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10話 魔王様の終わりと始まりの日(1

サイカイッ!


 欧州を南下し、ブルガリアとトルコの国境近辺にそれはある。


 かつての魔王vs勇者&聖女の混成軍との戦闘跡地である。

 人類側からの参戦者は1000人とも2000人とも言われるが、当時の詳しい記録はほとんど残されていない。


 この戦いで勇者は魔王と相討ちになったとも、倒しはしたがその時の傷が元で数日後に亡くなったとも伝えられている。

 聖女は魔王城と魔王の剣を封印したのちに姿を消したと伝えられていた。

 どちらにしても、生き残った者の血脈に代々口伝として伝えられていただけなので、真偽の程は不明である。


 さてその戦場跡地であるが、大体20キロメートル四方の範囲に赤茶けた大地が広がっている。

 雑草の1本も生えず、小動物も見掛けず、羽虫1匹すら寄り付かない不毛の大地だ。


 何度かWDAが調査団を派遣したのだが、地質学に(たずさ)わる博士たちは声を揃えて「大地が死んでいる」と言ったという。


 そんな不毛の大地となったその場所の中心部、緩い丘の上にひとつの建造物が建っている。

 いや、傾いた状態で埋まっているというのが正しい。


 その建造物というのが巨大な砦である。

 上空から見下ろせば、小さいながらも中庭があるのが確認でき、幾つかの塔も健在で、頑丈な外壁でぐるりと周囲を覆われているのも見てとれるだろう。

 砦というよりは要塞と言った方が正しいのかもしれない。


 この傾いた状態で埋まった要塞が、かつて魔王城と呼ばれた建物である。

 勇者や聖女の力をもってしても破壊することが出来なかった魔王城。魔王になった人間が設計に(たずさ)わったとも言われ、魔術的な観点からも【術士】の称号者たちに注目されたこともあった。

 だが魔王城を大地に縫い止めている先代聖女の結界に阻まれ、誰も近付くことは出来ない。


 もし何らかの衝撃により結界を解除してしまったとなれば、死罪では生ぬるい末路になるのは目に見えている。

 なのでこの場所は長い間許可なき者の侵入を阻んでいた。



 ――いたのだが……。

 現代において魔王城周辺は、祭会場そのものの様相を呈していた。

 食べ物や土産物の露店が数多く立ち並び、大量に立てられた柱から方々に電飾のラインが延びまくり、特設ステージでは地元のバンドが軽快な音楽を奏でていた。

 荒れ地は転がっていた岩等が片付けられて、簡素な駐車場となり、ひっきりなしにやって来るバスからは大量の観光客を吐き出す。


 そう、いつの間にか観光名所的なものになっていたのである。

 関係者各位が遅れて現状を知った時は、あまりの衝撃に泡を吹いてひっくり返ったという。



 切欠は1枚の写真からであった。

 どこかの誰かがネットに挙げた1枚の写真が爆発的に広がったのが原因である。


 その写真とは朝日が昇るまっさらな大地に影となってそびえる傾いた建造物。

 光を通して可視化する建造物を囲む丸い結界。結界により八方に広がった光は万華鏡のような形を成し、色鮮やかな虹となって扇状に開く。というものである。


 その特徴的な形状から、建造物が魔王城であると判明するのに時間は掛からなかった。

 誰かが「自分もこんな写真を撮ってみたい」と思えば、似たような考えを持つ者が集結する。人が定期的に集まる場所があると知れれば、金儲けが出来ると考える者も蜜に群がる蟻のようにあちこちから湧いてくる。


 そうしてあれよあれよという間に観光地が出来上がってしまったのだ。

 まさか聖女たちWDAの面々も、こんなことになるとは予測不可能である。魔王城は監視対象ではあったが、その周辺にまでは範囲に含まれず、気付いた頃には手遅れであった。


 「ここは危険地帯です!」と警告しても「この数百年異常なんかなーんにもなかったじゃねーか!」と返された。危機管理の麻痺した者等と記事にしてみれば、甘い汁を吸った権力者たちに記者ごと闇に葬られる。挙げ句の果てには「聖女は我々の金を横取りするつもりなのか?」と声明を出し、世論と真っ向からド突き合う始末。


