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5話 雪香さんと魔法少女

 真門雪香、中等部三年。 そこそこ有名人で、立ち居振るまいが凛々しい仕草から『殿下』の名称を持つ(本人には不本意だが)。 特定の部活動に属さず、あちこちの部活に助っ人として顔を出す。 メインは名称の元になった男装役が多い演劇部だ。 彼女が【魔王】の妹であることは、実のところあまり知られていない。




 ある日の演劇部で、通し稽古の最中に些細な問題が起きた為、稽古が中断されてしまった。 演出上の問題で役者側には大して支障はなかったけれど、その部分に拘っていた部長の落胆は見ていて胸が痛むほどの落ち込みっぷりだった。 「急ぎ代役を捜すから心当たりがあったら教えてくれ」と言われ、本日の練習は中止になったのだ。


「魔法が使える人かー」


 演出に【魔法使い】の称号を持つ人材を起用していたが、身内に不幸があったとかで急遽帰国してしまったらしい。 WDAからの交換留学生だったので、戻って来る頃には演劇部の活動は終わってしまっている。

 身近な友人や身内に魔法の素質がある者は数人。 しかし、演劇部からの要求スペックに応えられそうなのは二人。 姉みたいな幼馴染みと実の兄だけだ。 碧に関しては魔法は魔法でも神道系なので、実際頼りになりそうなのは兄の祐一だけに絞られる。


「でもお兄ちゃんこういうの嫌がりそうだしなー」


 幼い時分から【魔王】の称号者だった兄は、妹の前ではあまり魔王たる力を使うことはない。 小さい頃に「魔王ってどーいうの?」と聞いた時も、なんだかんだと笑って誤魔化された記憶がある。


「あら、ええと……、真門さん?」


 考えながら歩いていたら横合いから声を掛けられた。 地味な茶色いスーツに長い髪を首の後ろから三つ編みにして眼鏡を掛けた女性。 六月中旬から中等部に入って来た教育実習生八人の中でも、悪く言えば目立たないと言われている先生だった。


「ええと……、薪寺先生?」

「ああよかったー、忘れられたかと思いました」


 心底安心したと言う笑顔で微笑むちょっと年上の女性、薪寺麻美(まきでらあさみ)。 担当教科は数学で、声が小さくなければ教員としてはやっていけるだろうと、生徒からは評価を得ている。


「何か悩み事かな?」

「え! 顔に出てました?」


 言い当てられたけれども、大した悩みでもなく。 一番悩む所は演劇部の都合なのだと、軽い話題程度で話してしまう事にした。 しかし、話が終わりになるにつれ、薪寺麻美の態度は挙動不審になっていた。 視線は合わせようとせず腰を浮かしかけて、この場からさっさと立ち去りたい様子が見て取れる。


「あー、すみません先生。 たしかここの学外から来たんですよね? だったら称号者の話とかしても分かりませんよね」

「ああああ、ち、違う違うのよ、真門さん。 そ、そうじゃなくってね! 話せばややこしい事情があるって言うか、称号者の苦悩も分からなくもないって言うか……」


 何を言いたいのか支離滅裂である。 一介の教育実習生ではどうにもならないかと、雪香が諦めた時だった。


 薪寺麻美を丸く囲む形で桜吹雪ならぬ蝶吹雪が下から上へ噴き出した。 捻れた床屋のシンボルマークみたいに黄色と黒の縞模様。 立ち入り禁止の警戒色、蝶吹雪の向こうで「あああ―――っ!」と悲痛な叫びを最後に薪寺女史の声が途切れた次の瞬間、幾百幾千の蝶がポポーンとピンクや黄色い煙となって弾けた。 朦々と立ち込めるカラフルな煙玉をいっぺんに焚いたような中から「じゃっじゃーん!」と少女(・・)が飛び出した。


 流石に身内に魔王を持ち、学内で時折遭遇する称号者がらみの事件を見てきた雪香も唖然とする。 左右に広がるふわっふわな巻き毛はブロンド、胴体に纏うは黒いインナーと胸から腕に掛けて黄色いヒラヒラしたレースの付いたジャケット。 ハイレグインナーの腰回りには申し訳程度の黄色いひらひらスカート。 膝までを覆う黒に赤い縞ラインの入ったロングブーツ。 背中に広がるのは禍々しい赤い翼、いや工事現場で交通整理をする警備員の持つ灯火ロッドが横に連結されて翼を形成している。 手に持つ物は鶴嘴(つるはし)を柄の部分で繋げたどう見ても武器だ。 グ○ンダ○ザーの肩から飛び出すハーケンみたいなのをディフォルメした感じの。


