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2話 魔王様と聖女様


 ある日の真夜中。世界そのものが慟哭する様な叫びの感覚に襲われた祐一は飛び起きた。

 脳裏に浮かぶのは、あの羽衣を纏った少女が一人で静かに悲しんでいる光景。同調した悲しみに胸を突かれた祐一の瞳からもつうっと涙が流れた。


 状況が分からず些かパニクった彼の目前で丸いウィンドウが開いた。

 緑の二重円が二つの立体映像。祐一にとっては見慣れた物体に、彼女達なら何か分かるかもしれないと魔力を繋げて起動させる。

 テレビ電話と似たような機能を持つコレは、世界級の称号をもつ者に使える特典だ。繋げられる者は同じクラスの称号を持つ【占星術師】と【聖女】。

 二人とも地球の裏側のWDA人工島に居るが、世界とリンクして使うのでほぼリアルタイムで会話が可能である。


 映し出されたのは金髪碧眼の成人女性と、すっきりとした細面の口元以外はヴェールで覆い隠された女性。前者が【聖女】リシェル・フォトーン。後者が【占星術師】マディ。


『あら【魔王】ご機嫌いかがかしら?』

「まだコッチは夜中だ、叩き起こされて些か気分が悪い」


 世界を守護すると言われる聖女と破壊側の魔王。

 皮肉のように聞こえるが、感情が込められてはいない。二人にとっては何時ものやり取りで、友人の間柄な彼らの挨拶である。敵対する理由もないのにいがみ合うのもおかしな話だ。


「何なんだ今の変な感覚は、【彼女】の悲哀がダイレクトに流れ込んで来たぞ」

『やっぱりそっちにも聞こえたのね。感じた通りよ、娘の死を【彼女】が悲しんでいるの』

「なんだって?」


 【彼女】は称号を受けた時に出逢った少女。即ち世界そのものだ。

 彼女は自分達の様な【世界級】を子供として認識しているらしく、大きく感情が揺らいだ時に暖かい気配が近くに居る時がある。子供を心配した【彼女】の親心だ。

 そこへそれまで黙っていた【占星術師】がポツリと零した。


『【転換者】が世界を越えた。これは既に予測出来ていた事』

「聞いた覚えの無い称号だな? 未認定か?」

『そうね。彼女に関しては表に出るべきではないと私達も秋津宮も公表を控えていたわ。彼女が長くないのはマディの預言にも出ていたから……』


 震える睫毛を伏せた聖女は残念そうに呟く。【占星術師】の預言はほぼ当たる。彼女が言った事は予定調和の内と、時折暦に取り入れられて公表されたりするのが普通だ。

 公表されたモノでないのであれば、先程聖女の言葉通り密かに進行するだけのモノだったらしい。


「何処の人間だ?」

『日本よ』

「そうか……。同胞として葬儀に出るべきか?」


 祐一の提案に困り顔で苦笑する聖女。占星術師がその憂い顔の代弁をした。


『ユーイチ、貴方は自分の自覚が足りなさ過ぎる。魔王が接点の無い一般人の葬儀にでたら色々とパニックになる。寧ろ私の預言にノイズが入るから止めて』

「へーいへーい。わかりましたヨー」


 世界級は世界級の預言を明確な形では得られない。一動作で世界に与える影響が過剰な為に、調和に掛かる波を大きく乱すらしい。ヴェールの奥から睨まれてる気がした祐一は肩を竦めて降参の意を示し、素直に行かない事を約束した。


『まあ、私は行きますのですけれど』


 意表を突かれた発言に硬直する此方と向こう。占星術師のジト目に晒されてるであろう聖女が、全く気にしない顔で祐一に向かって胸を張った。重い溜め息を吐いた占星術師は、すでに諦め切った雰囲気を纏わせている。


