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6話 魔王様と助言者


「おーい、明日ウチのクラスに転校生が来るってよー」


 その騒動は土師木康(はじきこう)が朝一番に持ち込んで来た。 いや当初はそれが騒動の種になるだろうだなんて、誰一人として予想はしなかった。 一般人にはその限りではないが、ある称号者にとっては頭の痛い内容だった。


「ほほう、男か女によって対応が変わるが?」

「いや、土師木の情報だからなー、肩透かしを食らう覚悟が必要だろう」

「いやいやダンナ、WDAからの留学生だっつーからな、信憑性は高いと思いたまえ」

「ほー、ヨーロッパ系の美少女だとー!」

「まったく男子ってばもー……」

「WDAも美形とか寄越せばいいのに、気が利かないわよね~」


 【情報屋】としては通常運転なのだろうが、何時ものデマ性も混じっていると思ったクラスメート達は話半分に聞いていた。 勿論、同じ教室で朝の平和な時間を享受していた祐一と桐人の魔王陣営にもその話は聞こえている。


「WDAからかー、最近大人しかったから嫌な予感がするな……」

「此方には特にそのような話は上がっていませんが。 調べましょうか?」


 WDAから同じクラスへと送られて来る留学生に祐一はロクな思い出がない。 大抵の場合は【魔王】を討伐しに来た勇者候補だとか、討伐に成功すれば正騎士になれると思い込んでいる見習いだとかが押し寄せて来たからだ。


 【魔王】が現れたと発表された当時には、小学生に対して何人もの猛者が送り込まれて来た。 その半分は祐一を見るなり「こんな子供をヤれってのか?」と言って帰るお人好しな者。 見た目なぞ関係ないと言ってマジで殺しにかかって来る者とか色々いた。 後者はまだ祐一自身が秋津宮(あきつのみや)に保護される前だった時期で、制御の出来ない魔法で吹っ飛ばされたり、無意識に喚び出された魔物に逆に襲われたりと散々な目にあっている。 そのせいで『残虐非道な魔王』等と言う認識が定着した時期でもあった。 それは今でも定期的に続いていて、一年に何回かは海外から魔王討伐に訪れる勇者候補の【称号者】が後を絶たないのである。


「念の為、【精霊術士】にも連絡を入れて迎え討つ準備を致しましょう」

「はぁ~……」


 迎撃する気満々の桐人と、テンションだだ下がりの祐一。 何やら不穏な単語を発する桐人に対して、クラスメートからは魔王陣営の過剰対応に不安の目が向けられていた。








WDA(ウチ)から留学生? ん~、聞いてないなぁ~』

「……おい、代表者……」


 その日の夕刻、地球の反対側から届いた通信(要件は【聖女】と【魔王】が取り交わした契約のちょっとした確認事項)の、ついでに祐一が留学生が秋津宮に来ることに質問してみたら、返答はやたらと酷いモノだった。


『だって私、表側の顔役なだけだしぃ。 運営側の人事にまで関わってる訳ないでしょう』

「『だしぃ』じゃねえよ。 相変わらず聖女の発言とは思えないな……」

『まあプライベートだからね。 ユーイチが直接WDA(ウチ)の受付にアクセスして聞いてきたら、私も真摯な対応するわよ』

「それは前に受付やら広報やらが大騒ぎになったろ。 常駐騎士団が甲板上にずらっと並ぶから、俺も何が起きたのかと思ったぞ!」

『HAHAHAHAHAHAHA!』


 聖女の口車に踊らされ、直接WDA人工島を訪ねた時、『魔王が攻め込んで来た』と勘違いしたWDA在住の称号者達と一触即発の事態になりかけたことがある。 その時の誤解が解けるまでの騒動は祐一にも黒歴史と言っていいほどだ。 その時と同じ、反省のないわざとらしいリシェルの笑い声に祐一は頭を抱えた。 世界級として先輩である聖女には、年期の差から口で勝てる気がしない。 その上、WDAの顔役で世界の高官相手に百戦錬磨の対応を経験しているのだ。 たかだか十六年しか生きていない祐一など赤子の手を捻るが如しである。 これ以上何を聞いても有益な情報がないと悟った祐一は、リシェルが何か言いかけたのを無視して通信を切った。


