表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/10

第1話 自己評価★5.0の元婚約者を返品し、実態★1.2の冷徹公爵をカートに入れた夜

シャンデリアの過剰な光が、網膜をチカチカと刺激する。

王城の舞踏会場は、数百人の貴族が発散する熱気と、混ざり合った香水の甘ったるい匂い、そして冷めた肉料理の油の臭いで淀んでいた。


「――聞いているのか! レティシア! 貴様との婚約は、今この瞬間をもって破棄する!」


鼓膜をつんざくような怒号が、至近距離から飛んできた。

目の前に立っているのは、この国の第二王子、カイル・ロ・アークライトだ。

整った金髪を振り乱し、興奮で紅潮した顔からは、微細な唾の飛沫が飛んでいる。

その隣には、私の異母妹であるミリアが、彼の腕にねっとりと絡みつきながら、勝ち誇ったように唇を歪めていた。


周囲の喧騒が、波が引くように静まり返る。

さざめきは、すぐさま好奇と嘲笑を含んだヒソヒソ話へと変わり、無数の視線が針のように私の肌を突き刺した。


普通なら、ここで膝から崩れ落ち、涙を流すのが令嬢としての「正解」なのだろう。

あるいは、憤怒に震え、扇子を投げつける場面かもしれない。


けれど、私の心臓は驚くほど静かに、一定のリズムを刻んでいた。

冷え切った指先でドレスの裾を握りしめながら、私は目の前の男の顔ではなく――その頭上に浮かぶ「半透明のウィンドウ」を凝視していた。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

┃【商品名】カイル・ロ・アークライト(第二王子)

┃[自己評価]:★★★★★(5.0)

┃ └ コメント:王国の至宝。選ばれた天才。

┃[実態評価]:★☆☆☆☆(1.2)

┃ └ コメント:外面だけの不良債権。

┃【トップレビュー】

┃投稿者:匿名(元・教育係)

┃タイトル:返品不可の粗大ゴミ

┃コメント:

┃ 顔が良いのは最初の三ヶ月だけ。

┃ 極度のマザコンで、自分の非を絶対に認めない。

┃ 気に入らないことがあるとすぐに怒鳴る癇癪持ち。

┃ この商品(王子)に関わると、精神を病みます。

┃【タグ】 #モラハラ #浮気性 #釣った魚に餌やらない

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


(……ああ、やっぱり。また評価が下がっている)


