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4話 魔王様と花師

 東海林(しょうじ) 春海(はるみ)、十四歳、中等部二年。 彼女は人外級【花師】である。


 【花師】と言うのは庭師の限定版みたいなもので、花だけなら季節関係なしに自由に咲かせる事の出来る称号だ。


 花の意識が解ると言う彼女は、幼少期に母親とのガーデニングの最中にてその才能を開花させ、庭にあった全ての株を満開にしてしまった。 流石に季節バラバラな花株が一斉に開花するという違和感に気付いた両親が専門家に相談し、秋津宮に回されて彼女が称号持ちだと発覚した。


 秋津宮学院で生活するようになった春海には実験棟の中段三階層が丸々与えられた。 一階層が四百八十平方メートルの土壌×三階層が彼女の手によって常に、春夏秋冬数多くの花が咲き乱れている。


 作られた花は華道部だとか、学院の催しだとか、卒業式等の式典や祝いの席に出荷されていた。 その際の収入の大半は維持費(肥料代・水道料金・その他備品代)に回され、一部が彼女の懐へ。 それでも年収は八桁に行くので、義務教育中の学生にしては中々に稼いでいると言えるだろう。

 本人としては大金を使う気もないので、大半は実家に送っているらしい。




 そんな彼女が最近気になっているのは、寮からの通学路途中にある商業地区で見掛けた雑草のような花だった。 放課後や休日になると人通りが増える大通り脇の、街路樹の根元に生えていたのを偶然見付け、毎日のように様子を見ていた。


 花弁は水仙に似て、茎や葉はチューリップのよう。 花びらには黒から茶色のグラデーションに白い斑点が先端にまぶしてあって、図鑑にも知識にも無い。 何より彼女がそれを花と確定出来ないのは、意志を感じ取れない所にあった。 十四年という短い人生の中で千種類以上の花を扱って来た彼女にとっても初めての出会いである。 学院の専門家に話を聞きたくても、新種だと言って取り上げられる可能性があるので、誰にも相談出来ずにいた。








 ある日、何時ものように授業を終え、自分の庭園の世話も済ませてから小さな一株の世話に向かった春海。 そろそろ自分の庭園の一角にあの子を移そうかと考えていた。 肥料を与えても水を掛けても効果があった様子も無いのに、空気が悪い、日当たりが悪い等の悪条件の中で枯れそうな感じも見受けられ無い。 大学部の方に国級の【賢者】がいると聞いた覚えがあるので、時間があったら訪ねてみようと思っていた。


 商業地区の大手デパート前、何時もの場所に向かった彼女の前には衝撃的な光景が広がっていた。 私服姿の男性達が、彼女の愛しの君の場所に煙草をふかしながらたむろしていたからだ。

 一瞬何が起きているのか唖然とした春海は、愛しの君が生えている場を男が蹂躙している現実を認識した。 春海がじっと見ているのに気付いた彼等が、訝し気な視線を向けてくるのも構わず突撃し、街路樹に背を預けていた男性を突き飛ばした。


 足に隠れて見えなかった花は、葉の一部を踏まれていただけだと判明し、「良かったぁ……」と安堵した。 が、そうなってから初めて自分の行動が不味かった事に気付いた春海は、腕をかなり強引に引っ張られて剣呑な表情をした男達の刺すような視線に晒された。


「おい、アンタ。 いきなりナニしてくれてんの?」

「……あ、ご、ごめ……」

「ゴメンで済んだら警察も警備員もいらねぇよ! ナニ考えてんのテメェ?」


 怯えた表情の春海に、大学生らしい男達の口元は楽しいモノを見つけたように歪む。 ぶら下げられた状態だった春海は、降ろされた途端に乱暴に突き飛ばされた。 ガードレールに背中を強打して悲鳴を上げるより先に呼吸が詰まり、咽せる。

