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11話 魔王様の終わりと始まりの日(2


 ――魔王城動く。


 この報道はたった数時間で世界中を震撼させた。

 様々な各方面に動揺と混乱をもたらし、関係者一同を驚愕させた。


 いきなり称号者の出入国を禁止する国や自治体。

 唐突に辞任を表明したり、行方不明となる国家元首や大企業のCEO。

 戒厳令を下し、通信手段を断って閉じこもる国。

 ある者は家財道具を纏めて逃げ出す。


 この日を境に核シェルターの売り上げが急速に伸びたというニュースも。

 各国が衛星を使って大気圏外から魔王城の動向を監視しようとしたため、中国大陸上空は衛星の大渋滞に陥った。


 だが衛星は魔王城を捉えるより先にグレムリンの大群に襲われて、次々に落とされていった。

 衛星が地表に原型を留めたまま落下する惨事に、責任の追及で各国議会は紛糾する。


 南ヨーロッパや中国大陸西部で大量の火の玉が確認され、かなりの都市に被害を出す結果となった。


 WDAでも世界中から予備騎士を召集して事態に備えるかに見えたが、聖女は静観の姿勢を崩さず周囲には戸惑いが広がっている状況だ。




「やれやれ。世界中大騒ぎですね」


 数10カ国分のニュースや議会中継などがいっぺんに表示される多目的大画面を前に、魔王四天王の一角“三条桐人(さんじょうきりひと)”は肩を竦めてみせた。


 そんな言葉すら届いていないのか、彼の崇める対象である魔王“真門祐一(まかどゆういち)”はというと、周囲を見渡してポカーンと口を開けている。

 隣の魔王の巫女“望美碧(のぞみみどり)”も似たようなもので、2人並んだ姿は餌を待つ鳥の雛のようだ。唯一パメラだけが見えている物に首を傾げていて、馴染みの無いものなんだろうなあと呆れるしかない反応だ。


「なんだ、これ……?」

「おや、甲板に着陸して入り口から入って来たではありませんか」

「そんなことを聞いてるんじゃねーんだっつーの」


 魔王御一行が祐一の呼び出した闇に乗り、住み慣れた街を離れること1時間。

 アスタロトの先導に従い辿り着いたのは、何かと領土問題で槍玉に上げられる1つの島。その近海に集結していた50隻はあろうかという船舶群。


 見慣れぬ戦艦や巡洋艦などが密集している中、大型空母の甲板に着陸した魔王御一行は、待機していたスタッフに中へ案内された。それがここである。


 なんでも本来空母として艦載機を多数格納して運用する機能をオミットし、戦略的司令室に改造してしまったらしい。


 前述した巨大なウィンドウは室内の壁面の60%を占める。

 離れた10箇所と回線を繋ぎ、同時に会議が可能な円形のテーブルとか。30人以上が並ぶオペレーター席だとか。特撮やSF映画などで見る秘密基地のような設備が整えられていた。


 極めつけはここを案内してくれたスタッフである。

 祐一たちが唖然とする中、満足そうに頷くと「政策にねじ込んで造った甲斐がありましたわ」と楽しそうだ。

 落ち着いたベージュ色のスーツ姿の白人で、柔和な笑みを浮かべた妙齢の女性である。つい先程、画面の1つで議会へ辞表を提出したばかりのR国の女性大統領だ。


 気のいいおばちゃんのような彼女はニコニコとしたまま、背中から生えた巨大な黒い翼に包まれる。

 次に翼が開いた時には容姿を一変させていた。豊満な肢体を赤いスーツで包んだ出来る秘書のような妖艶な美女が現れたのだ。

 その側頭部からは太い捻くれた角が生えている。

 初見だが纏う魔力から祐一は彼女の正体に心当たりがあった。


「アスモデウスか」

「然り。2代目様に於かれましては御機嫌麗しゅう」


 恭しく一礼すると、その背後でオペレーター席に座っていた他のスタッフが次々と正体を顕わにする。角があったり、羽根があったり、異形だったり、不定形だったりだ。


「なる程。魔属だから人の欲に沿った政策を組み立てていたのですね。長期間あれだけの支持率を獲得していた理由に合点がいきました」

「ええ。少し突っつけば人の欲が何に向いてるか解りますから、それに沿いつつ少数派の意見も混ぜて。後はなあなあで済みますもの」


 手をポンと叩いて桐人がウンウンと頷けば、アスモデウスが絡繰りを簡単に解説する。

 勿論それだけではなく、精神を操れば反対意見を封殺するなど容易(たやす)いことだ。そうして長年に渡り国を支配し、金を集め、機材を揃えながら魔属たちは人に紛れ込んで潜伏していたのである。