「一塊の一般人の葬儀に【聖女】が顔を出すのかよ……」

『あちらのご遺族にも話を通さないといけないでしょう?』

『寧ろ聖女が魔王の居る日本に赴くのが問題だろう』

『大丈夫、此方には頼れる軍師のメル友がいらっしゃるもの。彼に力を借りますわ』


 「聖女のメル友の軍師って何だよ」と突っ込みたくなったが、彼女が言った事を覆さないのは分かっていたので、占星術師と同じく反論を放棄した。 


「早速準備をしなくっちゃ」とウキウキ気分で通信を切る聖女。占星術師はその後に目礼だけして通信を終わらせた。


 明日と言うか、今日という一日がとてつもない憂鬱な予感に汚れ捲った日だと祐一は確信した。





『いえ、此方は其処まで感情の流れ込みはありませんでしたので……』

「そうか。感じたのは同じ時間か」

『おそらくは間違いないかと』

「分かった、変なこと聞いて悪かったな」

『いえ、この様なことでしたら幾らでも』



 望美碧は登校しようとして玄関口から聞き覚えのある、というか片方は馴染みのある話し声が聞こえてくるのに気がついた。もう片方の声には聞き覚えがないので首を捻りつつ、急ぐ。


 いつもと違い少し早めに家を出ると、望美家の飼い犬をわしゃわしゃ撫でている真門祐一の姿があった。思わずマジマジと見つめてしまう。幼馴染の“ゆーちゃん”は夏祭り等のイベント時でも無い限り、子供の頃と一変してこの神社には遊びに来なくなっていたからだ。


 原因は彼の受けた【称号】にある。

 本人の弁解を述べるなら『神社に魔王が居たら参拝客にも悪いだろう?』とのことだ。そんなものは関係ないし、真門家も大事なご近所さんなのだから何時でも遊びにいらっしゃいと諭していた碧の母には苦笑いで返した祐一だったが、普段は頑として自主的にやって来る事など無かった。 


「おはよう。なにしてるの? ゆーちゃん……」

「ちょーっと夢見が悪くてさ、ミコトをもふもふしたくなったんだ。おはよう碧姉」


 碧に気付いた祐一は鞄を担ぎながら立ち上がる。

 その足元で、一般の犬種よりはややガタイの大きな茶色の犬が丸めた尻尾を千切れんばかりに振っていた。大きさはセントバーナードくらいあるが、れっきとした柴犬だ。正式名称は碧の祖父が名付けた素盞嗚尊(スサノオノミコト)と言う。そこまで呼ぶのは祖父だけで、他の者はミコトと呼んでいた。


 特に疑う気もなかった碧は「ゆーちゃんも苦労が絶えないねー」と納得した。その日の登校中は、子供の頃の思い出話になったのは当然の流れと言えよう。





 教室に着いた祐一は何時も通りに桐人からの挨拶を受け、席に着くと今日に限って【情報屋】が突撃してきた。


 人外級【情報屋】の土師木(はじき) (こう)だ。

 この学年に妙な噂が飛び交う時は、まず土師木を疑え。などと言わしめるお騒がせ人物で、自発的に流す話は虚偽半分真実四割真心一割、とか言う冗談なのか本気なのか意味不明な部分がある。もっぱら聞き流すのが皆の常識になりつつある。


 その問題の人物が祐一を見るなり接近して来た。途轍もない嫌な予感がぷんぷんと匂ってきた。


「なーなー、真門。【聖女】様が来るって本当なん?」

(……やっぱりか)


 この場で一番話題にされたくない問い掛けに、動揺を押し隠して無表情を貫く。

 これに食い付いたのはクラスメート達だ。ざわっとした空気が教室を満たし、色めき立った一部の者が土師木に詰め寄った。


「なんだそりゃ! マジなのか?」

「【聖女】様がいらっしゃるって? うそーっ!」

「ばっかオマエ等、真門に確認しに行くって事の方が信憑性あんべ」


 あっという間に教室どころか廊下にたむろっていた生徒からその階の端々まで噂が広がり、大量の生徒が1-Aの教室に殺到した。群集より早急に避難した祐一が呆れて、土師木が埋もれた黒山の人だかりから目を反らす。


「流石【聖女】様。人気者ですね」


 桐人が傍に寄る為の恭しい礼をした後に感想を述べた。

 勇者と言うわけではないが、この世界に置ける“光の救世主”みたいな扱いである彼女は優しくて人当たりも良い。全世界を股にかけて大勢のファンが存在し、どこへ行っても黒山の人だかりに囲まれるのが実状だ。

