表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/26

第5話 横領代官の頭上には「不正な操作」のログが流れていた

ヴォルフィード公爵領に到着して三日目。

私たちは、領都の中心にある政務館の一室にいた。


石造りの壁に囲まれた執務室は、外の陽気とは無縁の冷ややかさに満ちている。

古紙の乾燥した匂いと、インクのツンとする鉄臭さが入り混じり、鼻腔を刺激する。

窓の外からは活気ある市場の喧騒が微かに聞こえるが、この部屋の中だけは、空気が重く澱んでいた。


「――以上が、今年度の水利工事に関する決算報告でございます、公爵閣下」


恭しく頭を下げたのは、この地区を管理する代官、ギーブス男爵だ。

恰幅の良い体躯を、上質なシルクの服で包んでいる。

揉み手をする指には、ルビーやサファイアの大ぶりな指輪がいくつも食い込み、ギラギラと下品な光を放っていた。


「……予算が超過しているようだが」


ギルバート様が、書類から視線を上げずに問う。

その声は温度を感じさせない絶対零度だ。

普通の人間なら震え上がる威圧感だが、ギーブス男爵はへらりと笑みを崩さない。


「ははっ、いやはや。ご存知の通り、昨今の資材高騰は凄まじいものでして。それに加え、職人たちの賃上げ要求もございましてな。我々としても身を切る思いで……」


流暢な言い訳だ。

表情にも、声のトーンにも、一切の動揺は見られない。

さすがは長年、この地で甘い汁を吸ってきた古狸といったところか。

ギルバート様も、怪しんではいるものの、決定的な証拠がないため沈黙している。


だが。

私の「真実の眼」の前では、彼のポーカーフェイスなど何の意味もなさなかった。


男爵の頭上には、どす黒い霧のようなエフェクトと共に、禍々しいウィンドウが展開されている。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

┃【対象データ】ギーブス男爵(代官)

┃総合評価:★☆☆☆☆(0.5)

┃状態  :極めて悪質

┃【リアルタイム・思考ログ】

┃`[思考:チョロいな、若造が]`

┃`[思考:この帳簿はダミーだ、本物は金庫の中]`

┃`[思考:浮いた金で愛人に宝石を買おう]`

┃【タグ】 #横領 #二重帳簿 #賄賂 #愛人3人

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


(……真っ黒じゃないですか)


私は扇子で口元を隠し、冷ややかな息を吐いた。

疑う余地もない。

彼は工事費用を水増しし、その差額を懐に入れている。

しかも「愛人3人」というタグまでついている。カイル殿下も真っ青な放蕩ぶりだ。


ギルバート様が、眉間の皺を深くした。

彼は誠実すぎるがゆえに、部下を頭ごなしに疑うことを良しとしない。

確証がなければ、断罪の剣は抜けないのだ。


(……手助けしましょうか)


私はカップをソーサーに置き、カチャリと音を立てた。

その硬質な音が、張り詰めた室内に波紋を広げる。

ギーブス男爵が、初めて私に視線を向けた。

値踏みするような、ねっとりとした視線。


「おや、奥様。退屈でいらっしゃいましたか? ここは男たちの戦場でしてな、難しい数字の話ばかりで……」


「いいえ、とても興味深く拝聴しておりましたわ」


私はにっこりと微笑んだ。

そして、テーブルの上に広げられた帳簿の一点を、指先ですっと指し示した。


「ただ、一つだけ気になりまして。……ここの『東地区・第三水路』の修繕費ですが」


「は、はい。それが何か?」


「使われている石材が『青御影石』になっていますけれど、あそこの地盤は粘土質ですよね? 通常なら、より軽量な『白灰岩』を使うのが定石ではありませんこと?」


男爵の頬が、ピクリと引きつった。


「そ、それは……今回は強度を重視しまして……」


「あら、奇妙ですわね。先ほど町を通った時、積み上げられていた石材は真っ白でしたけれど。……それに、青御影石の市場価格は、白灰岩の三倍。もし白灰岩を使って、帳簿だけ青御影石にしていたら……差額はどこへ消えたのかしら?」