私は心の中で、冷めた息を吐いた。

かつて10歳の頃、義妹に突き落とされて頭を打った衝撃で、私の中にある「前世の記憶」が蘇った。

そこは、あらゆる商品の価値が可視化され、失敗しない買い物が美徳とされる世界だった。


その日から、私の視界にはこの「評価ウィンドウ」が浮かぶようになった。

それは臆病な私が、二度と人生という名の買い物で損をしないための、絶対的なガイドブック。


7年前。婚約が決まった当初、カイル殿下の評価は「★3.0」だった。

『将来性に期待』『素材は悪くない』というレビューを信じ、私は先行投資だと思って、彼に尽くしてきた。

彼の癇癪を宥め、公務の不備を裏で修正し、浪費癖をカバーするために実家の資産すら切り崩した。


その結果が、これだ。

7年という貴重な時間コストを費やして育ったのは、王としての資質ではなく、肥大化した自己愛と、隠しきれない浮気癖だけだったらしい。


「……承知いたしました、殿下」


私はゆっくりと膝を折り、完璧なカーテシーを披露した。

声色は、鈴を転がすように冷静で、感情の波を一切乗せない。


「貴方の望む通りにいたします」


「なっ……!?」


カイル殿下は、私が泣いて縋り付くと思っていたのだろう。

拍子抜けしたように口を半開きにし、それからすぐに、プライドを傷つけられた屈辱で顔を赤黒く染めた。


「ふん! 強がりを! 惨めな女だ。地味で、可愛げがなく、石のように冷たい女! ミリアの爪の垢でも煎じて飲むがいい!」


彼はミリアの腰を抱き寄せ、これ見よがしに見せつける。

ミリアの頭上にも、同様のウィンドウが浮かんでいる。


`[相性診断:カイル王子との相性 98%(※破滅的な意味で)]`


お似合いだ。

共倒れする未来しか見えない。

私は湧き上がる失笑を奥歯で噛み殺し、無表情を貫いた。

もはや怒りすら湧かない。

手元にある「腐った在庫」が、向こうから勝手に出て行ってくれるのだ。これほどの僥倖はない。


「それで? 行き場のない貴様を、誰が貰ってくれるというのだ? 王家に捨てられた傷物の女など、貴族社会の恥晒しだぞ」


カイル殿下は、残酷な笑みを浮かべて広間を見渡した。

その声は、広間の隅々まで響き渡る。


「誰か! この哀れな女を拾ってやる物好きはいないか! 今なら私が仲介してやるぞ! ……はっはっは、誰もいないか! 当然だな!」


会場が静まり返る。

誰も目を合わせようとしない。

当然だ。王家に弓引くような真似をすれば、どんな報復を受けるか分からない。

それに、私の実家である伯爵家は、すでにミリアを次期当主に据えると公言している。

私には、家柄も、後ろ盾も、何もない。


「見ろ、このザマを! 貴様は孤独に野垂れ死ぬのがお似合いだ!」


殿下の高笑いが、シャンデリアを揺らす。

その時だった。


カツン、カツン、カツン。


大理石の床を叩く、硬質で重い足音が響いた。

その音は、規則正しく、そして異常なほどの重圧を伴っていた。

広間の喧騒が一瞬で凍りつき、まるで時が止まったかのような静寂が支配する。


入り口付近の人垣が、モーゼの海割れのように左右に開いた。

誰もが恐怖に顔を引きつらせ、悲鳴を押し殺しながら後ずさりをしていく。


現れたのは、一人の男だった。


漆黒の軍服に身を包んだ、常人離れした巨躯。

夜の闇を切り取ったような黒髪は少しも乱れず、その下にあるのは、血のように赤い瞳。

整いすぎた美貌は、生物的な温かみを一切感じさせず、まるで氷の彫像のようだ。

その体からは、物理的な冷気が漂っているのではないかと錯覚するほどの、圧倒的な威圧感が放たれている。


「――騒がしい」


地底から響くような低音。

それだけで、カイル殿下の高笑いがピタリと止まり、喉がヒュッと鳴った。


彼を知らない者はいない。

北部辺境伯、ギルバート・ヴォルフィード公爵。

通称、「氷の処刑人」。

国一番の武力を持ちながら、あまりの冷酷さに誰も近づこうとしない、生ける伝説。


「ギ、ギルバート公爵……」


カイル殿下でさえ、声を震わせている。

ギルバート公爵は、私の前で立ち止まった。

その赤い瞳が、私を見下ろす。

背筋に冷たい電流が走った。

殺される、と本能が警鐘を鳴らすほどの鋭い眼光。


私は、反射的に彼の頭上のウィンドウを確認した。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

┃【商品名】ギルバート・ヴォルフィード(公爵)

┃[総合評価]:★☆☆☆☆(1.2)

┃【トップレビュー】

┃投稿者:匿名(元部下)

┃タイトル:絶対に近づくな

┃コメント:

┃ 目が合うだけで石になる。

┃ 感情という機能が実装されていないバグ物件。

┃ 過去の見合い相手は全員、恐怖で発狂して逃げ出した。

┃ 人間ではない。北の魔王だ。

┃【タグ】 #冷酷 #無慈悲 #血も涙もない

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


ひどい評価だ。

★1.2。

カイル殿下の実態評価と同じレベルの低さだ。

レビュー欄は「怖い」「逃げろ」「死ぬ」という阿鼻叫喚のコメントで埋め尽くされている。


「……なんだ、その目は」


ギルバート公爵が目を細めた。

私が自分の頭上を凝視しているのを、睨まれていると勘違いしたらしい。

室温が一気に5度は下がった気がした。


その時、カイル殿下が何かを思いついたように、下卑た笑みを浮かべた。


「そうだ! ちょうどいい! ギルバート公爵、貴殿は独身だったな? この女をくれてやろう!」


「……何?」


「傷物の女と、化け物の公爵! お似合いじゃないか! これは王命だ。その女を妻にし、辺境へ連れ帰るがいい!」


会場から、悲鳴にも似た息を呑む音が漏れた。

それは死刑宣告に等しかった。

「氷の処刑人」の妻になるなど、生贄として猛獣の檻に投げ込まれるも同然だ。


ギルバート公爵は、不快そうに眉間の皺を深くした。

拒絶するか。

あるいは、その場で殿下を斬り捨てるか。

彼の右手が、腰の剣に伸びるのが見えた。


しかし、その瞬間。

私は見てしまった。

彼のウィンドウの端にある、「詳細情報」のタブが激しく点滅しているのを。


(……え?)


私は無意識に、視線でそのタブをクリックした。

今まで、★1台の物件の詳細なんて見たことがなかった。

どうせ「借金まみれ」とか「暴力癖あり」とか、ろくでもない情報が載っているだけだと思っていたからだ。


けれど。

展開されたウィンドウに表示された文字列を見た瞬間、私の呼吸が止まった。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

┃【詳細スペック】ギルバート・ヴォルフィード

┃・浮気率   :0.00000%(測定不能なほど皆無)

┃・財力    :SS(国家予算レベルの資産有)

┃・家事スキル :A(実は料理上手・潔癖症)

┃・夜の傾向  :絶倫(※特定の相手には加減不可)

┃【低評価の真の理由】

┃「愛が重すぎる」

┃「一度懐に入れた相手を、絶対に手放さない(監禁リスク有)」

┃「妻を害する者は、国ごと焼き払う過保護仕様」

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


(…………はい?)