 事態が泥沼化した頃に魔王(祐一)が誕生したこともあり、聖女麾下の監視員は「どうなっても知らないぞ」という捨てゼリフを残してこの場を去った。

 見捨てる、とは聞こえが悪いが金に目が眩んだ者たちに正義の説法は糠に釘であろう。


 その反面、金の亡者共は自分たちの勝利を確信し、諸手を振って益々増長していったのである。僅か数年で近くの街にはホテルの建設ラッシュが始まり、大々的に客を呼び込み始めた。

 観光地の傍に建てなかったのは、近郊の建築業者がこの場所を禁忌としていて、頑として動かなかったからだ。



 さて大手を振って観光地として宣伝をし、世界中の旅行会社が利用し始めた戦場跡地だが、その陰で密かに動いていたモノがいた。魔属たちである。


 そもそもの発端である写真からして人々をこの地に呼び込むための布石だった。

 集まった人間共の負の感情を纏めて、少しずつ魔王城へ送り込む。幸いにして聖女側との争いが勃発したことにより人間が欲を増大させたため、量に困ることは無かった。

 質は悪いらしいが……。



 そしてある日の早朝のことである。

 つい数日前に魔王真門祐一より使命を受けたアスタロトは、自らの眷属と共に魔王城を見下ろす上空にいた。


 地上は朝日の昇る直前、観光客の数が一番多い時間帯である。

 誰もがスマホやカメラを構えて、今か今かとシャッターチャンスを待っていた。


「首尾は?」

「はい。既に活動を始めるには充分な量であると。本人(・・)も早く魔王様にお会いしたいとのことです」


 豊満な肢体を惜しげもなく晒し、背中から皮膜付きの羽根を生やした妖絶な美女(サキュバス)は空中で跪いて報告する。辺りに飛び交っている大小の魔属たちは抑えきれぬ歓びに口元を歪め、哄笑の一瞬を待ち構えていた。

