第9話 監禁
「……やはりですか。薄々気づいておりました」
「さすがはセシリア殿。王家を裏切るために軍備を整えていたのをご存知だったか」
困惑する私をよそに、あくまでも冷静に応対するセシリアお嬢様は少し悲しそうだった。優しいお嬢様は国に戦乱が起こってしまうことを憂いておいでなのだろう。
「前にもお伝えしましたが、私は戦は嫌いです」
「俺が大陸を支配すればもう戦はなくなる。俺とお前で民のための理想の国を作ることができる。──これは、戦を終わらせるための戦なのだ」
「しかし、その過程で何十万の罪のない命が失われるのですよ?」
「その先の平和を考えれば必要な犠牲だと言えるだろう。今王家は生ぬるい政策を行い行動力に欠ける。それに数年前のエミリア皇女の失踪……王家の権威は地に落ち、皆不満を抱いている」
アロイスの言葉に私は居心地が悪くなった。忠誠を尽くしていた王家に対してこうも批判されるとやりきれない思いがある。
しかし、お嬢様は身じろぎ一つしなかった。
「自らの理想のために民の犠牲を強いる……あなたの考えには賛同しかねますわ」
お嬢様がそう答えると、アロイスは露骨に落胆した表情を見せた。
「聡明なセシリア殿にも俺の理想が理解できないのか……。無能な領主が治める領地がどうなるか、オージェ領でその目で確かめられたはずだろう?」
「だとしたら、そのような領主のために知恵を尽くすのが私の務めです。奪い取って代わりに支配しようなどとは思いません」
「度し難いな。秩序と混沌は紙一重だというのに」
「争いは悲しみを生みます。けれどあなたはその憎しみを新たな火種に変えようとしているのではありませんか。戦争は、更なる悲劇を生むだけです」
「綺麗事を並べて、現実を見ようとしていないだけだ。そんな奴らに俺は振り回されてきたんだぞ」
「……」
お嬢様はしばらく無言のまま俯いていたが、ふと顔を上げるとまっすぐな視線を向けた。その瞳には決意の光が宿っているように思えた。
「わかりました協力しましょう。拒否してもどうせ脅すつもりだったのでしょう。──あなたの理想とやらを私に見せてください」
アロイスは満足げに微笑むとお嬢様に握手を求めた。お嬢様もそれに応じる。私は二人を見ていられずに目を逸らしてしまったが、アロイスは気にせずに口を開く。
「これから忙しくなる。セシリア殿、よろしく頼むぞ」
こうしてお嬢様はアロイスに協力することになった。お嬢様はアロイスに的確な助言をして公爵領を発展させ、さらに軍備を強化した。
しかし、アロイスはお嬢様を完全には信用していないのか、相変わらず公爵邸に監禁したままだ。
屋敷の外に出ようとすると、兵士に止められ、手紙など外との連絡手段は一切認められない。恐らく、謀反が王家に知れるのを恐れてのことだろうが、お嬢様はそれを嘆くでもなく受け入れていた。おそらくこうなることは分かっていたのだろう。
私はお嬢様の世話係としてお嬢様と一緒に暮らし、毎日お嬢様のお話を聞いて過ごした。たまに外へ出ることができた時は二人で庭園を散歩して、季節の花を楽しむのが日課だった。
嵐の前の静けさのような、穏やかな時間が流れていたある日、お嬢様がオージェ伯爵家から連れてきた鳩を籠から出して、その脚になにやらくくり付けているのを目撃した。
「……何をされているのですかお嬢様?」
「エミリー、知っていますか? 鳩には帰巣本能というのがあるらしいのです」
「えっ?」
「つまりは、元いたところに戻ろうとする本能です。どこから飛ばしたとしても、育った場所へ向かって飛んでいくという、不思議な習性です」
お嬢様は人差し指を立てながら説明する。が、私には彼女がなんのためにそんなことを話しているのか理解できなかった。
「はぁ……それで、何をなさろうと?」
「この子に伯爵領まで飛んでもらいます。そして、この脚にくくり付けた手紙で伯爵令嬢のフレデリカさんにアロイス様の企みを伝えるのです」
「そんな、危ないです! もしアロイス公に知れてお嬢様が捕らえられたりしたら何をされるか……!」