 付き合いの長い祐一からすれば、普段の聖女は10トンクラスの特大の猫を被っている。と言った方がしっくりくる。

 悪戯好きで欲望に忠実なほうが彼女らしいと思っていた。あれの本性を他の者が知っても人気は変わる事がないんだろうかと、些か心配する時もある。世間的には敵対者のように思われているが、大切な親友だからだ。


「本当に来るの?」


 うんざりと人だかりを眺めていた穂乃香が質問して来た。

 本人としては聖女云々以前に騒ぎを何とかして欲しそうな顔だ。


「来るとは言っていたなぁ……」

「おやおや、本人から言質は取ったのですね? 流石は閣下」

「何ソレ、真面目な話として何しに来るの?」


 【聖女】の行動理由として挙げられるのが『世界平和のために』的な事だけに、穂乃香の疑問は尤もだろう。マスコミに対しては良い餌かもしれない、何しろ日本に居るのは【魔王】。世間一般では敵対者という正反対の理念を持つ者としての認識が一般的だ。『破壊者と救済者、全面対決の兆しか!?』とか新聞や週刊誌の見出しを飾りそうで祐一には頭痛の種の予感。


 だからと言って【転換者】の話題を出しても良いとは思えない。WDAで真相を隠していたと言う事は、世界級との真実を暴くだけで全社会に与える影響が半端ないモノなのだろうと推測できた。そこの所だけは適当に知らない振りをしておく。


 ─── 火の粉がコッチに飛び込んで来る事も知らずに……。








 その通信が届いたのは昼食の時に。

 たまたま珍しく桐人や碧のみならず、穂乃香や校舎の違う雪香までも一緒になるという偶然で。


 真門雪香(ゆきか)は祐一の一つ下の妹で、特に称号等は持っていないごくごく普通の一般人だ。 この場にいる女子の中では一番背が高く、百七十に届くぐらい。祐一と並ぶと良く双子に間違われるほど凛々しい容姿をしている。

 ショートカットの落ち着いた雰囲気で、中等部制服のセーラーよりはスーツの方がよっぽど似合うと言われる事が多い。時折演劇部の助っ人で、王子役や男装の麗人役をやらされたりする事が多々有るため、学内の女性から『殿下』と呼ばれ親しまれていた。この辺は有る意味似たもの兄妹かもしれない。


 場所は食堂区域。幾らか高さのある離れ小島と呼ばれている場所で、木製のテーブル備え付けの椅子に腰掛け、楽しく談笑しながら食事を取っていた時にだ。

 

「今日のお弁当はどうですか、桐人さん?」

「いつもありがとう御座います、雪香さん。毎日とても美味しいですよ」

「え、なに? 三条君って真門君の妹さんにお弁当作ってきて貰ってるの?」


 少々意外な顔をして雪香と桐人を交互に見る穂乃香。そんな何時の間に!? といった誤解がありありと見て取れたので、慌てて雪香本人が訂正を入れた。


「はい、桐人さんって食生活が心配なんです」

「俺が弁当を作るって言ったら……」

「そんな恐れ多い、臣下が閣下の施しを受け取るなんて出来ません」

「……って言うもんですから、お兄ちゃんがダメなら私が作りますと。それで」

「そうなんだ~。じゃあ今度は私も作って上げるねー」

「いえ、流石に望美先輩にまで迷惑を掛ける訳には参りません」

「ってどうしたの、真門君も雪香ちゃんも変な顔をして?」


 何気無く親切で発言した碧の言葉をやんわりと断る桐人 揃って顔を見合わせた真門兄妹が眉をひそめた。目ざとく気付いた穂乃香が質問する中、視線で会話した兄と妹は頷いて祐一が碧を諭した。


「あのなぁ、……碧姉は弁当作るのはやめておけ」

「ええ~、私だってちゃんとお弁当ぐらい作れるよー」

「碧姉さんのお弁当は量が膨大じゃないですか。あれは花見に持って行く時以外は遠慮して下さい」

 

