ぼくたちが隠れて飼ってるのを知ってて、その人も騒ぎにならないように隠れてエサをあげていたとしても、やっぱり不自然すぎる。いくらなんでも、余計に目立つ格好だってのは、自分でもわかるはずだし」
そしてぼくも、状況を把握するため、考えを口に出してみた。
だけど結局、答えにはたどり着かない。
「それじゃあ、その人はいったい、なにをしていたんでしょうか? それに、猫缶の中身っぽいものが落ちていたっていう謎も残りますし……」
南ちゃんの疑問に、ぼくたちは誰も、これといった解答を示すことはできなかった。
それでも、ひとつだけ決まっていることはある。
「なんにしても、ぼくたちがミューちゃんを守るってのは、変わりないよ」
「……うんっ、そうだねっ!」
「はっはっは! 肉球防衛隊の活動強化が必要だな!」
「そうだねぇ~! ボクたち肉球防衛隊で、絶対にミューちゃんを守り抜こう~!」(ふぁさっ)
『お~~~~~っ!』
勢いよくこぶしを振り上げたぼくたちは、よりいっそう結束を固め、ミューちゃんを守ろうと誓い合うのだった。