私の言葉に、ギルバート様の瞳が鋭く光った。

彼は私の意図を瞬時に察知し、書類を掴み上げると、凄まじい眼光で数字を追い始めた。


「……なるほど。資材の単価と、工期のズレ。……ギーブス、説明しろ」


「ひっ……!」


男爵の額から、脂汗が噴き出した。

さっきまでの余裕は消え失せ、顔面が土気色に変色していく。


頭上のウィンドウが、けたたましい警告音(※私にしか聞こえない)を鳴らし始めた。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

┃【システム警告:嘘が露見しました】

┃心拍数:160 BPMパニック

┃発汗量:異常

┃`[思考:なぜバレた!?]`

┃`[思考:あの女、ただの飾りじゃなかったのか!?]`

┃`[思考:言い訳……言い訳を……!]`

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


「ま、間違いです! これは事務方の記載ミスで……! 決して私腹を肥やそうなどと……!」


「往生際が悪いぞ」


ギルバート様が立ち上がった。

椅子が倒れる音が響く。

彼の周囲の空気が、物理的に凍りついたかのように温度を下げる。

「氷の処刑人」の本領発揮だ。


「レティシアの指摘通りだ。現場の石材と帳簿の不一致。……直ちに査察を入れる。貴様の屋敷の金庫も、全て改めさせてもらうぞ」


「あ、あわわ……」


「連行しろ」


控えていた騎士たちが踏み込み、腰を抜かした男爵を引きずっていく。

「お許しを! 閣下ぁぁぁ!」という情けない悲鳴が、廊下の向こうへと消えていった。


静寂が戻った執務室。

私は紅茶を一口含み、乾いた喉を潤した。

少し出しゃばりすぎただろうか。

妻が政治に口を出すのを嫌う男性もいる。

恐る恐るギルバート様の顔色を窺う。


彼は、呆然と私を見つめていた。

その赤い瞳は大きく見開かれ、口元は微かに開いている。

怒っているわけではないようだが、反応がないのが逆に怖い。


しかし、彼の頭上には、すでに「答え」が出ていた。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

┃【リアルタイム・検索履歴】

┃`[検索:妻 賢すぎる 怖い]`

┃`[検索:いや 違う 頼もしすぎる]`

┃`[検索:女神 予言者 転生者?]`

┃`[検索:惚れ直した 無限回目]`

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


(……よかった)


どうやら、幻滅はされていないらしい。

むしろ「予言者」扱いされている。

私はウィンドウを見ながら、小さく安堵の息を吐いた。


「……レティシア」


ギルバート様が、テーブル越しに身を乗り出してきた。

その顔は真剣そのもので、熱っぽい視線が私を射抜く。


「君は……何者なんだ?」


「え?」


「ただ書類を見ただけで、不正を見抜くとは。……君の慧眼には、言葉もない」


彼は私の手を取り、その甲に崇拝するような口づけを落とした。

触れた唇の熱さが、肌を伝って心臓まで駆け上がる。


「俺は、君をただ守るだけのつもりでいた。だが……君は、俺の背中を預けるに足る、最高のパートナーかもしれん」


彼のウィンドウが、黄金色に輝き始めた。

そこに表示されたのは、新たな称号の獲得ログだった。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

┃【ステータス更新】

┃対象:レティシア

┃称号追加:『勝利の女神』『不可侵の聖域』

┃【夫の脳内メモ】

┃ 彼女がいれば、どんな困難も乗り越えられる。

┃ この才能を誰にも利用させない。俺だけのものだ。

┃ ご褒美に、何でも買ってあげたい。国一つでも。

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


(国はやめてください)


愛の重さが、また一段階ギアを上げたようだ。

私は苦笑しながら、彼の手を握り返した。


「パートナーだなんて、光栄ですわ。……でも、ギルバート様。ご褒美なら、国ではなく、あの市場のケーキ屋さんの新作タルトで十分ですよ?」


私がそう告げると、彼は一瞬キョトンとし、それから今日一番の優しい笑顔を咲かせた。


「……安いものだ。店ごと買い占めよう」


「だから、一個でいいんですってば」


私たちの笑い声が、冷たかった執務室の空気を温かく溶かしていく。

頭上のウィンドウには、`[幸福度:MAX]`の文字が、いつまでも輝いていた。


続きは今日20時公開予定です。頑張って書きます。。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