 思い起こせば中等部の時、体育祭で彼女が作ってきたのが重箱五段二つだった。

 望美家が三人、真門家で三人、計六人で食べるには遥かに多すぎた。流石に食べきれなくなり教師陣にも配ったのは記憶に新しい。花見の時にはその倍である。人数が十人に増えていても全く減る気配がなかっただけに、望美家では彼女に弁当を作らせる事を禁じていた。

 碧が不満そうにぶぅ~っと膨れた瞬間だった、それが祐一の目前に現れたのは。


 緑の二重円、ご丁寧に中央には赤字で『SOUND ONLY』のと書かれただけの通信円。

 これを本人以外で見た事がある桐人と雪香だけだ。二人とも驚いて、途轍もなく厄介ごとを背負って嫌な顔に変化した祐一を見た。答えない訳にもいかないので魔力を送り込んで回線を繋ぐ祐一。


『こんにちわ【魔王】、お食事中に御免なさいね』

「折角の憩いの時間に無粋過ぎやしないか? 【聖女】」


 涼やかなそれでいて硬い声に、感情を感じさせぬ冷たい声で答える祐一。雰囲気を一変させた祐一と、とんでもない相手との会話に口を挟もうとした穂乃香は桐人によって口を封じられた。

 口元で指を立てて静かにして下さいとのジェスチャーに無言のまま、こくりと頷く。雪香の表情がいささか硬いモノになっている反面、隣の碧は何処吹く風の如く母親作のお弁当をついばんでいた。


『………………』

「…………………」


 そのまま向こうも此方も無言状態が続く。これには流石に桐人以外の者がハテナ顔になった。実際のところは同調(テレパス)で会話しているだけで、他の者が居るためおおっぴらに口にし難い内容の為だ。


 その内容とは以下の通り。


  『ゴメン、ちょっと迎えに来てくれる?』

  「なんで俺がんな事せにゃーならねーんだよ。立派な迎えが来てんだろ? 日本政府とか秋津宮とか」

  『だって堅苦しいんだもん。【魔王】に攫われたって事にしとけば言い訳もたつでしょ?』

  「お前のファンに非難轟々されるのは俺なんだがな……」

  『それが貴方の仕事みたいなものでしょ?』

  「そんな存在理由を持った覚えはねえっ!」

  『でもお葬式は今日みたいなのよねー、貴方に攫われてる最中なら何処へ行こうと誰も追求しないでしょ?』

  「……マスコミは嗅ぎ付けて来るだろーよ」

  『んじゃ、宜しくー♪』


 伝えたい事だけを述べて通信は一方的に切られた。 


「確信犯かあの野郎……」


 悪態をつく祐一に一緒に居た者達はさっぱり要領を得ない。会話の殆どが聞こえてないのだから当然だろう。


「閣下のお好きな様に」


 感情の読み取れないニコニコした表情で桐人はそう促した。臣下らしく上司の判断に従うと明言したが、祐一には丸投げにしか聞こえない。実際、話の流れは聖女と魔王(ふたり)にしか理解出来てないのだから当たり前だ。


 雪香は「お兄ちゃんの人生には口出ししません」と、宣言した。

 称号関連のドタバタには超常のものが多く、巻き込まれて酷い目に合った経験もあるだけに関与しないスタンスを取った。勿論、祐一も巻き込む気はない。

 穂乃香は「早退なら私が先生には伝えておくわ」と先に切り出し、碧に至っては「ゆーちゃん、女の子には優しいもんね」と意図せず天然は逃げ道を塞ぐ。


 最早一つしかない道に進めと追い立てられた祐一は、最悪な気分で立ち上がった。この鬱屈したモノは聖女、……にぶつける訳にはいかない。


 だったらもう腹を据えて、魔王らしく陰鬱に迎えに行ってやろうと決めた。


「桐人、穂野木、後頼んだ」

「はいはい、お勤め頑張って」

「行ってらっしゃいませ」


 大仰に頭を下げる桐人と片手をぱたぱた振って送り出す穂乃香。


「一応、お客様分夕食作っとくね」

「頑張ってねー、ゆーちゃん」


 素直に送り出す碧と深読みして準備を申し出る雪香。

 祐一は呪文を唱える事もなく望んで闇を呼び寄せると同化し、水墨画の龍が空を滑るように天へ駆けて行った。それに追従するかの如く、魔の気配に誘導され空のあちこちから黒い筋が合流して行く。空の彼方へ去る頃には一端の黒雲と化していた。


