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われら肉球防衛隊!  作者: 沙φ亜竜
第2章 今日も肉球はぷにぷにです!
10/30

-4-

「みなさん、今日は少しお話があります」


 帰りの会になると、普段は見せないような真面目な顔をした雪菜先生が、生徒たちをじっと見据えながらこう切り出した。

 ざわざわざわ。みんな、にわかにざわめき始める。


「あの雪菜先生が、真面目な顔して帰りの会を始めたぞ!?」

「そんなバカな!? いつもなら『今日は連絡事項なし~、以上終わりっ!』で終了するのに!」

「なんだか、嫌な予感がするよっ! もしかして、お説教っ!? 教師の専売特許、クラス全員連帯責任が発動しちゃうのっ!?」


 などなど、みんな口々に好き勝手なことを言い始めていた。

 その中には、やっぱりと言うべきか、夢ちゃんもまじっていたわけだけど。

 大騒ぎとかになったら、まっ先に加わっていく性格だもんなぁ、夢ちゃんは。

 と、そんなクラスメイトたちのざわめきを、雪菜先生が大声で一喝する。


「静かにっ! まずは先生の話を聞きなさい!」


 バンッ!

 大声に加え、黒板を平手で叩いて、喧騒を静める雪菜先生。

 いつもは生徒たちから軽視されている感すらある雪菜先生だけど、さすがに教師としての威厳はあるらしい。


 一瞬にしてシーンと静まり返る六年二組の教室。

 満足そうに軽く唇の端をつり上げると、雪菜先生はぼくたちに向かって話し始めた。


「どうもこの学校に、隠れて猫を飼っている生徒がいるらしい、という噂が今、先生方のあいだで話題になっています」


 ざわ……。

 一瞬ざわめきが広がりそうになるものの、また怒られると思ったからだろうか、すぐにその声は静まった。

 静まったとはいっても、そこかしこで、ひそひそと話しているような声は聞こえる。

 そしてぼくは、思わず身を固くしていた。


 隠れて猫を飼っている生徒――。

 それは紛れもなく、ぼくたちのことだ。


 ミューちゃんのことは、このクラスだと、ぼくと拳志郎、将流、夢ちゃん、みるくちゃんの五人以外は知らないはずだけど。

 それでもクラスメイトの中には、なんとなく感づいている人もいるかもしれない。

 だからこそ、周りでみんながひそひそと話している。そういうふうにも考えられた。


 確かにぼくたちは、先生や他の人に秘密にしようと考えながらも、警戒を怠っていた気がする。

 職員室からは見えない陰になる場所だからと思って、安心しすぎていたのだ。


「あなたたち、なにか知らない?」


 優しく諭すような声で、雪菜先生は質問を投げかけてくる。

 クラスのみんなは、お互いに顔を見合わせるけど、先生に答えを返す人はいなかった。


 でも……完全に無視するのも、不自然かな……?

 ぼくは不意にそう考え、意見を述べる。


「し……知らないです!」


 思わずどもり気味になってしまい、余計に怪しさを増していたかもしれないけど。

 ふと視界に入った将流は、頭を左右に振り、呆れを含んだため息をついているようだった。


 ううう、ぼくって演技には向かないタイプの人間みたいだ……。

 薄々気づいてはいたけどさ……。

 微かなざわめきが教室内を漂う中、雪菜先生はひとしきり他の生徒たちにも視線を巡らせると、再び口を開いた。


「そう、誰も知らないのね」


 ひと言だけ、つぶやく。


 だけど雪菜先生は、先日ぼくたちが猫を飼いたいと言っていたことを知っている。

 とすると、このクラスの誰かが隠れてあのときの白猫を飼っているのではないか、と考えていてもおかしくない。

 ある程度疑いを持っていると思っておいたほうがいいのかもしれない。

 ぼくはそう考えながら、雪菜先生の様子をうかがっていた。


「子供たちだけで世話をするって、大変だものね。もし自分たちのせいで猫ちゃんが死んでしまったら、あなたたちも悲しいでしょ?」


 よりいっそうの優しさを含んだ声音で、雪菜先生は語りかける。

 ……これって……やっぱり先生、ぼくたちの中に猫を飼っている人がいることに、気づいてる……?