「悩める若人の悲痛な叫びを受け、困難の壁を打ち砕きにここに参上! 破壊天使まじかるプラネットデンジャーアース、略してプライミィ! アナタの助けに天罰覿面よ!」


 ぽわぽわーんと向日葵(ヒマワリ)蒲公英(たんぽぽ)が咲き誇るバッグを絵面に登場した。 見た目的に痛い外見を持つことを自覚しておらず、どこから突っ込んでいいのか解らないUMA。 どう考えても薪寺麻美が変身したにしてはビフォー→アフターで姿形が違いすぎる。 困惑している雪香をよそに魔法の杖(ダブルツルハシ)をくるくる回し、何かの儀式を敢行していた。


「お願いプラネットデンジャー、この子にアナタの力を貸してあげて!」

「えええええっ!?」


 承諾もなしに未知のエネルギーなんか貰いたくないと逃げ腰になる雪香の前に、ドカン! と爆発が生じ、空中に浮かぶ青い矢印が現れた。 厚さ1センチメートル、長さ50センチメートルのそれは雪香の眼前でくるくるくるっと回ると、ある方向で停止した。


「アナタの求める人はその先にいるわ!」

「うっわぁ……」


 こんなものをオプション装備して行くなんて恥以外の何者でもない。 (くだん)のUMAは街灯の上に飛び上がると、周囲を見渡して、


「ふ、久しぶりに私のターン。 悩める少年少女達よ、神のご加護をその目に焼き付けるといいわ! はーっはっはっはっハハハハハー!」


 街灯の上をぴょんぴょん飛びながら高笑いがドップラー効果で消えて行った。


「…………なんという二重人格」








 自己主張の激しい矢印に従い、指し示す先へ進んでみる。 すれ違う人が矢印をヘンナ目で見たり、偶然会ったクラスメートに称号者がらみの厄介事かと心配されたりしながら進むと、やがてたどり着いた所は商業区だった。


「なんか嫌な予感」


 呟いた途端に矢印が急回転、真横を向いた所で横から伸びた手が矢印を握り潰す。 つーっと視線を動かすと、憮然とした顔の兄がいた。 跡形もなく消え去った矢印を握り締めた手を見て眉をひそめる。


「なんだ今のは?」

「あ、ええと……」


 何と説明したものかと考えて辺りに目を向けると、例の魔花がある所だった。 地面にしゃがみ込んでいた後輩の【花師】が目を丸くして雪香を見上げている。 矢印に注目し過ぎていて周囲の風景がよく見えていなかったらしい。


「だ、だだだ大丈夫ですか雪香先輩!? 悪い称号者にでも引っかかったんですかっ!」

「いやあ、そういう訳じゃなくてね」

「妙な魔力だったな。 何と会った?」

「って、わああっ!? 祐一先輩、何か有害そうな黒い煙がいっぱい漂ってます!」

「おお、落ち着いてお兄ちゃん。 何もされてないから!」


 祐一の感情の高ぶりに伴い、闇があちこちから集まって来た。 黒煙の吹き溜まりみたいになって、辺り一帯が騒然としかける。 なんとか雪香と春海が宥めすかして騒ぎは収まった。





 騒ぎが再発するのも疲れるので一旦場所を喫茶店へ移し、ここに来るまでの事情を全部話す雪香。


「魔法少女なんて称号、聞いた事もないぞ」


 呆れた祐一からの発言に、じゃああの変貌は何だったんだろうと不思議がる妹。 春海は同じ校舎内なので見たことがあるが、学年担当が違うので会話をする事もないと言う。


「称号持ちなら自己紹介の時に言うなりしますよね?」


 秋津宮(あきつのみや)であれば【称号】がそれなりの身分保障に優遇制度が付く。 称号効果に対する実験テスト等に参加しなければならない等の制約が必須になるが、多少の収入もあるので称号者は大抵加入している。 春海の場合は花を咲かせる行為がそれに当たる為、研究室に詰めて白衣に囲まれる事もない。 祐一に至っては研究室は既に卒業して、都市内でのモニターのみに移行している。


