新しい春の訪れ
以前書いた「アナタとメリークリスマス」という短編の続編ですが、単独でもお楽しみいただけると思います。
『明けましておめでとう』の何がおめでたいのかと首を捻るところから、私の新年は始まる。
暦の上でのリセットを無事に迎えられたことを祝うのだろうか。
だとしたら、それは無事に迎えられないリスクを前提としている訳で、世知辛いことこの上ない。そう考えると、確かに『おめでとう』と口にするのも頷ける。
ならば敢えて言おう。
明けましておめでとう私、と。
ただ、この海野雪水の昨年が無事だったかと言われると少々怪しいかもしれない。
平穏を願う私の身に色々なことがあった。
騒がしい友人ができたり、幼馴染の清川春矢との付き合いが復活したり、果てには彼氏彼女の関係になってしまったり。
一昨年の私が今の私を見たらひっくり返りそうだ。何なら今の私がひっくり返っても良い。
いやもう全く高校生って大変だ。
まだ高校1年生の私には“ほどほど”では許されない日々が待ち受けているに違いない。
私は頑張ることが嫌いだ。
背伸びをするのも不安定で嫌だ。
「ま、結局マイペースで行くしかないよね」
なんて抱負にも満たない独り言を呟く。
最近は頻繁に乱されがちではあるけれどね。
12月31日までの記憶を持ったまま迎えた朝。寝ぼけ眼でスマホを開くと、メッセージの通知が届いていた。春矢だ。こんな朝っぱらから何だと、内容を見ると、
『窓開けて!』
だそうで、一体どういうつもりなのかと訝りながらも、言われた通りにカーテンと窓を開けた。
私の部屋の窓は道路に面したものと、もうひとつ隣の家の方面に小さなものがある。小さいけれど、小学生の頃くらいまではそこを通って隣の家の部屋とを行き来できるくらいには大きかった。つまり、私の部屋に家越しに隣接しているのは、
「雪水、明けましておめでとう!」
隣家の住人の部屋。窓を開けた先には、晴れやかな笑顔を浮かべる春矢の姿があった。未だセットアップを終えていない寝起きの頭からどうにか絞り出した私は、
「明けましておめでとう。寒い。じゃあね」
とだけ言い残して、ピシャリと窓を閉めた。カーテンも。
一瞬でも外から入ってきた冷気にぶるっと震えてしまう。まったく。完全すっぴんどころか寝起きの顔を晒させやがって。
改めてスマホでメッセージが届いた時間を見ると、今からちょうど30分前だった。
そんなに前からスタンバイしていたのかと思うとちょっと笑える。
でもって、少し悪いことをしたような気分になった。
私は閉めた窓とカーテンを再び音を立てて開けた。しょんぼりしていたらしい背中が、ハッとしたようにこちらを振り返る。
「新年早々ご苦労さま」
そう言って、健気な男子を笑ってやった。
呆然とした春矢の顔を見るのは中々悪くない。
青春真っ盛りの時期の彼氏彼女として、こういう関係はいかがなものかと思わなくもない。
尤も、この手のことの情報ソースが主にラノベな私にとって、男女のどちらか一方が都合が良くて、現実ではあまり参考にならないんだよね。
男子向けのラノベは女子がチョロくて、女子向けのラノベはイケメンが勝手に溺愛してくれて。
こんな私も一応はうら若き乙女なのだから、もっとトキメキを覚えても良いのだろうけれど、いかんせん昔馴染みが相手だと過去の思い出が新鮮な気持ちを遮ってしまう。
思い出なのか、恥なのか、トラウマなのか。
真っ直ぐに好意を向けてくる春矢に対して、嬉しい以前に羨ましいと思える。
距離が縮まって改めて感じたけれど、春矢は良い奴だ。
運動ができて、勉強もそこそこできて、人当たりも良くて、コミュニケーション能力も高いから友達も多くて、イジられたりすることがあっても本心からアイツのことを嫌いな人間は居ないんじゃなかろうか。
……どうして私と付き合いたいと思ったのか。春矢ならもっと良い人と付き合えただろうに。
胸の内で微かな靄を生じさせつつ、私と一緒に居て楽しそうな春矢を見ていると、どうしてもそれが言い出せずにいた。
2人で初詣に出かけることになった。今年1年の幸運、直近では明後日の試合の勝利を願って。ウチのサッカー部は一応強いとは言われていたけれど、まさか県大会を制して、全国まで行くとは思わなかった。
明日には現地入りする予定になっているから、元日の今日だけが自由時間。ご苦労なことだ。
「そんな貴重な時間に、私なんかと居て良いの?」
「貴重な時間だから雪水と一緒に居たいんだよ」
「ふーん」