「大丈夫です。何も証拠は残りませんし、この監禁状態が私の無実を証明してくれます」
お嬢様はそう言って微笑んだ。私は反対したが、お嬢様の意思は固かった。だとすれば、私はお嬢様のためにもこのことを誰にも漏らさず墓場まで持って行く他ない。
その日の夜中。お嬢様は窓辺に立ち、鳩に向かって優しく話しかけていた。
「あなたが無事に役目を果たしてくれることを祈っています」
そう告げると、お嬢様は手の中の鳥籠を開け放った。お別れの挨拶のように鳩は小さく鳴きながら夜空へと飛び立っていった。
☆
数ヶ月後、ついにアロイスが王家に反旗を翻そうと本格的に準備を整え始めた頃になって、王家からの使者が公爵邸を訪れた。
使者からの手紙を受け取ったアロイスは早速お嬢様を自室に呼んだ。
「そこに座れ、セシリア殿」
アロイスはお嬢様をソファに座らせるや否や厳しい口調で言う。
「先ほど、王宮から連絡が来た。──晩餐会を開催するらしい。公爵夫人としてセシリア殿にも是非来て欲しいとのことだ」
「まあ、では行かなければ怪しまれてしまいますね」
「……」
「どうかなさいましたか?」
「いや、罠の可能性も視野に入れるべきだろうと思っただけだ」
「罠……どのような罠ですか? まさか謀反が王家に露見したとでも?」
「そこまでではない。だが俺の動きを警戒しているのは間違いないだろう。わざわざ招待するということはこちらの動向を探ろうとしているのだろうな」
「なるほど。ですが、これを断るということは謀反を企てていることを白状しているようなものでは?」
私はやっと理解した。お嬢様はフレデリカ嬢にアロイスの謀反の企てを伝えると共に、王家に働きかけて晩餐会を開催するように持ちかけたのだ。
そして、その晩餐会は十中八九アロイスの翻意を暴くための罠だ。
アロイスはいつぞやのランベール同様、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「クソッ、このような大事な時期に……! 今すぐ反乱を起こしても勝ち目は薄い。ここはしばらく大人しくしておくか……。晩餐会にも出席する。もちろんお前もだセシリア殿」
「ええ、もちろんですとも」
お嬢様と目が合った。私と目を合わせて軽くウインクをする姿はいたずらっ子のようで愛らしかった。私は呆れたため息をつくと頭を抱えた。お嬢様には敵わないなとつくづく思った。
数日後、アロイスとお嬢様は公爵家が用意した豪華な馬車に乗り込んだ。私は侍女らしくお嬢様にぴったりとくっついて馬車に乗る。すると、お嬢様が耳元でそっと囁いた。
「エミリー、あなたに伝えておかなければならないことがあります」
私は顔を上げるとお嬢様の顔を見た。お嬢様の表情は真剣だった。
「なんでしょうか?」
「私がどんな時でも冷静でいられたのは、あなたが私の代わりに怒ってくれたおかげです。あなたがいてくれたから、私は今まで生きてこれたとも言えます」
「お嬢様……」
「あなたがいなかったら私はきっととうの昔に狂っていたでしょう。だからあなたには感謝しています。いつもありがとう、エミリー。これからも頼りにしています」
「もったいないお言葉です」
私は泣きそうになったがぐっと堪える。お嬢様の前なのだ。こんなところで泣いていてはお仕えする意味がない。
「私はいつか、自分は、誰にも愛されていないと言いましたね?」
「……そうでしたか?」
「ええ。でも、それは誤りでした。こんなにも近くに、こんなにも私のことを想ってくれていた人がいたことに、私は気づかなかった。──灯台もと暗しとはこのことを言うのでしょう」
「お嬢様、私はただお嬢様のことが──」
お嬢様の瞳にはうっすら涙が滲んでいた。しかし、すぐに毅然とした表情に戻る。
「この話はここまでです。今は晩餐会に集中しなくてはなりません」
お嬢様は私の手をぎゅっと握ってきた。まるで、「もう二度とこの手は離さない」と言っているようだった。その手に込められた力の強さが、彼女の覚悟の重さを表しているかのようだ。