 混乱しかけた雪香と春海を制した祐一は特権のひとつを使う。 喫茶店のテーブルに装備されて、学内の店になら何処にでもある秋津宮のシステムに携帯を繋ぐ。 その後テーブル上に空間投射された画面に学籍番号を打ち込むと、ウィンドウにオレンジ色の河馬をぬいぐるみにしたようなマスコットが出現した。 校内での案内や説明などのチュートリアルを担当するシステムAIのロビーである。


『【魔王】からのアクセスを確認しました。 何か御用ですか?』

「中等部に来ている教育実習生の名簿を出してくれ」

『了解しました』


 直ぐに切り替わって八人の名前が羅列される。


「ええー、世界級ってこんなのが出来るんですかぁ! プライバシーの侵害とか大丈夫なんですか?」

「春海ちゃんの人外級でもこれくらいまでは出来るだろう。 雪香、どの人だ?」


 雪香は無言で下から二番目を指差した。


「これか。 あと八丁目の小公園、三十分程前からの監視映像を全部出してくれ」


 『了解』と返すロビー。 画面上の薪寺麻美をクリックするとそこだけピックアップされ、名前・性別・年齢・生年月日・本籍・学歴が表示された。 称号に関係するモノはひとつも記されていない。


「あわわ、いーんですかこれ」

「ログは残るからな、後でなんか言われるかも知れないけど。 しかし実歴すらも触れてないな、称号者未認定か?」


 雪香はなるべく画面を見ないようにして会話にも参加しない。 称号者関連の情報公開の場に居合わせた場合の一般人マニュアルとして、『四猿(見猿聴か猿言わ猿忘れ(さる))』と言うのがある。 全部ログに残ってしまうので、無かった事にするのが身の為だからだ。 やや遅れて流れてきた監視カメラ映像は、投射画面を消して自分の携帯で再生して確認する。 三十分前の映像では途方に暮れる妹と矢印が映っていたので、巻き戻し再生させるとそこには二十代の女性が十四~五の少女に変身する行程が保存されていた。


「確かに異能だなぁ、これ……」

「うわぁ、見てみたいなー」


 祐一の呟きにコクコクと頷く雪香と、モノ欲しそうに携帯を見詰める春海。


「ロビー、この映像部分は俺の権限で閲覧制限にしといてくれ、それと静琉(しずる)さんにも報告。 こっちの用件はそれで終わりだ」

『了解致しました』


「制限掛けたら見れなくなっちゃいますよぅ」

「どっちしろ春海ちゃんの権限じゃ、ここまで見れねーって。 しかし見たことあるって言ってたな、称号者って判ったか?」

「えーと、全校朝礼とかで確か全員紹介されたはず……あ、あれ?」


 祐一に言われた意味と自分の認識にズレがあるのに春海は気付く、称号者は称号者を見分ける事が出来るからだ。 相手が未認定だったとしてもあれだけの異能持ちが解らない筈もない。 雪香の話から本人に確認してみないと分からない部分もあるので、この場でどうこうは出来ない。