 周囲にいた通行中の人々は迷惑そうな顔で、しかし彼等とは目を合わせないように、その場を避けて足早に通り過ぎて行くだけだ。 顔をノロノロと上げた春海の脇、ガードレールに土足が音を立てて叩きつけられ、「ひっ!?」と息を呑んだ。 頭の上から高圧的に暴力的な嘲笑が掛かる。 身を竦めた彼女の頭に置かれた手が、万力のように絞め付けてきた。 涙声で謝罪を呟いたが男達は愉悦に顔を歪ませ、笑いながら慰謝料を請求する。


「止めなさいっ!」


 横合いから強い非難の声が掛けられたのはそんな時であった。












 ある日の放課後、眷属に呼ばれるまま、真門祐一が三条桐人と妹を引き連れて、商業地区へ足を運んでいた。


「こっちのほうだと思ったんだが……?」

「魔属が、ですか? 魔王の膝元で目を付けられそうな(じけん)を起こす者がいるとは考えられませんが」

「下っ端もいいところじゃないかな。 呼ばれるっつーか救難信号に近い感じ?」


「あっ!」


 大通りに出た所で車道を挟んだ対岸の騒ぎ──後輩の女子を取り囲んで愉悦に浸る男達──を雪香が目ざとく見付け、唐突に走り出した。


「流石雪香さんですね。 ああいったところがファンに人気の秘訣なのでしょう」


 客観的に見た感想をつらつらと述べる桐人だったが、その瞳には祐一に期待する感情が見てとれる。 溜め息をついた祐一は妹が男達に喰って掛かる姿を見て、もう一度溜め息をついた。


「良いんですか?」

「これ以上悪名を上げたくねー。 桐人が口先三寸で丸め込んどいてくれ」


 祐一の言葉を噛み砕くように頷いた桐人は、祐一には理解できない楽しそうな、別の人から見ればかなり陰湿な笑みを浮かべ、「そう言う事もありですね」と雪香の元へ向かう。














 弱い者虐めに意識が向いていた男達が鋭い声に振り向くと、加害者の女子と同じく中等部のブレザーを着た、すらりとしたモデル体型の女子が彼等を睨み付けていた。


「なんだよ嬢ちゃん、コイツの関係者?」

「違います。 その子が何をしたか知りませんが、あなた達の行為を見過ごす訳にもいきません!」

「なんだァ? 正義ズラしてカンケーねぇ奴が首突っ込んで来るんじゃねえ……よ!?」


 割り込んできた雪香にムカついた男は手を伸ばし掴み掛かろうとしたが、空振りしたのちに視界が回転、背中を強い衝撃に襲われて悲鳴を上げた。 如何なる技術によるものか、間に入った桐人により宙を舞って舗装した路面に叩きつけられられたのだ。


「な、なにしやがんだテメェ!」


 路上で伸びた仲間の惨状に桐人に毒づいた残り二人の男達。 春海の傍に駆け寄った雪香と男達の間に入った桐人は、肩を竦ませて男達を嘲笑した。


「せっかく助けてあげたと言うのに失礼な言い方ですねえ?」

「ざけんなっ! 世迷い事抜かしてんじゃねぇぞコラ!」

「タカくん投げ飛ばしておいて、ふざけた事言うんじゃねえっ!」

「【魔王】様の妹君に手を出す等、自殺志願もいいところですよ? それに……」


 チラリと雪香に助け起こされている女子を見て、デパートの外壁に付いている監視カメラを見上げた。


「秋津宮で称号持ちに乱暴するなんて、随分と馬鹿な事を……」


 と忠告する桐人の言葉を聞いた男達は瞬時に真っ青になった。

 秋津宮は称号持ちの保護区のような所なので、彼等の行為は厳罰モノだ。 場合によっては学籍剥奪の上、秋津宮から追放も有り得るだけに桐人の言葉は死刑宣告にも等しい。

 路上で気絶する仲間をも省みず逃げ出そうとした二人は、唐突に目眩を感じその場に力なくへたり込んだ。


「な、……なんだこりゃ。 ち、ちぁらがはいりゅあれえ……」

「弛緩の魔法だ。 警備が来るまで暫く寝ていろ」


 厳密に言えばそんなピンポイントな魔法は無い、夢魔などが麻痺と酩酊を混ぜて使う術式である。 桐人が携帯から警備部に不埒者を引き取って貰うように連絡を入れた。 雪香は春海を助け起こし、祐一は騒動の発端となった花を見下ろして「成る程」と呟いた。