「あーあ、明日どうするかなあ……」


 ベッドにごろりと横になると天井を見上げてひとりごちる。 いっそのこと適当な理由で休むべきかとも考えたが、『転校生に恐れをなして魔王が学校を休んだ』……とか噂が流れるかもしれない。 祐一は別に構わないが眷族の強硬派とかが反発して、ごっそりと魔族や魔神が現世に出て来る可能性がある。 結局騒ぎを治める役がこちらに回ってくるので、面倒なのは一緒だ。 再び溜め息をついた祐一が身を起こすと、いつの間にか部屋の扉から顔を出して兄の様子を伺っていた雪香と目が合う。


「……雪香」

「あ、あのね! ご飯って呼びに来たんだけど、返事がないから寝てるのかなぁ~って思ってそれでね……」

「いや、怒ってないから説明しなくていい」


 憮然とした表情を怒っていると取ったのか、妹が慌てて言い訳するのを中断させる。 礼を言って部屋を出て二人で階段を下りる時になってから、雪香が心配そうに「厄介事?」と聞いてきた。


「ん~、明日はもしかしたら朝が騒がしいかもしれないなー。 転校生が来るんだとよ」

「……ああ、そうなんだ」


 魔王の妹を十年もやっていると、転校生と言うのが何の騒ぎを引き起こす者なのか大体の想像がつく。 だからといって何が出来る訳でもないので、何と言葉を掛けたらいいのか悩む雪香。 妹の頭にポンと手を置いた祐一は乱暴に撫でた。


「わ! ちょっとお兄ちゃん!?」

「お前まで悩んでどーすんだよ! こっちの問題だ、気にすんな」

「うん……。 ちゃんと帰って来てね」

「そのセリフは色々と恐ろしいからヤメロ」








 明けて翌日、祐一のクラスに転校生がやって来た。 教卓のディスプレイに映る担任教師の脇に立ったその転校生は、肩まで掛かるブロンドの髪にブラウンの瞳をした目付きが鋭い美少女だった。 一般人と違い【称号者】と分かるのは左腰に下げた、見る者が見ればまる分かりの魔力を放つ剣だ。 【称号者】同士は異質なモノがなくても判別できるので、祐一や桐人や穂乃香は彼女が間違いなく【称号者】だと感じていた。 そんなものは関係ないとばかりに数名を除く男子は美女到来に歓喜し、女子はそんな男子を嫌そうな視線で見ていた。


『はい、皆さん静かに~。 こちら、WDA人工島からの留学生で……』

「パメラ・シェルホルドです。 よろしくお願いします」


 流暢な日本語で簡潔な自己紹介をした彼女はぺこりと頭を下げ、一瞬だけ祐一をチラ見した。 彼女の席は前もってズラして空けた委員長、穂野木穂乃香(ほのぎほのか)の隣だ。 二人はにこやかに自己紹介をして、それが終わるのを待ってから担任教師がHR(ホームルーム)を始める。





 授業合間の休み時間、転校生の周りは人だかりの山だった。 最初は【称号者】と言う事で物怖じしていた皆は、穂乃香が気を利かせて皆の質問を代弁していたのを聞いていた。 それがだんだん的を外れてきたので、それぞれが自分で聞くことにしたのだ。 一人が近寄ればあっという間に囲まれて、質問責めになっている。 基本、出身地や好きな物、好きなタイプだとかの応答が聞こえてくるも、本人は困惑気味なようだ。 自分の席周りにクラスメイトが群がって来たので、早々に避難した穂乃香が祐一達の傍に移動してくる。 桐人がクラスメイトの警戒心を緩めるために態と的外れな質問をしていた穂乃香を労う。


「ご苦労様です、穂野木さん」

「騎士系か……。 一般人には慣れてなさそうだな」

「【称号者】に物怖じしないみんなが初めてなんじゃないの?」

「まああっち(WDA)は一般人って少ないからなあ。 同年代の【称号者】で友人作るのも難しいんじゃないか?」


 前述に述べた通り、過去に一度WDA人工島に行った事がある祐一は、あっちの人口分類を思い出す。 あちら出身の桐人は祐一の意見に頷いていた。 WDAは創設者自体が称号者なこともあり、一般人の割合が秋津宮と比べると極端に少ない。 世界中から称号者が集まるため、半分以上の人員が称号者で占められている。 後は研究員や裏方の関係者で純粋な一般人というのは全体の三割以下だ。 その殆どが移り住んでいる称号者の家族などである。 


