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キシリア様への手紙・1

作者: 林檎黙示録
掲載日:2026/06/28



 前略、諸々のご報告とともに、公式書簡とは別に失礼とは存じますが、私信にてお伝えしたき儀を。


 わたくしはただいまソロモンをひきあげ、テキサスゾーンを航行しているところです。現状はすでにご報告した通りです。まことに残念でございました。一足おそく、お役に立てませんでした。


 暦が宇宙世紀と改められて80年にもなろうという時代に、このような直筆の手紙を差し上げるなど、時代錯誤とお笑いください。カメラの前で話すのは、つい気取りが出てしまうのでいけません。自分でも嫌なところだという自覚はあるのです。このたびは思いのたけを、正直なところをお伝えしたいので、映話ですと上手くこの気持ちを、心境を語れぬ気がいたしまして、ちょうど地球で見つけてきたいいペンがありましたので、それを使うことにいたしました。欧州の古いメーカーの製品です。紙もインクも、現在では作られていない、逸品です。


 いままた小将様が呆れられたのがわかります。なにも骨董趣味だけではございません。確かにこのペンを使ってみたかった、というのもこの手紙をしたためるにいたった動機のひとつではあります。しかし少将様のお目汚しになるようなわたくしの乱筆より、どうせ手紙をしたためるのなら、タイプライターだってよい、と思われるでしょう。年代物のタイプライターもございますが、わたくしはこのたびの、このご報告には、どうしても直筆にこだわりたいのです。ひと文字ひと文字に思いを込めてつづりたい。またペンだけでなく、インクもよいのです。どうです、このなんともいえないインクの漆黒は!3号管の故郷からみた、宇宙(そら)を思い出させませぬか!


 骨董店で手にとりフタを開けたとき、すえた匂いとともに広がった、瓶の中のインクの宇宙に、わたくしは吸い込まれそうになりました。めずらしく感激などいたしまして、これはきっとこの時代にこれを調色した人間が、遠い宇宙を夢見て流し込んだ色味に違いないと、店員に少し興奮気味に語りましたら、えらく恐縮の態で、これは時間の経過で退色してしまいました、と平謝りされ、わたくしはまったく興ざめいたしました。わたくしが<Z‐N>の人間と知っての反応かもしれませんが、しかし地球人というやつは、存外、現実的につくられているようです。こんなわたくしがそう思うのですから、実際それ以上だと思われます。


 まさか、わたくしをロマンティストだとお笑いになりますか?いえ、それは冗談ですが、このインクの色に心奪われたのは、事実です。月面でお別れして以来、キシリア少将にお伝えしたいことは、ずっと念頭にございましたし、この色は、そんなわたくしの心中をお伝えするのにうってつけだと思いました。すみません、つまらぬことを延々と。こんなことを書きたいのではないのです。でも素晴らしい効果だと思いませんか、時の経過というものは。以前は見る目には眩しすぎて、きつかったものも、遠く、時間も距離も離れてしまうと、愛おしく眺められるということもございます。インクのことばかりではございません。


 キシリア小将、いえ、やはりキシリア様とお呼びさせていただきます。文書言葉ですと、やはり堅苦しくなってしまいます。ご報告と申しましたが、これは私信でございますので、どうか無礼を、お許しください。


 キシリア様がこの手紙をお読みになられているということは、わたくしはもう、この世にはおりませぬから。


 すでにいろいろ小耳に挟まれていると思いますので、それらの偏った断片的な情報だけで、わたくしに対する評価を、もし誤解されるとしたら、わたくしは死んでも死にきれない。これを釈明ととらえていただいても構いません。噓偽りのない、申し開きには違いございませんから。



 まず、蒼き古狼とその部隊の散華については、わたくしの力が到らなかったことは否めません。たしかに増援の要請はございましたが、わたくしの一存で見送りました。これには理由があります。あの部隊を補強し、可能な作戦行動を増やし、移動距離、並びに戦闘可能範囲を拡大させてしまったら、我々がおさえていた鉱山群を彼奴(きゃつ)らに知られる可能性があったからです。これは大変まずいと思いました。