「その花が閣下の探し物ですか?」

「ああ、どうやらコイツが助けを呼んでいたらしいな」

「この子の言ってる事分かるんですかっ!」


 有名人の雪香に助けられて頬を染めお礼を言っていた春海は、聞きづてならない言葉に身を乗り出した。 その剣幕に呆気に取られた祐一が頷くと春海は安堵した。 桐人達は意味が分からず揃って首を傾げる。


「よかったー、私以上の【花師】の人が居て」

「何か勘違いしているようですが、閣下は【花師】ではありませんよ。 【魔王】です」

「……え? 【花師】とか【庭師】とかじゃなく?」


 たらーりと特大の汗を流した春海の顔が引きつり、助けを求めるように雪香を伺う。


「うん、お兄ちゃんは正真正銘の魔王だよ。 私が保障する」

「えエええエぇエッ!?」


 ずざざざざーと後退して驚愕の表情をとる彼女を雪香は「ノリいいなぁ」とか眺めていた。



 警備員が駆け付けて来たことで、改めて事情を聞く。 むしろ春海が騒動の発端となる加害者側だったので、双方に対し厳重注意が下された。 喰って掛かった学生達も理由を聞かされればしぶしぶ納得し、お互いに謝りあってこの場を水に流す事となった。


 夕日が射し込む大通りで一応自己紹介を済ませると、雪香が春海の考え無しの行動に説教を始めた。 警備部にも言われた上、それなりに名と顔を知られている中等部のヒーローから説教を受けた春海は目に見えて落ち込んでしまう。 いつまでもここに真門兄妹を立たせていても仕方がないので桐人が話を進める。


「それで、貴女はこの花を此処から移そうとしていたと?」

「え? あ、はい。 ここ日当たり悪いし排気ガスも凄いし、人通りも多いから可哀想だと思って……」

「そっちの方があっさり枯れる」


 この中で一番花に縁遠いと思われる祐一の言葉に目を丸くする春海。 溜め息を吐いた祐一は、掻い摘んでこの花は魔に属する植物である事、人の負の感情を喰って生存していると解説する。


「淀みもない清浄な所に植え替えてみろ、即枯れるぞ」

「ううっ、余計なお世話だったんですね……」

「もう、お兄ちゃん! 追い討ち掛けることないじゃない!」


 魔の王に断言されて、更に意気消沈してしまう春海。 雪香は兄の失言を(たしな)めて後輩を宥め始めた。 この辺の気遣いには疎い自覚はあるので、祐一からのうんざりした視線を受けた桐人は苦笑しながら雪香の援護に加わる。 最終的に春海ご自慢の庭園を見せてもらうことで話は落ち着いた。 春海に案内されて行く妹と桐人。

 三人を見送った祐一は、特に寄り道もせず帰路に着いた。



 兄に遅れること一時間、夕食の準備が整った真門家に帰宅した雪香は、両手いっぱいの花束を抱えてきた。 色とりどりの花を食卓の上と玄関に飾り、上機嫌で春海の庭園が如何に綺麗だったかを語る。


「すごーいいっぱい色んな花があったんだよ。 いつでも来て下さいね、って言ってくれたからまた行こうっと」


 自分のことのように楽しげに話す雪香に家族からの視線は優しげだったが、祐一だけはヤレヤレと呆れ顔だった。 理由は称号者に付いて回る色々な制約の為だ。 ここで雰囲気を壊す気も無いのでとりあえず黙っておくが。


 それからと言うもの、一週間毎に真門家の食卓には小さな花束が飾られることになった。 妹の言によると熱心な真門雪香ファンによるものだそうな。



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