 他にも世界長者番付で上位を独占する元CEOやら不動産王やらに扮していた者も続々と姿を現す。

 数分で魔王の自由に出来る資金は、数国分の国家予算並みに膨れ上がった。


 全世界で1日に動く金の数%に匹敵する、と聞いても祐一には実感の湧かない話だ。しかし、その手の専門家が聞けば泡を噴いてひっくり返るレベルである。


「ゆうちゃんお金持ちになったねー。あ、でも四天王になったし、これからは私も魔王様って呼んだ方がいいのかなあ?」


 横でクエスチョンマークを浮かべていた碧がのん気な感想と、今後の態度について首を傾げる。祐一には今更な話なので「別にいいよ」と返そうとした、が、それを遮った桐人が爆弾を落とす。


「一応巫女という立ち位置ですが、どちらかというと碧さんはお妃候補なのでは?」

「え、……えええっ!?」

「ブッ!?」


 一瞬にして両者共真っ赤になり、見合わせていた顔をバッと背けて互いに距離をとる。今までなんとなく、敢えて触れないようにしていた話題であった。


 地元を離れるに当たって、望美家より嫁にやる的な形で送り出されたことが、此処に来て現実味を帯びてくる。恋愛相談占いをやっていた桐人にとってはそんな両者の態度はもどかしく、丁度いいのでお節介ついでに切り込んでみた。


 これには傍に控えていたアスモデウスも苦笑し、感慨深そうに呟く。


「魔属の身で結婚式が拝めることになろうとは……。気分が高揚致しますねえ」

「「もうそこまで決定なの!?」」


 近くの部下に声を掛けて式場のパンフレットを取り寄せるように指示するアスモデウス。

 そこにアドバイスとばかりに割り込み、『海の見える崖っぷちの小さな教会』だとかの入れ知恵を加えていく桐人である。合否よりも確定されたように突き進む企画に肩を落とす祐一。


「じゃ、じゃあパメラちゃんも四天王で女性だからお妃候補に入るよね!」

「ひえっ!?」


 碧は一瞬で切り替えると、我関せずといった態度でそっぽを向いていたパメラに狙いを定めた。

 まさか巻き込まれるとは思っていなかったのか、変な声をだしてしまったパメラは妖しい光を含んだ瞳の碧にだらだらと冷や汗が止まらない。


「い、いえ、碧、さん? わ、私は魔王様に仕える騎士、ですから、そのような(まつりごと)とは無縁……」


 しどろもどろになって言い訳をするパメラは、逃がさないとばかりにぴったりと引っ付く碧に戦慄を隠せない。助けを求めて視線を周囲へ走らせるが、祐一は拳を握って何かの決意を固めていた。


 目が合うと「これも魔王に付加する天命みたいなものだから」とでも言うように重々しく頷かれた。

 アスモデウスと桐人はオペレーターに渡されたタブレット(結婚式の資料)を挟んで話が弾んでいるようだ。


 だいたいこの魔王陣営に(人間の)男性は祐一か桐人しか居らず、四天王という立場上パメラの行き着く先は1つしかない。周囲の魔属たちからも期待度MAXな視線が集中し、冷や汗が滝にでもなったかのような緊張感(プレッシャー)が最高潮に達したパメラは「ひやああああっっ!!!!」という悲鳴を上げて司令室を飛び出してしまう。


「あー」


 びっくりして見送った祐一から非難の視線を浴びて、碧は肩を竦めて縮こまる。

 ほんの少し前は顔を合わせるのがとんでもなく恥ずかしかったが、間を置けばそれも薄れるようだ。それは祐一も同じ思いで、とりあえずはと問題を後回しにする。


 魔力を感じてそちらに目を向ければ、床に開いた魔法陣からアスタロトが姿を現すところだった。


「ご歓談中のところ、失礼します」

「いや、うーん。そう歓談って訳でもないかもしない……。で、何かあったか?」


 アスタロトとその眷属は周辺の偵察や警備を受け持っている筈だ。

 騎士の称号持ちが大挙して攻めて来たなどでも無い限り、アスタロト陣営だけで対処が可能である。報告に訪れる事態でも起こったのかと身構える祐一だったが、内容は別の事だった。