 なぜならあの地域は、キシリア様がわが軍の統帥権を掌握せねばならなくなったとき、絶対に確保しておかねばならない重要な拠点でありました。すべて不測の事態を見越しての準備策でございます。地球においても、わたくしは対連邦だけの戦闘をしていたのではなかった。このことはキシリア様においても、ご理解くだされているかと存じます。

  

 一部で、わたくしが古参兵を無惨に見捨てたという讒言(ざんげん)があがっていることも存じております。が、すべてキシリア様のために行ったことです。地球での足場を失ったいま、失策との評価を受けるのは致し方ない。戦局を充分読み切れていなかった、と言われればそれまでです。しかし、ここまで苦戦を強いられるとは、あの時点ではわからなかった。敵の戦力を見誤ったのは、わたくしだけの責任ではない。しかし、いまこれを言っても詮無いことです。


 キシリア様を総帥に頂かない<Z‐N>ならば、わたくしはむしろ滅びてしまえばいいとさえ、いえ、これはいい過ぎました。しかしわたくしは、その一念でのみ尽くしてまいりました。


 お預かりした三つ星連を失ったことは、申し訳ないとは思いますが、これをわたくしの落ち度とされるのは、たまらない。そこは断じて違います。すべて木馬の兵力、白いやつの力を、連中も見誤ったこと。もっと言えば連中の過信、思い上りによるものだと、分析いたしております。さらにもう一つの敗因は、星が一つ欠けてのちの連中の、冷静さを欠き、私憤に走りすぎた妄動。わたくしは上官として、そこはきつく戒めたのです。それもわたくしの統率力が足りなかったと言われたら、弁解の余地はございませんが。


 そして鉱床は失いましたが、すでに莫大な資源を供給いたしましたあとでございます。ですから、このときは一旦引いてもよい、それもまた戦略のひとつだと見切りをつけたのです。しかしただ引いたのではない。できる限りのことはやったのです。汚名をかぶる覚悟で。


 わたくしの手を汚せばすむこと。口さがない連中がなにを言おうと構いません。しかしキシリア様には真実を知っておいていただきたい。


 わたくしは禁じ手のスイッチまで押させました。この行為によって歴史はわたくしを断罪するでしょう。すべて承知の上で断行いたしました。これもすべてキシリア様のためとあらば、わたくしは喜んで断頭台へ上る覚悟です。笑ってこの首を差し上げる。


 ただ信じられないことですが、これは阻まれました。これを書いているいまでも、とても信じられない。あのときなにが起こったのか?神の手が降ったとしか・・・・。そして同時に、かえってよかったと、胸をなでおろし安堵する自分がいるのを、発見してしまうのです。これは恥ずべきことだ。


 正直に申します。わたくしは、あの時ためらいました。歴史の汚名を着る覚悟はあった、これは間違いないのですが、肝心なところでためらい、その一瞬の遅れが、失敗を招いたのかもしれません。


 いま、この手紙をしたためながらも、あれが阻止されてよかったなどと、ほんのわずかだが心に兆す、わたくしでなければ、あるいは成功していたのかもしれない。わたくしの一瞬の躊躇のせいで、指示が遅れ、とても信じられないような、けして常人では成し遂げられないような、白い奇跡を招くに至ったのです。


 しかしこのとき、わたくしに足りなかったものが、見えたのでございます。


 目的の達成のために、いかなる手段も択ばず、疑うことなく実行すること。いっさい迷わぬ、断行力。はたしてなかったろうか?いやないはずはない、だから実際あれを撃ったのだ。ではなぜ迷い、ためらったか・・・・?


 言い換えればこれは、キシリア様への忠誠の度合い、とも言えるかもしれませぬ。これを認めることは、つらい。しかし見つめ直さねばならない。このわたくしの、まったき忠誠心に迷いがあったというのか。それは認めたくはありませんが、わたくしは血ヘドを吐くほど、己の腹の底の底まで、目を皿にして吐き出し、そのうえで見つめたのでございます、わたくし自身を。



 この世に存在した人間のうち、悪魔の所業といえるような怖ろしい行為をした人間は数多(あまた)いたでしょう。単なる個別の殺人程度の悪を言ってるのではありません。ひとつの種を滅ぼすほどの、虐殺行為。権力のため、己の欲望のため、あるいは狂った精神のために。わたくしはそれらどの動機とも違う動機で手を下す。それは、キシリア様への忠誠のため、と断言できる。事の成否はともかく、わたくしはやったのだ。