「二重人格の称号者なのかが判らん。 にしてはあの矢印から感じた力が変だったしなあ」

「……それは兎も角ちょっと聞きたいんだけど?」


 ここに来るまでにずーっと疑問だった事をやっと質問してみる雪香。


「どうしたんですかぁ?」

「なんでお兄ちゃんと春海ちゃんが一緒に居たの?」

「私は何時もの通りですよぅ。 花の様子を見に来たんです」

「俺もだ。 花とは言え魔属だからな、ここまで下位になると何をしでかすか分からない。 時々様子を見に来ている」

「そこまで警戒するなら植え替えるとか出来ないの?」

「今の所はこの魔属だけでここらへんのバランスは保たれているからなあ。 花が枯れて球根だけになったら考えるさ」


 どうやら魔王職もふんぞり返っているだけの仕事ではないらしい。 兄の片面が少し見れただけでも嬉しく思う雪香だった。


「そういえば、雪香先輩は矢印に何を探して貰っていたんですかぁ?」

「あ!」


 言われて始めて思い出す、自分がなにやら大事に巻き込まれた原因を。 こうなれば仕方ないので探し人の条件を兄に打ち明ける。


「じ、実は演劇部の方で魔法を使って演出するって話だったんだけど、予定していた人がダメになっちゃったんで……」

「それで俺か?」

「う、うん。 あ、でも、お兄ちゃんが誰か使える人紹介してくれるだけでもいいよ?」


 申し訳なさそうに言う妹に思案するも、祐一の親交がある魔法使いと言うと地球の反対側にいる者を除けば、教師連中か四天王の一角くらいだ。 高等部にも遣い手は居るだろうが、親しくないので他人に頼るのは諦めた。 どうせ自分が動けば嬉々としてデータ取りに励む担当官の顔を思い出し、妹の頼みを二つ返事で了承する。


「分かった、引き受けよう」

「「ええええっ!」」


 二重奏で上がる驚愕した叫びに祐一は顔をしかめる。


「なんで春海ちゃんも一緒になって驚くんだよ?」

「え? だって祐一先輩って、そういうのとかやるイメージじゃありませんよぉ」

「まさか引き受けてくれるなんて、これっぽっちも思って無かったから……」


 色々と失礼な物言いにヘコむ祐一。 【魔王】としての見方からいえば妹達の方が正論なのだろうが、本人はそんな悪人イメージの払拭を為したい第一歩目から全否定をくらい気落ちした。


「……ま、まあいいか。 とりあえずどーすんだ?」

「じゃあ、明日放課後に中等部の方に来てくれれば大丈夫だと思う」

「分かった」

「見に行きたいですけど、明日は報告会があるんで、私は無理ですねぇ」

「どっちにしたって発表当日まで部外秘だよ?」

「うー、残念ですぅ」











 翌日、雪香は登校した途端クラスメートから『悩み事を無理やり聞いて回り、各所から非難囂々(ひなんごうごう)の苦情が出る程の強引な手段でもって解決する痛い魔法少女』の噂を聞かされて頭を抱えた。 自分の矢印(アレ)はまだ真っ当な手段だったらしい。


 例を挙げると、『部室が欲しいと嘆いていた同好会に空き部屋を提供した。 但しそこは別の部が使用していた部屋で、中身全部はそっくりそのまま屋上に放置してあった』とか『お婆さんが階段(エスカレーター)に乗らなくても渡れる歩道が欲しいと言ったので、車道と歩道橋を入れ替えた』とか。 話を持ってきたクラスメートが現場の写真を撮っていて、そこには片側二車線の車道が階段付きのアーチになり、その下を歩道が通るという愉快な構造になっていた。 他にも『放置自転車を何とかして欲しいとの願いに、秋津宮中の放置だけのみならず使用しているのと売り物に至るまでが1/24スケールモデルと化した』とか、『近所の犬が五月蝿い、との願いに秋津宮に生息する犬猫などのペット全てがぬいぐるみとなった』とピンからキリまで様々だ。 悪意入りまくりの善意により、HR前に生徒会から全域放送が入って指名手配が掛けられる程の騒ぎに発展した。


 こうなると真相を知っている雪香はどうしたらいいのか悩んでしまう。 昨日を思い出しても相談事の前後辺りから挙動不審になった薪寺麻美は自身の第二人格の事が判っていて他人の相談事から逃げ出そうとしたと思われる。 直前までは本当に雪香を心配していたみたいなので、お節介なのは生来の性格なのだろう。 元を正せば、あの魔法少女を目覚めさせてしまったのは雪香が発端とも言える。 当の薪寺麻美(まほうしょうじょ)は朝から憔悴状態で出勤してケアレスミスを連発し、担当教科の教師に怒られてばかりいた。 オマケに雪香と目が合う度にビクビクして教科書を落としたり、黒板に頭をぶつけたりと見ていて痛々しい。


「どうせお兄ちゃんに会うし、一緒に相談してみよう……」


 問題を早期に解決すべく決意を新たにする雪香だった。




 放課後になりしだい演劇部部長にメールして、練習には行けない旨を伝えてから行動を開始した。

 教育実習生は普段使わない教室を与えられて、そこを臨時の準職員室とされる。 雪香がたどり着いた時にはもう、扉を開ける前から廊下に怒鳴り散らす声が中から聞こえていた。 聞き覚えのある声に雪香だけでなく、廊下を通る生徒までが表情を硬くする。 やたらと高圧的で兎に角嫌みしか言わない校内の嫌われ者の教師だからだ。