「遠距離なら不意を打てるかもしれませんよ?」

「やる気だったのかよっ!? まさか【精霊術士(ミコト)】を待機させてるんじゃないだろうな?」

「ええ、まあ、流石に閣下の命令じゃないと動く気にはなれないようでしたが」

「……なんの話?」


 ぶっ放す気満々な桐人の言葉に大きな溜め息を吐く祐一。 眉をしかめた穂乃香が不穏な空気を感じ取って二人を交互に見る。 「敵対する前に排除しようって言うんだよ……」と疲れきった顔で言う祐一に呆れ返る穂乃香。 ある意味魔王陣参謀を務める桐人のほうが危険人物かもしれない。







 なんとなく気分が乗らなかった祐一は、皆との昼食を断って独りで済ませた。 気分転換に空中に点在する食堂島の最上階へ向かった。 そこは本来であれば幾人もの学生や教師で人の行き来が多いはずなのに、今日に限っては閑散としている。 居ないわけではないが、皆が上層階を避けるように移動しているため、下層部分や校舎の食堂内はテラス席に至るまですし詰め状態であった。 これには祐一もおかしいと思い、目を凝らして周囲を探ってみる。 すると下層階と上層階の中継地点となる浮遊回廊に[壁]を発見した。 それなりに力がある国級の【魔術師】でなければ見破れないほどの緻密さを以って組んである術式に、魔術を極めた祐一もつい感嘆の声を漏らす。


「しかし、なんだってこんな所に壁が?」


 近寄れば拒絶感のようなものを感知し、人払い目的な物だと判明した。 今の世ではあまり見かけないが【称号者】と言うのは理解されなかった歴史を抱えているものが多い。 “家族に理解されない”、“友人には疎外される”、“化け物として追われる”等の経歴を持ったものが時偶に存在していたりする。 そういった迫害を受けた者は【称号者】としての力を暴走させ、人々に危害を加える文字通り『化け物』と化す。 力ある【称号者】と言うものは、そういった『化け物』を見つけ次第粛清するという義務を持つ。 その義務の経験がある祐一は、もしや『化け物』と化した者が街のど真ん中に巣を作り始めた可能性があるのではないか疑った。 秋津宮にてこのような人払い目的の術行使には、事前に責任者へ申請書を提出し、関係者に告知しなければならない決まりがあるからだ。 欠片もそんな話を聞いていない祐一は深呼吸をひとつ、闇を纏うと心を研ぎ澄まして結界に踏み込む。


 結界を越えた先にあるのは普段と変わりない光景。 空中に浮き島が点在し、エネルギーボードの道が四方八方に伸びている。 ただ閑散としていて一人の人影も見当たらないことだろう。 ふと気配を感じた祐一が見上げた先には、こちら側で一番高いところにある浮遊休憩所。 景色がいいので放課後の夕暮れには『カップル御用達』と、学生達には暗黙の了解で命名された箱庭小島である。 どうやらかなり上位の【称号者(どうるい)】の波動がひしひしと。 祐一が分かるということは先方も祐一の進入に気付いているということであろう。 それなのに攻撃の気配がないというのは、無視されているのか甘く見られているのか。 どうせ気付かれているのならのんびり階段(エネルギーボード)を上っていく必要もないと判断し、軽く助走をつけて跳躍した。 







「今度は貴様か」


 目があった途端、悪態を吐かれた。 


「まったく、聖女と言い魔王と言い……。 人が苦労して嫌悪感と疎外感を『繋げて』作った結界をあっさり抜けて来おって……」


 ブツブツ呟き、東屋風なその箱庭のテーブルに座ったまま洋書を広げたその女性。 だらしなく伸ばした前髪で目は隠れ、表情は読みにくい。 ブランド物のTシャツにロングスカートは兎も角、初夏だというのに男物のコートを肩に掛けている。 見てるだけなら暑苦しいが、当人の放つ気配は背筋が凍るようだ。 秋津宮を一望出来る高さにあり、一番陽当たりの良い場所であるのに何故か此処だけは秋の終わり頃の涼しさに包まれていた。 


「あ、ええと、勝手に入ってすいません」


 先ずは謝っておく。 かの女史が放つ波動は相当なものであり、かなりの力量を持つ【称号者】だと言う事が感じ取れた。 結界に無断で侵入したのはこちらではあるが、公共の場に陣取っている女史の方にもそれなりの非はある。 とりあえず祐一は無断侵入について謝罪する。 


