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13話 魔王様の終わりと始まりの日(4

 お待たせしました。


 日本領海ギリギリに広がる魔王領域では、全世界のあちこちから沸いた魔属たちが我先にと集っていた。


 小型のモノから島を超える大型のモノ。

 伝承にて知られるモノから、言い伝えが絶えたモノまで。

 ありとあらゆる魔属が魔王の膝元にへと集っている。


 アスタロトたちはそれらを系統ごとに纏め上げ、各種役割を担うモノたちへと振り分けていく。

 比較的性質が穏やかなモノたちを四天王の配下へ。過剰な破壊活動を得意とするモノたちを戦闘部隊の中核へと。



「ええっとお……。私はこういう人たちを指揮したことなんてないんだけどぉ?」


 碧が自分の周囲に集う魔属たちを見渡して、どう扱ったら良いのか戸惑っていた。


 現在は島の一角に、何処ぞの国から地盤ごと引き抜いて来た城が建っている。

 元の自室からみれば数倍の広さをもつ洋室の御殿が彼女の部屋となっていた。

 彼女の他に部屋の中にいるのは毛並みの美しい黒猫だったり、足元にお座りをしたまま身じろぎをしない真っ黒く朱い瞳の犬だったり、赤い絨毯の上に寝転ぶ真っ白な雪豹だったりだ。


 10数匹の動物たちに囲まれた部屋の中心で、アンティークの椅子に座る碧。肘掛けの上には40センチ程のフクロウが首を傾げていた。


「奥方殿は何も心配せぬでよいのだと思うぞ」

「マダ奥方ジャナイデス」


 魔王の伴侶扱いは外堀どころか内堀まで埋まってしまっているが、これが彼女に出来る精一杯の抵抗である。


 碧の対面で空中に寝転ぶ美女が扇子をひらひらと振ってニヤリと笑った。

 十二単衣と巫女服を足して2で割ったようなゆったりとした服装に身を包んだ美女は、側頭部から三角形の耳が出ている。同じくその腰からは耳や髪と同色の白い尾が9本飛び出していた。


「人間であろうが、魔王様の大切な方となれば我らが命をとして守ることになんの躊躇(ためら)いもない。奥方殿は安心してそこら辺のモノ共を愛でておればよいのじゃ」


 ちょろちょろと足元に集まる大小数匹の猫に乾いた笑いしか出ない碧。

 見た目が猫や犬でも人によっては恐ろしい魔属なのだ。中にはソロモン72柱に連なるモノも混じっているとかなんとか。紹介される時にただの愛玩動物だと言われた方がなんぼかマシであった。

 目の前で空中にたゆたっている美女もそうだ。


「はあ……。でも妲己さんたちにそういったものはちょっと頼みにくいというか……」

「ほう! この我を膝の上で愛でたいと申すか! ではそうですな……」


 妲己と呼ばれた美女は耳をぴーんと立て「いや、そーゆー意味じゃなくてですね……」と狼狽える碧にすすっと近付くと、その身を子ぎつねに変えて碧の腿の上に身を横たえる。「さあ早く」というように9本の尻尾のひとつで手招きするような仕草を取った。


 こういった物語の有名所が、妙に従順な態度を見せるところが碧を困惑させている一因なのだ。祐一が居なければ自分は刺身のツマみたいなものだと感じている碧ではあったが、魔属たちはそんなことは微塵も思っていない。

 純粋に魔王の横に並ぶことのできる四天王の面々に敬意を抱いているだけだ。それは彼らにとって魔王が絶対という証に他ならない。

 おっかなびっくり子ぎつねを撫でる碧にその辺りを理解しろというのは難しいのかもしれない。




 パメラは祐一の騎士として、側からあまり離れるようなことはない。

 先日の宣言通りシーサーペントを手懐けて乗機とし、海上のどこへでもカバーする勤勉ぶりだ。近衛となる部隊は別に編成中である。


 今度は飛行能力を持つ魔属を見繕っているらしく、その種の魔属たちはパメラの視線に戦々恐々としている。今のところは魔王剣の仮所有者として、主だった有力者の魔属たちに面通しが行われていた。

 祐一が魔王城の枝を作る作業の合間に面会しにくる魔属の数は膨大で、とても覚えきれるものではない。時間が経つにつれ、困惑する表情になるパメラを見ていた祐一は苦笑いだ。