私は目を疑い、二度見した。

浮気率、ゼロ?

財力、SS?

そして、低評価の理由が「性格が悪い」ではなく、「愛が重すぎて怖い」から?


これって……。

浮気性で浪費家、釣った魚に餌をやらないカイル殿下とは、真逆じゃない?


「……ふん。王命とあれば、致し方あるまい」


ギルバート公爵が、低く唸るように言った。

その声は相変わらず冷徹で、感情のカケラも感じさせない。


「ただし、俺の屋敷に来て一日で泣いて逃げ出しても知らんぞ。俺は、女の機嫌を取るような真似はしない。……覚悟することだ」


彼は私を一瞥もしない。

その態度は、確かに冷酷で、取り付く島もないように見える。

周囲の人間なら、恐怖で震え上がる場面だ。


しかし、私の目には見えていた。

彼のウィンドウの下部に、リアルタイムで更新される「検索サジェスト」のログが。


`[検索:泣かない女 方法]`

`[検索:手土産 おすすめ 甘いもの]`

`[検索:初対面 威圧しない 表情筋トレーニング]`

`[検索:どうしよう 可愛い 直視できない]`


(……ぶっ)


吹き出しそうになるのを、腹筋に力を入れて必死で堪えた。

なんだこれは。

彼は冷酷なのではない。

ただ、コミュ障で、不器用で、そして……必死に「良き夫」になろうと脳内で検索しまくっているだけではないか。


★1.2の評価は、彼の「分かりにくさ」が招いた誤解だ。

その分厚い氷の下には、誰にも見つけられなかった「最高級の優良物件(★5.0)」が眠っている。


(買いだわ)


私の商魂(サバイバル本能)が、激しくアラートを鳴らした。

こんな掘り出し物、二度と市場には出回らない。

浮気なし、金あり、家事よし、そして溺愛確定。

カイル殿下に感謝したいくらいだ。


私は震える足を叱咤し、一歩前へ出た。

ギルバート公爵の前に立つ。

見上げると、岩壁のような圧迫感がある。

物理的に怖いのは事実だ。

でも、ウィンドウの中の彼は、必死に`[検索:女性 震える 寒さ対策 上着貸すべき?]`を検索している。


私は、精一杯の猫被りスマイルを作った。

前世で培った、営業スマイル全開だ。


「……謹んで、お受けいたします」


「……何?」


ギルバート公爵が、微かに目を見開いた。

その赤い瞳が揺れる。

周囲の貴族たちも、「正気か?」「ショックで気が狂ったか?」という顔をしている。


私は、彼の手――分厚い革手袋に覆われた大きな手を、両手でそっと包み込んだ。

冷たい革の感触。

けれど、その奥にある掌は、驚くほど熱いことを私は知っていた(※詳細スペック参照)。


「公爵閣下。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


「……本気か? 俺は、『氷の処刑人』だぞ。後悔しても遅いぞ」


「ええ、存じております。ですが……」


私は背伸びをして、彼の耳元で囁いた。

他の誰にも聞こえないように。


「私、暑がりなんです。……冷たい旦那様くらいが、ちょうどいいのです」


ギルバート公爵の体が、ビクリと跳ねた。

まるで雷に打たれたように硬直する。

その赤い瞳が激しく瞬きし、私の顔を凝視する。耳の先が、ほんの少しだけ赤くなっているのが見えた。


そして、彼の頭上のウィンドウに、新たなアラートがポップアップした。


`[システム通知:商品をカートに入れました]`

`[警告:一度購入すると、二度と返品できません。よろしいですか?]`

` YES << 連打中`

` NO`


私は心の中でガッツポーズをした。

契約成立だ。


カイル殿下が、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「ふん、物好きめ。精々、氷漬けにされて死ぬがいい! 後で泣きついてきても、城門に入れてやらんからな!」


私は殿下に向き直り、今日一番の優雅なカーテシーをした。


「ご心配には及びませんわ、殿下。……私、お買い物には自信がありますの」


こうして。

私の婚約破棄騒動は、史上稀に見る「優良物件の青田買い」によって幕を閉じた。


これから始まるのは、地獄の辺境生活ではない。

評価★1.2(実は★5.0)の旦那様による、重すぎて胃もたれするほどの溺愛ライフだ。


ギルバート公爵が、私の腰に手を回す。

その手つきは、恐る恐るで、壊れ物を扱うように慎重だった。

頭上のウィンドウには、`[状態:心拍数上昇(危険域)]`の文字が点滅している。


(……さて。まずはこの『表情筋が死んでいる旦那様』のレビューを、私が星5つで埋め尽くしてあげなくちゃね)


私はギルバート公爵のエスコート(※ガチガチに緊張してロボットのような動き)を受けながら、光溢れる大広間を後にした。

背後で聞こえるカイル殿下の嘲笑が、負け犬の遠吠えにしか聞こえなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