 普段から適当さが目立つ先生ではあるけど、生徒たちの気持ちをしっかりと理解してくれているのは確かだろう。

 ということは、このクラスの誰かが……いや、もしかしたらぼくたちのグループが噂されている生徒だとまで、わかっているのかもしれない。


「前にも言ったけど、動物の世話をすること自体は、教育の上でも大切だと思うわ。だから、もしそういうことをしている生徒がいたとしても、先生は咎めたりなんてしません。でも、ひと言、相談してほしいな」


 雪菜先生の言葉に、クラスの誰も、声を発することができなかった。

 教室全体を見回した先生。

 その瞳は、不自然に固くなりながらうつむいているぼくたちのグループ五人を、順に捉えているように思えた。


「……お話は以上です。今回の件だけじゃなくて、いつでも先生を頼ってくれていいんだからね。教師っていうのは勉強を教えるだけの存在じゃないのよ」


 終始優しい声で話し続けた雪菜先生は、帰りの会を締めくくる。

 そして、


「それじゃあ、帰りの会を終わります。みんな、気をつけて帰るのよ!」


 おそらく意識的に明るく声を弾ませながら、先生はそうつけ加えた。



 ☆☆☆☆☆



 ぼくたち五人は、ちょっと沈んだ顔でとぼとぼと廊下を歩いていた。

 目指すは当然、ミューちゃんのいるいつもの場所だけど。

 誰もなにも喋ることなく、ただ黙って歩くだけだった。

 どんなときでも元気が取り得の夢ちゃんでさえ、雰囲気に呑まれているのか、ひと言も口にしない。


「あれ? あんたたち、そんな暗い顔して、いったいどうしたってのよ?」


 不意に背後から声がかかった。

 その喋り方から振り向くまでもなくわかる声の主は、もちろんいちごだ。


 いちごのいる六年五組は、ぼくたちの教室よりもさらに下駄箱から遠い位置にある。

 もっとも帰りの会の長さは日によってまちまちだし、必ずいちごがあとから来るとは限らないのだけど。

 ともかく、そんないちごの呼びかけにも、ぼくたちは生返事を返すばかりだった。


「ん~? なによなによ。あんたたちらしくないわね~。そんなんじゃ、ミューちゃんに笑われちゃうぞ?」


 ぼくたちの様子を心配してくれたのだろう、いちごは普段以上に明るい笑い声を上げながら、五人の肩を次々と叩いていく。


「ん……そうだよね。べつにぼくたち、やましいことをしてるわけじゃないんだし」

「そうさ~。ちょっと自己満足というか、自分勝手なのかもしれないけど、でもボクたちは正しいと思うことをしているんだ。胸を張っていいはずだよ~」(ふぁさっ)

「はっはっは、そうだな! だいたいおれたちが弱気になってちゃ、ミューちゃんを守ることなんてできないよな!」

「うん~。そうだよねぇ~。お姉ちゃん、ありがとう~」


 ぼくたち四人は、いちごの言葉に素直な思いを吐き出す。

 そう、四人……。

 いつもなら底抜けに明るい夢ちゃんだけが、今でもまだ沈んだ表情のまま、廊下にたたずんでいた。


「ちょっと、夢。あんた、どうしちゃったの? いつもみたいにさ、真っ先に笑ってくれなきゃ! 夢の笑顔がないと、みんな寂しいんだからさ!」


 いちごはなおも気遣いの声を夢ちゃんに向ける。


「はっはっは、お前、よくそんなセリフを恥ずかしげもなく言えるな!」

「はう……! あ……あたしはべつに、正直に思ったことを……! っていうか、拳志郎、あんたうるさいっての!」


 ゲシッ!

 手よりも先に足が出るいちごだった。


「はっはっは、いいキックだ! だが……みぞおちは……反則だ……」


 バターン!

 拳志郎はおなかを抱えた体勢のまま、スローモーションで前方に倒れたかと思うと、素早く体を反転させて大の字に寝転んだ。


「って、拳志郎~~~~!」

「うわっ!? あたし、やりすぎちゃった? ごめん、拳志郎、大丈夫!?」


 ぼくが駆け寄るより早く、いちごが倒れた拳志郎を抱き上げる。


「はっはっは、背中に感じる微かな胸のふくらみが、とってもグーだ!」

「な……っ!? いっぺん、死ね!」


 いちごは真っ赤になって、拳志郎を抱き上げていた腕を容赦なく放す。

 それによって、拳志郎は後頭部を思いっきり廊下にぶつかって、ゴツンと大きな音を立てていたけど。

 どう考えても自業自得だろう。

 しかしまぁ、なんというか、仲がいいよねぇ、あのふたり。


「あははっ……。みんな、いつもどおりだっ……」


 と、その様子を見ていた夢ちゃんが、控えめながら笑い声を響かせる。


「……そうだねっ! わたしも、いつもどおりじゃなきゃダメだよねっ!」


 続けてそう言った夢ちゃんの顔は、もうすっかり、いつもどおりの明るさを取り戻していた。


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