 ミコトも四六時中祐一にくっ付いている。

 実は初日の頃は碧の側に控えていたのだが、彼女の部屋に自分より可愛らしい犬猫(全て魔属である)が増えまくったために、すごすごと退散してきたのだ。

 ショボくれたミコトから理由を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔になった祐一の反応に、周囲に控えていた魔属たちが大層びびっていたのは余談である。


 桐人はどちらかというと魔王に助言を与えるような立場だが、これといって仕事が有るわけでもなかった。配下に加えられる魔属もほぼ警護の役割を持つモノたちばかりである。


 しかし各地から集まる魔属に混じって称号者や人までもが領内に集い始め、それらに対する面接官のようなことをするハメになった。

 桐人は戦闘力が皆無なので、不採用を理由に逆上して襲われるかもしれない事態に備え、部下以外に警護兼面接人が付けられた。これはアスタロトの指示である。

 そうしてやって来たのは黒いスーツを着た少年執事だった。


「こんにちは。本日は宜しくお願い致します」

「……ッ!?!?」


 現れた少年執事を見て、桐人は目を見張った。

 ぶっちゃけると彼は魔王の側に仕えるのが一般的だと思われる人材(魔属材)に他ならない。


「どうかなさいましたか?」

「何故にこのような役目に貴方が出て来るのですか……?」

「如いて言うのならば、祐一様に貴方のことを頼まれたからですね」

「閣下……」


 じーんと感動に打ち振るえる桐人。

 今まで四天王と主張していたのは桐人だけで、ことここに至って初めて役職に見合うだけの扱いをされたことに、嬉しさを噛み締めていた。そんな桐人を少年執事はほんわかとした笑顔で眺めている。


「あ、と。失礼しました。では早速参りましょう。よろしいですか、ルシファー様?」

「ええ。とりあえず場としてはこちらを」


 と、提供された面接会場はなぜか空母の飛行甲板。

 桐人と少年執事ことルシファーは事務机のパイプ椅子に座る。対面に魔王軍加入希望者を2人ずつ面談するといったやり方である。

 その2人の背後に控えるのが大小様々な凶悪な姿の護衛の魔属。更には竜やクラーケンなどもスタンバっていた。


 最初はこの布陣に首を傾げた桐人だったが、始めてみると理由がはっきりした。

 なんと一般加入希望者のおよそ8割が魔王狂信者だったのである。それも生け贄という名の貢ぎ物のためなら、躊躇なく赤子を手に掛ける類いの。

 そんなことは最も祐一が忌避することである。

 魔王を信奉する配下の魔属たち全てにも受け入れられぬことだ。

 自己紹介を始めた途端にルシファーの琴線にも触れたらしく、無言で額に青筋を浮かべていた。スナップひとつで甲板上から海に転落し、クラーケンやシーサーペントによって次々と海の底に沈められていく。喰い散らかす価値もないという態度らしい。


 称号者も数人混じっていたが、戦闘狂などの極端な者は居なかった。精々、人間世界では有象無象として埋もれてしまうので、魔王軍なら役割が確立出来るだとかの理由でやって来た者や、ご先祖が魔王に仕えていたとかいう理由だった。

 中にはパメラの祖父まで混じっていて、桐人は呆れ、ルシファーは苦笑していた。


 あとは一般、称号者共に家族や知人が魔王信奉者として裁かれたという理由を持つ復讐者だったりだ。彼らについては暴走しないことを条件に、前線に近い所へ配置して監視をつけるということで合意させておく。