 一応は「失礼します」と声を掛けて中に入ると八人の実習生全員が説教されていた。 この教師お得意の連帯責任らしい。 雪香に気付いた者はアイコンタクトでさっさと逃げろと言ってくるが、用があるのは火中の者なので意を決した雪香は「あのっ!!」と声を張り上げた。


「……なんだ真門、今は説教中だ。 用があるなら後にしろ!」


 なにやら飛び上がって驚いたその教師は、失態を誤魔化すために強い口調で雪香を追い払おうとする。 そのリアクションに吹き出した実習生にジロリと睨みを利かせて。


「あの、薪寺先生に用があるんです!」


 忙しいから後にしろと一点張りの教師の向こうで、絶望感漂わせた薪寺麻美が遠い目をする。 雪香にしてみれば別に告発するつもりではないので誤解は解いておきたい。 しかし嫌味教師が厳しい顔で雪香を睨んでいた。


「なんだ真門、これだけ言っても聞き訳が無いようだな。 お前は教師に逆らうというのか?」

「え、えーと……」

「いくら成績優秀者と言えど許容される事とされない事があるぞ。 なんの権限も持たない生徒ごときが教師に逆らうのが正しい行いというのか、ええ!」


 暑苦しい顔をずいと近付けて来たので、ずりずりと後退する雪香。 その目に愉悦の感情が浮びかけた時に背後から別の声が教師を押し留めた。


「だったら、【魔王】の権限でよろしいですか?」

「なんだ貴様は!」


 何時の間にか開かれた扉の所に三条桐人が悠然と立っていた。 髪をかき上げその美貌に相応しく清々しい笑みを浮かべると、実習生の方からも感嘆した溜め息があがる。 それがどうしたとでも言う態度で嫌味教師は桐人を睨む。


「桐人さん?」

「こんにちは雪香さん。 本日も素敵な昼食をありがとうございます。 私的にはアスパラの肉巻き、と言うのでしたね。 あれが実に美味しかったです。 他にもゴマをまぶしただけでいつもと風味の違ったキンピラゴボウとかが……」

「こ、高等部の生徒が中等部に何の用だっ! それにここはナンパをする所じゃないっ!」


 毎度の弁当の感想を言いかけた桐人を遮って大声を上げる嫌味教師に、いつもと同じく飄々とした笑みを浮かべていた美青年の雰囲気が変わる。 草原を渡るそよ風が氷河を渡る凍えた風になり、その眼差しを受けた嫌味教師は「ヒィッ!」と悲鳴を上げた。


「用件なら述べたと思いましたが、聞いていなかったのですか? 【魔王】閣下の命を受けてそこの薪寺麻美女史を迎えに来たのですよ。 中等部は自分の庭だから雪香さんに任せたのですが、何時まで経っても出て来ないので私が足を運んだと言う訳です。 お解かりになりましたか?」


 いつのまにか先遣隊の役目になっていた雪香は唖然とするばかり、メールや電話をした訳でもないのに此方の事情が筒抜けになっている。 【称号】を出された嫌味教師は一度怯んだものの、桐人に食って掛ろうとした。 しかし胸ポケットからカードを引き抜いた桐人は、先手を取って素早くソレを教師の鼻先に提示した。 雪香からはカードの絵柄は見えない位置にある。


「……なんのつもりだ?」

「おやおや、先生。 貴方は足元がお留守のようですね。 他人に説教する前に先ずは自分の基盤から見直したらいかがですか?」

「ガキが……、脅しのつもりかぁあぶっ!?」

 

 本性を現しかけ何か怒鳴ろうとした瞬間、両足をひょいと掬い上げられた嫌味教師は床へ顔面ダイブを敢行した。

 ドバン! と盛大に痛そうな音を響かせてあっけなく気絶する。 彼の両足は、雪香の影から伸びたロープのような物にグルグル巻きにされていた。 その時点になって雪香は朝に兄から「何があるか分からんから、今日は護衛を忍ばせておく」と言われたのを思い出す。