初詣にやって来た神社は地元でもそこそこ有名なところで、同じ目的で集まった人々で賑わっていた。
「ていうか、混みすぎ……」
「やっぱりみんな考えることは同じか。雪水、はぐれないように……」
春矢がそう言って右手を差し出してくる。私はそっと自身の左手を乗せる。
小さい頃のままで止まっていた手を繋いだ記憶は最近更新されたけれど、春矢の手は随分大きくなったと感じる。私だってあの頃からは成長しているに決まっている。差をつけられたように思うのに、不思議と嫌じゃなかった。
人の流れに揉まれながら、賽銭箱の前まで来た。小銭をそっとアンダースロー、からの二礼二拍手一礼。
今年も平穏無事に過ごせますように。
……あとは、最初の願いよりは優先度低いけど、隣の春矢を少しは良いことがありますように。
春矢のチームが試合に勝てますように。
隣の春矢の願いは大体想像がつくが、2人の願掛けが終わったところで、後ろもつかえているので、早々に賽銭箱の前を離れたのだった。
「春矢、ちょっと長くなかった? どうせ試合に勝てますようにって願ってただけだろうに」
「雪水こそ、長くなかったか? 平穏無事に過ごせるように願ってただけにしては」
「別に。強欲なだけよ。除夜の鐘くらいじゃ傷ひとつつかなかったわ」
「……俺もだよ」
本当の願い事は口にしない方が叶いやすいという。ならば、ここで敢えて口にする必要はないだろう。春矢が他に何を願ったかは知らないけれど、たぶんお互いに。
さて、これからどうしようか。直帰するか、屋台を少し見て行くか。そう考えていた時、
「あ、清川くんじゃーん!」
声を上げてこちらに近づいて来たのは、えーと何さんだったかな? 何となく校内で見覚えのあるようなないような、とにかく派手なグループの一員だった。というか、この人の後ろからグループの女子たちがゾロゾロと続いてくる。
「清川くんも来てたんだー、ぐうぜーん」
「ジャージ姿しか見てなかったから、私服もイケてんじゃん!」
黄色い声が続々と湧き出てくる。付き合い出して気付いたけど、結構モテるんだよね、この男は。部活で一年でレギュラーだから目立つこともあるし。
ま、人の交友関係に口出しするほど私は野暮じゃない。好きにすれば良いと思う。……。
「清川くん、今日は部活ないんだねー?」
「あ、ああ。そうだけど」
「えー、じゃあ一緒に屋台まわろーよー」「お、ゆーちん、ナイスアイデアー」「清川くん何食べたいー?」「ここ食べ物の屋台も多いから迷っちゃうよねー」
「待ってくれ。俺は……」
「春矢。私寒いから甘酒飲みたい」
少しだけ声を張ると、春矢も周りもギクリと驚いた様子を見せる。
「あ、ああ。行こうか。俺も甘酒飲みたいと思ってたところだし」
「え、じゃあわたしたちも……」
言いかけたところで、私は春矢の腕をグイッと引いて抱えた。
「ごめんね。コイツ、私のだから」
私がどういう表情をしていたかは鏡もないしわからない。でも、彼女たちが蛇に睨まれた蛙のように硬直していたので、そのまま放置して行くことにした。
「はー、甘酒うまー」
冷え切った身体に沁みるね。奇跡的に空いていたベンチに二人並んで腰掛けながら、甘酒を味わっていた。
「…………」
春矢が先ほどから何か言いたそうにしているけれど、中々切り出してこない。
「何よ?」
「……あのー、雪水さん。怒らないで聞いて欲しいんだけどさ、」
「その入りで私が怒らなかったことがある?」
「…………」
「怒らないから、とりあえず言ってみてよ」
私が促すと、一呼吸置いてから春矢は言った。
「雪水、もしかして妬いてくれた?」
「何を? 餅を?」
「いや、餅の話はしてない。いや、でも、ヤキモチだからそうなのか?」
「知らんわ」
何を言いたいかはわかるけど、理解を示した態度を取るのが嫌だ。だから、知らない。
ただ、何故か春矢は機嫌良さそうに笑って、
「俺さ、明後日の試合は雪水のために頑張るよ」
「……何それ。普通に自分のためとか、チームとか学校のためで良いんじゃないの?」
「雪水のためって思った方が一番やる気が出るんだよ」
「あっそ。…………あんまり張り切りすぎてケガしないようにね」
色々変わったこともあるし、変わらないものもある。
そう多くは望まないから、こんな穏やかな時間がいつまでも続けば良いなと心から思った。
お読みいただきありがとうございました!
もしよろしければ、前作も併せて読んでいただけると嬉しいです。
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