 そうして数時間に渡る面接が終わる頃には、空がオレンジ色に染まっていた。


「やれやれ。人数はそうでもないのに、色々と一苦労でしたね」

「ええ、お疲れ様です。人間はしがらみに縛られていて大変ですね。我々も似たようなものですが、あそこまで複雑怪奇にはなりません」


 背骨を鳴らしつつ伸びをする桐人に、自嘲するような笑みを浮かべるルシファー。それが少し気になった桐人は思っていた疑問をぶつけてみた。


「少しよろしいでしょうか?」

「ええ。大体何を聞きたいかは分かりますよ。どうぞ」


 バレバレだったらしい。容姿がそうでも高位魔属の名を持つモノは伊達ではないということか。


「何故、魔属たち(あなた方)は人間の【魔王】に付き従うのですか? 貴方が魔王として立っても誰も文句は言わないと思うのですが」

「確かに、そう思う人間は多いでしょうね」


 桐人の言葉に初めて魔属らしい邪悪な笑みを浮かべたルシファーは頷いた。


「如いて言うのならば、それが我々の宿命だからですよ。自由を得るためには魔王陛下の下に集うしかないのです。これも各々の意志によりけりでしょうが」

「自由? 普段は自由ではないというのですか?」

「例を上げますとティンダロスの猟犬、というモノがおります。彼のモノに関しての物語はご存知ですよね」


 桐人は頷く。ティンダロスの猟犬を簡潔に説明すると、何処までも獲物を追い詰める狩猟犬のような魔属である。犬と言われるが、実際はちょっと違う。


「彼のモノは奥方様の所におります。借りてきた猫のように大人しいですよ。今は」

「どなたかが『そうあれ』と命令したのでは?」

「いいえ、違います。彼のモノの意思で、そうあるのですよ。誰も彼のモノに命令を下そうなんてしません。それは命令を下す側も同じことです。何モノにも縛られぬ自由を手に入れているからですよ。我々もそれは変わりませんが」


 言い終えてから少し思案したルシファーは「我々は大公としての役目を盲目的に果たそうとしてしまいますから、当てはまらないかもしれませんね」と苦笑気味に零していた。


「はあ……。成る程。理解しました。つまりは閣下の下に集えば貴方方はルシファーではあるが、人間が【ルシファー】に求める全てのイメージや伝承やこうあるべきだという概要から解放されるというのですね」

「ええ」


 にこやかに頷くルシファーに、桐人は額にしわを寄せて考え込んでいた。今まで慎重に対応してきたことが逆に相手の迷惑になっていた可能性があるのだ。申し訳なく思うのも仕方がない。


 と、そこへ1体のインプが舞い降りて来た。

 余程急いでいたのか着地というよりは墜落である。

 ベチャッと甲板上に激突し、目を回しながらふらふらと体を起こす。目を丸くする桐人と違い、ルシファーはインプの首根っこを摘まんで持ち上げた。インプはルシファーの顔を直視するなり彫像のように固まってしまう。


「どうしたのですか?」

「マ、ママママッ!? マオウジョウサマガッ!! オツオツオッ、オツキニッ!?」

「そうですか。分かりました」


 緊張でしどろもどろになるインプの片言の発言に、早々の理解を示したルシファーは彼をポイと放り投げて桐人に向き直る。


「もう直ぐ魔王城がやって来るそうですよ、三条殿」


 2対の翼を広げたルシファーが合図を出すと、それまで大人しく背後に佇んでいた竜が頭を下げて来る。どうやら首元に乗れということらしい。


 桐人が乗った竜とルシファーが空に舞い上がると、甲板上に群がっていた魔属たちも移動を開始した。

 目指すは放射状に枝が広がる中央に位置する小さな島である。


 以前は岩山に低灌木くらいしか無かった殺風景な島は、海岸線にはマングローブが、内陸部にはシダやクヌギやコナラが生い茂る緑豊かな場所となっている。


 島の周辺海域には、巨大な浮き植物を地盤とする小島が多数増えていて、ミニチュア群島といった有り様だ。最小の島でもドーム球場くらいあり、それが増え続けている。

 中にはソーラーパネルを備え付けてある島があったり、小さな庭を備えた一軒家が建っていたり、巨大なパラボラアンテナが鎮座していたりだ。

 他にも公園やら植林やらを試んでいる魔属がいたりして、住み心地を改善することに力を尽くしていることが窺える。普通の一般市民が見たら、目を疑う光景なのは間違いない。



 中央の島より1キロメートルくらい離れた枝の上に足場用の魔法陣を張って、祐一は立っていた。

 その足元にはお座りをしたミコトも居る。


 最初は祐一も学院指定の夏服を着ていたのだが、大公の1部から「魔王に相応しくない」との苦情が上がった。なので服飾系デザイナーを生業にしていた魔属が仕立てた軍服のような黒い上着を羽織り、裏地が赤い黒いマントも装備している。