「ベルゼブブの奴が合流致しましたので、警戒網の外側から此方を監視している者共の排除に当たらせました。魔王様にはそろそろ台座の方に着手していただければと」

「……だいざ?」

「はい。台座です。支柱でもいいのですが」

「何の台座だ?」

「ああ、そこからでしたか」


 首を捻る祐一に苦笑したアスタロトは詳しく説明を述べた。

 台座を必要とするのは、現在大陸を此方へ向かって移動している魔王城の為である。


 通過点にある街や村から、魂を補給しつつ失った部位を回復しているため、まだしばらくは掛かるそうだ。

 腹の上にある砦はリフォームなどの職に手を染めていた魔属たちによって改修が進んでいるとのこと。

 魔王城も蜘蛛の魔獣であるために水中を自在に動ける訳ではないらしい。

 その為に島の周辺海域に糸を張り巡らせる支柱や台座となりえる人工物が必要というのだ。


「そうか。巣を作れるような枝が無いから支柱か。どこから調達したもんかな……」

「周辺の島々から削り出したり、宇宙から落としたりですな」


 蜘蛛がかなり大型なので、支柱に成りうる物体も相当な大きさになるだろう。

 そんなものを宇宙から呼び込めば、地形が変わる以前に余波だけで恐竜滅亡のような大災害に発展しかねない。

 地球を滅亡させないために魔王として立ったのに、滅亡の引き金を引くようでは本末転倒だ。


「しゃあない。魔結晶で作ってしまうしかないな」

「魔王様はもう少し尊大に振る舞ってもいいものなのですが……。こればかりは性格が出るといいましょうか。いえ、どうぞ魔王様の御心のままに」


 アスタロトと協議し、色々模索した挙げ句魔力精製することにした。

 魔力を高密度に圧縮すると魔結晶と呼ばれる水晶が精製される。これは秋津宮(あきつのみや)などで使われる魔導機関の動力源として高値で取り引きされるものだ。

 それなりの所であれば、数人の魔力を結集させて作り出す製造機があり、バイト感覚で収入を得ることが可能である。それでも数人掛かりで有名メーカーの消しゴムと同サイズの物を作り出すのが関の山だ。

 そんな物を個人で、数百メートルサイズの物を作り出してしまえるのが魔王の魔王たる所以(ゆえん)である。


「全力を出すなんて何年ぶりのことかなあ」


 腕を回しながら甲板へ出ると端の方にパメラが頭を抱えてしゃがみ込んでいるのを見つけた。

 甲板上で観測機器を設置していた数人の魔属がそちらを気にしていたが、祐一の姿に慌てて居住まいを正す。


「パメラ!」

「え? あ、はい! ……閣下!?」


 呼び掛けると条件反射のように立ち上がって姿勢を整え、祐一だと分かると赤面して凍りついた。


「これから面倒な作業をするんで、無防備になる。しばらく直衛に付いてくれ」

「あ、はい!」


 敢えて気にしないようにして頼めば、素直に頷いてくれた。


「さーてと」


 祐一は「ふー」と肩の力を抜き、リラックスしながら両手を天に掲げて魔力放出を開始する。


 彼の頭上にぽつんと紫色の豆粒が浮かび、次の瞬間にはそれが直径10メートルを越える球体となり、(まばた)きの間に全長500メートルを越える円柱形となった。


「あ。この辺って水深どれくらいあるんだろ?」


 祐一は頭上に円柱を浮かべたまま甲板端まで移動し、海へ「おい!」と呼び掛けた。少しの時間を置いて水面にドデカい泡がゴボゴポと波立つ。

 やがて海面から大瀑布が立ち昇り、クラーケン2匹とシーサーペント1匹が姿を現した。

 当然大瀑布は大波となって周辺海域に漂う艦隊群へ襲いかかる。


 祐一たちのいる空母も例外ではなく、外部スピーカーから『総員対ショック防御!』というアナウンスが言い終わる前に酷い横揺れが艦を掻き回す。悲鳴と怒号が艦内を飛び交った。



『もおおおっ! ゆーちゃん危ないでしょおおおっ!!』

「すまん! ごめんなさい! 許して!」


 珍しく怒った魔王の巫女()に叱られ、スピーカーに向かってペコペコと頭を下げる魔王(祐一)。という威厳もへったくれもない一幕があったが、誰もそれに異を唱える事はなかった。


 祐一が魔王と判明し、おはようからおやすみまで彼をストー……、見守ってた魔属たちが幼馴染みに頭が上がらない姿くらいで、忠誠心は揺らがない。

 パメラに至っては「成る程、私もあれくらいの肝の太さがなければならないのか」と変な納得の仕方をしていた。


 空母の近くだと余波がどこに及ぶか分からないという反省から、祐一は島より5キロメートル程離れた海域へ移動した。


 パメラは付いていくと主張したのでシーサーペントの頭の上だ。

 祐一の命によりそうなったが、今後も乗るのであれば説得という名の肉体言語を行使しろとのことだ。パメラはそれに乗り気になってしまい、直衛だというのにシーサーペントの頭上で一心不乱に魔王剣を振り回していた。


「ふっ! ふっふっ!」


 轟々と風切り音を伴う素振りに、ちょっぴりシーサーペントが冷や汗を垂らしているようにも見えなくもない。



「ふむふむ。500メートルくらいは水面に出るようにすれば大丈夫だろう。問題があれば魔力を込め直せば良いわけだしな」


 祐一はクラーケンたちに水深を尋ねながら、島を中心とした半径5キロメートルの円状に魔結晶の柱を設置していった。



 尚、魔王が全力を行使した為に大量の澱み闇が発生し、海面から生えた柱が黒い綿アメのようになっていたのは全くの余談である。



 クラーケンも水揚げされたら1杯、2杯と数えるのだろうか、という疑問。

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