「でもここは秋津宮でも公共の場です。 無断で独占と言うのはちょっと勝手が過ぎやしませんか? 結界を行使するのにもそれなりの許可を取っています?」

「フン、【魔王】が警備の真似事か。 貴様に言われずともそれ相応の対価は秋津宮の小娘に払っておる」

「そ、そうですか……」


 「しまったこれは相当の手練だった」とその発言内容から悟った祐一。 『秋津宮の小娘』というのはおそらく、秋津宮静琉(あきつのみやしずる)統括学園理事長のことだろう。 今現在この地を安定して治めている彼女を小娘扱いする人物は、祐一の知る限り秋津宮本家の祖父母くらいなものだ。 それと同等の覇気を感じてしまい、口では勝てぬと判断。 戦略的撤退をしようと誤魔化し笑いを浮かべた祐一を、女史は鋭い視線と強い口調で呼び止めた。


「待て【魔王】、丁度いい此処で会ったのも何かの縁だ。 もうすぐこの世界を離れる身であるが貴様には言っておくことがある」


 言葉の中に変な単語が混じっていたことに「それはどういう意味ですか」と聞き返そうとした祐一。 それを遮った女史は爆弾発言を投下した。


「貴様、早いところ本来の【魔王】として務めた方がいい。 このままぬるま湯の生活を続けていると、この世界、人・天・地、全て”滅ぶ”ぞ」


「なッ───!!?」




 衝撃的な言葉に我を忘れた祐一。 しかしそれも一瞬の事で、動揺を誘うための罠かと疑い腰を落として構える。 軽い戦闘態勢に入った祐一の周囲に闇がわだかまり、幾匹かの小鬼や獣の姿をとって女史を威嚇する。 道端の石ころでも見るような視線で此方を見る女史とは、これが初対面の筈だ。 イマイチ相手の真意を計りかねていると、女史は分厚い洋書を閉じて傍らに置いてあったバッグから眼鏡を出して着ける。


「そう警戒するな、我が言っているのはただの助言よ。 それを鵜呑みにするのも、戯れ言だと一笑に付すのも貴様の自由。 後悔のない選択を選べればいいのう?」


 それすらも面白がっているように感じられ、言葉に気を取られないように女史を観察する祐一。 眼鏡があっても前髪に隠れて表情は伺えないが、鋭い視線は祐一を射抜くようだ。 【占星術師】マディが人を占う時に見せる感じに似ていたので、そっち系の【称号者】かと当たりをつける。 長いようで僅か数秒、交差していた視線が逸らされ、祐一は女史を戦闘系の称号者ではないと判断。 いつの間にか十数匹に増えていた周囲の小魔物を一瞥し、手を振って霧散させた。


「貴女は【占い師】ですか?」

「いいや、ただの経験者よ」




「……聞かせてもらおう」

「―――フッ」


 最初の間合いを維持した状態で向かい合う女史と祐一。 東屋の椅子に座ったままの女史は、促す祐一を鼻で笑うとそっぽを向いて語りだした。


「異世界、または平行世界というのを知っておるか? あると断言するのがこの話の前提よ。 ここと似た違う世界に【魔王】がいた。 そ奴も貴様と同じく人に紛れ、人と平和を享受し、人の世の平定に力を注いだ。 四天王がいるところまで同じとは皮肉なものよの。 もっとも、あちらはその中に【聖女】なんぞ混じっておらんかったがのう」


 からかうようにニンマリと歪む女史の口元。 「なんで知ってんだよ」と呟く祐一。 【聖女】の魔王四天王入りは、あの場にいたリシェル、静琉、祐一、桐人以外には極秘事項となっている。 それはWDAの運営委員会や【聖女】の側近である【占星術師】であっても知ることではない。 まあ【占星術師】なら自前の占いで知ることも可能であるが、苦情や小言が来ないところをみると知る必要がないのか、黙認しているのか。




「貴様は考えた事はなかったのか。 人に混じって生きたところで魔王の役目が果たせると思うのか? 【聖女】と【占星術師】は何の役目を担っているのか、疑問を感じたことはないかの? 別の世界の【魔王】は誰にもその疑問を投げかけられぬまま過ごし、己も自覚せず、そして破滅を迎えた」