 そんな姿で飛び回っていた魔王を見た他の魔属も、我も我もと全身一式を贈ってきた。

 今の祐一はまさしく魔王そのもので、上から下まで漆黒の衣装を纏っている。ただし見栄えを重視したために、機能性等は考えられていなかった。

 言うまでもなくここは沖縄より赤道に近く、雲一つない快晴である。黒い衣装は地獄の暑さをもたらす。

 ミコトの精霊魔法と自身の魔法により、祐一は辛うじて暑さを凌いでいるというところだ。次は絶対、耐熱魔法を仕込んだ物を頼もうと心に誓う祐一であった。


「お待たせ致しました」

「おー」


 夕焼けに染まりかけている遠方を見ながら考え込んでいる風の祐一は、桐人に空返事だ。そこへ妲己にお姫様抱っこをされた碧も到着したことで、祐一は2人へ向き直る。


「どうしたの、ゆーちゃん?」

「いや、どうも魔王城(ヤツ)が爆走しているという報告があってさあ。もの凄い速さでこっちへ向かって来てるらしい。なのでこの場からは一旦退避してくれ。ルシファー頼む」

「お任せを」


 恭しく一礼したルシファーが新たな足場として魔法陣を展開し、皆でそちらへ乗り移る。

 唯一、馬程もあるフクロウに乗っていたパメラが祐一に「私が迎撃しましょうか?」と問い掛けた。


「敵じゃないっつーの。ほら巻き込まれる前に離れていろ」

「はっ!」


 パメラが指示をだすより早く、フクロウが翼を畳んで急降下した。

 別にパメラ振り落とすためではなく、緊急回避のためだ。その証拠に一瞬の差でフクロウのいた所を通過して白い大木のような物が伸びて行った。

 周辺に集まっていた飛行型の魔属たちも大慌てで離れて行く。水平線の彼方から同じ物が大量に飛んで来るのが見えたからだ。


 大木に見えるが1本1本が巨大な蜘蛛の糸である。

 太さは大人が10人くらい手を繋いでやっと囲める程だ。それが海上のあちこちに乱立している枝目掛けて幾つも飛んでくる。


 そして海上に幾筋も曳かれた集中線の向こうに黒い点が見えた。

 (まばた)きの間に点から丸になり、丸から多数の脚が分かるくらいの碁石のようになり。蜘蛛らしい形がはっきりと分かって来た。


 その頃になると見ている魔属たちは頬を引きつらせ、更にその場から距離を取り始めた。

 段々と拡大していく魔王城の速度が尋常でないと気付いたからだ。


 誰だって魔王城に轢かれて消滅するなんて無様な終わりを迎えたくない。


 声無き声を上げて走り寄って来る蜘蛛に、誰もが垂れた犬耳とブンブンと振り回される尻尾を幻想した。しかしその巨体は目覚めた時より倍に成長し、駆け寄って来る速度も時速200キロ近い。


 孤立無援の空間に1人佇むことになった祐一は、口をへの字に結んで魔力を放出する。

 途端に集まって来た闇を物質化して幾つもの巨大なアームを作り出した。これで受け止めてやろうと腹をくくったところに魔王城が突っ込んだ。


 「お会いしとうございましたー!!」と涙ながらにご対面する感動の場面だろうと思われるが、暴走列車が駅に突っ込んだような感じである。


 あっという間に四天王の視界より魔王と魔王城が消え失せ、巨体より生み出された風圧が近くの者を襲う。

 四天王の皆はルシファーが守ったが、それ以外の魔属たちは四方八方に弾き飛ばされ、海へ落ちて行った。


 魔王城を受け止めた祐一は、島の上を通り過ぎ、数本の枝をへし折り、最南端の枝をも超えて先の海面へ着水したところでようやく止まった。

 停止するのに掛かった距離、実に10キロメートル弱という有り様だ。


 祐一は「びー」とむせび泣いてるように見える蜘蛛の巨体を、有り余る魔力を使って枝に張られた糸の上に戻してやる。戦車を軽く掴めそうなアームで頭を撫でてやりながら、皆のところへ戻った。


「ゆ、ゆーちゃん怪我してないっ!? 怪我っ!?」

「この程度じゃかすり傷にもならねえって」


 半泣きになりながら、飛び込んで来た碧を胸で受け止める。

 桐人やアスタロトはニヤニヤ笑いを顔に貼り付けながらそれを眺めていた。

 真っ赤になった碧が動きを止め、祐一が睨むことで周囲の視線はあさっての方向へ。その後、1人ずつ魔王城と挨拶を交わす。


 言葉を話せない魔王城は、クリクリっとした複眼の色を微妙に変えることでそれぞれに応えた。全員と挨拶を終えた後は巣作りを行う魔王城。直径数10キロメートルにも及ぶ蜘蛛の巣をテキパキと作っていく。