 一連の出来事を只見ているしかなかった実習生達は、理解の範疇を越えた光景にポカーンと口を開けていた。 影の魔物は体内から引き抜いた荒縄で教師を高手小手縛りにした後、包帯でグルグル巻きにしてから窓から外へ吊るした。 ちなみにここは地上八階に当たる。


「さて、閣下のご命令です。 薪寺女史、我々と一緒にご同行願いますね」


 もはやドナドナ~と市場に出される子馬のような悲壮感を漂わせた薪寺麻美が前に出てくる。 彼女の肩を抱くようにしながら桐人は教室を出て行こうとするので、雪香は慌ててソレに付いて行く。 出る時に「失礼しました」と律儀に頭を下げるのを忘れずに。



 校舎の外に出た桐人達に雪香が追い着く頃には、二人は離れていた。 いつもの笑みを浮かべてゆったり歩く桐人の一歩後ろで俯いている薪寺麻美。 追い着いた雪香は思い切って彼女に声を掛けた。


「あの、大丈夫ですか? 薪寺先生……」

「ううっ、ありがとう真門さん。 私のような犯罪者に声なんて掛けてくれて……。 昨日はゴメンナサイね、ビックリしたでしょう?」

「え、た、確かにびっくりしましたけど。 何かされたわけじゃないですから」

「おや、薪寺女史は犯罪者だったんですか。 それは初耳ですね」


 桐人があっけらかんと言った言葉に二人して拍子抜ける。 そもそも兄と約束していたはずなのに桐人がココにいる事がオカシイ、先程の騒動にも介入タイミングが良すぎだ。


「あのー、桐人さんがどうして?」

「いえ僕も閣下に薪寺女史を保護して理事長の所に連れて行くように、とお願いされましてね。 事情なんかはさっぱりなんですよ。 ああ、申し遅れました。 自分は魔王四天王のひとり、国級【占士】高等部一年A組、三条桐人と申します。 以後よろしくお願いしますね」

「ご、ご丁寧にどうも……って魔王! 魔王ってあの世界級のっ!?」

「ええ、その認識で間違いありません、その魔王閣下です」


 それだけを聞いた薪寺麻美の顔は青を通り越して真っ白になっていた。 「魔王に貢物として選ばれた生贄」が心中として正しいだろう。 その顔色から兄に対する盛大な誤解を感じとった雪香は、どうしたらいいものかと桐人を見る。


「まあ、なんにせよ取って喰われる訳ではありませんので、その心配は杞憂に終わるでしょう」

「はあ……」

「ところでお兄ちゃんは?」

「ああ、閣下でしたら今回の下手人を捕まえに行きました」

「「は?」」








「御免なさい、もう一度理由を聞かせて貰えるかしら?」


 行政区画の超積層構造ビルの統括理事長室で秋津宮静琉(あきつのみやしずる)はコメカミを指でほぐしつつしかめっ面をしながら、ソファに座る薪寺麻美に問い掛けた。 


 昼頃に真門祐一から放課後に話し合いの場を設けてくれ、とのメールを受けたのはまだいいとして。 待っていたら来たのが三条桐人に連れられた薪寺麻美と真門雪香だったという訳だ。 そこで昨日のトンデモ騒動の原因が、薪寺麻美の変貌した痛い魔法少女だというので彼女に心当たりを聞いてみた。 聞いているうちにその場に居た三人の心はひとつになった。 即ち「お節介にも限度があるだろう」と。


「ええと、そこにいた少年が言ったんですよ。 『誰も手伝ってくれる人が居ない』って。 だから、私で良ければ手伝おうか? と聞いたらですね、凄く嬉しそうに『ありがとうお姉ちゃん』って言われたんです。 お礼を言われると声を掛けて良かったって気になりますよね? その子から貰ったのがこのピッケル型のストラップなんですけど……。 え? その子ですか? 確か太めの菱形四頭身で糸目の潰れ餡饅顔で軍服みたいな服装だったですね。 で、猫耳の付いた帽子に狸みたいな尻尾がついてて、背中にはトンボの羽根を短くしたようなのが……」