「……破滅?」

「切欠はただの自然災害よ。 だがそれが世界規模で一斉に起こればどうなるか。 人々は『こんなことが出来るのは魔王しかいない』と糾弾し、今まで世の平定を保ってきた魔王に恩も忘れて恨みをぶつけた。 些細な小競り合いにも対抗しなかった【魔王】は、よほど人間が好きだったとみえる。 しかしそれを発端として戦争とは呼べぬ一方的な襲撃があった。 近代兵器を駆使しての蹂躙よ。 最終的には一地区纏めて最悪の兵器が落とされた。 その地が他国だろうが一般人を巻き込もうが構わずに、戦略級核兵器がな。 それが星を支配してきた人類の命運を決める一手であることを自覚せずにの。 その戦争で仲間と護るべき家族を失った魔王は怒り狂い、狂気に駆られて反撃を開始した。 『おのれ人間ども許さんぞ』とな」


 口元を歪ませながら祐一を見る女史。 その目に「さあ、貴様ならどうする?」と問い掛けられているような気がして、自分がその立場となった場合を考えてみる。



 ―――いや、考えるまでもない。


 家族の顔、親しい友人の顔が脳裏に浮かび、それが理不尽な出来事によって失われたとしたら? きっと自分は【魔王】としての巨大な力に呑まれるだろう。 祐一だからこそ理解し過ぎる程に理解している。 研究者達の採取しているデータなど【魔王】が持つ力の端のようなものであると。 普段祐一が意識して使っている力は、全体の数パーセント程度である。 それ故に理性を失ってタガの外れた強大な力を振るい、我を忘れた自分が招くモノは、破壊と惨劇の上に築かれる『無』であると。


「いや、不躾な質問だった。 貴様に喧嘩を売るつもりもない、どうか怒りを収めてもらえんか?」


 やや困惑ぎみな女史の声に我に返った祐一。 少々「たら、れば」な妄想にのめり込み過ぎて自分を失いかけていたようだ。 周囲には自覚無しに放った怒気が物質化し、黒い霧となって漂っている。 それに喚び込まれた形となり、闇に染まった禍々しい魔物達が辺りに蔓延していた。 その魔物達の中で白円の陣に避難していた女史は、両手を上げて降参のポーズを表していた。 足元で輝く白円は三つの異なる術式が反発もせず混じり合った退魔陣らしい。 とっさにこんな複合魔術を使える女史は何の称号者なのか、興味が沸く。 しかし、一番気になる先が知りたくて、魔物達を自分の近くに退かした祐一は女史に話の続きを促した。 第三者的に見れば『話さなければ襲う』と脅してるようにも見える。


「ふむ、期待させておいて悪いがこれ以上話せることはないな」


 肩をすくめて言い切る女史に祐一は訝しげになる。


「まあ、風の噂でよければ、最終的に勝ったのは魔王で人類は死滅したそうだが。 その後、魔王がどうなったかなど我は知らん」

「はあ……」


 実際の所、女史は「話せない」のではなく「知らない」のだ。 その地に主の後を追って渡った女史は、割と初期の【魔王】vs人類戦争に巻き込まれてこの世界を去っているのである。 風の噂うんぬんについても、その世界の最終戦までもうひとつの片割れが生き残っていたからに過ぎない。


 獣臭い息を吐き、揺らいだ闇が固まった姿に障気を撒き散らす魔獣達が、唸り声をあげて女史を威嚇する。 彼女は目前の脅威をどこ吹く風とスルー。 まるで見てきたか、聞いてきたかのように異世界の事変を語る女史に疑いを抱くが、祐一の考えるところはそこではない。 不確定情報に過ぎなくとも似たような状況に直面した場合、祐一が同じ徹を踏まない可能性は無いと言える。 相談相手も居ることだし、一人で思案することでもないかと判断した祐一は女史に頭を下げた。


「興味深い話を聞かせて貰った。 ありがとう、考えさせてもらうよ」

「おや、今のを何の疑い無く信じたのか? 我が適当に作った戯言かもしれんぞ」

「それでも幾つかは納得できる部分もある。 一概に全部を否定する訳にもいかないだろう」

「そうか。 ならその礼は受けておこう」

「ああ」


 交わす言葉はそれだけに。 踵を返し箱庭庭園から離れた祐一は、階段に足を踏み出したところで振り返ってみる。 女史はもう祐一に関心をよせず、読みかけだった洋書に目を落としていた。


