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われら肉球防衛隊!  作者: 沙φ亜竜
第2章 今日も肉球はぷにぷにです!
11/30

-5-

 ぼくたちはそのあと、心配してくれてはいたけど理由はわかっていなかったいちごに、帰りの会で先生から言われたことを話しながら、ミューちゃんのもとへと向かった。

 昼休みの件でミューちゃんが心配だったため、早足に歩きながらではあったけど、ウサギ小屋の横に着くまでのあいだに、いちごには状況を説明し終えていた。


「なによ、そんなことだったんだ。全然気にする必要ないじゃない。先生だって、咎めるつもりじゃないって言ってたんでしょ? それなのにあんなに暗くなってたなんて、みんな顔に似合わずデリケートなのね!」


 話を聞き終えたいちごは、そう言って笑っていたけど。

 いちごがぼくたちに気を遣ってくれたのは、さっきのやり取りでもよくわかっていた。

 クラスは違うけど大切な仲間なんだと、改めて感じた。


 そんないちごの気遣いで、なんとなく温かな空気に包まれていたぼくたちではあった。

 でも、冷たい風が容赦なく吹きすさび、温められたぼくたちの心を凍らせる。

 まるでかまいたちのように、ぼくたちの心を切り裂いていったと言ってもいい。


 それくらいの衝撃――。

 残酷な現実が、ぼくたちの目の前に襲いかかってくる。


 ここ最近は毎日訪れているウサギ小屋横の植え込み。

 そこにはミューちゃんがタオルにくるまって隠れているはずだった。


 だけどその周囲が、真っ赤に染まっている。


 ぼくたちは、あまりのことに声すら出せなかった。

 ミューちゃんのタオルが微かに見え隠れしている、植え込みとウサギ小屋の壁のあいだには、大きな茶色い毛並みの物体が存在していた。


 グルルルルルル……。


 それは、うなり声を上げる大型犬だった。

 おなかをすかせているのか、異常なほどにヨダレを垂れ流すその犬の口からは、赤い液体もしたたり落ちている。

 牙の隙間には、切り裂かれたと思われる、鮮やかな色の肉片が……。


「きゃああああああああ!」


 我に返り、悲鳴を上げるいちご。

 その声で、夢ちゃんやみるくちゃんも悲鳴を重ね始めた。

 いや、女の子たちだけじゃない。拳志郎や将流でさえも、うわあああ、と叫び声を上げていた。


 これは……まさか、あの犬が、ミューちゃんを……!?


 戦慄が走る。


 あれ、でも、待てよ……?

 このニオイ……。

 それに、この赤い液体……。

 血というにはあまりにも赤く、鮮やかすぎる気が……。


 ぼくは素早く、植え込みの近くにしゃがみ込む。


「ちょっと、降人くん!? 危ないわよ!?」


 いちごが心配の声を向けてくるけど、ぼくは構わずに液体を指ですくって確かめる。

 うん、やっぱり。


「あのさ、この赤いの、ペンキだよ」

「……え?」


 ぼくの声に、みんな、呆然としたつぶやきを漏らす。

 と同時に。


「ミュー……」


 植え込みの中に隠れていたのだろう、真っ赤に染まったミューちゃんが飛び出してきた。


「うわっ、真っ赤っかだっ!」

「……これも、ペンキだね」


 ミューちゃんは、どうやら全身ペンキまみれになっているようだ。

 そのすぐ横いは倒れた缶が見える。真っ赤なペンキはこの缶に入っていたらしい。


 ぼくたちが騒いだりしたからか、うなり声を上げていた大型犬は、のそのそと裏門のほうへと歩き去っていった。


 と、不意に人の気配がした。

 ぼくはとっさに、ミューちゃんをタオルでくるみ、植え込みの中に隠す。


「あ~あ、お前ら、ペンキぶちまけちまったのか。こんな場所に置いておいたオレも悪かったとは思うが」

「あっ、熊田先生!」


 それは、熊田要港(くまだようこう)先生だった。

 いちごのクラス、六年五組の担任で、とっても体格のいい体育会系の先生。中学校の体育教師の免許も持っているのだとか。


「ウサギ小屋の屋根を塗り直してくれって、頼まれてな~。それでペンキを用意して置いておいたんだが、誰も通らないと思って油断してしまった。ちゃんとフタも閉めてなかったし。悪かったな」

