第9話 「欠陥品の回収(リコール)」通知が届いたので、夫は「最終決戦装備」を発注した
平和な朝食の時間は、一枚の羊皮紙によって破られた。
「……王家からの、招待状だと?」
ギルバート様が、ナイフを強く握りしめた。
カチャン、と銀食器が悲鳴を上げ、微かにひび割れる音が響く。
ダイニングルームの気温が急激に低下し、窓ガラスに白い霜が広がり始めた。
執事のセバスが恭しく差し出したのは、金箔で縁取られた豪奢な封筒だ。
そこには、見紛うことなき王家の紋章と、差出人である「カイル・ロ・アークライト王太子」の署名があった。
「立太子記念パーティー……ですか」
私は封筒を手に取った。
ずしりと重い。
最高級の羊皮紙を使っているが、その表面には鼻を突くほど濃厚なムスクの香りが染み付いている。
それは、権力を誇示しようとする必死さと、隠しきれない成金趣味の悪臭に感じられた。
「欠席だ」
ギルバート様が吐き捨てるように言った。
その赤い瞳は、封筒を睨みつけているだけで、すでに燃やし尽くそうとしている。
「あんな古狸と狐の巣窟に、君を行かせるわけにはいかない。……何より、あの男がいる」
彼の頭上に、どす黒い警告ウィンドウが展開される。
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┃【システム警告:有害物質の接近】
┃
┃発生源:王都
┃成分 :悪意、嘲笑、マウント
┃判定 :妻の精神衛生上、極めて有害
┃
┃`[推奨アクション:招待状の焼却]`
┃`[推奨アクション:王都ごと氷漬け]`
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過保護な機能がフル稼働している。
私は苦笑しながら、彼の手――凍りつきそうなほど冷え切った拳に、自分の手を重ねた。
「ギルバート様。……逃げれば、彼らはこう言うでしょう。『やはり氷の公爵に愛想を尽かされ、ボロボロになって表に出られないのだ』と」
「……何?」
「彼らは、私たちが不幸であることを期待しています。それを見届けるために、わざわざ招待状を送ってきたのです」
私は招待状の文面に視線を落とした。
『懐かしい顔ぶれも揃っている。君の元気な姿を見せておくれ』
行間から、「やつれ果てた姿を見て笑ってやる」という底意地の悪さが滲み出ている。
「……行くべきですわ。そして、証明して差し上げるのです」
私は顔を上げ、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私が、世界で一番幸せな『公爵夫人』であることを」
ギルバート様が息を呑んだ。
赤い瞳が揺れ、怒りの色は急速に消え失せていく。
代わりに宿ったのは、燃えるような熱意と、一種の狂気じみた使命感だった。
彼の頭上で、ウィンドウがカシャカシャと音を立ててモードチェンジする。
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃【モード切替:圧倒的・見せつけ(マウント)形態】
┃
┃作戦目標:妻の美しさで、元婚約者の視神経を焼き切る
┃予算 :無制限(国家予算規模)
┃装備 :最強
┃
┃`[検索:国一番のデザイナー 拉致 いや招聘]`
┃`[検索:ダイヤモンド 大きさ 鈍器レベル]`
┃`[検索:俺の妻が 世界一 異論は認めない]`
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「……そうか。見せつけるのか」
彼が立ち上がった。
その口元には、獰猛な笑みが浮かんでいる。
それは「氷の処刑人」の顔ではなく、愛する妻を自慢したくてたまらない、少年のように無邪気で、そして厄介な顔だった。
「セバス! マーサ! 総員配置につけ! 王都のデザイナー、宝石商、美容師……すべての一流を今すぐ呼び寄せろ! 金に糸目はつけん!」
「「「御意!!」」」
使用人たちが一斉に動き出す。
平和だった屋敷は、一瞬にして戦場へと変わった。
◇
それからの三日間は、まさに嵐だった。
屋敷のホールは衣装部屋と化し、山のように積まれたシルク、ベルベット、レースの海に沈んだ。
王都から早馬で呼び寄せられたトップデザイナーたちが、目の下にクマを作りながら、ギルバート様の無理難題に応えていく。
「違う! その青ではない! レティシアの瞳の色を引き立てる、夜明け前の空のような深い青だ!」
「宝石が小さい! これでは彼女の輝きに負けてしまう! もっと大きく、かつ上品なものを!」
「肌の露出は控えめに! だがラインは美しく! ……ああっ、背中はもう少し隠せ! 他の男に見せるなど言語道断だ!」
彼は私の周りをぐるぐると回りながら、ミリ単位の指示を飛ばし続けた。
その熱量は凄まじい。
私の頭上には、彼の脳内会議の議事録が常に表示されている。
`[審議中:鎖骨を出すか否か]`
`[結論:出す(俺が見たいから)]`
`[補足:ただし会場では常に俺が盾になり、視線を遮断する]`
(……面倒くさい人)
私は呆れつつも、鏡の前で着せ替え人形に徹した。
彼が選んでくれるなら、どんなものでも構わない。
そう思っていた。
しかし、完成したドレスを見た瞬間、私は言葉を失った。
それは、「夜」そのものを切り取ったようなドレスだった。
深いミッドナイトブルーの生地には、細かなダイヤモンドが無数に散りばめられ、動くたびに星空のように瞬く。
胸元には、瞳と同じ色のサファイア。
重厚でありながら、重さを感じさせない洗練されたデザイン。
かつて「地味だ」と嘲笑された私を、夜の女王へと変える魔法の衣装。
「……美しい」
ギルバート様が、私の前に跪いた。
彼自身も、漆黒の礼服に身を包み、その胸には数々の勲章が輝いている。
いつもの軍服姿も素敵だが、正装した彼は、直視できないほどの色気を放っていた。
「レティシア。これを」
彼が差し出したのは、一対の靴だった。
ガラスのように透き通り、しかし強固な魔力で守られた、美しいヒール。
「かつて君は、あんな男のために靴を汚し、心をすり減らした。……だが、これからは違う」
彼が私の足を取り、恭しく靴を履かせてくれる。
その掌の熱さが、足首から全身へと伝播する。
「この靴で、あいつらを踏みつけにしてやればいい。……俺が、君の道になる」
キザなセリフだ。
普通なら笑ってしまうところだ。
でも、彼の頭上のウィンドウは、真剣そのものだった。
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┃【誓約】
┃
┃対象:レティシアの未来
┃内容:傷つけるもの全てを排除し、花道だけを歩かせる
┃
┃`[思考:似合いすぎて泣きそう]`
┃`[思考:やっぱり行きたくない 独り占めしたい]`
┃`[思考:いや、見せつける ざまぁみろ]`
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泣きそうになっているのは、私の方だ。
こんなにも愛されている。
「欠陥品」として呼び出されたはずのリコール会場へ、私は「最高傑作」として乗り込むのだ。
「……参りましょう、ギルバート様」
私は彼の手を取り、立ち上がった。
カツン、と新しい靴が床を叩く。
その音は、かつてないほど力強く、誇らしげに響いた。
屋敷の外には、磨き上げられた馬車が待っている。
王都へ。
かつて私を捨てた場所へ。
最高の復讐(幸せな姿を見せること)をしに。
ギルバート様のエスコートを受けながら、私は不敵に微笑んだ。
カイル殿下の頭上に浮かぶ`[★0.8]`のウィンドウが、驚愕で砕け散る瞬間が、今から楽しみで仕方がない。