 それを見送った友人一同は、昼食を終わらせると各々(おのおの)自分の出来る事へと手を付けて行く。穂乃香は食堂に備え付けの端末から職員室へ回線を繋ぎ、真門祐一の早退を告げた。桐人は自前の端末からWDAへ、魔王の行動を妨げない様に通告を入れる。


「雪ちゃん、聖女さん分ご飯作るの?」

「はい、前にも一度いらした事があるので。その時にお友達になってくれと言われました。碧姉さんも来ます?」

「うん、行く行く。私も聖女さんに会ってみたい」


 天下の聖女様に対して礼儀がなっていないと、一般的な常識を持つと自負している穂乃香は頭を抱えた。隣で「微笑ましいですね」とニコニコしている三条桐人は魔王寄りの考えを持つので、常識云々などは期待できない。

 唸って考え込む穂乃香を見ながら桐人は吹き出した。


「まあまあ、穂野木さん。実際のところ聖女様は気さくなお方です。あんまり堅苦しい態度を取ると嫌われますよ」

「え!? ……そう、なの?」

「おそらく明日には学院にもいらっしゃるでしょうから、その時にでも確認してください」


 明日にはきちんと閣下が連れてくるだろうと当たりをつけた桐人は、穂乃香に聖女様を魔王が紹介してくれるだろうと伝えた。明日の学院は面白くなりそうだと悪戯っぽい笑みを浮かべながら。








 ───── ところ変わって空港。


 当日の朝になって、聖女来日を伝えられた日本政府は緊急に迎え入れる体制を整え、空港に外務大臣を派遣し楽団を揃える等の準備をして専用機の到着を待っていた。

 空港のそこかしこには耳ざといマスコミやファンが詰めかけ、空港利用者よりそちらの人数の方が多い為、もの凄い混雑となっていた。


 やがて中央に御殿を備えた双発の飛行機。色は真っ白が空の彼方に姿を現すと空港全体がワァッ! と歓声を上げた人々によって大きく震える。 

 近付いて来るにつれ双発の飛行機と見えたソレは、二つの首を持つ純白の巨鳥が背に金の御殿を乗せて飛翔している事が分かった。その場の人々がスケールのデカさに沈黙し、一瞬遅れて更に甲高い歓声が上がる。

 優雅に着陸した巨鳥の背、御殿から白いドレスに金の羽衣を纏った聖女が姿を現すと、歓声はなりを潜めその天上の美たりえる聖女に視線が集中する。誰も彼もがうっとりと頬を染めて彼女の容姿と、その神々しい光を放つ神秘性に見惚れていた。


 空港周辺にはテロを警戒して報道関係者のヘリを禁止していたが、空港の管制室では異変が起きていた。子鬼を幾匹か連れた身なりの良い老紳士が何処からとも無く現れ、管制室をジャックしたのである。


「我等が主のご都合により貴方方には不自由をして貰いますぞ」


 老紳士は胸に手を当てて一礼する。

 片眼鏡(モノクル)が光を放つと同時に、室内の人々は焦点を失った胡乱な瞳となり、バタバタと倒れていった。室内を席巻していた小鬼(グレムリン)達は窓をすり抜けたり、壁をすり抜けたりして空港内へ広がって行く。

 マスコミや迎え待ちのファン達の頭上にも小鬼が飛び回り、カメラ等の機器を次々と使用不能にしていった。小鬼だけではなく壁の隅に赤い瞳を爛々と光らせた巨大な黒犬までが沸き、人々はパニックになっていた。

 滑走路の頭上では曇天にわかに掻き曇り、不自然な黒い雲と言うよりは闇が停滞していた。そこから四つに分かたれた闇塊が落下、空中で形を変え竜を模したわだかまる闇獣となって聖女の乗機鳥の四方に着地した。