「いえ、こちらこそペンキをダメにしてしまって、ごめんなさい」


 実際にはぼくたちがペンキの缶を倒したわけじゃなかったけど、事を大げさにする必要もないと、ぼくは罪をかぶることにする。

 他の誰もそれを否定しなかった。みんなもぼくと同じように考えてくれたのだろう。


「いや、それはいいさ。まだ予備もあるし、体育用具小屋から持ってくればいいだけだからな。ところで……」


 熊田先生はぼくたちに視線を巡らせ、質問をぶつけてきた。


「お前らは、いったいここでなにをやってるんだ?」


 さらに視線をずらし、熊田先生はいちごを見据えると、こう続けた。


「というか、犬塚までいるのか。他のクラスの友達と遊んでたのか? あっ、そうか、双子の妹とその友達か!」


 自分ひとりで勝手に疑問を浮かべて、勝手に自己完結してくれたようだ。

 ぼくたちとしては、楽でよかったけど。


「そ……そうなんですよ! ちょっと、その……、かくれんぼしてたんですよね!」

「ほ~、そうか~! 今どきの生徒にしては、子供っぽいことをしてるな! いや、バカにしてるわけじゃないぞ? いいことだと言ってるんだ。そもそもオレたちが子供の頃はだな~……」


 いちごがその場をごまかすため、なにげなく放ったひと言。

 それに熊田先生は思いのほか深く食いつき、ぼくたちは長々と先生の昔話を聞かされる羽目になってしまった。


 しばらくして、ようやく長話は終わってくれたのだけど。

 先生はまだ缶の中に残っているペンキだけでもウサギ小屋の屋根に塗ってしまおうと言い出した。


 早く帰ってほしかったという意図もあり、ぼくたちも手伝いますよと申し出てはみたのだけど。

 子供たちにウサギ小屋の屋根に登るなんて危険なマネをさせられるわけがないだろう、お前たちは気にせずに遊んでていいぞ、と断られた。


 とはいえ、ミューちゃんをタオルにくるんだまま植え込みに隠している状態で、今この場を離れるわけにもいかない。

 ぼくたちは熊田先生がいなくなるまで近くにいる必要があったのだ。

 というわけで、先生がウサギ小屋の屋根にペンキを塗っているあいだ、本当にかくれんぼをすることになるのだった。


「なんでこのボクが、かくれんぼなんてガキっぽいことを、しなければならないんだよ~」


 という将流のボヤキや、


「あたち~、かくれんぼとか~、鬼ごっことか~、苦手なのにぃ~」


 というみるくちゃんの泣き言をねじ伏せ、ぼくたちにはかくれんぼを始める以外に、選択肢は残されていなかった。



 ☆☆☆☆☆



 熊田先生が帰ったあと、ぼくは慌ててタオルにくるんだミューちゃんを植え込みから引っぱり出した。


「ミュ~~~~~!」


 心なしか怒っているようにも思えた。

 ……って、それも当然か。


 ともかく、よく調べてみると、ペンキまみれになったミューちゃんの服には、どうやら肉とかジャーキーとかが挟み込まれていたような形跡があった。

 それをさっきの大型犬が食べて去っていったと考えられる。


 ミューちゃんを隠していた場所の近くにペンキの入った缶が置いてあり、あの大型犬がぶつかって倒し、ミューちゃんもその犬も赤ペンキまみれになった。

 そんなところだろうか。


「うわ~ん、あたちの作った服も、ペンキでぐちゃぐちゃだよぉ~。お洗濯して、綺麗になるかなぁ……」


 みるくちゃんが涙を流しながら、ミューちゃんに着せていた服を脱がす。

 なんとなくミューちゃんがホッとしているように見えたのは、はたして気のせいだろうか……。

 それにしても、昼休みのウサギの件といい、今回の犬の件といい、いったいどうなっているのだろう?


「もしかしてミューちゃん、誰かに狙われてたりするのかな……?」

「ミュー……」


 ぼくのつぶやきに、ミューちゃん自身も困ったような鳴き声を返していた。


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