 アスタロトもその瞬間を逃さぬよう、整えた事前準備の確認に余念がない。


「誘導は任せましたよ。手筈は分かっていますね」

「は! 周囲は我が配下で固め、道中の寄り道摘み食いは無し。隅々まで徹底させております!」


 青白い霧を足元にまとわりつかせた幽鬼の馬に(またが)る、黒い騎士甲冑の悪魔が胸に手を当てて頭を下げた。兜のスリットから覗く紫色の鋭い眼光が決意の程を伝えてくる。

 その後ろに控えるは、同じような幽鬼の騎馬隊だ。

 幽馬に跨る兵士は皆、長槍を手にした鎧姿のスケルトンである。


「後は……」


 アスタロトが逆側に向くと、サキュバスとデーモンとガーゴイルの混成軍がズラリと並んでいた。

 先程の報告をしていた者とは別のサキュバスが深々と頭を下げる。


「邪魔者が入った場合には我らが。魔王様の命なれば、追い散らすのみに留めましょう」

「宜しく頼みますよ。……さて開幕と行きましょうか」


 アスタロトが目を細める。今まさに朝日の先端が魔王城に到達する時であった。



 最初に違和感を感じたのは何度も足を運んでいた者たちだった。

 前回は写真を、今回は陽が昇る前から動画を、と高揚感を準備して待ち構えていた。徐々に光をバックに影を深める城の輪郭。これはまだいい。


 だがそれと同時に白い円となって未だ深い紺の空に描かれる結界部分が、片鱗すらも見当たらないのである。

 ざわめきが囁かれ、リピーターの困惑理由も分からぬ者たちにも動揺が広がった。

 そこへ更に地面にじわりと震えが走る。「地震か?」と身構えた者もいたが、揺れていたのは目の前の光景だった。

 魔王城の傾きがそのままに、ヤドカリ等が身震いするように左右に振られたのである。


 一瞬で現状を理解した者。

 何が起きているのか分からぬ者。

 とにかくその場から離れようと足を動かした者。

 それらがバラバラに動き始めた。


 恐怖が伝播し、悲鳴が轟く。

 だが写真を撮るためにかなり密集してたことや、撮影場所を囲むようにバスを並べて屋根の上を提供していたことが重なったために、逃げ道を失った群集は将棋倒しとなった。


 運良く(悪く?)絶好の撮影スポットを逃し、あぶれた場所にいた者たちもいた。

 彼らは人をなぎ倒し、露店をなぎ倒して我先にと逃げ出した。なぎ倒された露店から火があがり、倒れ込んだ者の服に引火する。

 被害者が悲鳴をあげても誰1人として助けようとはしない。邪魔だとばかりに押し退け踏みつけて逃げることを優先する。


 上空から人間のそんな必死の逃亡劇を眺めていた魔属たちは、1人残らず笑っていた。愉悦に顔を歪ませて、高らかに哄笑していた。



 悲鳴や絶叫をオーディエンスとして魔王城が大地より垂直に持ち上がった。

 正確に言えば魔王城の下に位置するものが立ち上がっただけだ。


 壁となったバスやトラックを乗り越えようとする者たちや、一刻も早くこの場所から逃げ出したい人々に暗い影が落ちる。つい背後を振り返ってしまった者たちがそれを見て硬直した。


 それは腹の上に魔王城を乗せた巨大な蜘蛛だった。

 脚の太いタランチュラなどの姿ではなく、細く長いジョウロウグモに似た姿だ。それでも脚1本は細めのビル程の太さがある。

 本来ならば8本ある脚の3本が半分に欠けているが、広げた脚の内側にはドーム球場2つがすっぽり収まってまだ余裕があるくらいだ。

 上に積もった土砂が体を左右に振った影響で雪崩のように落下して、数十人を生き埋めにする。


 我に返った人々が恐怖に駆られた足を再び動かそうとした時、針の雨が降り注いだ。

 否、巨大蜘蛛の失った脚より表面の剛毛が針の雨と化して人々に突き刺さったのだ。だが串刺しにされた者たちは一瞬で絶命はしなかった。

 縮む剛毛針によって地表から離され、失った脚の代わりとばかりに固められ、欠けた脚に接続される。串刺しにされた人々が生きていたのはそこまでだ。


 束ねられた人柱が何もかも絞り尽くされるように圧縮される。

 一瞬にして体液と魂を吸われ、カラカラのミイラとなった人間たちが接続された部分から脚となるよう変化していく。


 重力に従って振り回されるだけだった腕が、指を削ぎ落とされて剛毛のように変えられていった。

 洞と化した眼窩と口がただの凹凸として表皮となっていく。100人以上の生け贄によって脚の1本が3分の1弱再生していたが、蜘蛛は満足してないようで更なる生け贄を求めた。


 運良く車に飛び込めた者はこれで逃げられるとアクセルを踏み込んだ。しかし大衆車の初動距離など僅かなもので、蜘蛛の放った粘着糸にあっさり捕らえられる。

 そのまま糸ごと吐き出された口へ放り込まれ、車ごと貪り喰われる最期であった。蜘蛛の複眼は8つのうち4つを失っており、10数人喰い殺すころにようやくひとつが再生する。



 数分後。動くものが誰1人居なくなった観光地は、あちこちで横倒しになった露店や車が燃えていた。泥にまみれた荷物が散乱し、砕けたスマホやカメラが散らばっている。


 蜘蛛の複眼は5つとなり、脚は1本が完全に再生を遂げて6本となっていた。


 アスタロトの指示により道中の護衛役である幽鬼騎士たちが蜘蛛の周りに降り立った。

 アスタロトは蜘蛛の眼前で一礼し、女性をエスコートするように半身をずらす。そして東の方向へ左腕を伸ばし「魔王城様どうぞこちらへ。魔王様はあちらでお待ちです」と告げる。


 蜘蛛は興奮したように口腔周りの脚をせわしなく動かし、東へ向かってゆっくり移動を始めたのだった。


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