 祐一は大公たちと空中で会議。

 四天王は空中の足場に集まって、眼下の魔王城を見ながら雑談である。


「あれだけ大きいと食事代とかどーするんだろうね?」

「人間のような食事は必要ないと思いますよ。実際ここに来るまで欠損部分を回復させるために人の魂を食べていたらしいですし」

「魂ぃっ!?」


 驚く碧に「教えたらマズかったか」と渋い顔になる桐人。

 パメラやミコトからも非難の視線が突き刺さる。しかし碧は自身を納得させるように大きく頷くと「魔属になるんだもん! 慣れなきゃ」とガッツポーズを取って自分に喝を入れていた。


「碧、さん。無理はしない方が……」

「大丈夫、大丈夫だよパメラちゃん。心配してくれてありがとう」

「何かあったら相談してください。剣しか出来ない身ですけど精一杯力になります」

「うん。その時はよろしくね」


 心配そうなパメラの視線に満面の笑みを返した碧は「さしあたっては魔王城ちゃんに、魂より美味しいものがあるって教えなきゃ」と意気込み、他の者をずっこけさせた。


『魔王城ちゃん……』

「ちゃん呼びですか……」


 前足を口に添えて笑いを堪えるミコトと、楽しそうに呆れる桐人。パメラは蜘蛛を見て、しきりに首を傾げている。


「普通の食べ物を食べるようには思えないのですが……」

「閣下からの魔力供給だけで、充分だという話ですが。ふむ、だからといって食べられないことは無いでしょうね」


 報告では人間を捕食していたというので、口の機能は有していると思われる。

 何より現在殺風景な魔属領。

 これから長く居座るのなら最初にとんでもないイベントの1つや2つあった方がいいだろうと、桐人は考えた。祐一もいきなり魔王として人間を殺戮しに行こうとは言い出さないだろう。


「検討してみる価値はありますね」

「『えっ!?』」

「やった! ありがとうね。桐人くん」


 四天王参謀としてダメ出しするかと思われた桐人が賛成したために、パメラとミコトが目を丸くする。が、すぐに割り切って喜ぶ碧とハイタッチを交わす。四天王が分断していても良いことはないと悟ったからだ。