 祐一の背後には鴨の親子みたいに、犬や熊に似た魔獣が輪郭を混ぜ合わせながらノシノシとついて来る。 こんなものを連れて校舎に向かおうものならば、生徒達は(ことごと)く恐怖に駆られ逃げ惑うこと間違いなしだ。


 しかし、話をしているうちに昼休みは終了してしまい、結界の外へ出ると誰の姿も見当たらなくなっていた。 祐一に付いて来た魔獣は一匹。 闇が淀んだような外見がすっかり固定され、黒い剛毛に覆われた熊のような姿へと。 側頭部と額からは歪に捻れた角が計三本生えていて、尾は長く途中から剛毛が鱗に変わっている。 爛々と眼を光らせて、見た目を凶暴と位置付ける荒い呼吸を吐き出す口は大きく、鮫のようにギザギザな歯が並ぶ。 人界で実体化する魔物というモノは、形を持たない障気や悪意の集合体だ。 発生した周辺にある負の感情や魔力を貪欲に吸収して、融合、統合を繰り返す。 秋津宮にはそこら中に神秘系の称号者によってまき散らされた魔力や、人から零れ落ちる負の感情が渦巻いているので、こういった魔物が活性化しやすい。 一番の原因は魔王の存在であるが。 祐一の八つ当たりから生み出された数匹の魔物は各自統合を繰り返した結果、一匹の巨大な魔獣に変化した。 こうなるともう祐一の側を離れた途端に猛獣と化して、簡単に人を襲う手合いとなる。


 しかもこういった人口密集地だと人間から思考の残滓を吸収したり、そこら辺を無節操に飛び交う電波で知恵をつけてしまい、魔界から喚び出す名付きの魔物並みに厄介な代物となる。 そこまで分かっていて何故散らさなかったかと聞かれれば、第六感的に必要性を感じたからだ。 「何に?」と問われると答え辛いが、恐らくは『何か』にぶつけるためとしか言いようがない。 




 考えを切り替えた祐一は世界級のみが使える空間回線を開く、繋ぐ相手は【占星術師】マディだ。 やや間を置いて祐一の眼前に開いた緑の二重円には『SOUND ONLY』と表示され、硬く素っ気ない声で『何か用なのかしら魔王?』と。 同時に聞こえて来たのはざわめく人の声や、何かの演奏だ。 世間的に「【魔王】は【聖女】や【占星術師】と冷戦状態にある」、ということになっているので、お互い公式の場では称号で呼び合うのが三人の取り決めである。 聖女をサポートする務めが多い占星術師殿は、どうやら何かの舞踏会へ出張っているらしい。 その辺りの事情は横に置いて、祐一は自身の用事を告げる。


「【占星術師】の力を貸して貰いたい」

『私ではなくとも手駒に【占士】とかがいたはずよね?』

「一応確実化を図るためにもそっちにも同じ事を占わせるけどな」

『…………緊急?』


 周囲を気にしているのか、やや抑えた声で呟くように聞き返してくるマディ。 世界級と国級の占を生業とする者に『確実化』を目的とした頼みなのだ、それも【魔王】直々に。 只事ではないと瞬時に理解したらしい。 【占星術師】側からBGMとして聞こえていた喧騒が静まっていく。 場所を移動したらしい【占星術師】マディが緊張を孕んだ声でOKを出す。


「俺が現状をこのまま貫いたとして、十年毎の星の未来を見てもらいたい」

『このまま? ……今のアナタが一般市民に紛れていくと言う意味でかしら?』

「ああ、立場を明確にせず、普通に過ごしたとしてだ。 十年後、二十年後、最大五十年後くらいまでを見てもらえるか?」

『分かったわ、少し時間を貰えるかしら? それとこのことはリシェルには……』

「結果を出した後で、俺から直接伝える。 懸念が当たったらな」

『早めに結果を報告するわ』

「頼んだ」


 回線を閉じた祐一は、改めて確認しなければならない事に順序付けをして、重い溜め息を吐いた。


「これも色々と考え無しに生きてきた結果と思えば仕方ないか。 ……ん?」


 馴染みの気配を感じで顔を上げた祐一は、浮遊庭園の階段を上ってくる桐人とその後ろに追従してくるもうひとりに気付いて目を細めた。




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