 外務大臣等歓迎団がうろたえ泡喰って逃げ出す中、光の粒子となって乗機鳥が霧散し聖女の手の中に納まる。光を纏って空中に浮かぶ聖女の背後に闇の中核が舞い降りた。流れる様な突起を左右に四対ずつ展開し、六つの赤い瞳を輝かせた闇より黒い衣を纏った祐一が浮かび上がった。


「あいっ変わらず地味で派手ねー」

「どっちだよ? 仕方無いだろう、魔の力を使おうとすると自然にあちこちから寄ってくるんだ。俺が騒ぎを引き起こしてる訳じゃねえよ」

「この惨状で?」


 眼下を見渡す聖女。

 歓迎団は何時の間にか滑走路に倒れ伏していた。ターミナルには無数の小鬼や最下級の魔物が沸きまくりで、そこに居た人々を恐怖のどん底に突き落としている。望んでやったわけではないが、原因の一端を担っている祐一としては頭の痛い事実であった。

 機材の一角から染み出すように影が二次元から三次元へ、軟体動物が形を得るように人型へ変化して老紳士が姿を現した。


「……やっぱお前か」

「魔王様に置かれましてはご機嫌麗しゅう」


 恭しく一礼した老紳士は祐一と視線を交わす事無く、そのままの姿勢で命令を待つ。


「……分かっていると思うが、後の収拾は任せるぞ」

「御任せください、王の望む通りに怪我人などは出しませんよ。我の名にかけて」


 「どーだか」と呟いた祐一はリシェルを伴って空に舞い上がった。

 高速で遠ざかっていく空港を振り返ったリシェルは、祐一に疑問に思っていた事を聞いた。


「なんなのあの御爺さん、随分高位の魔族みたいだけど?」

「俺が動こうとすると先回りして下地とか、後始末を率先してやってくれるんだよ。魔族内でも特に派閥には属して無くて、ああいったことをすると自分にも利益があるみたいでな。こっちの怪我人を出すなとかの命令は重視してくれるんで重宝してる」

「それ重宝したらヤバくない?」

「……だよなー。もしもの時は俺が滅ぼすさ。責任持って」

「大丈夫かなあ……」





 数時間後、住宅街の一角に喪服のドレスを着込んだリシェルといつもの制服に戻った祐一の姿があった。自分の姿を見下ろして、おかしい所が無いかチェックしていたリシェルは、ひとつ頷くと目前の家の呼び鈴を押した。


「お勤め宜しく」

「えー、着いて来てくれないの?」

「馬鹿、折角葬式が済んでお清めが終わってるのに俺が行ったらまた穢れるだろう。日本はその辺うるせーんだよ、俺は外で結界張ってるぞ。マディにも言われたしな」

「ちぇっ、しょーがないなあ」


 舌打ちしたリシェルの前の玄関口が開いて、喪服に身を包んだ二十代前半の憔悴した女性が姿を現し、リシェルをひと目見て絶句した。


「突然の訪問失礼致します。ここの家人の方でしょうか?」

「は、はい。……あ、いえ、従姉妹ですから、少し違います……。あ、あの、聖女、様が何用で?」


 柔らかい安心させる笑みを持って女性の前で優雅に一礼するリシェル。それを見た祐一は変わり身の早さに憮然とした顔に変わった。


「本日は儚くもこの世界を離れた同胞に挨拶を、そして詳しいご説明をしに参りました。ここには貴女お一人ですか?」

「あ、……父が中に。……同胞? あの子が……?」

「中にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

「は、はいっ! どうぞ。……でもあちらの人は?」


 外でこちらに背を向けていた祐一を見た女性は訝しげな表情になった。


「ああ、あれは心強い(わたくし)のセキュリティです。お気になさらずに」

「は、はあ……」


 学生がセキュリティ? と女性の顔にありありとでる疑問を見た【聖女】はクスリと微笑む。「此の世で最強ですよ」と告げると女性に誘われて、家の中へ姿を消した。

 祐一はソレを見届けると闇を呼び寄せぬように細心の注意を払い、人払いの結界を周辺に張り巡らせる。民家の表札を一瞥すると、雪香にだいたいの帰宅時間を告げる為、携帯を取り出した。


「各務、か……」

  


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