第3話 頭の硬い領主様にはもううんざり
「……何? そのような策があるというのか?」
ランベールの心中ではセシリアお嬢様にすがりたい気持ちと、女に頼りたくないという貴族のつまらないプライドがせめぎ合っているのだろう。彼は眉間に深くシワを寄せながら尋ねた。
すると、セシリアお嬢様は笑みを浮かべながら答えたのだった。
「ええ、それは勿論です。ランベール様が今までの行いを悔いていらっしゃるというのなら、恐れながら私の策をお伝えしましょう」
「では貴様はワシに今までの貴様に対する仕打ちを詫びろ申すのか!」
セシリアお嬢様の提案を聞いてランベールは再び激高する。お嬢様は涼しい顔で言葉を続けた。
「いいえ、私のことはどうでもいいのです。ランベール様に約束していただきたいのは、領民を大切にすること。彼らによってオージェ領は支えられていることを肝に銘じられなければ、また同じことが繰り返されるでしょう」
「なんだと? 貴様、ワシを愚弄するのか!?」
お嬢様がどのような思いを抱いてランベールに接してきたかを、長年お嬢様に仕えてきた私はよく知っている。そのセシリアお嬢様が領民のことも考えず己のことばかり考えるランベールを諌めているのは、他でもないオージェ伯爵家を思ってのことなのだと。そのことに気がついていないのだろうか。私は怒りを通り越して哀れにさえ思えてくるのだった。
「いえ、滅相もございません。私はただ、オージェ伯爵家の将来を案じているだけなのです」
「貴様ぁ! さてはワシを追い出して伯爵家を乗っ取るつもりなのではあるまいな! そうはいかんぞ!」
セシリアお嬢様の言葉にランベールは耳を傾けようとはせず、一方的に怒鳴り続ける。そんな彼の姿を見たセシリアお嬢様は悲しげに首を左右に振った。
「……ランベール様は私を信じてくださらないのですか?」
「今までの貴様の行いを見て信じろと言う方がおかしいわ!」
ランベールは机の上に乗せられていた折檻用の棒を手に取った。そして、それを勢い良く振り下ろす。鈍い音と共にお嬢様は顔を歪めた。
「おやめください!」
「うるさいっ!」
止めに入った私を突き飛ばすと、ランベールはセシリアお嬢様に何度も棒を打ち付ける。その光景に耐えきれず、私はお嬢様を庇おうとランベールに組み付こうとするが、逆に殴り飛ばされてしまった。その衝撃で身体が吹っ飛び、執務室の壁に激突してしまう。
息が詰まり、意識を失いかける。痛みと恐怖で足がすくみ、身体が石のように重くて動かなかった。
(申し訳ありません、お嬢様……)
私が心の中で謝罪をしている間にもランベールはお嬢様への暴行を止めようとはしない。
だがその時、物音を聞きつけたのか、フレデリカ嬢が執務室に駆け込んできて、倒れ込んでいる私の横から飛び出していったのだ。
「お父様! もうやめて! セシリアが何をしたというの!」
彼女はランベールに掴みかかると、必死の形相で止めようとした。
しかし、ランベールはその手を振りほどくと、再びお嬢様へと向かっていく。そして、無抵抗のお嬢様を容赦なく打ち据えるのだった。
それを見て私は思わず目を逸らす。身体も痛かったのだが、それ以上に胸の奥底がズキズキとした。
まるで鋭い刃物で刺されたような、とても嫌な感じだ。
それからしばらくして、ようやく我に帰ったらしいランベールが動きを止める。
部屋の中に響き渡るのは、ランベールの荒い呼吸の音だけだ。
セシリアお嬢様は頭にも肩口にも傷を作って血を流しながら倒れている。彼女の口元からは「うぅ……」と苦しそうな声が小さく漏れ出していた。
私は慌てて立ち上がろうとするものの、手足にも背中にも力が入らない。すぐにお嬢様に駆け寄ることができないことが悔しかった。
フレデリカ嬢は黙ってランベールを見つめていた。その瞳はとても冷ややかだった。
やがてランベールは、大きく舌打ちをすると、お嬢様達には目もくれずに部屋の出口へと向かう。扉を乱暴に開けると、外にいた兵士達に言い放った。
「こいつらを牢屋に入れておけ!」
そうして私達は地下の独房に放り込まれたのである。
☆
オージェ邸の地下牢は薄暗く、寒くて快適とは言えなかったが、セシリアお嬢様がランベールと離されたことで折檻を受けることがなくなったというのは救いだった。
おまけに、すぐに許されて独房を出されたフレデリカ嬢がランベールの隙を見て私たちに食事や薬、包帯などを差し入れてくれたので、お嬢様の手当てもできていた。お嬢様の怪我は全身に痣ができ、肋骨や足の骨が折れる酷いものであったが、命に別状はなかった。
数日経ってようやくお嬢様が起き上がれるようになると、独房に食べ物を差し入れてくれたフレデリカ嬢に対して、お嬢様は「もうここへは来ない方がいいです」と告げた。
「どうして? セシリアの怪我はまだ治ってないのよ?」
「私は大丈夫です。それより、ここに通っていることがランベール様に知れたらフレデリカ様の立場が悪くなります」
「でも……!」
それでもなお食い下がろうとするフレデリカ嬢だったが、お嬢様は鉄柵越しに彼女の肩を掴んで引き留めた。そして首を横に振る。
「私なら本当に平気ですよ。それよりも、もしまた私に構っているところを誰かに見られてしまえば、今度はランベール様はフレデリカ様を狙うかもしれません。それだけは絶対に避けなければなりません。わかっていただけませんか?」
お嬢様は真剣な眼差しでそう訴えた。すると、その思いが伝わったのか、彼女は目に涙を浮かべながらも「うん、わかったわ」と言って小さく微笑んだ。
「セシリアがそこまで言うなら。……でも、無理はしないで」
そう言って彼女は去っていった。