「「「その時点で人間じゃないと気付きなさい(よっ)!!」」」


 三人同時の呆れ返った突っ込みに、薪寺麻美は心底不思議そうな顔をした。


「ええっ!? 何で非難されなきゃいけないんですか?」

「太めの菱形四頭身なんて人間がこの世の何処に居ますかっ!!」

「少しはおかしいと気付きましょうよ、先生……」

「事実は小説よりも奇なりとは言ったものですが、人の認識力と言う物にここまで大幅なズレがあるとは思いませんでした」


 ひとりだけ冷静に分析している【占士】もいたが、静琉と雪香はお節介が往き過ぎて常識が取り残されている感のある薪寺麻美をたしなめている。 全く理解してない顔なので、教え込むには長い時間がかかりそうだ。 

 

 と、そこで下手人を片手にぶら下げて祐一が来室した。 本来であれば部屋の外にいる秘書が対応する区切りがある筈の所で一旦足止めされるも、顔パスなので慣れたものである。 一緒にティーカップをもって入室した秘書は一礼して出て行く。

 右手に「ふにゃ~」とぶら下げられた物体は薪寺麻美の証言通り、太めの菱形四頭身に糸目の潰れ餡饅顔で軍服なコスプレと猫耳付き帽子と狸じみた尻尾を垂らし、背中から生えているのはトンボと言うよりは蝿の(はね)だ。 この場にいる者を代表し、秋津宮静琉が疑問を口にする。


「それは何なのよ?」

「見た目はこんなんだが、れっきとした悪魔の有力者。 蝿の王ベルゼブブだ」

「………………」

「…………は?」

「…………ほう?」

「あ、この子です、この子!」


 二人が呆然と沈黙し、一人が感嘆する中、薪寺麻美はその物体Xを指差し嬉しそうに微笑んだ。 指差されたベルゼブブ(笑)はだらだらと顔面を汗まみれにして、ブリキ玩具のようにギギギギと祐一を振り向く。 薄暗い笑みを浮かべた祐一が「首実験はクロだがまだ申し開きはあるか?」と聞くと、がっくりと項垂(うなだ)れ「うにゃ~~」と(しお)れた。


 




 そこで薪寺麻美を縛っていたピッケルの呪いを解き、街中の異常事態を元に戻す。 ……で話が済めばそれで一件落着で終わったのだろうが、話はまだ続いていた。


「なんでこんな事に及ぶ羽目になったの?」

「だって魔王様が全然魔属としての自覚を持ってくれないんだぞ。 トップがそんなんだから魔属達(オレら)の肩身が狭いんだぞ。 自分は直接人界に手出しするのもアレなんで、関節的にでもちょっかいかけようかなあって思ったんだぞ」

「……ゆ~う~い~ちぃ~」


 必然的にその場の責任者である秋津宮静琉の非難が祐一へと向かう。 


「って俺かっ!? 俺が悪いのか?」

「トップがしっかりしないから下が苦労するのよ! 貴方には統治者としての自覚が全っ然足りないわ、今すぐ帝王学の勉強をしましょう! ちょっとこっちへ来なさい」

「ちょっ!? 静琉さん、話がなんかすり変わってるすり変わってるって」 

「ふふふふふ、さあ貴方も素敵な帝王学を修めましょう。 Let's try! よ」

「って目が据わってて聞いてねえっ!?」



 もはや目を逸らして他人事だと割り切った雪香は溜め息を付いた。 こんな顛末だと改めて【魔法使い】を探さなければならないようだ。 そこで携帯で誰かと話をしていた桐人が通話を終わらせ、「行きましょうか」と雪香を促した。


「え?」

「雪香さんは【魔法使い】を探しているのでしょう。 今、その使い手の方と話が付きましたので、顔合わせと参りましょう」

「あ、ありがとうございます。 助かります」

「いえいえ、これくらいは毎日のお弁当の礼としては些細なものです。 さ、薪寺先生も早い所ココから退出しましょう」

「え? でもあの真門さんのお兄さんはいいんですか?」

「お兄ちゃんは自業自得ですから、いいんです」

「閣下も偶には部下の苦労を味わったほうがいいんです」


 何か悲痛な叫びが聞こえたような気もするが全力で無視し、とばっちりを避けて逃げ出す三人だった。


 

       



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太めの菱形四頭身って・・・ パ○リロ? あのヘチャムクレが思い浮かんでしょうがない。 部下はもちろんタマ○ギ部隊ですね!
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