「楽しそうだな。何の相談だ?」

「ゆーちゃん」

「閣下」


 会議が終わったのか祐一が上空から降りてきて輪に加わる。


「今、魔王城ちゃんにね」

「魔王城、ちゃん?」


 祐一もその呼称に呆れるが、「碧姉だからなあ」とあっさり諦めた。


「碧さんが素晴らしい企画を立案してくれたので、私が形にしようかと思います」

「企画ぅ?」

「あ、ゆーちゃんなにその反応? 文句あるの」


 祐一から疑いの眼差しを受けて、ぷくーと膨れる碧。とりなすように間に入った桐人は「私に任せて下さい」と囁いた。


「ま、何にせよその辺は任せた」

「おや、内容を聞かずに了承して宜しいのですか? 閣下に不利なことかもしれませんよ」

「今、そっちに気を配ってるどころじゃなくてなあ……。ああ、悪いことじゃなくて。魔王城が巣を作り終えたら、ひとつ演説でもしてくれって頼まれた。うーん……」


 首を捻って考え込んむ祐一に「心中お察しします」と申し訳なさそうな顔で頭を下げるパメラ。

 碧は微笑みながら「頑張ってね」と肩を叩き、ミコトは『犬に頼らないでください』と首を振る。

 桐人は助けを求める祐一の視線に「ご自分で考えないと意味がありませんよ」と突き放した。


「うええっ……。スピーチとか苦手なんだよなあ、うーん」


 困った顔で腕組みをする祐一に四天王の面々から笑いがこぼれる。


「人事だと思ってーっ!」

「魔王ごと、魔王ごと」

「魔王様の最初のお仕事に水を差してはいけませんし」

『そばについててあげますから』

「頑張りましょう閣下」

「味方がいねえっ!?」


 魔王城が巣を張り終えたのは、一晩経過して翌日のお昼頃であった。

 途中で枝が足りなくなり、祐一が何十本も追加することにはなったが、ようやく完成した。直径は実に30キロメートル強という、当初の予想を超えた巨大なものであった。


 魔属たちが密集し、魔王城の周囲をぐるりと取り囲む。

 魔王城の目の高さ程度を保ちながら、大公たちが魔王城を囲んでいる。魔王城の頭上には4方を向いて四天王が立つ。


 正面に魔王剣を掲げたパメラ。

 右側に赤い炎を纏ったミコト。

 左側に巫女服姿の碧。

 後方に目を隠すようなローブを着込んだ桐人。


 四天王の中央に位置する場所の上に魔王、真門祐一が浮遊していた。


 だがその祐一はというと、未だに「あー」とか「ええと、だな」と考え込んでいる。大公たちからはその様子に、クスリと忍び笑いを漏らすモノもいて、一瞬で(おごそ)かな儀式のような雰囲気が台無しになる。


 周囲を取り囲む魔属たちからも噴き出すモノが出る始末。

 だが、その笑いはどれも楽しそうで侮蔑するような様子はない。やがてどこからか「魔王様っ!」という叫び声が上がった。


 呼応するようにあちこちから魔王コールが立ち上がる。

 言葉を発っせないモノは咆哮し、発声器官がないモノは触腕なり触覚なり前足なりを振り上げて合わせる。ゴウゴウゴウと大気が唸りを上げ、ザンザンザンと大海が軋む。


『『『『『魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王! 魔王!』』』』』


 数万の魔属たちがそのような行動をすれば、放出された魔力が影響を及ぼして海は荒れ狂い、空には黒雲が湧いて稲光が天地を穿つ。

 実に魔王的なシチュエーションである。祐一が望むべきものとは正反対だ。

 本当は晴天の下で演説をやりたかったのだが、称号のせいでそれも叶わぬ夢らしい。


 天を仰いでため息を吐いた祐一は心機一転、眼下に群がる魔属たちをも上回る魔力を放出し、魔王コールを中断させた。

 幾らかざわついてはいるが、魔属たちは一様に畏怖や羨望の眼差しで祐一を見上げている。この辺りは未だに力の強弱で上下関係が決まる分、言うことを利かせ易い。


「いいか貴様らっ!」


 魔法も使って周辺海域全体に声が届くように調整する。

 近くを航行する巡視船や漁船には聞こえてしまうかもしれないが、そこは構わない。やろうと思えば全世界、全人類に届かせることも可能ではあるが、こっぱずかしいので選択肢には入ってない。


「私が魔王として立ったからと言って、今すぐにでも人間をぶっ殺しに行こうと企む奴もいるだろう!」


 その言葉で好戦的な魔属たちが早くも臨戦態勢をとるが、祐一はそれに構わず続行する。


「だがそんなことにかまけてていいのか? 折角伝説やら物語り等のお前たちを縛るモノは無くなったんだ! もっと自由に振る舞える場が欲しくないか!」


 わんわんと響き渡る声に同調し、声なき意志がそこかしこから噴き上がる。自由を得た魔属たちが上げる歓喜の声であった。


「此処だ! 此処に作るぞ! 魔属の国を! お前たちを縛るモノなど無いと何者にも示してやれ! お前たちを阻むモノなど何も無いと全てに知らしめてやれ!」


 魔王の言葉に同調し、あちこちから闇が噴き上がって行く。闇は幾重にも重なり結び付き、天を掴もうとする巨大な手となって、魔王城の上空にそびえ立つ。

 あまりにも巨大になりすぎて、沖縄本島からもはっきりと確認出来き、大パニックになっていた。


「往くぞモノ共っ! 今日此処に! 我等がこの星の強者だと示してやれ! 支配せよ! 全てに於いて君臨せよ! 先代の成し得なかった悲願を、我々が手に入れるのだっ!!!!」


 祐一にしてみれば、勢いに任せた無茶苦茶な宣誓であったが、魔属たちのボルテージは上限を突き抜けた。背後にそびえた腕は空中に固定され、今後は魔属領のシンボルとなっていく。


 絨毯のように広がった魔属たちから再開された魔王コールは、途切れることなく鳴り響き、1昼夜ぶっ通しで続くこととなる。



「自分でも何言ってんだか途中から訳分からん……」

「まあ、焚き付けるという点では無難なところではないでしょうか」

「ゆーちゃん、かっこ良かったよー!」

『先ずは何をすればいいんですか?』

「これは色々とやることが山積みで、面白くなりそうですね」


 何にせよ、真門祐一の魔王ライフは順風満帆とはいかないまでも、無難なスタートから始まったのである。



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