 この忠誠は他人が見たら、それこそ狂気と呼ぶでしょう。が、わたくしはその自覚がないのだから、(ノー)というほか、いや、わからぬと言うほか、なにも言えぬ。


 しかしこの忠誠を、己の欲望と言われたら、これは返す言葉はありません。そう問われたならば、(イエス)と言ってもいい、が、


 しかしそうだろうか。キシリア様への忠誠はわたくしの欲望からおこる動機なのだろうか。それより、もっと根源的なもの、本能と言ってしまうと、それは個人の領分を越えてしまうのではないか、いや、そうではなくて、逆に個人の領分まで行き着かないのだ、それを本能とするならば。それはあくまでわたくし個人から発するものであり、わたくし以前の、白紙のようなまっさらな状態のわたくしでは、それは決して芽生えぬ。むろん自覚も芽生えぬ。だいいち自覚できぬものでは、責任がとれぬ。であるなら、そこに忠誠心は生まれませぬ。それは根源的で、なおかつわたくし個人から発するもの・・・・。


 しかしあらゆる動機をつきつめたら、欲望に行きつくのではなかろうか、とも思えます。ただこれでは不純だ。わたくしの動機は、まったき純粋なもの、根源的で、なおかつわたくし個人から発するもの・・・・。


 ならば狂気しか残りますまい。はたして狂気の自覚はあるとも、ないとも言えませぬ。わからぬ、ゆえに、狂気のみが純粋な動機となりうる、とするなら、森羅万象すべての動向、進歩、帰結が腑に落ちる、気がいたします。


 が、やはりわたくしに狂気の確証はできない。ただ、わたくしが狂っていない、という確証も自分にはできぬのです。それはすなわち正気である確証もできぬということ。それならば、どこに正気があるのか。いったい誰が正気なのか。正気とはなんなのか、まったくわからぬのです。正気の見本とでもいうものがあるならば、ぜひ見せていただきたい。そしてその正気とやらが、はたして人類に貢献するのか。人類に平和とやらをもたらすのか。


 それは、わたしのこころに平和をもたらすのか。いらぬ。そのような平和ならいらぬ。愛は狂気のなせるわざだ。そうであるべきだ。ならば、忠誠は愛の究極の形。愛の不純から、純粋な動機のみを抽出したものだ。それが、わたくしのすべてでございます。



 士官としての、わたくしの権謀術数の才は買っていただけている、その自負はございます。与えられた任務、下された評価を鑑みましても、またそこから自惚れた自己評価を差し引いてみましても、これはキシリア様もお認め下さっておられると、認識しております。


 口先や、机上の、それが空論であろうと、なかろうと、そんなものを並べるより、敢然と実力を行使するものを好まれるお方。長くおそばでお仕えした期間で充分承知いたしております。なまくらな士官としてではない、戦う男としての評価、それが欲しいのでございます。認めていただきたいのです。そしてこの一事と引き換えられるならば、いままでの<Z‐N>への貢献など、わたくしは喜んで投げうつでしょう。


 キシリア様のお目にかなう人物。そういうものに、わたくしはなりたいと、日々精進してまいりました。実際キシリア様にお会いできなければ、わたくしはつまらない人間のままであったと確信しております。依然、つまらぬままのわたくしで、このさき生き永らえるよりは、キシリア様がお導き下された、より高い次元で、生きること、或いは死ぬることは、幸福ととらえております。


 あるいはこれを狂気と呼ぶのかもしれませぬ。どうやら、わたくしにその自覚はあるようです。



 M・Sを作らせました。これはわたくしの裁量の範囲内で作らせましたから、どうかご苦言は、ご容赦くだされたい。小将ならびに諸将へのご報告はあえて差し止めました。ですから、わたくしの美意識を極力反映させられたつもりです。先にファイルを送付いたしました。すでにお手元にあると存じます。ご参照ください。



続きがあるのに間違って短編扱いにしてしまいました。続きはぜひ、「キシリア様への手紙・2」でご覧ください。

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